聖女のいる村 1
旅を続けるシャルル、マリアンナ、アルドンサ。王都までの道のり、三日間歩き続けた三人の前に小さな村が姿を現したのであった。
「うぅ……頭がガンガンする……」
ラムザの街を出て道を歩いていると、アルドンサが憂鬱そうにそう言った。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……しかし、どうにも変なのだよな」
「何が?」
「吾輩、昨日シスターと激しい戦闘をした記憶があるのだが……ハハッ。まさか、か弱い聖女相手に戦うなぞ、騎士である吾輩がするわけないよなぁ」
そういって快活に笑うアルドンサ。私も適当にそれに合わせる。
どうにもアルドンサは完全に昨日の一件を忘れているようだった。まぁ、それはそれで都合はいいこともあるが、いかんせんいずれまたマリアンナが断罪人であることはどうせバレテしまうのだから、むしろ覚えていて欲しいと思う節もあったわけで……
私はチラリとマリアンナを見やる。相変らずセルバンテスの上に乗って、読めない表情だ。何も言わないほうがいい気がする。
「あー……アルドンサ。ところで、次の街まではどれくらいなんだ?」
「ん? ああ。そうだな。歩いて三日というところか」
「そんなにかかるのか?」
「まぁな。本当は王都までにももっと街や村があったはずなんだが、戦や最近の飢饉で数が減っているらしい。だから、まともな街にたどり着くのはおそらく後三日は歩かねばならないだろうな」
「そうなのか……」
私は愕然としながらも、仕方のない事実として受け止めることにした。
それにしても、やはりこの国は今残酷な現実に直面しているのだろうか。街や村が減っていて人々が困窮しているというのなら、革命という行為が民衆の中から湧き上がってきても可笑しくはない。
ふと弟ジョージのことが思い返される。革命……その事実は既に冗談として処理できる言葉ではなくなっているのかもしれない。
「どうした? シャルル。三日と聞いて落ち込んでいるのか?」
と、そこへアルドンサがニカッと歯をむき出して私に笑いかける。
その女騎士の笑顔を見ていると、少し元気が出てくるのであった。
「……いや、仕方ないだろう。私も頑張るよ」
「その意気だ! なぁに。辛くなったら吾輩にいえば背負ってやろう。シスターも、セルバンテスに乗っていて尻が痛くなったら吾輩に言うのだぞ?」
アルドンサの言葉にマリアンナは少しだけ視線をむけてすぐにそっぽを向いてしまった。
まるで懐かない猫だな……私はそんな風に考えながら、少し呆れてしまったのだった。
それから私達は、三日間歩き続けた。アルドンサの言う通り、行く先々には村の残骸らしきものや、建物が破壊された後があった。それを見るたびに、私が貴族時代に見ていた平和というのはあくまでも部分的なものなのだと改めて実感した。
そして、時に、セルバンテスの背に乗せてもらいながらも、なんとか私達は歩き続けたが、さすがに三日目ともなると限界がやってきた。
……というか、私がいい加減限界だったのだが。
「……はぁ」
私はついに膝を追って立ち止まってしまった。
「おい。シャルル。大丈夫か?」
心配そうにしながらアルドンサが駆け寄ってくる。
「なんだ。無理なら置いて行くぞ」
と、馬の上からマリアンナの声も聞こえる。
「なっ……お、おい! シスター! 今のは酷いのではないか? お前は神に仕える乙女だろう? シャルルは疲れているんだ。少しは労わってやったらどうだ?」
しかし、マリアンナはアルドンサには返事をせず、そのままセルバンテスを進ませた。
「なんてシスターだ……まったく。なぁ、シャルル。あれでも彼女はシスターなのか?」
今更な質問に私は笑いながらなんとか身体を起こす。
「すまない。どうにも身体が弱くてな」
「そうか……せめてどこか休める所があればいいんだが……」
といっても、どうせゆっくり休めるところなどないのだ。だったら歩くしかない。
私は再び歩みを進めることにした。と、その時だった。
「おい。シャルル。村だぞ」
前方からマリアンナの声が聞こえた。私は思わずそちらに駆け寄る。
マリアンナが乗っているセルバンテスの側まで来ると、確かに前方に小さな村が見えた。
「た、助かった……」
思わず私は安堵の声を漏らしてしまう。
「おお、小さいが、確かに村だ。よかったな、シャルル」
そういって互いに私はアルドンサは笑い合った。
