聖女のいる村 2
ドリィの村で一時の癒しの時間を味わうシャルル達。その夜、シャルル達に不審な黒い影が忍び寄るのであった。
「ふぅ。やはりふかふかのベッドは心地いいなぁ」
鎧を脱いで服に着替えたアルドンサはベッドに横になって大きく伸びをしていた。
宿屋はリリアーヌの言っていた通り、私達三人を受け入れるのに充分な広さの部屋が用意されていた。部屋には小さいながらもベッドも二つある。
「しかし、ベッドが二つしかないというのは困るな。これではシャルルが眠れないではないか」
「え……わ、私はベッドで寝られないこと前提なのか?」
「当たり前だろう。か弱いシスターを床や椅子で寝させるつもりなのか。お前は」
そう言われてしまうとなにも言い返せなかったので、思わず私はマリアンナの方を向く。
マリアンナは椅子に座ったまま特に反応することなく私の方を見返してきていた。
「あ……そ、そうだな」
「ふふっ。そうだよな。さすがだな。シャルル。お前、付き人の割りには女性の扱い方というものを心得ているよな」
「あ、あはは……そう言ってもらえると嬉しい」
「ふむ……よし。では、さっそく酒でも飲みに行くとするか」
と、一段落付いたと思いきやいきなりアルドンサはそんなことを言い出した。
「え……い、いきなりか?」
「当たり前だ。せっかく村に着いたのだ。酒くらい飲まなければ旅の疲れは癒せんだろう」
「そ、それはそうかもしれないが……」
「よし! 行くぞ、シャルル。ああ。シスターはさすがにまだ酒を飲む年ごろではないだろう? だからここで――」
「待て」
と、アルドンサがそう言おうとするのを遮ってマリアンナが口を開いた。
「私も行く」
「……は?」
思わず私が声を漏らしてしまった。
「お、おいおい、マリアンナ。お前、だって、酒なんて……」
「飲める」
マリアンナはきっぱりとそう言った。いつもとおりの無表情なのだが、どこか強情を張っているようなそんな顔にも見える。
その言葉を聞いてニヤリと微笑んだのはアルドンサであった。
「そうか! よし。面白い! 神に仕える乙女がどれほど酒を嗜むのか、この目でしかと見てやろうではないか!」
「は? お、おいおい、アルドンサ、だってマリアンナは……」
どう見たって酒を飲めるような見た目ではない、と私はいいたかった。背丈だって私やアルドンサの半分程度しかないのだ。酒を一滴でも飲んだらそのままぶっ倒れてしまうのではないだろうか。
「いいじゃないか。シャルル。物事は経験だ。酒くらい飲んでおいて損はないさ。はっはっは!」
そういっていつもとおりに豪快に笑うアルドンサ。私は心配だった。
なぜって私は酔ったマリアンナを知らない。仮に、酔うと面倒だとしたら私にも手が負えるかどうかなんてわかったものではない。
私はマリアンナの近くに寄って耳に口を近づけた。
「マリアンナ、どういうつもりだ? 別にいいんだぞ。私とアルドンサに付いてこなくても」
するとマリアンナはムッとしたように顔をしかめて私を見る。
「私についてくるなと言っているのか? やはり、お前は、アイツの物になったのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだが……」
マリアンナの顔を見ていると、どうにも私が何を言っても仕方ないように思える。
私は諦めてとりあえず酒場に行くことにした。
といっても、果たしてこんな小さな村にどれほどの大きさの酒場があるのか、私には疑問であったのだけれど。
「ぷはぁっ! 美味いな、この村の酒は!」
しかし、私の予想に反して村にはそれ相応の大きさの酒場が存在した。ラムザの街ほどではないが、それなりに盛り上がりのある酒場であった。
「しかし……良い飲みっぷりだな、シスター! 聖女というのはそんなに酒が飲めるものなんだな!」
既にジョッキを三杯ほど空にしているアルドンサ。一方のマリアンナも同じ数だけジョッキを空にしていた。
おまけにアルドンサが完全に頬を紅くしてご機嫌なのに対し、マリアンナはまったくといっていいほど酔いが表情に出ていなかった。まるで飲んだすぐ側から酒を身体の中でただの水にしているかのようである。
「おい、マリアンナ。大丈夫か?」
私は小声でマリアンナに訊ねた。
「何がだ?」
何食わぬ顔でマリアンナは返答してきた。どうやら杞憂だったようである。
「よし! おい! こっちに後酒を三杯ほど持ってきてくれ!」
むしろ問題なのは先ほどからまったく歯止めを利かせずにバンバン注文を繰り返す女騎士のほうであった。
「アルドンサ……そんなに飲んで大丈夫なのか?」
「はっはっは! 平気だ! それに仮に倒れても前と同じようにシャルルが背負って吾輩を宿屋まで連れて行ってくれるんだろう?」
「え……貴女、そのことは覚えているのか?」
「ふふっ。もちろんだ。あんな風に殿方の背中に背負われたのは生まれて初めてだったからな……」
