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告られ彼女の守り方 ~偽装から始まる、距離感ゼロの恋物語~  作者: よるひ
6章 夏休み後半

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第280話 キッチン雪代

 理事長、真桜、そして俺の三人でタクシーに乗り込み、キッチン雪代へ向かった。

 真桜は淡いベージュのカーディガンを羽織り、白のインナーに黒のAラインミニスカートを合わせていた。

 足元はシンプルなショートブーツで、全体の印象をきゅっと引き締めている。ミニスカートの裾から覗く膝のラインが、妙に綺麗で、視線を逸らすのに少しだけ苦労した。


「今日の服、可愛いね。なんか久しぶりにそういう真桜見た気がする」


「ふふ、ありがと! 今日は特別な日になりそうね」


 恋人同士に戻れてから初めての休みだ。嬉しそうにはしゃぐ真桜の笑顔がいつも以上に綺麗に見えた。


「……ごほん。お前たち、その、なんだ。――ふん、まあいいわ」


 何か言いたげな理事長だったけど、すぐに窓の外に視線を向けた。 


 ほどなくタクシーはキッチン雪代に到着した。


「ただいま~」


 店の中に入ると意外な顔ぶれが。久々に会う俺の両親だった。


「あれ? 父さんと母さん、それにりっちゃんも? 土曜日なのにどうしたの?」


「あれ? 蒼真くん話聞いてなかったの? 今日はお祝いだからパーティーなんだよ~!」


 そう楽しそうに話すのは、相楽さんのお姉さんのりっちゃんだ。長身のスラッとしたスタイルはいつ見ても格好いい。たまにモデルをするって話も納得だ。

 手慣れた様子で、次から次に料理をテキパキと運んでいる。さすがは元一流ホテルのウェイトレスだった。


「ほうほう? それで、なんのお祝い?」


 俺が呆けてるところに、父さんが肩をポンと叩いた。


「蒼真、久しぶりだな。元気そうでよかったよ」


 飄々とした雰囲気は相変わらずで、目立った変化はない印象だ。


「蒼真ってば、全然連絡くれないんだから! 今日はね、報告があるのよ」


 そう言って笑いながら俺を責める母さん。すっかり明るくなったその表情を見て、ほっと一安心した。どことなく体もふっくらしたようで、健康的になったなと嬉しく思った。


「蒼真くんはご両親がよくお店に来てるの知らないでしょ? すっかりお馴染みなんだよ~!」


「え……そうなの? いや、まったく知らなかった……」


 いつの間にかそんな繋がりができていたとは。なんとなく気恥ずかしい思いがした。

 

