聖女のいる村 6
助けに表れたアルドンサとマリアンナ。そして、ついにマリアンナとリリアーヌの最終決戦が始まる。
「大丈夫か。シャルル」
「あ、ああ……」
アルドンサがそのまま私の下に駆け寄って来た。そして、椅子のロープを剣で切ってくれた。ようやく私は自由になる。
「あらあら。よくわかりましたね。この場所が」
リリアーヌは驚いた様子でマリアンナとアルドンサを見る。
「お前が断罪人だからな。大体ここだろうって予想できたんだ」
「はい? どういうことです?」
「ジェラルドによく聞いていたんだよ。大体屋敷に監禁された子どもの内一人は、机の下に抜け穴を掘ってそこに隠れている、って」
「え……じゃあ、この部屋って」
「ああ。祭壇にあった机の下に隠し通路があった。つまり、教会の地下だ」
マリアンナはそういうと斧の刃をリリアーヌに向けた。
「さて、断罪人同士で戦ったことというのはないんだが、お前は昨日私に襲いかかって来た上に、私の所有物に手を出した。すでに断罪教会はないから、規定も何もない。私が断罪するべきだと思った対象としてお前を断罪する」
「ふっ……ふふっ。断罪、ですか。そうですか……アナタも罪人なのですね」
なぜかリリアーヌはマリアンナに向けて憐れみの目を向けた。
「罪人? まぁ、そうなのかもな」
「かも、ではありません。罪人なのです。一方で私は聖女クルダ。アナタに断罪されるような存在ではありません」
「じゃあ、どうするんだ?」
「もちろん、罪人であるアナタをこそ……聖女の名誉にかけて排除するんですよ!」
そういうとリリアーヌは袖に隠していたらしいナイフを一気にマリアンナに向けて放った。
マリアンナは冷静にそれらを見切り、斧ではじくこともなく全てかわした。
するとリリアーヌは今度はマリアンナに飛びかかってきた。マリアンナはナイフを振り下ろしてきたリリアーヌに対し、斧で対抗する。
身長差で劣るマリアンナ。しかし、リリアーヌのナイフの切りつけを、マリアンナは斧で受け止めた。
「さぁ! 神の元に召されなさい!」
「残念だが、私は神を信じていないものでね」
そういってマリアンナは斧でナイフを弾き飛ばした。リリアーヌはマリアンナから距離をとる。
「うぬ……その……シャルルよ」
と、ここでアルドンサが私に話しかけてきた。
「な、なんだ?」
「……その、なんだ? わが国のシスターというのは……全員あのように戦闘能力が高いものなのか?」
アルドンサは信じられないといった顔でそう言った。
ああ……そういえば、アルドンサは未だに断罪人のことを知らないのであった。
「いや……まぁ、あれだ。これが終わったら貴女にも全て話すよ」
「え? あ、そうか……ふむ、吾輩、驚きのあまりまったく動けん」
というよりも、普通の人間では目で追うのがやっとのレベルであった。
二人のシスター……もとい、断罪人はそれからもしばらく互いにぶつかり合った。そのたびにナイフが斧の刃をすべる嫌な音、そして、ナイフをはじき落とす斧の音が聞こえる。
しばらくすると二人は動きを止めた。
というよりも先に動きを止めたのはリリアーヌだった。見ると、既に息も絶え絶えでなんとか立っている状態だ。
「なんだ。終わりか」
対してマリアンナが息一つ乱さずにそう言った。リリアーヌは修道服の裾からナイフを取り出して構えたが、既に勝敗は見えているようだった。
「じゃあ、死ね」
「あ……ま、待て! マリアンナ!」
私は思わず声をあげてしまった。
マリアンナがこちらに振り向く。
すると、その瞬間に、リリアーヌが私達の側を通り過ぎてそのまま走り去り、部屋の奥にあった扉をあけて出て行ってしまった。
「あ……」
マリアンナが私を睨んだ。思わず私は目を反らす。
「なんだ。シャルル」
「あ……い、いや……」
「……ふぅ。まったく面倒だな。どうせ、アイツ、もう死ぬつもりだろ」
「……え?」
そういうとマリアンナは斧を背中にもどして私達のほうへやってきた。
「行けばわかる。アイツは死にたがっている」
「そ、そうなのか?」
私の質問には答えずに、マリアンナも扉を開けて出て行った。
「シャルル……どうするのだ?」
アルドンサが私に訊ねてきた。どうするも何も、リリアーヌとマリアンナを追うしかないだろう。
「……行こう」
私がそういうとアルドンサは頷いた。私達も扉を開け、部屋を出た。
部屋を出ると階段があった。私達はそれを一気に上りきると、確かに聖クルダ教会の礼拝堂に出た。