そういってなぜかうっとりとした目でコチラを見つめてくるアルドンサ。またもや、酔いがかなり回り始めているらしい。
「な、なんだ、アルドンサ?」
「いやね……やはり、吾輩の将来の夫になるには、吾輩自身をしっかりとその背中で背負えるくらいの男子でなければならないからな……やはり、シャルル。お前は吾輩の夫に相応しいのだ」
アルドンサがそう言った瞬間、バンッと音がした
見るとマリアンナが空にしたジョッキを机に思いっきり叩き付けたのだった。
「おい。こっちにも酒、後三杯」
「なっ……ま、マリアンナ?」
すると、アルドンサがニッコリと笑みを浮かべる。
「ふふっ。なるほど。飲み比べというわけか。よろしい! このアルドンサ・カルリオン、受けて立とうではないか!」
「あ、お、おい! アルドンサ……ま、マリアンナもなぜそんな煽るような真似を……」
しかし、私がそういおうとすると、マリアンナは鋭い目つきで私を睨みつけてきた。
そんな目で睨みつけられてしまっては、私は何も言えなかった。
結局そのまま私の目の前で、シスターと騎士の飲み比べ対決という、奇妙な催しが始まってしまったのであった。
「うぃ~……ひっく……う、うふふ……シャルル……す、すまないなぁ……」
「ああ、わかっているよ……まったく」
そして、深夜。
私は背中にアルドンサを背負い、宿屋へと戻る道を歩いていた。
「はぁ……この女騎士さまが来てから毎度毎度これだな」
「ああ。そうだな」
私の隣ではマリアンナがまったく変わっていない様子の顔でそう言った。
「……マリアンナ、大丈夫なのか? 相当飲んでいたようだが……」
「問題ない。あの程度の酒で酔いつぶれる方がどうかしている」
さすがはマリアンナというべきか……私は少し感心しながら、私とマリアンナは店主も受け付けからいなくなった宿屋の中に入り、そのまま部屋へと向かう。
そして、そのままアルドンサをベッドに寝かすと、自分もベッドに腰掛けた。
「ふぅ……さて、私達も寝るとするか」
しかし、マリアンナは椅子に座ったまま何かじっと考え込んでいるようだった。
「どうした? マリアンナ?」
「いや、実はこの村に入ってからずっと気になることがある」
「気になること?」
「ああ。あのシスター。どこかで見たことがある」
シスター……あの聖女、リリアーヌのことか。
「見たことがあるって……他の街でか?」
「いや、街じゃない。もっと別の場所でだ」
「別の場所って……いくら格好が一緒だからって、断罪人が本職のシスターを会うことなんて、あるのか?」
私が訪ねても、マリアンナは何か考え込んでいるようで応えなかった。
そもそも、あの美しいシスターが、血なまぐさい断罪人と関係があるなんて想像もできなかった。おそらくマリアンナの勘違いか何かであろう。
「……すまないが、私ももう眠い。今日は休ませて貰うよ」
「おい、シャルル」
と、マリアンナがいきなり立ち上がった。
そして、なぜかおもむろに斧を取り出し、それを手に握る。
「な、なんだ? どうした?」
「来るぞ」
すると、宿屋の階段を駆け上がってくる音が聞こえてきた。そして、次の瞬間には、私が見ている目の前で思いっきり宿屋のドアが蹴破られたのだ。
「うわっ!?」
ドアが蹴破られると同時に、黒い人影が姿を表した。
それは、まぎれもなく、マリアンナと同じように修道服を身に纏った人物である。ただ、問題なのはその両手に無数のナイフを所持していることだった。
「だ、断罪人!?」
思わず私は叫んだ。
「伏せろ!」
マリアンナの声が聞こえると同時に、私は反射的に頭を伏せた。私の頭上の上を、何本かのナイフが通り過ぎて行く。
「ひっ……!」
と、ナイフ使いの断罪人がナイフを投げたのを見計らってか、マリアンナがそのまま斧を持って断罪人に突進していった。
マリアンナはいつものように思いっきり斧を振り下ろす。しかし、ナイフ使いは素早い動きでそれをかわし、今度はマリアンナ目掛けてナイフを投げてきた。
「マリアンナ!」
しかし、私が心配する必要もなく、マリアンナは全てのナイフを悉く斧ではじき落とした。ナイフ使いはその俊敏さに驚いたのか、はたまた、自身の劣勢を悟ったのか、そのまま階段を下りていった。
「あ……お、追わないのか?」
「追う必要はない。どうせ、今日はもう襲ってこない」
「今日は、って……だ、大体なんで断罪人が襲って来るんだ? 私達のうち誰かが断罪の対象だったのか?」
するとマリアンナは無機質な瞳を私に向けてゆっくりとこう言った。
「あれは、断罪人ではない」
「え……? じゃあ……」
「あれは、ただのシスターだろ」
私はマリアンナの言葉の意味がわからなかった。いや、理解したくなかったというのもある。
しかし、既に私の頭にはある一つの嫌な予感が過ぎっていたのであった。




