CASE.6 花道標①
登場人物
桑島誠一 キャリア警視。生贄事件を専門にあつかう捜査官。特別特殊捜査室所属。
吉原ひより 生贄事件で生き残った少女。現在は大学生。加奈という別人格がその身にやどっている。
佐野 刑事部管理官。桑島の同期。
結城 桑島につき従っている捜査一課の女性刑事。
牧村 広報課の女性職員。桑島に協力している。
1
『アトリエ殺人事件』の犯人、村石の供述は奇妙なものだった。
母親殺害に関しては、問題なくすべてを自白している。少年法が適用されることになるので家庭裁判所に送致されるが、殺人の場合、逆送されて、最終的には刑事裁判をうけることになる。どれほどの量刑になるのかは、裁判の行方しだいだ。
村石は、あるときから「アサガオは咲いているか」という言葉を、よく口にするようになった。取調官が、それはなんの意味だ?、と問いかけても、なにも返さない。あのアトリエにアサガオは植えられていない。
それだけではなかった。『風土病事件』の犯人である市役所職員も、似たような証言をはじめた。
ラベンダーは何色ですか?
検事調べでの発言だ。担当検察官が、どういう意味ですか、と問いただしても、同じ言葉を繰り返すだけだった。
そして『爆弾監禁事件』の犯人も、スイセンは咲きましたか?、と不可解な証言をはじめた。咲きましたか──そんな丁寧な言葉は、あの犯人らしくない。さらに、桑島へ伝えたいことがあるから会いに来い、ということを佐野経由で話があった。
東京拘置所の面会室で、桑島は犯人である松尾政孝と対面した。
「お話というのは?」
「まあ、そう急ぐな」
松尾からは、逮捕された犯罪者とは思えないほどに余裕があふれていた。
だれも殺害してはいないので、長期刑にはならないはずだ。だがこの余裕は、そういうことのあらわれではないような気がする。
「外では、いろいろなことがおこってるんだろうな」
「それは、どういう意味ですか?」
「この世から犯罪は、なくならないってことだ」
「……」
「おれは、自分がどんな人間か知ってる」
「更生はしない、ということですか?」
「しちゃいけないんだよ、おれのような悪党はな」
ニヤッと、笑っていた。
「スズランは、見ごろだろうな」
また似たような文言だ。
「それは、なにかの符号ですか? スイセンの次は、スズランですか?」
「自分で考えるんだな」
より一層、笑みが深くなった。
「話は、それだけだ」
松尾政孝は、立ち上がった。
「おっと……彼女は元気か?」
一度は後ろを振り返ったのだが、思い出したように松尾は言った。
桑島は、返事をしなかった。
「まあいいさ。よろしく言っといてくれ」
そう言い残すと、立ち合いの刑務官に声をかけて、面会室を出ていった。
アサガオ、ラベンダー、スイセン、スズラン──。
「すべて花だな」
拘置所からもどると、特特室で佐野と話し合った。ほかには、結城と牧野もいる。狭い室内なので窮屈ではあるが、すでに慣れっこになっている。
「どんな意味があるんでしょうか?」
神妙な面持ちで、牧村が声をもらした。
「花言葉とか、どうですか?」
「女子中学生じゃないんだから」
結城が辛辣に応じた。
「正解かもしれないでしょ!?」
「そんなわけ──」
口喧嘩をはじめてしまった。
「二人とも」
佐野がたしなめる。
「共通点はわかってるんだ」
桑島は言った。
「花以外にか?」
「うん」
佐野は、それを早く言え、という眼を向けていた。
「毒だよ」
「毒? 毒があるってことか? そういえば、スイセンの食中毒はよく聞くな」
ニラとまちがえて、食中毒になったというニュースはめずらしくない。
「アサガオにも毒があるんですか?」
結城の素朴な疑問だ。アサガオは身近な植物だからだろう。だれもが小学生のときに育てたことがあるはずだ。
「はい。葉や花にはないですけど、タネに毒がふくまれています」
「ラベンダーは猫によくないんですよね?」
牧野が指摘した。もしかしたら、猫を飼っているのかもしれない。
「そうですね。猫の腎臓や肝臓に作用するリナロールという成分がふくまれています」
