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CASE.6 花道標③

       4


「また殺人に行き着いたのか……」

 佐野は、どこか呆れ顔だ。

 アパートの周囲は封鎖され、多くの鑑識員・捜査員が投入されている。

「マル害の名前は、古木田英悟です」

 一課の人間が報告に来た。桑島たちは、アパートの外に出ている。

 隣人の古田、というのは記憶ちがいだったようだ。

「あれだよな、おまえらは喫茶店の無断欠勤している店員をさがしてたんだよな? どうして、もと住んでいた部屋の、いまの住人が殺されてるんだ?」

 それについては、桑島も正解を答えられない。だが、考察することはできる。

「古木田という男性が、皆川明穂の恋人なのかもしれない」

 動画では男のほうは顔がちゃんと映っていたが、死に顔とくらべても、はっきりとわからない。苦悶の表情によって、印象が歪められているのだ。

「だとしたら、部屋からなにか出るかもしれないな」

 死因は毒殺で、ほぼまちがいないようだ。

 部屋から恋人らしき女性の写真はみつからなかった。携帯のなかにも、それらしい画像はない。

 桑島の携帯に着信があった。牧村からだった。

『ありました。古木田英悟には前歴があります。警視の見立てどおり、炎上騒ぎのときの、逮捕された男性です』

 礼を言って、携帯をしまった。佐野と結城に、結果を報告した。

「……じゃあ、やっぱり皆川明穂の恋人だったわけだな?」

 現在も、なのか、元なのか、は不明だが。

「で、どうしてカレのほうが殺された?」

 その答えは、もっていない。

「皆川明穂が犯人か?」

 もしくは、皆川明穂も狙われる側なのか……。

「……とにかくぼくたちは、皆川明穂の行方を追ってみる」


       5


 住民票からは、たどれなかった。周辺の聞き込みでも、皆川明穂が引っ越した先を知る者はいなかった。

 いまでも古木田と同棲していた可能性もあるが、部屋の様子からは判断が難しい。もしそうだったとしても、皆川明穂の行方がわからないことにかわりはない。ちなみに、事件に関係している可能性が高まったので、喫茶店のオーナーから半強制的に皆川明穂の住所を教えてもらったが、履歴書に記されていたのは、板橋の古木田の部屋の住所だった。

 視点を変えることにした。

 皆川明穂と古木田がおこしたという炎上騒ぎを掘り起こすことにした。二人が関わっているのなら、それがなにかしらの動機になっていることは充分に考えられる。

「被害者は、コンビニの店員ですね」

 牧村に調べてもらった。

 古木田が逮捕されているということは、コンビニの店員が被害届を出して、事件化されたということになる。

「恐喝罪で逮捕・起訴されて、裁判の結果、懲役三年、執行猶予五年を言い渡されています」

「五年というと……」

「まだ執行猶予中ですね」

 なにかしらの犯罪行為をおこなった場合、収監される恐れもある。普通は大人しくしているものだが、被害者の素行はどうだったのだろう?

 まじめにやっていたのだとしたら、やはり過去の逮捕が関係しているのではないだろうか。

 土下座を強要されたコンビニ店員のことを調べることにした。

「ここですね」

 警視庁から一時間ほどで、コンビニ店員の住んでいるアパートに到着していた。

 たずねると、困ったような表情が返ってきた。事件当時に勤めていたコンビニは、すでに辞めているそうだ。

 年齢は二三歳。当時は学生だったはずだ。

「もう思い出したくないんですけど……」

 その気持ちは、よくわかる。

「恐喝罪に問われた男性とは、その後、お会いになったことはありますか?」

「は? ありませんけど……あの人、またなにかやったんですか?」

「あ、いえ……さきほど、遺体で発見されました」

 それを耳にして驚きはしたようだが、すぐに平常心をとりもどしていた。

「……ざまあみろ」

 ぼそりと、被害者の男性はつぶやいた。それだけ恨みに思っているのだ。

「もしかして、おれのこと疑っているんですか?」

「そういうわけではありません。殺害された古木田さんの周辺を調べているだけです。ですから、アリバイも訊きません」

「……」

「炎上騒ぎのあと、古木田さんには、まったく会っていないんですか? どこかでみかけたとか、そういうのは?」

「会っていません。でも……」

「でも?」

「……名前は知りませんけど、いっしょにいた女のほう──」

「皆川明穂さん?」

「ですから、名前は知りません」

 当時、SNSは見なかったのかもしれない。自身が土下座をした映像を眼にしてしまうことを恐れてのことだろう。

「その女性を、どこで目撃しましたか?」

「どこだったかまでは……どこかの駅とか、スーパーとか……」

 可能性を一つ一つ脳内で潰しているようだ。

「じつは、その女性の行方を捜しているんです。思い出せませんか?」

「あ……やっぱり、駅です。あれは、どこだったっけ……そうだ、池袋の上のほう」

「池袋ですか?」

「だから、上」

「池袋の北側ということですか?」

 意をくみとって、桑島は質問を続けた。

「方角はわからないけど」

 噛み合わない。二人して困っていると、結城が割り込んだ。

「池袋から、埼玉方面に行く電車ですか?」

「そうそう! それの二つ目だか、三つ目の駅」

 西武池袋線だろうか、それとも埼京線?

