第137話 氷の狙撃手
大歓声の中、今年もレイリア魔法大会の幕が切って落とされた。
各代表選手たちはそれぞれの学園の優勝のために最善を尽くすことになる。
「さーて今年も始まったレイリア魔法大会。何といっても注目は昨年の覇者で現十三使徒であるレアル選手と将来有望な選手たちの中でも、特に力を持っている特級魔法師一族のユア選手とヂル選手との戦いでしょう。一体、彼らはいつぶつかるのか!」
実況の言う通り、観客たちが望んでいる展開はレアルvsユア、レアルvsヂル、はたまたユアvsヂルといった、名の知れた魔法師たちの戦いだ。
特にレイリア魔法大会に今年初参戦のユアとヂルが一体どのような戦いを見せるのか、また、世代最強の座を手にしているレアルを倒す魔法師が出て来るのかといったところが注目だろう。
そう思いつつも、観客たちは心の底ではレアルに勝てる者はいないと踏んでいた。なぜならレアルには圧倒的な魔力が宿っており、その圧倒的な魔力で作られた魔力障壁を破ることは至難の業だからだ。特級魔法師一族でもせいぜい彼に傷をつけることが精いっぱいだろうと思われていた。
誰もがそう思い、レアル、ユア、ヂルの三人以外に別段興味を示さない今年のレイリア魔法大会。
そんな中、スタジアムの大型スクリーンには密林エリアに転送された金髪碧眼の少年が映し出されていた。その少年が身に纏う制服はアルセニア魔法学園のものだ。しかし開催地であるセナビア魔法学園の生徒たちも彼のことを良く知っている。
スクリーンに映る金髪碧眼の少年はレイリア魔法大会が始まったというのに目を閉じたまま動かない。
なぜ彼があのようなところに居るのか、セナビア魔法学園の生徒たちは心の底からそう思った。
なぜ彼はいまだに一歩も動かないのか、アルセニア魔法学園の生徒たちは彼に対しそう思った。
なぜ彼は目を閉じて固まっているのか、他の観客たちは動かない彼に対しそんな疑問を抱いた。
しかし次の瞬間、答えは分かった。
スクリーンに大々的に映っていた少年の容貌が、一瞬で豹変したのだ。
金色の髪は銀と白の間のような色に、碧い瞳は紅色に変わった。
そんな変化に観客たちは、一瞬、映像が変わったと錯覚したが、背景はまったく変わっていないため、スクリーンに映っている少年が先ほどの金髪碧眼の少年だと確信する。
「あいつ、まさか!?」
学園長たちが全員揃っているVIPルームでは、アルセニア魔法学園長代理であるライガーが驚きの声を上げるが、彼には届かない。「やめろ!」と言いたいが、叫んだところで彼には届かない。彼を止める手段はライガーにはなかった。
一方、同じ部屋にいるセナビア魔法学園長のエドワードは彼の知らない姿に驚く。長い間、一緒にいたが、エドワードは彼の豹変した姿を始めてみた。
「一体その姿は……」
そんなつぶやきをしたエドワードだったが、誰もその答えには答えられなかった。
スクリーンに映る少年は大剣のようなものを召喚すると魔力の錬成を始める。
「これは一体!?」
少年が魔力の錬成を始めて数秒後、スタジアム全体の空気がビリビリと震え始めた。それはまるで少年の魔力錬成に呼応しているかのようにどんどん大きくなっていき、観客たちは恐怖心を覚える。少年がいるのは異空間のラピス島だというのに。
そんな中、スクリーンに映る少年の口が微かに動いた。
すると次の瞬間、スクリーンの映像が一瞬乱れる。けれどもすぐに乱れは直り、再びレイリア魔法大会の中継が行われるが、その時にはもうラピス島に人の姿はなかった。
スクリーンに映し出される人影は三人だけ。
白い髪に紅い眼の美少女ユアと、青いサファイアのような髪と瞳を持つ美幼女リリィ、そしていつの間にか容姿が元に戻っている金髪碧眼の少年セイヤ。この三人だけだ。