ステンドグラスを通して月の光が注ぎ込んできていて、礼拝堂の内部は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「あ……あそこだ。シャルル」
すると、階段を上りきった私達から少し離れた場所に、マリアンナとリリアーヌが向き合って立っていた。
二人は互いに武器を構えずにただ向き合っている。しかし、そこには見て取れるほどの緊張感があった。
「ふぅ……どうやら、ここまでのようですね」
先に口を開いたのはリリアーヌだった。まるで諦めたかのような笑みを浮かべている。
「ああ、そうだな」
マリアンナはまったく感情の篭っていない声で応える。
「ですが、私は聖女です。最後まで災いと戦って滅びねばなりません」
そういってリリアーヌは、ふらつきながらもナイフを構える。
マリアンナも同じように斧を構えた。
「や……やめろ!」
私は思わず礼拝堂内に響く声で叫んでしまった。
マリアンナとリリアーヌが同時にこちらを振り向く。
「ま、マリアンナ……やめてくれ! もう……いいじゃないか」
「もう、いい? なんだそれは?」
「だって……もう、リリアーヌは――」
「シャルルさん」
と、私が言おうとすると、リリアーヌは先に割って入った。
「リリアーヌ……」
「面白い方ですね、アナタは。私はアナタを誘拐し、監禁したんですよ? それなのに、アナタは私の命を助けようとしているわけですよね?」
「あ……ああ。そうだ。貴女は私を誘拐した……でも! だからって、死ぬことはない! 死んでどうするんだ? もう……もう、誰も私の目の前で死なないでくれ!」
思わず私は両目から涙を流して叫んでしまった。同時に膝から力が抜け、その場に座り込む。
「シャルル……」
アルドンサが私の肩を抱いてくれた。
「もう……人が死ぬのを見るのは……嫌なんだ……」
私はそういっていて初めて気付いた。
そうだった。私の気持ちはまさにそれだったのだ。
断罪人を救う云々よりも、私はもう、私の目の前で人に死んで欲しくない。
クロエのようなことになってほしくない。それこそが私の気持ちそのものであったのだ。
「ふっ……ふふっ。そうですか」
すると、リリアーヌはニッコリと微笑んだ。
「シャルルさん。アナタの気持ちはよくわかりました。ですが……いいのです」
「……え?」
「大抵の人は生きているべきであると思います。ですが、私……今の私は死んだほうがいいのです」
「なっ……何を言っているんだ? 死んだ方がいいなんて……そんなわけないだろ! 死んだほうがいいなんてあるわけない!」
しかし、リリアーヌはそれ以上先を続けず、ナイフを構えると、マリアンナに向かっていった。
「や、やめろ……やめろぉぉぉぉぉ!」
次の瞬間、私の目の前で真っ赤な血が礼拝堂の白い床に飛び散った。
倒れたのは、背丈の高い、美しいシスターの方であった。
「あ……あぁ……くそぉ……」
私はそのまま床に蹲った。
また、何もできなかったのだ……
「ふぅ。疲れた」
毎度のお決まりのように、「仕事」が終わった直後のセリフをいうマリアンナ。
「シャルル……」
アルドンサに身体を支えられながら、私は立ち上がった。
そして、マリアンナが私達のところに戻ってくる。
「さて、コイツは断罪人であったが、この村にとってはシスターだ。シスターを殺してしまった以上、さっさとこの村から出て行ったほうがいい」
「……ああ、そうだな」
マリアンナのその言葉に私は頷く。
マリアンナに対し怒りはなかった。マリアンナはいつもとおりだ。殺意があって殺したわけでも、怒りがあって殺したわけでもない。
怒っているのは自分自身にだ。何が断罪人を救ってみせる、だ……私は……
そして、私達は教会の扉を開けた。
「……え?」
すると、扉を開くと、目の前には村人達が集まっていたのである。
「なっ……なんだ、お前達!」
アルドンサは片手で私を支えながら、剣を抜く。
「お、お待ち下さい! 騎士様! 剣をお納めください!」
しかし、村人達はとくに私達に敵意を向けるでもなく、慌ててアルドンサを宥めてきた。
「な、なんだ……お前達は……一体……」
すると暫くの沈黙の後、いきなり村人達は頭を下げた。
「どうも……ありがとうございました」
そして、ゆっくりとこういったのである。
「……は?」
思わず私は疑問の声を出してしまった。
すると、村人の一人が歩み出て頭を下げる。
「私どもは、アナタ様方に感謝しているのです」
「感謝……? なぜ?」
「それは、あの悪魔を成敗してくださったからです」
私は絶句してしまった。
悪魔……悪魔ってなんだ?
