咲夜 〜さくや〜
「……で、どういう理由でこうなったんだ?」
半ば呆れたような声で旭鬼が問うと、咲夜は途方にくれた顔で山と積まれた着物をチラリと見た。
「…… 皆が忙しくしている中で、私一人がぼんやり過ごすのもどうかと思い、何か私にも出来る事がないかと家の者に声をかけてみたのです。」
昼餉を終えて、午後の時間をどう過ごそうかと思案した咲夜は、何か手伝える事はないか探して屋敷の中を見て回る事にした。これなら柳鬼に心配をかける事もないだろう。
「それで、中庭にまで行くとたまたま下働きの下男を見かけて……」
まだ年若いその少年は、箒で庭を掃いていた。
咲夜は何か手伝える事はないかと、少年に話しかけようとして、彼の着物の袖が裂けてほつれている事に気がついた。
「どうやら庭木の手入れをしている時に、枝にひっかけたらしいのです。」
咲夜は思わず「私が縫いましょうか?」と声をかけていた。下男は最初とても驚いていたが、咲夜の申し出を嬉しそうに受け入れて、裁縫箱を持ってきた。
「それで、縁側に腰を下ろして下男の袖を縫っていたのですが……」
ーー……
ほつれた袖を手に取り咲夜が針を動かしていると、少年は戸惑うように身体をゴソゴソと動かした。
「じっとしていて下さい、針が刺さると危ないですから。」
「で、でも…… やっぱり着物を脱いで縫って貰った方が……」
少年は真っ赤な顔でオロオロと言う。
「袖の端を縫うくらい、このままで大丈夫です。ですが、あまり動くとちゃんと縫えなくなりますから、じっとしていて下さいね。」
咲夜が着物の袖を縫う間、少年は石のように固まっていた。するとそこへ別の男が通りがかった。
「熾鬼!お前、なにやってるんだ!!」
「え?あ、いや、これは」
いきなり怒鳴りつけられた少年は、慌てて立ち上がろうとする。
「動いてはダメです!」
咲夜は少年の着物を掴んで引っ張った。
「もう終わりますから、あと少しそのままで。」
困り果てたように眉尻を下げる少年をよそに、咲夜は最後の一針を刺すと鋏で糸を切った。
「はい、出来ました。」
少年は縫い終わったばかりの袖を眺めながら目を丸くしていた。
「どこが破れていたか分からないや!凄いです!」
「熾鬼……?」
様子を伺っていた男が苦い顔で少年の名を呼ぶと、熾鬼は咲夜が縫った袖を嬉しそうに見せた。
「庭木で引っ掛けた袖を、咲夜様が縫ってくれたんだ。見てよ!どこが破れていたか分からないくらい綺麗に直してくれた!」
「いや、熾鬼。そうじゃない。そんな事は見れば分かる。俺が言っているのはな、何で咲夜様にそのような事をやらせていたのかと言う事なんだ。」
「あの、私がお願いしたんです。」
少年を叱るように言う男に、咲夜は思わず声をかけていた。
「一人で部屋にいるのも退屈だったので、何か手伝わせて貰おうと思って…… 」
「そのような事、咲夜様がしなくとも良いのです。咲夜様はゆっくりのんびり過ごされて下さいませ。」
男は咲夜を気遣うように言った。
「朢月様と柳鬼様にも言いつかっております。」
なるほど。あの過保護な2人は咲夜を下にも置かぬ扱いでいるつもりらしい。
「私がやりたいのです。」
咲夜は男に懇願するように言った。
「日がな一日、何もする事なく部屋に居ると気が滅入ります。気分転換になるようなお手伝いをさせて下さい。」
「しかし……」
男が迷うように眉をしかめると、熾鬼が無邪気な顔で言う。
「咲夜様がこう言ってるんだから良いじゃないかな?何か役目がある方が張りも出るってもんだし。」
「だがなぁ……。力仕事は問題外だし、炊事は火傷でもされてはいかん。掃除も手は足りてるし……」
「針仕事ならどうかな?」
熾鬼は自分の着物の袖をひらひらと見せながら男の顔を覗き込んだ。
「腕は確かだよ。女手の少ないこの里じゃ無骨な男共に針仕事なんてこなせる訳がねぇし、繕い物も溜まってるんじゃないの?」
「まぁな、針仕事なら部屋でゆっくり座っていて貰えるし、危険な事もないか……」
男は一人頷くと咲夜に向い微笑んだ。
「ありがとうございます、咲夜様。それではお言葉に甘えて針仕事をお願い致します。私は柳鬼様にお許しを頂いたら繕い物を持って参りますので、お部屋でお待ち下さいませ。」
男はお辞儀を一つして廊下を歩いて行った。
「よかったですね。」
熾鬼はにっこり笑って咲夜に言った。
「はい、ありがとうございます。」
咲夜も熾鬼に向かって笑顔を返した。
ーー……
「…… なるほど。それで持って来られた繕い物がこのありさまだと。」
旭鬼は可笑しそうに薄藤色の瞳を細めて唇に笑みを浮かべる。
咲夜の部屋には繕い物の着物が山と積み上げられていた。
「はい……。何でも、無骨な男鬼が多い里ゆえ着物を傷めてしまう者が後を絶たず、里の女達も頑張ってはいるものの家事や子守などもあり手が回らなくて困っていたらしいのです。」
「そうか。それでお前は夕餉の刻も忘れて縫物をしていたと言うわけか。」
食事の支度が整い皆が顔を揃えても、なかなか姿を見せない咲夜を旭鬼が呼びに来てくれたらしい。
「すみません……。」
着物の山に埋もれて途方に暮れる咲夜の姿に旭鬼はもう一度微かな笑みを浮かべて瞳を細めた。
「そう言う事なら」
旭鬼は自分の着ていた羽織を脱ぐと咲夜に差し出す。
「俺の胴服も頼む。気に入っている物なのだが、ここが擦り切れてしまって困っていた。」
差し出された羽織からふわりと微かに旭鬼の匂いがした。
咲夜はそれを受け取ると旭鬼が指した所を確認して微笑む。
「これでしたら私でも直せそうです。」
「そうか。」
旭鬼は咲夜の月影のような色合いの瞳を見つめ頷いた。
「頼んだぞ。」




