断罪教会 3
囚われの身となったシャルル。そして、マリアンナによる断罪がついに行われようとしていた。
ジェラルドの言った通り、その日は、死ぬには丁度いい……かどうかは知らないが、とにかく快晴であった。よく覚えている。
私が連れてこられたのは、断罪教会の屋敷の裏だった。教会の裏はゴミ捨て場になっていた。
「ここで、私は死ぬのか」
「ええ。そうです。今まで私利私欲のために他者を切り捨て、ゴミのように扱ってきた貴族様にはお似合いの場所でしょう?」
ジェラルドは嬉しそうにそう言った。私は返事をせずに、そのまま黙った。
「さて、シャルル殿……いえ。罪人シャルル・フロベール。死ぬ前に、何か述べることはありますかな?」
「ふっ。罪人、か。私が罪人? 確かに、私はこれまで様々な罪を犯してきたよ。何もしていないなんて言わない。だが、お前に私が裁けるのか?」
「な、なんですって?」
「人間に人間の罪を裁く……そんなことできるわけがないじゃないか。そりゃあ、法律っていうものはある。だけど、それは人間の定義で決めた人間の裁き方だ。絶対的な断罪の方法なんてこの世には存在しない」
「黙りなさい。そのための断罪人でしょう? 人でないものが人を裁く……これこそが断罪の理想の形なのです」
私はジェラルドのほうを見た。
「……断罪人は、人だ」
「ほほほ! 何を言っているのです? 断罪人が人? 違います! 貴殿は昨日からやたらそのことにこだわっているようですが、人のわけがないでしょう? ここにいるマリアンナやエリスは、これまで何人の人を殺してきたと思います? 貴殿の想像もつかない数だ。そんな数の人間を殺めてきた人間が正常でいられるわけが……いや、そんな数の人間を殺してきた人間は人間ではない。人殺しのための武器ですよ」
ジェラルドは少し興奮気味にそう捲くし立てて来た。
その時、どうしてあんなにも冷静だったのかわからない。
死を目前にした人間というのは取り乱すと、私も思っていたことなのだが、私に関してはあまりにもマリアンナを介して人の死を見すぎてしまったせいか、死に対して何らかの耐性ができてしまっていたらしい。
「お前は、断罪人を人だと思いたくないんだろう。自分が壊してしまった少女達に対する負い目から、ずっと逃げているんだ。自分の悲しみを他人に押し付けた罪悪感に、ずっと縛られているんだ」
「なっ……! だ、黙れ! も、もういい! エリス、ソイツから離れなさい! マリアンナ、さっさとソイツを断罪するのです!」
我慢の限界が来たのか、ジェラルドが取り乱してそう言った。
しかし、マリアンナもエリスも動こうとしなかった。ジェラルドは目を丸くして二人を見ている。
「ど、どうしたのです!? 私に逆らうのですか!?」
「ジェラルド様。ワタクシ、少しシャルル様にお聞きしたいことがありますわ」
「は? な、なんですって?」
ジェラルドの反応など気にせずに、エリスは私に近付いてきた。そして、いきなり頭を下げた。
「昨夜、お紅茶に眠り薬を入れたのはワタクシですわ。申し訳ございませんでした」
「ああ。まぁ、わかってはいたよ」
「ええ。シャルル様。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
「貴方様は、本当に、断罪人を人間だと思っていらっしゃるの?」
エリスの瞳は真っ直ぐに私を捉えた。私もその視線を受け止める。
「少なくとも、私と旅をしてきた断罪人『漆黒のマリアンナ』は、人間であったし、そうであると、私は信じたい」
私がそう言うと、エリスは少しの間、無表情に私を見ていた。
しかし、急に表情を崩すと、ニッコリと微笑んだ。
「やはり、面白い方ですわね。貴方様は」
「ああ、ありがとう」
「エリス! その男から早く離れなさい! 断罪人の使命を忘れたのですか?」
「いいえ。そんなことはありませんわ。ジェラルド様」
ジェラルドにそういわれると、エリスは私から離れていった。
「さぁ、マリアンナ。今すぐその男を断罪するのです」