「人間には?」
「ハーブとして食するものもありますけど、むやみに食べるのはやめておいたほうがいいでしょう。品種によっては、あきらかな毒がふくまれているものもあります」
「わかった……で、毒のある植物ってことが、いったいなんだっていうんだ?」
佐野が、愚痴のように言葉をもらした。
「そこまではわからないよ」
三人が、拍子抜けしたような顔になっていた。
「あの子に……」
結城が、なにかを言おうとしていた。
「どうした?」
佐野にうながされたが、やはり口にするのをためらっているようだ。
「……あの子に──ひよりさんに聞いてみるのは……」
「……」
桑島は一瞬、反応ができなかった。
「ひよりさんというより、そのなかの──」
意味深長に、佐野は発言をとめた。
「吉原さんには、わからないことだよ」
「本当にそうか?」
「なにが言いたいの?」
「これまでにも、彼女が知るはずのない知識で捜査を進めてきた」
「……」
「なかの少女──加奈さんの知り得た知識だとしても……矛盾だらけだな?」
矢萩の娘が死亡したのは、幼いときだ。いや、加奈はひよりの身体を借りて口にしていた。あの世でも、人は成長するのだと。
非科学的であることは検証するまでもない。
「吉原さんを、もう事件と関係させるべきじゃない」
桑島は、覚悟のように発言した。
「おれたちが、そうしようとしても、事件のほうから──いや、彼女のほうから事件をさがしあててしまう」
たしかに、これまでも彼女は巻き込まれている。自分から巻き込まれにいったこともある……。
「彼女は、あくまでも一般人です」
桑島は、そう言うことで、この議論をシャットアウトした。
「じゃあ、どうする? 三人の容疑者が、同じような証言をはじめた。なにかあるはずだが……」
「意味をつきとめないと」
「また、なにかがおこるということか?」
その場合は、凶悪な事件がおこることになるだろう。
「というか、これまでの犯人には共通点があったんだな?」
「それには、目処がついてる。研究室のようなものだと思う」
「毒ガスをつくったところだな?」
「そう」
『風土病事件』の犯人が、VXガスを製造した施設がどこかにあるはずだ。もしくは『爆弾魔事件』の松尾政孝が爆弾を製造し、そして桑島に狙いをつけるきっかけになった《参謀》という人物──。
「それが、ラボと呼ばれる場所なんじゃないかな」
「ラボ……病院の事件だな」
違法な臓器移植ビジネス。その捜査は頓挫したが、ラボという名称が容疑者の口から出ている。
「そういえば……アトリエ事件でも、そんなのがあったんだよな? 痺れ薬だったな」
それについては、さらに曖昧だ。だが犯人の村石には、それを指南していたような存在がいるのではないか……。
「どうする? 捜査をするっていっても、なにか事件がおきてるわけじゃない。うちとしても、大々的に人員はさけないぞ」
「ぼくだけでいい」
「毒、ってだけで、なにか糸口はあるのか?」
「面会記録を調べてもらいたい」
「容疑者への面会か?」
「同時期に、似たような証言をはじめたということは、そのきっかけをつくった人物がいるはずだ」
「わかった。それぐらいなら、おれがやってやる」
「わたしも同行します」
桑島は部屋を出ていこうとしたが、結城もあとに続いた。
「捜査といっても、なにかあてがあるわけではありませんよ」
「警視は、いつもそんな感じじゃないですか」
そう返されたら、なにも言えない。
「で、どこへ向かいますか?」
「植物園にでも行きましょうか」
「花を見るためですか?」
「そうですね」
「だったら、花屋とかホームセンターでもいいんじゃないですか? どこにでもある植物ですから」
そういうわけで、近くの花屋に行くことになった。
「日比谷公園のなかにあります」
本当に近くなので、徒歩で向かった。
その花屋の外観は、おしゃれなカフェのようにも思えた。店内に入ると、問題の花々をさがした。
といっても、新たな発見があったわけではない。女性店員に話を聞いてみた。
「あの、アサガオ、ラベンダー、スイセン、スズラン──この四つで思い当たることなんてないですよね?」
