咲夜 〜さくや〜
里の中なら自由に過ごして良いと言われた咲夜は、朢月の部屋から出ると早速、外を見て回る事にした。
よそ者が珍しいのか、田畑の手入れをする者やすれ違う者達が、手を止め足を止めて不躾な視線を咲夜に向けてくる。それは決して敵意や警戒心などの類のものではなかったけれど、居心地の悪さを感じる程には明け透けな視線だった。
居た堪れない気持ちになりながら畑の中を縫うように続く細道を進むと、どこからか楽しげな笑い声が聞こえてきた。その声に誘われるように脇道に入り少し行くと、緩やかな流れの川が見える。どうやら女達が洗濯をしながら話に花を咲かせているようだ。
「それで?もう決めたのかい?」
年輩の女性が揶揄うように隣で着物を洗う年若い女に問いかけると、顔を赤くした女が小さな声で
「まだ……」
と答えた。
「でもさ、確かこの前、辰と2人で山に出かけてたろ?」
「えー!そうなの?」
別の女が興味津々と言った様子で2人の会話に割って入る。
「そ、それは、山菜を採りに行っただけで……!」
「はいはい。そんな見え見えの口実がなきゃ茅を連れ出せないなんて、辰も案外だらしがないねぇ」
「辰鬼さんはだらしなくなんてありません!」
ますます顔を赤くする女を見て、あとの2人は声を上げて笑った。
「こりゃ祝言をあげる日も近いわねぇ」
楽しげに言いながら年輩の女性がふと、咲夜に気づいて顔を上げる。
「おや、見ない顔だね……?」
立ち聞きしていたようでバツが悪い思いをしながら、咲夜は慌ててペコリと頭を下げた。
「は、はじめまして。昨日、禕牙より参りました咲夜と申します。」
「まぁ!貴女が禕牙の……」
女性はこっちに来いと言うように手招きしながら笑顔を見せてくれた。
「禕牙からと言う事は、旭鬼様か靜鬼様のお相手ね。」
ニコニコと明るい声で女性は言うと、
「私は萌黄。この子は李で、顔を赤くしてるこっちの子は茅と言うの。よろしくね。」
と、自分の両隣にいる若い娘をそれぞれ指して言う。
咲夜は李と茅にも頭を下げて名前を名乗った。
「咲夜と申します。よろしくお願い致します。」
李は咲夜をまじまじと見ると羨望にも似た眼差しでため息を吐く。
「いいなぁー。旭鬼様か靜鬼様のお相手に選ばれるなんて。私は純血じゃないから絶対にお2人には選ばれないもの。羨ましいわ。」
李の言葉に咲夜は首を傾ける。
「純血?」
「あ、そうか。禕牙は女が多いから知らないのね。」
李は咲夜の方に身体を向けると丁寧に説明してくれた。
「禕牙と違って他の鬼の里には女がとても少ないの。殆どの里では仕方なく人間の娘と夫婦になる男鬼も多いのよ。小さな一族になると頭領くらいしか鬼の嫁は娶れない。一族全てが純血の鬼の血を引く里はもう、禕牙くらいしか残ってないと思うわ。」
「哮牙は禕牙から女鬼を嫁取りしているから何とかまだ純血の鬼も多いけど、それでも女が生まれないから全ての男鬼が純血の女鬼を娶れる訳じゃないのよ。」
萌黄が李の後を継いで話す。
「私も他の鬼の里から哮牙に嫁に来たんだけどね、父親は鬼だったけど母親は人間の娘だった。」
「私もよ。だから半分人間の血が流れる私達は、次の頭領となる男鬼には嫁げないのよ。」
李は茅に視線を向けて微笑む。
「茅は両親とも半人半鬼の間に生まれた子だけど、鬼としての力は強くてね、哮牙に嫁入りする為に来たのよ。」
茅は咲夜に微笑んで「よろしくね」と小さな声で言った。
女鬼は希少だと禕牙の里でもよく耳にした。でも、人間の嫁を娶るほど他の里に女鬼が足りないとは知らなかった。
「私達みたいな半分人間の血を引く者ですら、他の里の鬼に見つかればすぐ連れ去られてしまうから、貴女みたいに純血の女鬼は絶対に1人で出歩いたりしちゃダメよ。」
季は真剣な目でそう言うと、咲夜の腕を掴んで3人の輪の中に引っ張り込む。
「それより!貴女は旭鬼様と靜鬼様、どちらの鬼に嫁ぐの?」
「それは私も聞きたいね!」
「わ、私も……」
萌黄と季と茅は目を輝かせながら咲夜に詰め寄った。
「咲夜様」
名を呼ばれて振り返ると、柳鬼がほっとした表情で立っていた。
「お一人で出歩かれては困ります。」
いつもは涼しげな瞳に、心配そうな影を落として柳鬼は咲夜に手を差し伸べる。
「屋敷の外に出られる時は必ず、私に声をかけて下さい。」
「す、すみません。」
咲夜は慌てて柳鬼の手を取りながら謝った。
「里の中なら自由にして良いと、朢月様からお許しを頂いたので……」
「咲夜様。それは『護衛をつけるなら自由にしてよい』と言う意味ですよ。」
「……ごめんなさい。」
しょんぼりと項垂れる咲夜に柳鬼は苦笑いして、頬を染めながらこちらを見ている3人の女鬼に優雅な仕草で会釈した。
「咲夜様がお世話になりましたね。昨日、禕牙の里から来られたばかりで、心細い思いをされていると思いますので、これからどうぞ仲良くしてさしあげて下さい。」
萌黄はコクコクと頷き、季は返事も忘れて頬を染めたままうっとりと柳鬼を見つめ、茅は緊張したように俯いたまま上目遣いに柳鬼を見ていた。
「さぁ咲夜様、昼餉の支度が整いましたから屋敷に戻りましょう。」
柳鬼に手を引かれながら肩越しに振り返り、咲夜は3人に手を振った。
「いつ見ても綺麗な男鬼だねぇ……」
遠ざかる柳鬼と咲夜の背を見送りながら、3人の女鬼はしばしその場に立ち尽くしていた。




