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剣と斧

突如として表れたマリアンナ。酔っ払い状態のアルドンサとの間で緊迫した状況が続き、ついに開戦の火蓋が落とされるのであった。

「……シスターか?」

 アルドンサが不審そうに訊ねる。

「どうしてここにいる? それになんだ? その大きな斧は――」

 その瞬間、マリアンナは私とアルドンサに向けて思いっきり斧を振り下ろしてきた。

 寸前にアルドンサが私を付き飛ばし、私とアルドンサはなんとか斧によって真っ二つにされるという自体を避けることができた。

「なっ……なんだ?」

 マリアンナは斧を地面から引き抜くと、私とアルドンサの方に向き直る。

「返せ」

 そして、冷やかな声でそう言った。

「……は?」

「返せ。ソイツは私の物だ」

 私とアルドンサは思わず顔を見合わせてしまった。

「返せと、言っている」

 そして、再び斧を振り上げたかと思うと、そのまま一気にこちらに振り下ろしてきた。私とアルドンサは慌ててそれも回避する。

「お、おい、落ちつけシスター! ……シャルル。これは一体どういうことだ?」

 アルドンサが困惑した顔で私に訊いてくる。

「あ……そ、その……じ、実は……だな。マリアンナは……シスターではないのだ」

「はぁ?」

 そうアルドンサが返事をするかしないかの間に、再び斧による斬撃が襲ってきた。

「ひっ……!」

 斧の切っ先は私の直前で地面にめり込んでいた。

「おい、シャルル。確認するぞ。お前は、私が買い取ったんだったよな?」

「あ……ま、マリアンナ……」

 見るとマリアンナは今まで見たことのないような目を俺に向けている。

 その表情は怒りであることはわかった。だが、ケイン神父がいた教会で暴れていた時とはまた違う。

 まるで小さい子どもが、欲しい食べ物を買ってもらえなかったときのような……駄々をこねているような怒りの顔つきだったのだ。

「どうなんだ? シャルル」

「あ……わ、私は……」

「そこまでにしてもらおうか。シスター」

 と、間に割って入ったのはアルドンサだった。

「あ、アルドンサ……」

「シャルルよ。状況はよくわからんが、自身の従者に対し斧を振り上げ、殺そうとする者を前にして、騎士として黙って見ているわけにはいかん」

 そして、アルドンサは今一度腰元の鞘から剣を抜いた。

「シスター。お前に恨みはないが、これ以上シャルルに危害を加えようというのなら、この吾輩が相手になるぞ」

 アルドンサは抜き放った剣先をマリアンナに向けた。

 剣先を向けられてもマリアンナは表情一つ変えずにアルドンサを見つめている。

「あ、アルドンサ! やめろ! 貴女は何もわかっていないだろう!?」

「ふっ。心配するな。多少酔っているとはいえ、か弱い乙女一人相手に遅れはとらんよ」

 すると、マリアンナはその言葉を聞いて口元を歪ませた。笑っているのではない。まるで馬鹿にしたようにアルドンサを見たのだ。

「シャルル。もう断罪教会はないから、規定に従う必要も、ないんだよな?」

「へ……お、おい! マリアンナ! やめろ!」

 しかし、私の言うことを聞くはずもなく、マリアンナは思いっきり斧をアルドンサに向けて振り下ろした。

「アルドンサ!」

 思わず叫んでしまう。

 しかし、土煙の中からは斧に押しつぶされたアルドンサの姿は見えなかった。

「ふっ。動きが大仰すぎるな。それでは吾輩を捕らえられないぞ?」

 アルドンサの声がした。思わず私は周囲を見回す。

 するとマリアンナの背後から大きく飛び上がった影があった。

「あ……アルドンサ!」

 そのままアルドンサは剣を振り上げ、マリアンナに向けてそれを振り下ろす。

 しかし、マリアンナもそれに応戦する。とっさに斧をそちらに向け、剣の刃先を受け止めた。

「ほぉ。なるほど。吾輩の動きに対応するとは、まったく腕に覚えがないというわけではないようだな」

 なぜだか嬉しそうなアルドンサ。

 そして、今一度金属と金属がぶつかる音がする。二人は互いに少し距離を置いて離れた。

「や、やめるんだ! 二人とも!」

「うるさい。黙れ、シャルル」

 マリアンナは冷たく私を睨んできた。どうにもとても私が何をいったところでどうにかなりそうなものではないようである。

「そうだぞ。シャルル。久々に戦い甲斐がありそうな相手だ。吾輩に任せておけ」

 一方で完全に酔っているのか、検討はずれなことをいうアルドンサ。

 ここは見守ることしかできないのか……というよりも変に割って入ったら私が殺されそうである。

 そうこうしているうちに再びマリアンナが動いた。アルドンサもそれにあわせて動く。

 そこでは、私の目では追いかけることができないような戦いが展開されていた。金属の激しくぶつかる音。そして、一瞬にして動く人影。

 相変らずマリアンナが超人的な動きをしているのには驚かないが、問題はアルドンサだ。

 あの細い剣でどうして巨大な斧と渡り合っているのか。しかも動きもマリアンナに付いていっている。

 ほぼ互角の戦いが続き、夜のラムザの街の広場には乾いた金属音だけが響き渡る。

「……はぁ。ふぅ。やるな。シスター」

 そして、さきにそう言ったのはアルドンサだった。

 アルドンサにはわずかに疲労の色が見える。

 一方のマリアンナはまったく疲れていないようだ。

 不味い。これではさすがにアルドンサが不利だ。