質問しながら、とりとめがないな、と自分でも思った。
「あ……」
しかし、その女性店員には反応があった。
「桑島警視、さんですよね?」
「は、はい……そうです」
「ニュースでよく見ます!」
思っていた反応とはちがったようだ。
「ちょっと待ってくださいね」
その店員は、奥へ消えていった。一分ほど経過してもどってきた。手に、一輪の花を持っていた。
「これをどうぞ」
「は、はあ……」
桑島は、困惑した。結城も、難しい顔をしている。
「あの……あなたは、桑島警視のファンなんですか?」
「え? ええ、まあ、そうですね。素敵だと思います」
思わず、二人で顔を見合ってしまった。
素直に解釈すれば、ファンだから花をプレゼントします、ということになる。
「あ、ちがいます、ちがいます!」
あわてて店員が首を横に振った。
「これは、お願いされてたんです」
「お願い? だれかに、そうしろと?」
「はい」
「それは、どんな人物でしたか?」
「ええーと、女性でしたけど……」
「年齢は、どれぐらいですか?」
「二十代だと思いますけど……わたしと同世代だと思います。そちらの方ぐらいですね」
店員は、結城のことを見て言った。
結城は、桑島の一つ下の年齢だったはずだ。女性店員も、それぐらいだ。
「名前はわかりますか?」
「それはわかりません」
「どういうふうに会話したのか、具体的に教えてもらえませんか?」
「ええーと、最初、ここには警察関係者もよく来ますか、みたいなことを話しかけられました。わたしが、どうでしょうね……警視庁は近くにありますけどよくわかりません、と答えました」
制服で買いにきたり、領収書の宛名で警視庁とでも書かないかぎり、外見だけでは判別できないだろう。いかにもコワモテの警察官のほうがめずらしい。
「それで?」
「最近よく記者会見に出ている桑島さんを知っているか、と……」
「知っていると答えたんですか?」
「はい。はじめは、名前を言われてもよくわからなかったので、だれですか、と聞き返したんですけど、頼りない感じの、みんなから警視と呼ばれている男性だ、と聞いて──ああ、と思い出しました」
複雑な気持ちになった。
「そしたら、お金を払っておくから、桑島さんが来店したら、これを渡してくれって」
「この花は、百合ですか?」
受け取った花を見て、桑島は言った。百合ぐらいは、桑島でも見分けることができる。
「そうです」
「ただの百合ですか? なにか、めずらしい品種とか?」
「いえ、ただの白百合です」
百合に毒はなかったと思う……。
「その女性は、なにかほかに言っていましたか?」
「いえ……」
「あの、百合に毒ってないですよね?」
「毒ですか? ないと思いますけど……」
なぜそんな物騒なことを聞くのか、と疑問に思ったようだ。
「あ、いまのは忘れてください。これは、いただいていいんですね?」
「はい。代金は受け取っていますので」
重要な証拠品かもしれないので、このままもらっておくことにした。
花屋を出ると、公園のベンチで考察することにした。
「それ、なにか関係あるんですかね?」
「どうだろう……」
そもそも、新たな事件がおこっているわけではない。これまでに逮捕された容疑者が、いっせいに不可解な証言をはじめた、というだけなのだ。
「その花を渡すように指示した女性を捜査しますか?」
「いや……その女性に見当はついています」
「え? でしたら、追いましょう」
「追うといっても……」
繰り返すことになるが、まだ犯罪はおきていない。その女性──立花渚沙についても、明確な犯罪行為をおこなっているわけではない。
雑誌記者と偽り、警視庁の会見に出席したことは道徳的に問題はあるが、べつに彼女だけを特別に招待したわけはない。いつもよりも広く出席を許可しただけだ。どこにも所属していないフリーの記者だったと主張されれば、反論はできない。記者に国家資格は必要なく、自称が通じてしまう職業だ。警察官や弁護士だと偽っていれば、それだけで重大な犯罪だが、立花渚沙には当てはまらない。