 カウンターの奥では美咲さんと羽依が忙しそうに手を動かしていた。美咲さんはフライパンを片手に調理中だ。

 羽依は盛り付けをしていたが、俺たちに気づき、パタパタと駆け寄ってきた。


「蒼真、真桜! おかえり~! 理事長先生もこんばんは~!」


 途端に理事長は表情が溶ける。羽依の頭をポンと撫でた。


「ああ羽依さん、こんばんは。お邪魔するよ」


 ――でた、綺麗なじいじ。さっきまでは悪鬼だったのに。


 羽依はまんざらでもなさそうで、くすぐったそうに受け止めた。すぐ横では真桜が微妙な顔つきでその様子を見つめていた。


 今日の羽依は、まるでデートにでも行くかのような可愛らしい装いだった。

 黒のキャミソールの上に、デコルテがきれいに開いた白いニット。

 下はブラウンのタータンチェックのフレアミニスカート。

 首元には、俺がクリスマスに贈った羽飾りのチョーカーが揺れている。

 可愛らしさと元気さ、その両方を兼ね備えた無敵のコーディネートだった。


 キッチンの奥から美咲さんもやってきた。


「蒼真! おかえり! 真桜ちゃん、それに先生も! いらっしゃい! ようこそキッチン雪代へ!」


 とびっきりの明るい笑顔で、俺たちを歓迎する美咲さん。

 おかえりの言葉がやたらと心に沁みた。


「美咲さんの顔をみると、ホント帰ってきたなって気がします。ただいま戻りました!」


 そう言い終えると、美咲さんは人目を憚らずぎゅっと抱きしめた。美味しそうなご馳走の匂いと、美咲さんの甘い香りが俺の胸をいっぱいにする。


「二人とも、色々話は聞いてるよ。真桜ちゃん、羽依をこれからもよろしくね!」


 そう言って真桜もぎゅっと抱きしめる美咲さん。

 ――きっと真桜は美咲さんに会うのは怖かったかもしれない。

 そんな俺たちの関係性の複雑さを一切気に留めない美咲さん。どこまでも愛情の深い人だなと改めて思った。

 真桜は目を真っ赤にして美咲さんの背中に手を回した。それを見て、なんだか俺まで胸が熱くなってきた。


 その横ではうちの両親と理事長が挨拶を交わしていた。父さん母さんの妙に引きつった顔が面白かった。やはり緊張してしまうんだな。


 テーブルを二つ繋げた即席の大きな卓の上に、宴会用のご馳走がぎっしりと並んでいた。

 唐揚げ、フライドポテト、ピザ、乾き物やお酒、ジュースなど。

 どれもまだ温かく湯気がたっていて、とてもいい匂いを漂わせていた。真桜は目を輝かせてご馳走を眺めている。


 さっそく席について斜め前に視線を向けると、ふと、母さんの目の前にジュースが置かれていることに気づいた。


「母さんはジュース? お酒飲めなかったっけ?」


 俺の言葉になぜか母さんは頬を染める。


「母さん、言っちゃおうか?」


 もったいぶったような父さんの言葉だ。

 母さんは真剣な眼差しでじっと俺を見つめる。


「そうね……蒼真、あなたにはまだ言ってなかったんだけどね」


 ――この期に及んでまだ俺に隠し事があるとは驚きだ。

 どうせろくなことではないだろうし、正直あまり聞きたくはなかった。


「蒼真、あなたお兄ちゃんになるのよ!」


「……はあ?」


 ――俺が……お兄ちゃん? いったい何言ってんだ?

 

 呆けた俺を見て、隣で美咲さんが笑いだした。


「あはは! 蒼真、藤崎さん御夫婦に第二子が誕生するんだよ!」


 そう俺に説明するが、それでもよくわからなかった。


「まだ安定期には早いんだけどね、嬉しくて美咲さんについ言っちゃったの! そしたらお祝いしようって話になってね」


「やっぱ母さんってまだ若いよな! 蒼真もそう思うだろ? ――って、蒼真?」


 父さんと母さんが俺を訝しむように見つめる。なぜそんな目をする。

 俺も声を出そうとしたが、思ったようにでない。


「あ……あれ……おかし……ぐすっ」


「蒼真……?」


 羽依が心配そうに俺の手を握った。

 奇妙なことに、目の前が何も見えない。

 

 うねりのような感情が一気に押し寄せる。


 ――だめだ、感情が……抑えられない。


「……よかった……ホントによかった……」


 嬉しさと感動が堰を切った――。


「うわああ……ああああ!」


 なんでだろう……いつから俺はこんなに泣き虫になったのか。

 もう止まらなかった。テーブルに突っ伏して小さい子供のように、おいおい泣いた。


 どこか冷静な自分がこの感情を分析する。嬉しさだけではない、この激しい感情の乱れは……戸惑い、幸せ、絶望、喜び、どれも違う気がする……。

 

 ――再生。

 

 そう思うと腑に落ちる。

 きっとこれは、なくしたものが蘇った“再生”なんだろう。


 空虚な実家に耐えられず、一人東京に出た俺。


 勉強についていけず、諦めかけていた時期もあった。


 羽依と真桜に助けられ、そこから勉強や古武術を学び、様々な経験をしてきた。 


 目を背けたくなるような真実を知り、美咲さんに助けられて母さんを救った。


 その結果、母さんのお腹の中には新しい生命が宿っている。

 

