聖女のいる村 5
リリアーヌに捕らわれたシャルル。その部屋で、シャルルはリリアーヌから驚くべき過去を知らされることになるのであった。
「そうですね。どこからお話ししましょうか」
リリアーヌは考え込むように人差し指を口に当てた。
「シャルルさんは、断罪人について御存知のようですね」
「ああ。さっきも言った通り、知り合いに断罪人がいるんでね」
「なるほど。でしたら話は早いですね。では、手っ取り早く断罪人リリアーヌがこの村にどうして来たのかお話ししましょう」
リリアーヌは少し息を吐いてから私の方に向き直った。
「断罪人リリアーヌはそれはそれはよくできた断罪人でした。舞い込んでくる依頼は数知れず、しかも、どの依頼も確実にこなす。まさに、冷酷無比な死神の権化のような存在でした。リリアーヌは基本的に感情を持ちません。ですから、どんなに自分が死神として、殺しの道具として高く評価されようと慢心はしませんでした。ですが、どこかに奢る気持ちがあったのかもしれません。リリアーヌはある王族の一人を断罪することを依頼されました。リリアーヌはいとも簡単に王族を断罪しましたが、あろうことか、依頼主がリリアーヌを裏切り、リリアーヌを王族殺しの罪人として抹殺しようとしたのです。要するにリリアーヌは嵌められたのですね。リリアーヌは追手から必死で逃げました。ですが、無論、断罪人である自分を匿ってくれる場所などありません。ボロボロになったリリアーヌは、とある村に辿り着いたのです。それが、この村です」
するとリリアーヌは懐からまたナイフを取り出して手で弄び始めた。
「村に辿り着いた瞬間、リリアーヌは気を失いました。ですが、次に目覚めると、村人達がリリアーヌの周りにいました。リリアーヌは村人に助けられたのです。しかも、村人達は追手に対しても、リリアーヌが村に来たことを隠し、リリアーヌのことをかばってくれたのです。その時、感情のない道具であったはずのリリアーヌの心の中に何か温かいものが生まれました……すでにその時から、リリアーヌは聖クルダ様になることが決まっていたのですね」
「そうか……それで貴女はそれからずっとこの村に?」
「ええ。リリアーヌはずっとこの村にいました。リリアーヌは村人のために尽くしました。村人に言われたことは何でもやりました。どんなに汚らわしいことでも、おぞましいことでもやりました。だって、リリアーヌには分かっていたんです。この村以外に自分の行き場所はない、と。どんなに村人に酷い仕打ちを受けても、自分はここにしかいられないんだ、と」
「え……な、なんだって?」
予想外の話だった。
どう考えても話の流れからして、リリアーヌは村人に優しくされたと思ったのだ。それが、汚らわしいことや、酷い仕打ちだとだって?
私は何か心に重い鉄の塊のようなものが落ちてくるのを感じた。
「ですが、ある日のことです。村に盗賊がやってきました。村人は逃げ惑うばかり。そんな中でリリアーヌはかつて自身が断罪人であったことを思いだしました。そして、反射的に、自分の居場所である村を破壊する盗賊を全て断罪したのです。するとどうでしょう? 村人達は目を丸くしてリリアーヌを見た後で皆、賛美の言葉をリリアーヌに与えました。それまでまるで奴隷のように扱っていたリリアーヌを聖クルダの生まれ変わりとして扱うようになったのです」
そして、リリアーヌはニッコリと私に微笑んだ。
「これが、断罪人リリアーヌが聖クルダへと変わった経緯です。村人から聖クルダと崇められて以来、リリアーヌは神の声に目覚め、断罪人という死を運ぶ乙女から、神につかえる敬虔なシスターへと生まれ変ったのです」
目をキラキラさせてそういうリリアーヌ。
私はまたわかってしまった。
目の前の美しい女性、シスターリリアーヌ。彼女もまた、壊れてしまっているのだと。
村人達が聖クルダとして覚醒するまでのリリアーヌに対しどんな仕打ちをしていたのかは想像もしたくない。リリアーヌは……だまされているんじゃないのか。今も村人達はもしかしてリリアーヌのことを……
「な、なぁ。リリアーヌ」
「なんです? ああ。シャルルさん。ですから、私は聖クルダですよ。リリアーヌじゃありません」
「あ、ああ……じゃあ、クルダ。その……村から出ようとは思わないのか?」
「村から……出る? あはは。何を言っているんですか。私はこの村の守り神ですよ。守り神が村から出たら誰が村を守るんです?」
「……違うよ、クルダ……いや、リリアーヌ。君はリリアーヌだ。聖クルダなんかじゃない。だから、そんなことに縛られる必要はないんだ」
リリアーヌは無関心そうな目で私を見る。少し語気を荒げてしまったのが悪かったかと思いながら私もリリアーヌを見返していた。
「では、それでどこに行くのです?」
「え……」
「仮にリリアーヌが聖クルダをやめたとして、リリアーヌはどこへ行くのです。ねぇ、シャルルさん。私は、この村から出てどうするんです? また、人を断罪するんですか?」
「そ、それは……そんなことはしなくていい! もう、君は自由なんだ! 断罪人でも、聖女でもないんだ! だから……自由に生きていいんだ!」
しかし、そう言っている口の一方で、私の頭の中には一つの疑問があった。
自由に生きるとは、なんだ。
そうだ。私はまだ明確な応えを出していないじゃないか。
マリアンナに対してもそうだ。私は言った。断罪人をやらなくてもいい生き方を見つける、と。
だけど、それは一体どんな方法なんだ。私如きが見つけられる方法なのか?