それに、彼女のほうから会いにくる予感があった。あの吸血鬼事件のように、絶好のタイミングで姿をあらわすだろう……。
携帯が鳴った。佐野からだった。
『容疑者たちに会った人物がわかった』
真剣なトーンで佐野は告げた。
『弁護士だ』
「同じ弁護士?」
『全員かどうかまではわからない。とりあえす、警察署に留置されている一人と、小菅の一人は同じ人物だった』
アトリエ事件の被疑者は、所轄警察署に留置されている。爆弾魔と風土病事件の被疑者は拘置所に収監されているが、風土病のほうは埼玉の管轄ということもあり、さいたま拘置支所にいる。さいたま支所は、あくまでも東京拘置所の支所なので、重大事件の場合は東京拘置所に収監されるのが普通だ。世間的には大きい事件なのだが、風土病事件に死者はいないから、さいたま支所となっているようだ。
さいたま拘置支所の面会記録はまだ調べていないのだろう。
『町田という弁護士だった。事務所は新宿にあるようだ』
細かな住所をメールで送ってもらった。
花をどうするか迷ったが、捨てるのも忍びなかったので、一度警視庁にもどって、一階まで牧村に取りに来てもらった。
それから新宿へ向かった。
桑島の予想では、大きな弁護士事務所か、逆に小さな個人事務所のどちらかだろうと考えていた。
もし三人ともが同じ弁護士だった場合、かなりの大手でなければ対応は難しいだろう。その考えとはべつに、かなり大がかりな犯罪組織が関与しているとみる場合、やはり有名事務所がそんな依頼を受けるだろうか、という疑問が出てくる。食いぶちに困っている小さな個人事務所なら、そういうこともするかもしれない。
正解は、中規模な事務所だった。
五階建てビルの二階に位置していた。一階には銀行が入っているし、三階は保険会社だから、俗にいう「雑居ビル」というイメージではなく、立派な建物だ。
経営もしっかりしているのではないだろうか?
受付で警察官だと名乗ると、町田弁護士への面会を申し込んだ。
「こちらへどうぞ」
ガラス製のパーテーションで仕切られている個室に案内された。厳密には部屋ではないので、機密性は薄い。
「警察の方ですね?」
「はい。桑島といいます。こちらは結城です」
二人で警察手帳を提示した。
「申し訳ないが、このあと来客の予定があります。時間は、それほどとれませんが」
「もちろん、それで結構です」
「時間を確認しておきます」
そう言って、内線電話をとった。
「脇本さんの到着は何時だったかな? そう、わかった、ありがとう──すみませんでした。十分ほどなら大丈夫そうです」
「いえ、こちらこそ、お時間をいただいてありがとうございます」
「それで、どのようなご用件なんですか?」
「最初に、確認させてください。あなたは、町田さんですね?」
「そうです」
桑島は、被疑者への面会についてたずねた。
「たしかに行きました」
「町田さんが担当されるということなんですよね?」
「そういうことですね」
淡々と町田は答えた。年齢は五十歳ほどだろうか。落ち着いた雰囲気があり、うさん臭いところは外見ではイメージできない。
「どういう経緯で、弁護をすることになったんですか?」
「守秘義務がありますから、お伝えすることはできません」
「その人物が、犯罪行為にかかわっているかもしれません」
桑島は斬りこんだ。
「犯罪……ですか。証拠はあるんですか?」
「いえ、ありません」
桑島が、こうまであっさりと否定したことで、逆に弁護士の表情がゆるんだ。
「これだけは教えてください。被疑者本人や、その家族ではありませんよね?」
「……そういうことになりますかね」
町田は認めた。
「町田さんが面会をしてから、被疑者たちが不可解な証言をはじめました。それに心当たりはありますか?」
「不可解な証言?」
「どんな話をされたんですか?」
「それを言うと思いますか?」
「花の話をされましたか?」
「花?」
「毒のある花です」
「毒とは……物騒ですね」
「心当たりは、ありませんか?」
「なんのことだかわかりませんね」