「お、おい! マリアンナ! もうやめろ!」

 マリアンナは私の方に顔を向ける。蒼い瞳は突き刺すように私を見ていた。

「なんだ? シャルル」

「もうやめてくれ! その……私が悪かった!」

 私は頭を下げて大声でそう叫んだ。

 するとこちらに一歩ずつ近付いてくる足音が聞こえてくる。頭を下げたままの私には、マリアンナなのかアルドンサなのかそれがわからない。

 そして、足音は私の前で止まった。私はゆっくりと顔を上げる。

「あ……マリアンナ」

 やはりマリアンナだった。人を殺せそうな視線で私を見ている。

「お前に一つ聞くぞ」

「え? あ……な、なんだ?」

「お前は、あの女の物になったのか?」

「……は?」

 意味がわからなかった。あの女というと……アルドンサのことなのだろう。

 ……なんでそんなことを聞くんだ? 私が……アルドンサのものになったというのは一体なんのことか私にはさっぱりわからなかった。

「な、なんだって?」

 私がそう訊ねると、また斧を地面に向かって振り下ろした。震動で思わず私を尻餅をついてしまう。

「どうなんだ? シャルル」

 マリアンナの目は本気だった。ここで答えを間違えれば確実に死が待っているのが私にも理解できた。

「あ……い、いや、私は、その……あ、アルドンサは、王都までの案内役だろう? だ、だから親交を深めていただけだ。だ、だから、お前の単なる勘違いで――」

「何を言っているんだ。シャルル。お前は私の未来の旦那様だろうが」

 私の顔から血の気がサァーッと引いて行くのが自分でもわかった。

 振り向くと上機嫌そうなアルドンサが私を見ている。激しい運動のせいで余計に酔いが回ってしまったようだった。

 お終いだ……そう思って私は目を瞑った。

 しかし、斧の一撃は私の振ってこなかった。恐る恐る目を開けてみる。

 すると、マリアンナはただじっと私を見ていた。

「ま、マリアンナ?」

「旦那様って、お前、アイツと結婚するのか?」

「え……あ、いやいや。違う! ほら、見ろ! アイツは酔っているだけだ! な?」

 そういうとマリアンナはアルドンサの方を見る。

 というか、私もそちらを見ると、アルドンサは既に大きないびきを書いて広間の中央で寝てしまっていた。

「寝てるな」

「あ、ああ……」

 なんともやりたい放題の騎士様である。私もさすがに辟易してしまった。

 しばらく私とマリアンナの間で沈黙が流れる。

「おい」

 と、マリアンナのほうが口を開いた。

「な、なんだ?」

「じゃあ、別にお前はアイツの物になったわけじゃないんだな」

「あ……ああ。そうだ。私は誇り高い……元、貴族だぞ? 一応、お前に金で買われた身だ。自分の立ち位置くらい弁えているさ」

「そうか」

 そういうとマリアンナは斧を肩に担いだ。どうやらこれ以上戦うつもりはないようである。

 私は思わず安堵の溜息を漏らしてしまったのだった。

「それなら、いい。私はテントに戻るから、あの案内役をちゃんと宿屋に連れて行けよ」

「あ……ま、マリアンナ」

 そのまま立ち去ろうとするマリアンナに私は呼びかけた。

 マリアンナは面倒臭そうにこちらに振り返る。

「なんだ?」

「その……わざわざ確認しにきたのか?」

「何を?」

「その……私がアルドンサの物になっていないかどうか、を……」

 そういうとマリアンナはジッと私を見る。思わずその視線を受けて私はゴクリと唾を飲み込んでしまった。

「そうだ」

 そして、素っ気無くマリアンナは私にこう答えたのであった。

「それは……私がアルドンサの物になってしまうかもしれない、と心配だったのか?」

「ああ、そうだ」

「は……はははっ。そ、そうか。ふふっ。マリアンナよ。私を誰だと思っているのだ。私はあくまでお前の荷物持ちだぞ? ジェラルドの屋敷を離れるときだって、エリスの誘いをちゃんと断ったではないか。仮にアルドンサが誘いをかけてきたとしても、私はちゃんと断るさ」

 なんだ……そんなことだったのか。

 マリアンナにも可愛いところがある。あまりにも私がアルドンサと仲良くしていたためか、マリアンナの方が不安になっていたようだ。

 確かにそういう理由ならば、セルバンテスに乗っていたときのあの不満そうな顔も納得できる。

 私はニヤニヤしながらそう言った。しかし、マリアンナは相変らずの無表情だった。

「いや、別になってもいいんだぞ。その女の荷物持ちに」

「……へ?」

「なるんならなるで、早く言って欲しいから確認しに来たんだ。後から急に荷物持ちを辞めるとか言われると困るからな」

「なっ……あ、あはは……そ、そういうことか」

 と、なんとも結局真相はもっとお粗末な話だった。

 そうだよな……そんなに簡単にマリアンナに人間性が芽生えると思った私が馬鹿だったのだ。

 そして、そのままマリアンナは私の背を向けて歩き出した……と思った矢先だった。

「ただ、少し不快ではあった」

 マリアンナは小さく呟いた。

「え? 何が?」

「お前とそこで寝転がっている女が仲良くしているのがだよ。なんだか、見ていてイライラした」

 それだけ言ってマリアンナはそのまま行ってしまった。

 私はその言葉だけでも少し喜びを感じながら、完全に熟睡しているアルドンサを背負い、宿屋まで苦労して連れて行ったのであった。

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