マリアンナ一人救えていないのに、私は目の前のリリアーヌまで助けようとしている。
それは、あまりにも傲慢すぎるのではないか。
それでは私は……貴族だった頃とまるで変わっていないではないか。
私はそのことに気付き、あまりにも愕然としていまい、何もいえなくなってしまった。
「ない、ですよね」
しばらく私が呆然としていると、リリアーヌがそう言った。
特に侮蔑も、嘲笑もこめたわけでもない笑みリリアーヌは私に向ける。
むしろ、優しささえ感じさせる笑みを私に向けてきたので、私は思わず驚いてしまった。
「……リリアーヌ?」
「いいんですよ。シャルルさん。アナタを見ていればわかります。アナタは……私達のような人間を助けたがっているんですよね」
私は何も言わずに頷いた。
「それは、あの小さなシスター……アナタの知り合いの断罪人のためですか」
「……ああ。そうだ」
「ふふっ。そうですか。じゃあ、一つお聞きします。シャルルさん。私が今まで言ったこと全て、本気だと思っていますか?」
「……え?」
「私は聖クルダ。聖女にして剣を取り、この村を守る存在……あははっ。そんなわけ、ないじゃないですか。わかってます。私も元は断罪人。断罪人は、神なんて信じない。それは、断罪人に一度なったら絶対です。知り合いの断罪人さんを見れば、わかるでしょう?」
「……そうだ。では、なぜ貴女は……」
「もう、疲れちゃったんですよ。いえ、疲れちゃった、ってどういうことかわかりませんが、もういいんです。私も断罪人として作られた存在でした。そんな存在から断罪という行為を取り上げれば存在意義がなくなってしまうんです。その存在意義の代わりが、聖クルダだったんです。それまで私は何者でもありませんでしたから。だから、せめて、聖クルダのままでいたいんです。どんなにそれが愚かで、むなしいことだとしても」
「リリアーヌ……貴女は……」
いつの間にか私の目からは涙が流れていた。
「泣かないで下さい。大丈夫。神様がついていますよ」
そういって指で涙をふき取ってくれるリリアーヌ。
ダメだ……考えがまとまらない。
私は決めたはずだった。断罪人を……マリアンナを救ってみせると。
でも、やっぱり無理じゃないか。私なんかが、断罪人の過去を、想像を絶するような過去にやすやすと入っていけるような存在じゃない。
そもそもリリアーヌはこうして過去を語ってくれた。だが、マリアンナはどうだ。
いまだに私に語ってくれないじゃないか。
そう思うとほとほと私は自分自身が情けなくなってきた。
いままでこの数ヶ月、マリアンナと旅をしてきて一体何を学んだのか。
学んできたつもりだったのだ。それなのに……私は……
「シャルルさん。辛いですか」
「あ……ああ……辛い」
私は嗚咽混じりにそう返答した。
「そうですか……大丈夫です。神の御許に召されれば全て救われます。だから……ごめんなさい」
リリアーヌはナイフを取り出した。そして、思いっきりそれを振り上げる。
ああ……死ぬのか。私は。
だが、これほどまでに打ちのめされたその時は、もう死んでもいいと思った。
私は、無力だ。何もできずただ目の前でこの上なく悲痛な運命を歩んでいる人間を見ることしか出来ない。
それならば、もうここで死んでもいいと思ったのだ。
脳裏に浮んだのはクロエのことだった。
すまない、クロエ……私では断罪人を救うことはできなかったよ……
そう謝りながら、私は目を閉じた。
「待て!」
しかし、私は死ななかった。
リリアーヌは声のした方に顔を向ける。それと同時に一本の剣がこちらに飛んできた。
リリアーヌはそれをかわし、私から離れた。
「あ……アルドンサ!?」
「はっはっは! シャルル。待たせたな! どうにもこの部屋の入口を探すのに手間取ってしまったものでな」
「手間取った? 入口を見つけたのは私だろう。適当なことを言うな」
「え……?」
私は目を丸くしてしまった。
そこにいたのは、銀色の甲冑に身を包み、にこやかな笑顔を浮かべている女騎士と――
「……マリアンナ」
巨斧を持った、黒い小さなシスターであった。マリアンナは不機嫌そうな顔でリリアーヌを睨みつける。
「さて。そこで椅子に縛られている私の所持品、返してもらおうか」