嘘を言っているようには思えない。この弁護士が被疑者たちになにかを伝えのではなく、事前に弁護士が接見に来たら証言をするようにと取り決められていたのかもしれない。
だとしたら、やはり弁護依頼をした人物をさぐるべきだ。
「接見では、弁護方針を話し合っただけですか?」
守秘義務を盾にするのはわかりきっているから、こちらから具体的に内容を提示して、その反応から推し量るしかない。
「内容は言えません」
きっぱりと断られた。だが、弁護方針を話すのは普通のことだから、そうですよ、と言ってしまえばいいことだ。つまり、なにかべつの話をしているということだ。
「繰り返しになりますが、本当に町田さんが弁護されるんですか?」
「どういう意味ですか?」
「複数人を同時に弁護するというのは、現実的ではないと思うのですが」
「それは刑事さんには関係のないことです」
「そうですね、失礼しました」
「話は、それだけですか?」
「最後に、もう一つだけいいですか?」
「なんですか?」
「立花渚沙という名前に心当たりはありますか?」
「……さあ、知りませんね。事件の関係者ですか?」
「いえ」
桑島は立ち上がった。
弁護士事務所を出たところで、結城が声をあげた。
「立花渚沙って……たしか、吸血鬼事件のときの……」
結城は、会っていない。
「何者なんですか?」
それには答えられなかった。桑島にもわからないからだ。
「いまの弁護士は、知っているみたいでしたけど……」
桑島の眼にも、そう映った。
「たぶん、この話をもってきたのは、立花渚沙なのかもしれない……」
「なぜ──」
結城は、言葉を途中でとめた。桑島が、その答えをもっていないことを予感したからだろう。
「その女性を調べるべきじゃないですか?」
しかし、どう調べればいいのか……。
すくなくとも、犯罪歴はなかった。ただし、本名を名乗っているともかぎらない。
そのとき、佐野から連絡があった。
『誠一、これから臨場しなきゃならない』
だから、そちらへの協力は難しくなった、と。だが、いまのところ調べてもらうこともなかったので、こっちは大丈夫、とだけ伝えて通話を終えた。
「事件ですか?」
「みたいだね」
結城の様子からは、こんな事件にもなっていないようなことではなく、佐野のほうに飛んでいきたと願っているのではないだろうか。
駅まで歩いているときに、サイレンの音が鳴り響いた。多くの警察車両が通過していく。
「あれですかね?」
「どうだろう……」
「あの、このまま警視庁にもどるんでしたら、あれを追いかけませんか?」
「え?」
追いかけるといっても、今日は電車移動をしている。
「タクシーが来ました」
言うよりもはやく、結城は手をあげていた。とめてしまったのに乗らないわけにはいかなくなった。
「運転手さん、警察車両を追ってください」
「え!?」
さすがに驚かれてしまった。
「あやしいものではありませんので」
桑島が、警察手帳を提示した。
「は、はあ……」
発進したが、緊急走行をしている警察車両に追いつくのは難しい。
「場所、聞いちゃいましょうか」
佐野に連絡をとれ、という催促だと思われる。携帯をとりだしたところで、運転手から声がかかった。
「あそこかな?」
たしかに、警察車両が多く停まっていた。
「あ、停めてください!」
桑島が料金を払っているときには、もう結城は現場に向かっていた。
少し遅れて、桑島も規制線のそばまで到着した。中規模の公園だった。緑も多く、遊具もそれなりに配置されている。
奥のほうで、鑑識と捜査員が忙しそうに動いている。ブルーシートで覆われているところが事件現場なのだろう。ここが佐野の臨場する現場だとしたら、殺人事件になるはずだ。遺体も、まだ残っていると思われる。
「なにがあったんですか?」
結城が、規制線付近にいた捜査員に声をかけた。
「結城……どうした? 警視のおもりだろ?」
そう言ったあと、その捜査員は桑島がすぐとなりにいたことに気がついたようだ。口をおさえて、しまった、という顔に変わっていた。
「殺しですでか?」
「まあ、そうだな」
「入っていいですか?」
「あ? ああ……」