「はしゃぐな。さっさと行くぞ」
そこへマリアンナのイラついた声が聞こえてくる。私とアルドンサはそれ以上喜び合うのはやめて、大人しくセルバンテスの後ろについていった。
「……なぁ、シャルル」
と、アルドンサが話しかけてきた。
「ん? なんだ?」
「その……シスターの修道院では、『笑顔を見せてはいけない』といでもいった教義でもあるのか?」
私はそういうアルドンサの問いにただただ笑うしかないのであった。
村の入口には「ドリィの村」と書いた看板があった。
私達はそのまま村の中央を通って中へ入る。
またいつものマリアンナという断罪人に向けられる侮蔑の視線が襲ってくるのかと、私は覚悟していた。
しかし、どうにも私の予想はことごとく外れてしまった。
「いやぁ! 旅人さんですか?」
いきなりそこを歩いていた農夫の一人が、私達に話しかけてきたのだ。
「いかにも! 吾輩はアルドンサ。こっちはシャルル。そして、馬の上に乗っているのがシスター……なんだったか?」
「マリアンナだ」
勢い良く受け答えしたアルドンサに戸惑いながらも、農夫は満面の笑みを私達に向ける。
「そうですかぁ。それはそれは……今夜の宿をお探しですか?」
「え? あ、まぁ……」
「でしたら、宿まで案内しますよ。こっちです」
言われるがままに私達は農夫について行く。
すると、いきなり耳をつんざくばかりの大きな鐘の音が聞こえてきた。
「な、なんだ?」
思わず私は耳を塞ぎながら、鐘が聞こえてきた方向……頭上に顔を向ける。
見ると、質素な村には似つかないほど大きな教会が聳え立っていた。
「あはは。大きいでしょう。聖クルダ教会です」
得意そうな笑顔で農夫はそう言った。
「聖……クルダ?」
「はい。聖クルダ様。この村の守り神です。といっても実在した人物ですよ。聖クルダ様はこの村が危機に陥った時に聖人であったにも拘わらず、剣をとってこの村を救ってくれたそうです」
私は今一度教会を眺める。確かに大きかった。街中にあっても引けをとらないほどの荘厳さである。
「あ。リリアーヌ様!」
と、いきなり農夫は私達から離れ、走り出した。
走り出した農夫のほうに視線を向けると、教会から何者かが出てきた。
教会から出てきたのは修道服を着た女性だった。
まさにシスターといった感じの女性だ。同じ修道服を着ているというのにマリアンナとは似ても似つかない。慈愛に満ち溢れた雰囲気の女性だった。
「どうも。トラビスさん」
「リリアーヌ様。旅の方だそうです」
農夫にそういわれるとシスターはニコニコしながら私達の方に歩み寄ってきた。
「ようこそ、旅の方。私はこの村の教会のシスター、リリアーヌと申します」
そして、何よりも美しかった。その笑顔を見ているとまるで心まで癒されてしまいそうな感じである。農夫の行動も納得がいった。
「吾輩はアルドンサだ。シスターよ。吾輩達は宿屋を探している。宿屋はこのまま真っ直ぐ行けばよいのか?」
「はい。小さい村ですが、皆さんをお泊めするに十分なお部屋は用意できていると思います。どうぞ、この村で疲れを癒してくださいね」
思わず私はその笑顔に見蕩れてしまい、しばらく立ち尽くしてしまった。
「ん? どうかされましたか?」
「え? あ、ああ。いや……すまない。その……美しいシスターを見るというのは始めてでして」
「ふふっ。まぁ。お上手ですね。でも、アナタはそこの小さなシスターの従者さんではないんですか? それともそこの可愛い騎士さまの従者さんですか?」
そういわれて私は振り返る。マリアンナだけでなく、アルドンサまでもが、不満そうな顔で私を見ていたので慌てて私は二人の元へ向かった。
「まったく……何デレデレしているのだ。シャルル」
「あ、あはは……すまない」
アルドンサにそう言われて私は照れ隠しに笑った。
それにしても同じ修道服だというのに偉い違いである。私は思わずマリアンナのほうを見る。
と、マリアンナがいきなりこちらに振り向き、目があってしまった。
「なんだ?」
「あ……い、いや、なんでもない……」
それはそうだ。あちらは本職のシスター。そして、こちらは断罪人。まるで対照的な存在なのだから。
しかし、シスターリリアーヌ……美しい人だった……
「おい、シャルル。ほら、宿に着いたぞ」
アルドンサの声で私は我に帰る。
どうにも私はその時あまりにも地に足がついていなかったのだ。
未だに過酷な旅の途中なのだということも、自覚せずに。