 どれか一つでも欠けていたらこの結果にはたどり着かなかったのかもしれない。


 俺を支えてくれた人たちに限りない感謝を。そして俺自身を初めて褒めてやりたいと思った。この一年、よくやったと――。


 

「蒼真、みんな待ってるよ。乾杯しよ?」


 ようやく泣き止んだ俺に、羽依が優しく頬を寄せてそう囁いた。


 「ばか。蒼真……私まで、貰っちゃったじゃない……」


 隣で真桜が涙声でそうつぶやいた。


「うん、ごめん。みんな! おまたせ!」


 周りを見渡したら、みんなにも俺の涙が伝播したようだった。

 美咲さんが手でぐいっと目元を拭き、グラスを掲げた。


「藤崎さんのおめでたを祝して、それと、蒼真の新しい門出を祝して! 乾杯!」


 みんなでグラスを掲げて乾杯した。


 それからみんなで美味しい料理に舌鼓をうち、思い思いに語り合った。

 しばらくのち、うちの両親は母さんのつわりもあるので早めの退場となった。


「蒼真、悠翔さんにあまり迷惑をかけないようにな。俺の査定にも響いてくるんだから!」


 そう言って父さんはニヤッと笑い、俺の胸をとんと叩いた。


「はは、父さんこそ俺に恥かかせないでくれよ。―― 母さんのこと、生まれてくる俺の弟か妹のことをよろしくね」


 父さんは黙って頷いて俺をギュッと抱きしめた。男同士だと妙に照れるけど、なんか嬉しかった。


 両親を見送ってから店内に戻ると、宴会の盛り上がりはとどまることを知らなかった。

 美咲さん、りっちゃん、理事長は大いに飲んでいた。

 

 羽依は真桜に一方的に話しかけていて、真桜はうんうんと頷きながら次から次へご馳走を平らげていった。いったい彼女の細い体のどこに入っていくのだろうか。いつもながら、なんとも不思議だった。