少し困ったような仕草をみせたが、断る理由もなかったようだ。結城も、れっきとした捜査一課員なのだ。
桑島は部外者ということになるが、特別特殊捜査室に決められた管轄はないから、阻む権限はだれにもない。あるとしたら、警察庁刑事局長以上の権限がある者にかぎられる。いわば、警視総監でも行動を制限することはできないのだ。
靴カバーをつけてから、規制線のなかに入った。
覆われたブルーシートのなかでは、中年の女性が横たわっていた。何度見ても、慣れない光景だ。吐き気をおさえるのが大変だった。
「本当に殺しなんですか?」
結城が確かめた。
ぱっと見たところ、外傷がない。ただ、口のまわりに吐血のあとが残っていた。
「あれが首にかかってた」
遺体のそばに、小さなホワイトボードが置かれていた。紐がついているから、それを首に通して、ボードをぶらさげていたのだろうか。
ホワイトボードには、青い文字で「毒を飲みました」と書かれている。
他殺か自殺かはともかく、毒殺であることはまちがいなさそうだ。
「警視……」
結城が、緊張感をともなった視線を向けてきた。
「お? なんだ、おまえらも来てたのか」
そのタイミングで、佐野が現着していた。
「そういえば、新宿からは近いな」
弁護士事務所に行ったことは、佐野も知っている。
キャリア管理官の登場に、ほかの捜査員はかしこまった態度になっていたが、桑島と結城はいつもとかわらない。
「管理官……毒殺なんですよね?」
「書いてあったんだって?」
現着したばかりだから、佐野がホワイトボードをじかに見るのは、はじめてになる。捜査員の一人が指でボードをしめした。
「これが本当なら、そうなる」
「毒っていうのが、引っかかります」
「……誠一、おまえもそう思うのか?」
返事に困った。数秒遅れで、うなすいた。
「管理官、所持していた保険証から、マル害は脇本妙子という女性だと思われます」
正確には、顔写真のついていない健康保険資格確認書のようだ。電話番号は記されていないが、住所は書かれているはずだ。
「携帯電話は?」
「所持していませんでした」
「自宅住所に、所轄の人間を送る。所在確認がとれなければ、まずその女性でまちがいないだろう」
「……」
桑島は頭のどこかで、なにかが引っかかっていることに気がついた。
「どうした?」
佐野に、表情の変化から悟られた。
「あ、いや……」
答えが出ないから、なんと言及すればいいか……。
「被害者の名前……」
「あ? まだ確定じゃないぞ。脇本妙子だな」
「脇本……」
「どうした?」
「弁護士事務所で、その名を聞いた」
「ん?」
たしか、町田弁護士が口にしていた。
「警視?」
「来客の予定があると」
それを聞いて、結城も思い出したようだ。
「それじゃあ、この女性がその弁護士の客だったと?」
もちろん、確証はない。
「結城さん」
「はい」
結城が、弁護士事務所に電話をかけた。町田本人からは名刺をもらっていない。
「あの、さきほどの警視庁の者ですが──」
町田につないでもらって、本人が出たところで、桑島がかわった。来客予定の人物がやって来たのかを質問した。
「来ていませんか? その方は、脇本妙子という名前ではないですか?」
しかし、下の名前までは知らなかったようだ。
「その方の携帯番号を教えてもらえませんか?」
渋っていたので、あなたのほうから、かけてくれませんか──と言い直した。そこで通話を終えた。
「来てないみたいだな?」
「ああ」
すぐに、ブルーシートの外にいた捜査員たちが、音を検知した。
「携帯がみつかりました!」
バイブレーションになっていて、振動で側溝の蓋が音をたてていたようだ。
「なんだ? 蓋の裏にテープでとめられてたのか?」
蓋からはずすと、佐野の手に携帯は渡った。
すでに着信は切れている。しかし数秒後、再び振動を開始した。
佐野が出た。
「もしもし、どちらさまですか?」
むこうの返事を聞いてから、佐野が携帯を桑島に差し出した。急いで手袋をして、耳にあてた。
「町田さんですか?」
『そ、そうです……どういうことなんですか?』
「脇本さんは、お亡くなりになりました」