離れていったエリスの代わりに、マリアンナがゆっくりと私の前に歩いてきた。肩には巨大な斧が背負われている。
「……ふっ」
「ん? どうした?」
「いや、初めて会った時と変わらない目をしているな、と思ってな」
マリアンナの瞳は、初めて会った時……つまり、私を殺そうとした時と全く変わらず、冷たく揺らめいていた。
「そうか」
そして、言葉の調子も。
何も変わっていない。マリアンナはあの時のままだった。
変わったことがあるとしたら、それは私の記憶の中だけであろう。
私は断罪人、漆黒のマリアンナとの日々を思い出していた。
やはり、それは私のそれまでの人生以上にかけがえのないものであったのだ。
「お前、死ぬんだな」
マリアンナが口を開いた。
「ああ。お前に殺されてな」
私はそう返す。
「怖くないのか?」
「ああ、怖くはない。昨日言ったはずだ」
「そうか。よかったな」
「だが……残念だ」
「残念?」
マリアンナが怪訝そうに私を見る。
「私は、もう少しお前の荷物持ちを続けたかった。お前ともっと色んなところに行きたかったし、いろんな経験をしたかったんだ」
「荷物持ちを、か」
「ははは。変わっているよな。わかったんだ。私は変わり者だということが。でも、そのおかげで今日まで生きながらえた。断罪人と出会って旅をすることができた。だから、私は自分が変わり者でよかったと思っているよ」
「ふぅん。そうか」
「お前は、どうだった? 私は、お前にとって変わり者だったよな?」
マリアンナはその質問に少し戸惑ったようだった。
考え込むように下を向いて、それからしばらくして顔を上げる。
「ああ。そうだな。お前は、ちょっと変だった」
「あはは……そうか……」
変、か……
なんだかそう言われると身も蓋もなかった。
「マリアンナ! 私が黙っていればいつまでも……早くその男を断罪しなさい!」
ジェラルドの怒りの篭った声を受けて、マリアンナは肩に担いでいた斧を両手で持った。
そして、私の方に少しずつ歩み寄ってくる。
「マリアンナ……私は、楽しかったよ」
その時、私の口は自然と動いていた。
「辛いこともたくさんあった。だけど、私は貴族の世界にいたら絶対に経験できないことをたくさん味わった。全部、マリアンナのおかげだ」
私は顔をあげてマリアンナを見る。
マリアンナは何も言わず、表情も変えず、ただ私を蒼い瞳でじっと見つめているだけだった。
「本当に、楽しかったよ。マリアンナ」
「言い残すことは、それだけか?」
マリアンナはそのまま大きく斧を振り上げた。黒い刃が、まるで大きな獣の牙のように私に向かって鈍く輝いていた。
「シャルル・フロベール。他に言い残すことは、ないのか?」
「……ああ。後一つだけある」
私は口を開いて、マリアンナを見る。マリアンナも巨大な斧を持ち上げたまま、私をその蒼い瞳で見ていた。
「ありがとう。マリアンナ」
私はゆっくりと、だが確実にそう言った。
満面の笑みで。
マリアンナは何も言わずに、私を見ていた。
「何をしているのです! マリアンナ! さっさとその男を殺しなさい!」
ジェラルドの怒声が聞こえてきても、マリアンナは動かなかった。斧を振り上げたまま、私の前に突っ立っている。
ジェラルドも、少し離れて立っているままのエリスも、マリアンナのその行動を不思議そうに眺めていた。
それからしばらくしてマリアンナは、斧をゆっくりと、肩に戻した。
つまり、私にその残酷な刃は振り下ろされなかったのである。
「は……な、何をしているのですか! マリアンナ! 一体どうして……」
するとマリアンナはそのままジェラルドの方へ歩いて行く。
ジェラルドは、やってくるマリアンナを怪訝そうな顔で見ていたが、マリアンナはジェラルドの前まで来ると、いきなり大きな斧を振り上げた。
「え」
次の瞬間にはマリアンナの巨斧はそのままジェラルドに振り下ろされていた。
肉が切り裂かれる生々しい音が聞こえたかと思うと、ジェラルドの身体は地面に倒れた。
私は呆然としてその光景を見ていた。
私の命が助かったのはわかる。
だが、マリアンナがしたことはなんだ?