悪魔とは、まさか……リリアーヌのことを言っているのか?
「私共にはどうにも手に負えない存在でございましたから、シスターとして崇めてなんとか抑えていましたが……我々はあの悪魔の本性を知っていました。なんとかこの村から追い出せないかと思って悩んでおったのです。ですが、これでようやく、村にも平和が訪れます。ありがとうございました」
「追い出せないか、って……リリアーヌは、この村を守っていたと言っていたんだぞ……それなのに……」
「それは、あの悪魔の妄言でしょう。まったく……最初に怪我をしているといって村で面倒を見てやろうとしたのが間違いでした。しかも、後から判明したのは、王族殺しの断罪人だったなんて……助けるんじゃなかった……」
村人は心底憎らしげにそういった。他の村人たちも同じようにそう言っている。
そうか……リリアーヌは、すべてわかっていたのか。
分かっていた上で、「自分の居場所はここしかない」と……
私は再び涙がこみ上げるのを感じた。
そして、それと同じくらいの怒りも。
「……は、お前らだ」
「はい? なんですか?」
「悪魔は……お前らのほうだ!」
私は思わず村人共に向かって叫んでしまった。村人達は眼を丸くして私を見ている。
「リリアーヌは……人間だ! 悪魔なんかじゃない! 傷ついて、この村に来た……彼女には居場所がなかったんだ! それなのに、お前らは……彼女にどうして居場所を与えてあげなかったんだ!」
「シャルル、落ち着け……もう……いいだろう?」
アルドンサにそう言われ私はもう何もいえなかった。言いたくもなかった。
そのまま村人の間を通り抜け宿屋に戻り、荷物をとってそのまま私達三人は村を出た。
村を出るとき、振り返ると、村の中央で何かが燃えているのを見た。その周りに人々が集まり、手を合わせてそれに対し祈っている。
「ほぉ。まさしく聖女じゃないか」
セルバンテスに乗っていたマリアンナがそう言った。
「……なぜだ」
私は沈んだ気持ちをなんとか抑えながらマリアンナに尋ねる。
「お前、見なかったのか? 教会の中にあった本に書いてあったぞ。聖クルダの生涯」
「……聖クルダの生涯? 聖クルダは、最期……どうなったんだ?」
「聖クルダは村人を守って剣をとり、災いを振り払った。しかし、最終的に彼女を魔女と疑った領主と村人から最後は火炙りにされて死んだんだと」
「そんな……だって聖クルダは戦いの中で死んだ、って……」
「死んだ、ということにされたらしいぞ。そりゃあ、村人と領主が勝手に私刑にした、なんてのは不味いからな。まったく、いつの時代も、人間ってのは酷いもんだな」
マリアンナはあくまで他人事のようにそう言った。
私はそれを聞いてもう一度後ろを振り返った。
すると、誰もいないはずの教会の鐘が鳴った。
まるでそれは、聖女の嘆きの声のように私には聞こえた。