 埼京線だとすると、池袋から二つ目の駅に板橋がある。

「それは、いつごろですか? 少しまえですか? それとも最近?」

「最近といえば、最近ですよ。たしか、一ヵ月は経ってない」

 ならば、同棲していなかったとしても、古木田の部屋に行き来していた可能性が高い。

「埼京線、ということですよね?」

「ちがうちがう、始発のやつ」

「始発? 池袋が?」

「そうそう」

 ということは、西武池袋線になる。

 二つ目の駅は、東長崎。三つ目は、江古田だったはずだ。結城もすぐに携帯で検索したので、まちがいではない。

「どちらですか?」

「江古田かな? 知り合いの家に行く途中だったから、あまりよく覚えていません。駅から東のほうだったと……あ、アプリでは自分の向いてるほうに画面も動いちゃうか……」

 初めての場所で、さらに地図アプリを見ながらの移動だったのだろう。

「皆川さんは、どんな様子でしたか?」

「様子? 歩いてたけど……」

「けど?」

「なんかさ、見た瞬間に、文句言ってやりたくなったんだよね。あんなことされたわけだから。でも、あの男がいるんじゃないかって怖さもあったんだよ……」

 だんだんと男性は饒舌になっていった。

「それで?」

「でも、なんもしないのは癪にさわるからさ──まあ、なんかしたってわけじゃないんだけど、ちょっとだけあとをつけたんだわ」

 それで? と連続で言いそうになったので、瞳だけでうながした。

「男のほうは、いなかったよ。でもさ……なんだか、後ろをチラチラとうかがいながら歩てたんだよね」

「尾行がバレていた?」

「いやいや、そんなんじゃないんだよ。すごい警戒してたんだよ。まるで、普段から尾行におびえてるみたいな」

 この男性は、そのときたまたまあとをつけただけだから、たとえバレていたとしても、それほど過剰には反応しないのではないか。そもそも、男性は被害者なのだ。

 だが、あくまでもこの男性の感じた印象だから、それだけで決めつけるわけにもいかない……。

「でさ、なんだかそれ見てからバカらしくなってさ……あとつけるのやめちゃったってわけ」

「そうですか……お話、ありがとうございました」

 礼を言って、アパートをあとにした。

「全面的に信用していいんですか?」

 結城は、いまの男性から疑いを消していないようだった。

 たしかに恨みがあるだろうから、動機にはなる。

「単純な構図じゃないと思う」

 桑島は告げた。もちろん、それはただの思い込みで、あとで知ってみれば、単純な復讐劇ということもあるだろう。

「おびえていた、というのは注目かもしれないですね」

 桑島は、うなずいた。

「ストーカーですかね?」

 そのストーカーのなかに、殺害された古木田も候補としてあがってくるかもしれない。現在では別れていた可能性もあるのだ。

 その後、桑島たちは電車で江古田に向かった。

「東の方向は──」

「それは、あまり信用しないほうが」

 結城の指摘はもっともなのだが、使用した地図アプリの設定によっては、画面の上部が北で固定されていたかもしれない。

 なによりも、ほかにあてがないのだから、東にかけてみることにした。

「彼も、画面が動いてた、って言ってましたよね?」

「そうなんだけどね……」

 しばらく歩き出してみても、結城からは反対意見しか出てこない。

 住宅街が広がっていた。

「聞き込みをしてみようか」

 この時点においても、皆川明穂の顔写真を確保していない。

「古木田の画像をつかおう」

「わかりました」

 結城が捜査本部に連絡を入れて、古木田の姿が写っている画像を転送してもらった。

「あの、この男性に見覚えはありませんか?」

 話し込んでいる主婦らしき二人組に、結城が聞き込みをはじめた。

「あら? もしかして、桑島さん?」

 主婦たちは不思議そうな顔ながら、そう言った。

「桑島は、ぼくのほうです」

「ああ、あなたのこと、見覚えあるわぁ」

 感動をにじますように、主婦は声をあげていた。二人とも、年齢は五十代か四十代に見える。この世代は個人差が大きいから、それ以上はしぼれない。

「あ、どうも……」

「本当だったわね、こんなふうにたずねてくるって」

「え?」

 思わず、結城と顔を見合ってしまった。

「それって……どういうことですか?」

「だから、あなたがたずねてくるって、こんなふうに」

「だれかが、そう言ったんですか?」

「そうそう」

 花屋のときと同じだ。

「それは、だれに言われましたか? どんな人物でしたか?」

「どんなって言われても……」

「女性でしたか?」

「そうね、女性だったような……」

「ちがうわよ、男の人だったじゃない」

 すぐに訂正が入った。二人して証言がくいちがっている。

「そうだった?」

「そうよぉ」

 とりあえず、性別は置いておく。

「いつのことですか?」

「さっきよ」

「ちがうでしょ、昨日よ」

 時間についても曖昧だ。

