迷いの愚者
リリアーヌの一件で落ち込むシャルル。アルドンサの慰めに対してもシャルルはやつあたりで返してしまう。シャルルは、無力な自分に深く思い悩むのであった。
「……はぁ」
ドリィの村を出てから三日後。
私達は歩き続け、ある街にたどり着いていた。
大きくも小さくもなく、特に特徴もない街。名前も見なかったのでわからない。
一ついえることは……とにかく私は落ち込んでいたのだ。
「あ……シャルル」
窓際によりかかって、外を眺めている私に話しかけてきたのはアルドンサだった。
「……なんだ。アルドンサ」
「ああ、いや、その……外に、出ないのか?」
「……ああ、いい」
「いい、って……もう三日目だぞ? お前はこの三日、ずっと宿に篭りっぱなしじゃないか。そんなのは身体によくない。私と外に出よう」
しかし、アルドンサの話を聞く気にはなれなかった。私はそのままふらふらとベッドに近付き、そのまま横になった。
「……いいんだ。放っておいてくれ」
「どうしたんだ? そりゃあ……あの村で起こったのはショッキングな出来事だった。だが……お前に責任があるわけじゃないんだぞ?」
アルドンサは優しい。たぶん、私を慰めようと思って言っているのだろう。
だけど、その時の私にはどうもその言葉は響かなかった。
「……そうだな」
「だったら、外に出て少しは気分転換しよう。良い酒場もあった。酒でも飲めば、忘れられるさ」
「……忘れる?」
私は身体を起こした。
思わずそのままアルドンサを睨みつけてしまう。歴戦の騎士も私が睨みつけると少し驚いたようであった。
「君は……私に忘れろというのか? あのことを」
「だ、だって……仕方ないだろう。じゃあ、何か? お前はずっと、あのシスターのことを引きずって生きて行くのか?」
「……ああ。そうだ。君にはわからないだろうが、私はずっとあんな風な出来事を目の前で見て来たんだ。それなのに、忘れろだって? はっ……いいよな。誇り高い騎士は、王立騎士団に入ることだけを考えていればいいんだから」
さすがに自分でも言いすぎたと思ったが、言ってしまった。無論、アルドンサも私の言い方にはカチンときたようである。
「お、お前! それが騎士に対する言い方か!? 大体、私はそんな……私だってショックだったんだぞ! 我が国であんな……あんな職業が成り立っているなんて!」
アルドンサには、あの後断罪人の話をした。アルドンサはそれを聞くと、かつての私と同じような反応した。しかし、今まで旅をしてきたのに、断罪人と出会わなかったのは彼女にとって幸福なことであったといえるだろう。
しかし、私はそんな彼女を無知であると思ってしまった。無論、それは単なるやり場のない怒りからであるが。
「はっ。とんだお笑いぐさだな。名門カルリオン家が一般庶民の常識も知らないなんて!」
「なっ……き、貴様! 私をこれ以上愚弄すると、今この場で叩き切ってやるぞ!」
「ほぉ! そうか! 所詮騎士様も断罪人と一緒だな! 自分を馬鹿にしたヤツは斬り伏せるのか! それでよくもまぁ、誇り高い騎士などと言えたものだな!」
私は言ってしまってからしまったと思った。
アルドンサは目に一杯涙を浮かべている。いつも男勝りに笑っているアルドンサが涙を浮かべている様子などは、私にとっては驚きであった。
「……馬鹿……シャルルの……馬鹿ぁ!」
まるで子どものようにそういうとアルドンサはそのまま部屋を出て行ってしまった。私は呆然とその場に立ちつくした後、ベッドに腰かけ、大きく溜息をついた。
アルドンサにやつあたりしてどうするのだ……そんなことをしても何の解決にもならないというのに……
「どうした?」
と、そこへマリアンナが帰って来た。
「……ああ。ちょっと、な」
「今さっき、アルドンサの奴とすれ違ったぞ。なんだかいつもと違ったな。お前、何かしたのか?」
「……いや、何も」
今はマリアンナともあまり喋りたくなかった。マリアンナと喋ると余計に自分が情けないことを思い出してしまいそうだったからである。
「そうか。はぁ。しかし、困ったな」
「何が、困ったんだ?」
「仕事が、ない」
マリアンナは何気なくそう言った。
仕事……つまり、断罪の依頼がないということだろう。
いつもの私ならば手放しにそれを喜んだであろう。しかし、今の私にとっては、結局マリアンナはジェラルドから解放されても断罪人のままであるという事実を着きつけられる残酷な現実を表す言葉であった。
「……なくて、いいじゃないか」
「それは困る。依頼がないと金が入ってこない。宿賃だって払えないぞ」
「……別に金を得る手段はいくらでもある!」
私は思わずまた大きな声を出してしまった。マリアンナは特に動じる様子もなく私を見る。
「ああ、そうだな」
「わかっているのなら……なぜ断罪人を続けようとするんだ!?」
「それは、お前、それしかできないからだよ」
あまりにも素っ気なく、マリアンナは言った。
「……そんなこと、ないだろう」
「いや、ある。いいか。肉食動物ってのは自然と獲物を狩る方法を学ぶんだ。それなのに、ある日突然、今まで使ってきた手法を取りあげられてしまったらどうなる? 動物は得物を狩れなくなるだろ。つまり、生きる術を失ってしまうんだ」
「お前は、人間だろう? だったら……」
