死神との別れ
アルドンサの慰めにより元気を取り戻すシャルル。飲み明かした二人が宿に戻ると、予想外の出来事が二人を待っていた。
「あっはっはっは! いやぁ、飲んだ飲んだ!」
深夜になって私とアルドンサは誰もいなくなった夜の街を歩いていた。
アルドンサは上機嫌で私の肩に手を回してしきりに笑っている。
「ああ……そ、そうだな」
アルドンサは調子がいいようだが、私はそれについつい乗せられて飲みすぎてしまった。完全に気分が悪い。
「なんだ? シャルル、調子が悪いのか? あっはっは! それでも男か! だらしないぞ!」
そういって思いっきり俺の背中を叩くアルドンサ。思わず私は胃の中のものが逆流してきそうだったので慌てて口を押さえた。
「あ……だ、大丈夫か? シャルル」
「あ、ああ……大丈夫だ」
「すまん……私の方は、調子に乗りすぎていたな……」
「……私?」
「あ……い、いや、吾輩……え、ええい! うるさい! さぁ、さっさと帰って寝るぞ!」
アルドンサはそういって怒っていってしまった。私は慌ててその後に続く。
気分は悪かったが、幸せな気持ちだった。
先を行く黒髪の少女……といっても、私とほぼ同じ年くらいの背格好だが、そんなアルドンサを見ていると私は不思議と落ち着いてくるのだ。
これまでのマリアンナとの旅で経験した辛い気持ち、出来事、それらを忘れることは出来ない。
だけど、今の自分には、そんな自分を心配してくれる人がいる。
そう思えただけで私は不思議と安心できるのだった。
「おい! シャルル! 早く来い!」
「あ、ああ……すまん」
私は慌ててアルドンサの方に走っていった。
そして、私達は宿屋に戻り、部屋に入る。
部屋の中には、誰もいなかった。
「おや? マリアンナがいないな?」
アルドンサが不思議そうにそう言う。確かに、マリアンナの姿はどこにもなかった。
「そうだな……さすがにこんな深夜だ。外にいるとは思えないのだが……」
私は辺りを見回す。
「あ」
と、私はあるものを発見した。
ベッドの上に紙切れがある。
私は紙切れを手に取る。
「……なんだ? それは」
「……手紙だ」
私は手紙を見た瞬間、手が震えた。
そこには汚い字で文字が書いてある。
「『先に王都へ行っている』……だと?」
思わず私は手紙を握り締めてしまった。
「……マリアンナのヤツ……」
「シャルル……これは、つまり……」
「……マリアンナが私達を置いていったということだな」
一体どういうことだ?
アイツはどういうつもりで、こんな手紙を置いていった?
私はアイツに買われた身のはずだ。それなのに、アイツは私を放り出して置いていったというのか?
「……くそっ」
手紙を丸めて私は壁に叩きつけた。
結局、私はアイツに見捨てられたということか?
私が何もできないから、あいつは俺を捨てていったのか?
それまで抑えられていた負の感情が一気に噴出してくる。
私はベッドに座り、頭を抱えることしか出来なかった。
「シャルル……」
「私は……どうしたらいいんだ……」
もうどうしようもないではないか。そもそも王都に行っていると手紙には書いてあるが、だからといってマリアンナが王都に行っている保証がどこにもない。
これでは、遠まわしな別れの言葉ではないか。
せめて別れのときくらいはっきりといって欲しかった。それなのに、それさえもしてもらなかった。
私は、結局この数ヶ月でマリアンナという少女に何もしてやれなかったということではないか。
「シャルル……」
「……アルドンサ。もう、終わりにしよう」
「……え?」
「……もう、旅は終わりだ」
アルドンサは悲しそうな目で私を見ていた。
でも仕方ないではないか。すでにマリアンナは去った。これ以上旅を続ける意味が、私には見当たらないのなかったのだ。
「終わり……終わりって、どうするんだ? お前、これから……」
「私は既に一度死んだ身だ。何、どうとでもなるさ」
「そ、そんな……何を言っているんだ! お前……さっき私がせっかく慰めてやったというのに、その態度はなんだ! 私はお前のことが……」
「……ありがとう。でも、もういい。君ももう私のことなんかに構わなくていい。明日になったらここを出て行くといい。王立騎士断団の入団、健闘を祈っているよ」
そうだ。そもそも私はこうなる運命だったのだ。