マリアンナは、ジェラルドを殺した……いや。断罪したのだ。
マリアンナは地面に倒れたジェラルドをじっと見ていたが、しばらくすると、私の方に戻ってきた。
「どういたしまして」
「……へ?」
「だから、どういたしまして、だろ?」
マリアンナは私に「どういたしまして」と言ったのだ。
私はその時全くマリアンナの言葉の意味がわからなかった。
だが、少ししてから、それは私の「ありがとう」に対する返事なのだということを、理解した。
「……あ、ああ。そうか」
「それにしても、ふぅ。疲れた」
マリアンナはいつものように小さく息を吐いた。
私は、未だに自分が生き残り、ジェラルドが目の前で殺されたという現実が信じられなかった。
「マリアンナ。お疲れ様ですわ」
やってきたエリスにしても、ジェラルドがマリアンナに殺されたというのに、特にそれを意に介していない様子である。
「エリス……」
「はい? どういたしましたか? シャルル様」
「いや、その……ジェラルドが……」
「え? ああ。断罪されましたね。それが何か?」
「何か、って……」
エリスはキョトンとした瞳で私を見る。マリアンナも同じように私を見た。
私が間違っているのか?
確かにジェラルドは断罪されてしかるべき人間だったとは思うが……
「あー……マリアンナ。その……どうしてジェラルドを……断罪したんだ?」
私が戸惑いがちに質問すると、マリアンナはいつもの無表情で私を見る。
「どうして? そりゃあ、アイツが教会の規約を破ったからだ」
「はぁ? 規約?」
「ええ。断罪教会の規約には『断罪人が断罪をする際には、依頼によるものでなければならず、決して個人の感情から行ってはならない』とあります。しかし、ジェラルド様は依頼を受けていないにも拘わらず、シャルル様を断罪なさろうとしていました。多少の規約違反なら文句を言われる程度ですが、この規約はジェラルド様本人が、断罪教会設立当初に絶対に破ってはいけないと私達に向かって言った掟。それなのに、その規約を作った本人が破ったとあっては、厳重に罰せられなければならないのです。それこそ、死を以て、ですわ」
エリスは淡々とそう説明した。
「私は確認したんだぞ? それは誰かから依頼を受けてやる断罪なのか、と。なのに、アイツはそんなことは気にするな、と言ってばかりで。仕方のないヤツだ」
マリアンナは困ったような顔で言った。
どうやら私が助かり、ジェラルドが死んだ理由は、そもそもジェラルド本人が引き寄せた因果によるものらしい。
私は全身の力が抜けてしまった。
結局、マリアンナ個人が判断して、私を救ったわけではないようだ。
「そうか……そうだったのか」
私はそう呟くのが精一杯だった。
こうして私は結局、なんとか命を永らえたのであった。
それからしばらくして落ち着きを取り戻した私は、ジェラルドを丁重に葬った。
巨斧で切り裂かれていたジェラルドはほぼ即死だったようだ。きっと、自分がなぜ死んだのかは、ジェラルド本人もわかっていないのだろう。
「また、それか」
墓を掘り、その遺体を地面に埋めた私にマリアンナがそう言ってきた。
私はマリアンナの方に向き直った。
黒と赤の修道女は、私の墓を作るという行為を、奇妙なものとして見つめているようだった。
「ああ。人が死んだら墓を作る。当たり前のことだ」
「ふぅん。面倒だな」
「でも、大事なことなのでしょう? ワタクシ達にはわかりませんけども」
結局、マリアンナもエリスも、諸悪の根源であるジェラルドがいなくなったからといって、人間としての正しい在り方を取り戻したわけではないようだ。
それに、私はジェラルドを悪だと言ったが、果たして私もどこまでジェラルドを批判できるかどうか……
私だけではない。全ての人間が、ジェラルドのようになってしまう可能性を秘めているのだ。
いや、もしかしたら、ジェラルドと同じような人間が、既にこの世界には存在しているかもしれない……
「どうか、安らかに眠れ。ジェラルド……」
そう考えながらも、私は自然とそう呟いていた。
マリアンナもエリスも、私のその行動を最後まで不思議そうに眺めていたのであった。
「さて。これからどうするか、だな」
私は二人の修道女の方に向き直った。
マリアンナもエリスもキョトンとして私を見ていた。
「どうするか、だと?」
「ああ。どうするんだ? ジェラルドはいない。つまり、断罪教会は消滅したんだ」
「え? シャルル様。そんなことはありませんわよ」
「……へ?」
エリスのその言葉に、私は呆然とする。
ジェラルドは死んだ。
断罪教会の長はジェラルドだと、エリス本人も言っていた。
長を失った断罪教会という組織は、崩壊してしかるべきなのではないか?