「人間だって動物だ。自分が今まで拠り所としてきたものを奪われれば生きていけない。だからこそ、あのリリアーヌだって、拠り所を失うくらいなら死を選んだわけだ」
私は、何も言えなくなってしまった。言ったところでマリアンナの言葉が正しいと思ってしまう。
いや、正確には、マリアンナの言葉に対し否定できる言葉がなかったのだ。
私は黙ったまま俯いた。
「さて、もう一度街をぶらついてくるかな。もしかしたら依頼があるかもしれない」
そういってマリアンナは部屋を出て行ってしまった。私はただその小さな後ろ姿を見送ることしかできなかった。
「……ん? あれ……私は……」
ベッドの上で私は目を覚ました。
どうやら、いつの間にか私は眠ってしまっていたらしい。腕を伸ばし、大きく伸びをする。
「……はぁ」
自然と身体の中から溜息が出た。なんともやるせない気持ちだった。
と、不意に扉を叩く音が聞こえた。
「はい?」
私は扉に向かって返事をする。
「……あ……わ、吾輩……じゃなくて、わ、私だ」
「……アルドンサ?」
なんだか妙に作ったようなアルドンサの声が扉の向こうから聞こえてくる。
私は立ちあがって扉を開けた。
すると、扉の前には、目を見張る程の美少女が立っていた。
いや、それはアルドンサなのであったが、いつものように白いシャツにズボンという男のような格好ではなかった。
長いスカートにブラウスというなんとも可愛らしい少女相応の姿のアルドンサがそこに立っていたのだ。
「あ……や、やぁ」
「あ、ああ。どうしたんだ? その格好」
「あ……その……少し、お前……じゃなくて、シャルルと……話したくて」
なんだか喋り方も変である。
「あ……そ、そうなのか」
「せ、せっかくだから……外で話さないか?」
私は何も言わずに、ただ、部屋を出た。そして、宿屋を出て街に出る。
私の少し後を、綺麗に着飾ったアルドンサが歩いてくる。
そして、しばらく歩いた後で私は立ち止まり振り返った。
「で、話ってなんだ?」
アルドンサは少し戸惑っているようだったが、少ししてから私の方に近付いてきた。
「その……シャルル……私は……シャルルはそんなに苦しむ必要はないと思うんだ」
そして、アルドンサは躊躇いがちにそう言った。
苦しむ必要はない……のだろうか。私にはわからなかった。
「……私は、別に苦しんではいない」
「苦しんでいるだろう? ずっと思い悩んで……今回のことでシャルル自身に何か責任を負うところがあったのか?」
「それは……」
「ないだろう? 確かにお前から聞いた話は衝撃的だった。私だってそんな現実可笑しいと思う。だけど……だからって……そんな風に思い悩んで……シャルルが可哀そうだ……」
そういってアルドンサは泣き始めた。
ああ、そうか。アルドンサは、本当に私のことを想ってくれていたんだな。
誰かのために涙を流す人間を、私はこの旅で……いや、私自身の人生でこの時始めて見た。
その分、アルドンサという人間がこの上なく私からしてみれば純粋で、優しい人間に思えたのである。
「アルドンサ……泣かないでくれ」
「だって……ぐすっ……わ、私は……」
「……そうだな。確かに私は抱え込みすぎだったのかもしれない。そもそもリリアーヌとマリアンナは別だ。リリアーヌが断罪人だからといってマリアンナと重ねていたんだろうな、私は」
そう言って私は相変わらず泣きじゃくっているアルドンサの頭に手を置いた。
「……すまなかった、アルドンサ。ありがとう」
「あ……あ、ああ。ど、どういたしまして……」
少し恥ずかしそうにアルドンサはそう言った。私はそんなアルドンサにニッコリと微笑みかける。するとアルドンサは頬を紅くして顔を反らしてしまった。
そんなアルドンサを見ていると私自身も恥ずかしくなってしまった。私も同じように顔を反らしたのであった。
「……あー……よ、よし! で、では、もういいよな!?」
「……え?」
するといきなりアルドンサはいつものような勢いのある喋り方で私に話しかける。
「はっはっは! お前が元気がないから、その……なんだ。一芝居打ったのだ! まんまと騙されてお前も甘いヤツだな!」
「あ……あ、あはは……そうだったのか」
「そうだ! お前が元気がないものだから、このようにさも女らしい格好でお前の前に現れ、慰めてやったのだよ。感謝しろよ、シャルル。はっはっは!」
そういってアルドンサは豪快に笑っていた。
ああ。やっぱりアルドンサは乙女らしいのもいいが、こうして誇り高い騎士のように振舞っているのが似合っている気がする。
しかし、私はついついアルドンサのことをからかいたくなってしまった。
「アルドンサ。一つ聞いていいか?」
「ん? なんだ?」
「芝居だったと言う割には、未だに恥ずかしそうなのは一体どういうことだ?」
私がそういうとアルドンサは顔を真っ赤にして私から顔を反らした。
私は思わずその様子を見て吹きだしてしまった。
「な、何が可笑しい! 貴様! 騎士を愚弄するのか!?」
「ああ、すまん……いや、大丈夫だ」
「そ、そうか。よし! では、景気づけに飲みに行くぞ!」
「え? またか?」
「当たり前だ! では、シャルル。着いて来い!」
そういってアルドンサは元気よく歩いて行ってしまった。
私は心の中でこの勇ましくも繊細で純粋な騎士に感謝しながら、その後を追ったのであった。