父上に勘当されたその日から、私はすでに死んでいた。シャルル・フロベールという人間は死んでいたのだ。
これまで幾度となく苦難を乗り越えてきたとはいえ、人間が本当に諦めるきっかけなんていうのはほんの些細なことなのかもしれない。
そう……だから、これでいい――
そう思ったときだった。
乾いた音が、部屋の中に響いた。
「……え?」
頬が痛い。
見るとアルドンサが目に涙を浮かべて私の前に立っていた。
「馬鹿者! 貴様、それでも男か!」
私は思わず頬に手を触れる。
痛い。
そうか。私はアルドンサに頬を叩かれたのか。
そういえば、私自身もかつてこんな風に誰かの頬を叩いたような気がする……
「私は……いや、吾輩は! お前を高く評価していたのだ! 騎士である吾輩と会っても物怖じしない点、そして、シスターに対する態度……初めて会ったときから、どことなくお前たちの間になんかただならぬことがあったのは薄々感じていた……そして、お前から断罪人の話を聞いたとき私は絶句した。それと同時にそれでも、そんな相手に未だについてきているお前のことを、私は純粋に尊敬したのだ! どんなにつらいことがあってもそれを耐えてきたお前に……それなのに、お前は諦めるのか?」
「ア、アルドンサ……」
「私は、お前のことを良く知らない! きっとお前だってマリアンナに比べれば私のことを知らないだろう! だから……内心、楽しみだったのだ! ずっと一人きりだった私に始めて共に旅をする仲間ができた……それなのに……旅をやめるなんて……言わないでよ……」
アルドンサはそういって私の胸に顔を埋めてきた。
心臓が高鳴ったがそれ以上に私は気付いた。
もうこの旅は私の一存だけで終えられるものではないのだ、と。
どこかの目的地にたどり着くまで終わるものではないのだ、と。
そして、その旅には、今私の胸の中で泣いている、勇ましくもか弱い女騎士が必要不可欠なのだということを私は認識した。
思わず私は、アルドンサの身体を抱きしめてしまった。
「あ……しゃ、シャルル……」
「……ありがとう、アルドンサ」
「……うん」
私とアルドンサはそれからしばらく抱き合っていた。
その夜は、心を満たしてくれる温かみが胸一杯に広がり、私を癒してくれたのであった。
「……ん?」
「起きたか?」
朝日が目に染みる。私は目を開いた。
すると、そこには優しげに微笑むアルドンサがいた。
「……あ……アルドンサ」
「ふふっ。どうやら、昨日はこのベッドで寝てしまったようだな」
「え? あ……あはは……そ、そうだったのか……」
急に恥ずかしくなって私はアルドンサから目を反らした。
すると、いきなりアルドンサが私の顔を掴み、無理矢理アルドンサと向かい合わせる。
「な、なんだ、アルドンサ……」
「ふふっ。共に同じベッドで寝たのだ。これはもう、お前は私の夫になること決定だな」
「え……あ……それは……」
「嫌……なのか?」
アルドンサが不安そうな顔で私を見る。
無論、嫌ということもできず、私は何も言わず黙ったままだった。
「はぁ……まったく。仕方ないヤツだな。お前は」
「なっ……す、すまん」
アルドンサはフッと小さく笑った。
「さぁ、起きろ。行くぞ」
するとアルドンサは立ち上がり、手を掴み、私を起き上がらせた。
「え? 行くって……」
「決まっているだろ? 探しに行くんだ」
「……マリアンナをか?」
アルドンサはニッコリと微笑んだ。
「ああ、そうだ。お前の悩みも苦しみも、この私が共有してやろう。それが、誇り高い騎士の務めだからな」
得意気にそういうアルドンサ。私も思わず笑ってしまった。
「な、何が可笑しい? 格好よかっただろう?」
「あ、ああ……ところで、アルドンサ」
「ん? なんだ?」
「『私』、でいいのか?」
アルドンサはキョトンとした顔で私を見る。
その後、ニッコリと笑った。
「ああ、もうお前の前では変に格好つける必要はないからな」
「え? あれって格好つけてたのか?」
私の言葉にアルドンサは顔を紅くした。
「そ、そうだ! か、格好よかっただろう!?」
頬を膨らませるアルドンサ。
そうだ。探しに行こう。私を存在を買い取り、いきなり見捨てて行った死神を。
この勇ましくも可愛らしい、銀月の騎士となら絶対に見つけられると信じて。