 宴も酣となったころ――。


「美咲! 健太を呼べい!」


「あはは! よっしゃ呼び出そう!――もしもし健太!? 今すぐ来い! 来なけりゃ査定ゼロだってさ!」


 佐々木先生は二人の贄となる定めのようだった。


「なんかこのパターン、前も見たね……」


 呆れた様子の羽依と真桜。


「ホント人生というものを学ばせてくれるね……」


 哀れな佐々木先生の召喚前に俺たちは退散しようとした。


「先生! 健太がこっちに来いだって! 生意気だよね!」


 美咲さんがそう叫ぶ。どうやら佐々木先生は外出できない状況のようだ。


「なんだとお~小癪な! よおし乗り込むぞ! 続け~! 美咲! りっちゃん!」


「お~! って私も!? まあいっか! 旦那様は海外出張中だし!」


 付き合いのいいりっちゃんは、ノリノリで参戦のようだ。

 大人たちの酒の勢いにほとほと呆れた俺たちだった。


「私たちも退場しましょ? 早く三人で過ごしたいし……」


 真桜の熱っぽい表情に俺と羽依は目を見合わせ、頷き合う。


「うん、俺もそうしたい」


「んふ、楽しい夜にしようね~」


 こうして三人の夜が始まる。

 誰にも邪魔されない、三人の夜が――。





 ――――――


 無言のまま足早に三人で俺の部屋に来た。

 熱を帯びた表情の羽依が、ぎゅっと俺にしがみついた。

 そっと手を伸ばし、ミニスカートの中に触れると彼女の熱は火傷しそうなほどだった。


 彼女をもっと近くに感じたい。溶けて一つになりたい。

 そんな思いでベッドの上に招き入れ、俺は仰向けに寝転がった。


「え……なになに、ちょっ……やだっ、はずかしっ……」


 羽依の腰を抱きよせる。彼女の太腿が俺の両耳を挟み込む。

 一気に視界と聴覚が遮断された。口元に彼女の熱が染み渡る。

 羽依の強くて甘い香りが俺のすべての思考をショートさせた。


 何も見えない、聞こえない中、不意に腰回りが寒くなる。

 瞬間的に体がびくっとなるが、さらに突然伝わってきた抗えない感触に、息が詰まりそうになった。


 その行為は容赦なく俺を責め立てる。幾度となく押し寄せるうねりの果てに、俺は声を漏らした。


「ちょっ蒼真! 声、だめっ! ああああ!!」


 ひたすら何度も押し寄せる多幸感に気を失いかけた。

 視界が開けたとき、羽依はへたり込んでいて、真桜は満足そうに喉を鳴らしていた。二人の表情を見ているだけで、俺はもう一度果てそうだった――。


「お風呂……入ろうか……」


「んふ、三人でね」


「そうね。今夜はずっと一緒がいい……」


 三人で浴室に入るが、俺は一人、髪と体を洗い、湯船に浸かる。

 その間、羽依と真桜は俺に見せつけるように抱き合っていた。

 二人で絡み合うように髪を洗い、体を洗い合う。その手慣れた仕草に、少なからずのやきもちを焼いてしまった。


「俺のいないところで随分と二人で楽しんでた? ちょっと酷くない?」


 関係がごたついていた間は自己抑制をしていたが、二人はお構いなしに愛し合っていたわけだ。文句の一つも言いたくなる。


「ふふ、今は我慢しててね……」


「蒼真に真桜の可愛いところをいっぱい見せてあげるね。ここをこうすると~」


「あ……羽依、それだめだってば……んんっ!」


 羽依は見せつけるように真桜を責めていた。どうやら二人の関係は羽依に主導権があるようだった。


 結局風呂では二人の愛し合う姿を延々と見せつけられた。

 正直我慢の限界だった。


 再び部屋に戻り、今度は三人で愛し合う。

 九条家での禁欲生活と風呂場での二人の行為は、俺の理性を完全に崩壊させていた――。


 ――――


 気がつけば羽依はすすり泣き、真桜は放心状態となっていた。


「あ……その……ごめん?」


 俺の心からの謝罪に、二人は両側からしがみつき――。


「「このベッドヤクザ!!」」


「ごめんってば……」


 そう言いつつも二人はすぐに機嫌を直し、俺の両脇で横向きになって見つめてきた。


「まあこうなるとは思ったよね~」


「久しぶりだったものね。――でも……よかった……」


 やはりタフなのは真桜のほうだった。

 満足そうな表情で、俺の肩にキスをしたり、甘噛をしてくる。


「ほんと真桜ってば……そんなにむっつりなのに、よく私たちと別れようとしたよね~。案外放っておいても我慢できなくなったんじゃない?」


 意地悪そうに羽依は言うが、真桜はこくりと頷いた。


「確かにそうかも……この三人での……を知ってしまったら……他の人なんて考えられない」


 そう言って俺の手を取り自分の太腿にあてがう。柔らかくもハリのある感触に、またしてもたまらなく興奮する俺だった。


「私も絶対無理。男の人が苦手なのもそうだけど、私は自分に正直でいたいの。だから蒼真は絶対離さない。――真桜もだよ。もう逃さないんだから」


 少し怖いぐらいの羽依の顔。その表情を見て俺と真桜は思わず息を呑んだ。


「やっぱり羽依には勝てそうにないわね……ホント私なんて弱いものだわ……」


「真桜は強いって。――羽依が別格なだけだよ」


「あれ? なんで私がラスボスみたいな扱い?」


 腑に落ちないような表情を浮かべる羽依を見て、俺と真桜は笑ってしまった。


 これでようやく三人は元通りだ。

 いや、絆は前よりも確実に強固なものとなった。

 これから先も今日みたいな楽しい日々が続いていくんだ。それが何より嬉しかった。




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