「どういうことだ?」
「ジェラルド様がいらっしゃらなくても、断罪教会は存続いたしますわ。この国に断罪人が何人いるとお思いです?」
「……は? 何人って……断罪人はお前たちだけじゃないのか?」
「馬鹿を言え。私達だけで依頼を全部こなせるわけがないだろう」
マリアンナのその言葉に、私は愕然とした。
どうやらジェラルドは、マリアンナとエリスだけでなく、それ以上に多くの武器を製造していたようだ。
いかにジェラルドの世界に対する恨みが強いものであったのか、私は今更ながらに思い知らされたのだった。
「シャルル様? いかがされました?」
「え? ああ……いや。なんでもない」
エリスが気落ちした私の感情を読み取ったのか、そう訊ねてきたので、私は慌てて表情を取繕った。
やはり、世の中というのは不条理なようである。
「では、ワタクシはそろそろ失礼いたしますわ」
屋敷の前に戻ってくると、エリスはそう言った。
「そうか。じゃあな」
「もう……マリアンナったら、素っ気無いですわね」
「ああ。私はお前が苦手だからな」
マリアンナとエリスはそんな風に他愛ない会話をしていた。
結局、これでよかったのだろうか。
私は生き延びた。
だが、何も変わっていない気がする。
そりゃあ、私があそこでマリアンナに断罪されても、何も変わらなかっただろう。
しかし、生き延びた結果がこれでは、やはりどこか府に落ちなかった。
「シャルル様」
「え? ああ。なんだ?」
そんな風に私が考え込んでいると、いつの間にかエリスが私のすぐ隣に来ていた。
「ありがとうございますわ」
「……え?」
いきなり頭を下げてきたエリスに、私は面食らった。
「どうして、そんなことを言うんだ?」
「ええ。その……ワタクシ、本当は嬉しいんだと思います」
「え……?」
「はい。ジェラルド様が死んだからといって、確かに断罪教会は消滅したわけではありませんわ。ワタクシも断罪人のままです。ですが……なんというか、ワタクシを今まで縛っていた何かの断片のようなものは、無くなった気がしますの」
「そ、そうなのか?」
「はい。そして、それが無くなったのは、ジェラルド様が亡くなったから。ジェラルド様が亡くなったのは、あそこでマリアンナが貴方様ではなく、ジェラルド様を断罪なさったからです。例えその行動が、教会の規約によるものであっても、ですわ」
私は何も言わず、ただエリスの話を聞いていた。
「本当はそのことに関して、泣いて喜びたいのだと思いますわ。ですが、昨夜お話した通り、ワタクシは泣くことができません。何が悲しくて何が嬉しいのかわかりません。だけど、きっと嬉しいんだろうなということはわかりますわ。ですから、シャルル様。ワタクシは、ワタクシに嬉しい気持ちを届けてくれた貴方様に感謝するのですわ」
エリスはそういって私に深く頭を下げた。
私はそれに対しどう反応したら良いかわからず、そんなエリスを見ていることしかできなかった。
「では、これで失礼いたしますわ」
「あ……あ、ああ」
エリスは顔を上げると、赤い修道服を風にたなびかせながら道を歩き出した。
「あ。そうですわ。シャルル様」
そうかと思うと、エリスは振り返り、何かを思い出したようだった。
「え……な、なんだ?」
「一応お聞きしますが、マリアンナの荷物持ちをやめて、ワタクシの荷物持ちになりませんか?」
「……へ?」
「マリアンナよりも良い待遇で、ワタクシはシャルル様をお迎えする所存ですが、いかがです?」
「え? あ、いや、私は――」
「ダメだ」
私が返事に困っていると、横からきっぱりとそう言ったのは、マリアンナだった。
「あら。マリアンナ。ダメですの?」
「ああ。ダメだ。コイツは私が報酬として受け取ったものだ。お前には渡さない」
「ふふっ。報酬、ですか。お金には全く執着しないマリアンナが、随分と珍しいことですわね」
エリスは笑っていた。
一方のマリアンナは、それだけ言って黙ってしまった。
「分かりましたわ。シャルル様。ワタクシとマリアンナは断罪人。ご縁があれば、またどこかでお会いするかもしれませんわ。それまで、マリアンナをお願いしますわ。ごきげんよう」