「えっ!? えっと……えっ!? しゅっ、終了!?」
実況がポカンとしながら大会終了を知らせる。残っている選手はアルセニア魔法学園の代表だけなので、ルール上はアルセニア魔法学園の優勝である。
しかし実況も観客も突然の出来事に理解できなかった。
こうして今年のレイリア魔法大会は史上最速、昨年の三日を上回る三分で幕を閉じたのであった。
「まさか彼が闇属性を使うとは」
スクリーンに映るセイヤのことを見ながらそう言ったのは銀髪の青年ミコカブレラ。彼は今何があったかをすべて理解している。
「さすがに驚きましたね。まさか前ふりだけで十話以上書いているというのに、大会は二千字で終わらせるとは。さすがに最善を尽くすからと言っても高巻は馬鹿か阿保ですね」
ミコカブレラは手にしているタブレット端末を見ながらそう呟く。
そしてニヤリと笑みを浮かべると言った。
「もちろんこれは冗談です。本編は次から始まるのでご安心を」
ミコカブレラそう言うと、再びタブレット端末を見て、次から始まる本編「レイリア魔法大会初日」を読み始めるのであった。
ついに開幕したレイリア魔法大会。
総勢六十名の各魔法学園の生徒たちが、転送魔法によってレイリア魔法大会の開催地である異空間島、通称ラピス島に到着した。
これから始まるのは、優勝が決まるまで決して終わらない過酷な戦い。代表選手たちはそれぞれ最善を尽くし、自分の所属する学園を優勝に導く必要がある。
そして、すでにラピス島に転送された直後だというのに、どこからか爆発音が聞こえていた。
それはつまり、転送された直後に敵と遭遇して戦闘に入ったという事である。
そんな中、草原エリアには一人の少女の姿があった。
少女が着ている服はアクエリスタン南部にあるクルニセテウス魔法学園の制服だ。クルニセテウス魔法学園の制服を着た少女は周りを警戒しながらも、機敏に草原エリアを駆けている。
クルニセテウス魔法学園は海に面しているという特徴から、レイリア王国で唯一の海中実戦を取り入れている学園だ。
そのため、クルニセテウス魔法学園の生徒たちは水中や特に海中での戦闘技術に優れており、今までのレイリア魔法大会でも、海エリアに入ってしまったクルニセテウス魔法学園の生徒のことを倒せるものはいなかった。
当然、この少女も自分が有利に戦える海エリアを目指している。
都市エリアを中心に、放射状に他の八エリアが広がっているラピス島。現在少女がいる草原エリアは、地図上で見ると西に位置するエリアであり、上は森エリア、下は強風エリアと接している。
そして少女の目指す海エリアは、地図上で見ると北に位置しており、草原エリアからは中心の都市エリアか、地図上で北西に位置する森エリアを経由して向かう必要があった。
森エリアと都市エリアのうち、少女が選択したルートは森エリアを通っての移動だ。森エリアはその名の通り、木々が覆い茂っている森であり、移動の際も敵に見つかりにくい。だから少女は森エリアを選択していた。
少女は森エリアが視界に入ると、より一層、駆け出す。仮に見つかったとしても、森エリアに入ってしまえば隠れるのは容易い。逆に警戒しすぎて見つかる方が馬鹿馬鹿しいぐらいだ。
トップスピードで草原エリアを駆け抜けようとする少女。
しかし、森エリアまであと十メートルといったところで、突然少女のことを衝撃が襲った。
「あっ!」
次の瞬間、少女は突然襲ってきた衝撃に対応できず、その場で倒れ込んでしまう。突然のことに理解が追い付かない少女は、違和感のする頭部に手を当ててみる。
「あれ?」
少女は自分の頭部に手を当てると、あることに気づいた。それは頭部の一部に、まるで何かが貫通したような穴があることに。少女は次第に自分が何かによって頭部を貫かれたのだと理解していく。