「その人は、なんと言ったんですか? できるだけ正確にお願いしたいんですけど……」

 そこのところは申し訳なく思うが、とても大事なことなので、桑島はそう口にした。

「ええーと、桑島さんという方がここを通りかかって話を聞いてくると思うから──って」

「ほかになにか言っていませんでしたか? たとえば、なにかを渡してくれと頼まれたとか……」

「ああ、そういえば……なんだっけ?」

「なんでしたっけ……」

 二人して思い出せないようだ。

「なにかは、頼まれたんですか?」

「そうねえ……」

「なんだったかしら……」

 結局、思い出せずじまいだった。

 念のため、思い出したら連絡してもらうよう、一人のほうに名刺を渡しておいた。

 二人の主婦たちから離れてから、

「なんだったんでしょうか?」

「んー……」

「また、次につながるヒントだったんでしょうか?」

 そうともいえるだろうが、桑島はしっくりこない思いにかられていた。

「どうしました?」

「男性か女性かも覚えていなかった。いつだったのかもよくわからない……」

「ええ、そうみたいでしたね」

「なにかのヒントを残すのなら、もっと印象に残るような振る舞いをしたんじゃないでしょうか?」

「どうなんでしょう……」

 結城は、理解が追いつかないような反応だった。

「べつのところに──」

 桑島は立ち止まって、周囲に視線をはしらせた。

「警視?」

 とくに、眼につくようなものはなかった。どこにでもあるような街並みが広がっているだけだ。

 いや──。

「どうしたんですか?」

 桑島が注目したのは、町内のお知らせなどを貼っておくための掲示板だった。こういうものの正式名称は知らない。どこの街にでも、あるものだろう。それとも、いまではあまり見かけないものだっただろうか?

 意識して眼にすることのないものだ。自分の住んでいる地域を思い出してみても、あるのかどうか断言はできない。あっとしても不思議ではないし、もしかしから普段からそこに貼ってあるものを読んでいるのかもしれない……。

「なにかありますか?」

 結城も掲示板を眼にしている。

 二人して、もっと近づいた。

「断水のお知らせと……チャリティへの参加を呼びかけていますね」

 その二枚が画鋲でとめられているのだが、あまっている画鋲で、だれかがイタズラしているようだ。

「矢印ですね」

 掲示板を正面に見て、左側を指している。

「あと、刺してますね」

 二枚のチラシにも、四隅以外に刺してある部分があった。

 地域の子供たちの参加を──という文面に二つ刺さっている。

 漢字の「地」。

 漢字の「子」。

 それと、水道管工事に伴う断水について──というところの、ひらながの「つ」に一つ。

「これが、どうかしたんですか? 子供のイタズラじゃないですか?」

「そうかもしれません……」

 地、子、つ。

「こっち」

 子つ地。

「え?」

「こっちに進めってことかな……」

「矢印に?」

 桑島は、うなずいた。

「これがヒントだったとしたら……わかりづらすぎませんか?」

 それには同感だが、ほかにそれらしいものがないのだから、その直感を信じるしかなかった。

 画鋲で記された矢印の方向に、足を向けた。

 似たような街並みが続くだけだったが、とりあえず歩を進めるしかない。

「大通りに出ちゃいますよ」

 住宅街の道から、交通量の多い通りへ合流してしまった。

「このまま、渡るんですか?」

 桑島は、どうしようかと周囲を見渡した。

「あれは……」

 歩道と縁石のあいだに花が置かれていた。事故で亡くなった人がいたのだろうか?

 折り鶴もそえられている。

「結城さん、ここで事故があったのか、問い合わせてもらえますか?」

「え? はい……待っててください」

 結城が管轄する警察署に連絡をとりはじめた。

 そのあいだに、桑島は折り鶴に手をのばす。

 またヒントのようなものを残しているのだとしたら、これしかないだろう。

 本当に亡くなった方がいたのだとしたら申し訳ないが、その折り鶴を解体した。

『C34H47NО11』

 数字の部分は、小さく書かれている。

 すぐに意味はわかった。

「警視……すくなくても、一年以内にこの場所で死亡事故はおこってないようです」

 結城からの報告で、これが次のヒントだということが決定的となった。

「それは、なんですか? 折り鶴をといたんですか?」

「はい……これが書かれていました」

「なんですか、それ? 暗号ですか?」

「ちがいます。そのものです」

 結城は、意味を理解できなかったようだ。

「はやく答えをおっしゃってください」

 その言い回しには、皮肉が込められていた。

「アコニチンの化学式です」

「アコニチンって……」

「トリカブトの毒成分です」

「……」

 すぐに結城が連絡をはじめた。

「ここを保存します」


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