「あぁぁぁぁ」
反射的に自分のことを襲うであろう痛みに備えたが、いつまで経っても痛みは少女を襲わない。それもそのはず。なぜなら肉体ダメージが精神ダメージに変換される例の結界が、ラピス島にも張ってあるから。
しかし肉体的ダメージがないからといって、少女が無事なわけがない。遅れて肉体的ダメージから変換された精神的ダメージが少女のことを襲う。
「くっ……」
少女は精神に襲い掛かるダメージによって、意識を失い、光の塵となってその存在をラピス島から消した。少女の精神ダメージが許容範囲を越えたため、レイリア魔法大会からリタイヤしたのだ。
そしてそんな少女が意識を失う直前に視界にとらえたものは、芝生に落ちていた氷の実弾だった。
「まず一人」
無表情でそう呟いたのは、水色の髪をしたアルセニア魔法学園の制服を着ている少女。
彼女の手には氷で作られたスナイパーライフルのようなものが握られている。彼女こそが、クルニセテウス魔法学園の代表の少女をリタイヤさせた犯人である。
そんな犯人こと、アイシィが現在いる場所は、クルニセテウス魔法学園の少女がリタイヤした地点から、約三百メートル離れた森エリアの中にある一本の木の上。
アイシィはそこから、クルニセテウス魔法学園の少女を魔法の補助なしに狙撃したのだ。
アイシィが握る氷で作られたスナイパーライフルはもちろん彼女が作り出したものである。その構造はほとんど本物のスナイパーライフルと同じであり、唯一違っている点と言えば、弾を撃ちだすときに利用する力だけであろう。
通常、スナイパーライフルの弾は火薬の爆発の力を使って撃ちだされる。しかしアイシィが弾を撃ち出す際に利用した力は、火薬でなく、魔力が暴発する力だ。
魔力は通常、物理的干渉力が低いと思われている。セイヤのように魔力だけで相手に影響を及ぼすことができる魔法師は、レイリア王国では非常に少ない。
しかしこれはある意味では間違いである。
影響を及ぼす対象が魔法師であれば、この考え方は正しいが、対象が非魔法師や普通の動物になれば、例えどんな魔法師でも少なからず影響を与えることができる。
なぜなら、魔法師に影響を及ぼせない理由は、魔法師が無意識に生み出している魔力の障壁だから。
レアルのように、意識的に魔力の障壁を作り出すのではなく、魔法師は無意識のうちに弱いものの、魔力の障壁を張っている。そしてその無意識の障壁が、魔力の物理的干渉を防いでいるのだ。
だから並みの魔法師が魔法師に魔力の影響を与えようとしても、あまり効果がなく、魔力は物理的干渉力が低いと錯覚してしまう。
これが魔力を持たない非魔法師や、動物ならどうなるか。当然、魔力を持たない以上、魔力の障壁は存在せず、簡単に影響を及ぼすことができる。
ということは、対象がそもそも生きていないただの氷ならば、魔力が爆発した力を簡単に受けることができ、氷の弾を撃ちだすことも可能だ。
これこそが、アイシィの利用した技術である。
ちなみにこの方法をアイシィに教えたのはセイヤであり、遠距離射撃という攻撃手段を提案をしたのもセイヤであった。
セイヤはオルナの街での射的の際、アイシィの射撃センスを見たときからこの方法を思いつき、アイシィに提案したのだ。
「次は」
アイシィは再びスコープをのぞき込む。氷で作られたスナイパーライフルについているスコープももちろん氷で出来ており、しっかりと遠くまで見ることができる。
「見つけた」
アイシィは新たな敵を見つけると、氷で作られたスナイパーライフルを構えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。今回からやっとレイリア魔法大会が始まりました。
よかったら次もよろしくお願いします。