エリスはもう一度頭を深く下げると、今度こそそのまま道の向こうに歩いていった。
私とマリアンナはエリスの赤い修道服が見えなくなるまで、その姿を見送っていた。
「ふぅ。アイツの相手は疲れるな」
マリアンナは気だるそうに溜息をついてそう呟いた。
「できることなら、二度とアイツとは会いたくない」
「そんなに……か?」
「ああ。まぁな」
「でも、お前、昔はエリスとよく喋っていたんじゃないのか? エリスが言っていたぞ」
「アイツに、そう聞いたのか?」
「まぁ、そうだが」
マリアンナは不機嫌そうな瞳で、私を睨んでいた。
「な、なんだ?」
私が、その視線に耐えかねて訊ねると、マリアンナはそっぽを向いた。
「ま、昔の話だ」
それだけ言ってマリアンナは歩き出した。
てっきり何か触れてはいけない部分に触れてしまったのかと思ったが、特にマリアンナにとっては思うこともないようで、マリアンナからそれ以上の言及はなかった。
「なんだ? お前。ついてこないのか?」
「え? あ、ああ……」
立ち止まったままの私に、マリアンナはそう尋ねてきた。
「あ。いや、その……これから、どこへ行くんだ?」
「どこへ、だと?」
「ああ。ジェラルドは死んだ。そうなると断罪教会は……断罪人は、どうやって依頼を受けるんだ?」
私の疑問にマリアンナはあまり興味なさそうに私を見る。
そして、少し間を置いてからマリアンナは口を開いた。
「簡単なことだ。本当に断罪したいヤツがいる依頼人は、街を歩いている断罪人に声をかけてくる。今までもそういう事例は幾つかあった。これからもそうやっていけばいい」
マリアンナは淡々とそう答えた。
私は、分かってはいたものの、正直、ショックだった。
ジェラルドという断罪教会を取りまとめるものが消滅し、断罪の依頼を受ける手法が無くなった今なら、もはや、断罪人を続けることは不可能なのではないか、と私は思っていたのだ。
だが、そんなことはなかった。
依頼する人間がいる限り、断罪人という一度生まれた死の職業は消滅しないということが、今マリアンナの口からはっきりと伝えられた。
「……そうか」
「ああ。そうだ。どうする? ついてくるか?」
「……ああ。行くさ」
私がそう言うと、マリアンナは何もいわずに歩き出したのであった。
ふと思い返してみると、本当にここ数ヶ月で私の人生は激変してしまったものである。
私達は今、断罪教会のあった屋敷から離れ、街道沿いに歩き続けている。
マリアンナは相変らず無言のまま、ただ歩いている。私が、どこへ向かっているのかということを聞くことさえ、マリアンナは許してくれない雰囲気だ。
しかし、私も段々とマリアンナとの距離感というものをわかってきた。黙ったままで荷物を背負いながら、足元だけを見つめている。
私達はこれからどうなるのか、そもそも私達はどこへ向かっているのか。分かることは何一つなかった。
「おい」
マリアンナの声が聞こえた。私は顔を上げる。
「なんだ?」
私が返事をすると、マリアンナは立ち止まって私の方にふり返った。
「私が、人を殺さないで生きる方法って、なんだ?」
「……へ?」
「お前は言っていたじゃないか。牢屋に閉じ込められている時に。あれは、どういうことだ」
マリアンナの蒼い瞳は、真っ直ぐに真剣に、私の方を向いていた。
私は突然のことに戸惑ったが、少し間を置いてからマリアンナの方を見る。
「……だから、それを今から探しに行くんだ」
「探す?」
「ああ。お前はこの先も断罪人を続けるだろう。だけど、私は、お前が断罪人を続けないでいい方法をどうにかして見つける。だから、この先も、お前に付いていく」
それは、私の覚悟でもあった。
たとえ、どんなに望み薄であっても、生きながらえたこの命で、目の前にいる一人の少女を、武器から人間に戻してみせる。
それは、彼女が私に与えてくれた思いがけない冒険、そして、体験し得なかったはずの人生に対する報酬であり、それこそが、誇り高い貴族としての精神であると、私は思っているからだ。
私の潔い態度に、マリアンナは怪訝そうな顔をしていた。
「ふぅん。そうか。お前がやりたいなら好きなようにすればいい。だけど、私の邪魔はするなよ」
「ああ。分かっている。ああ、そうだ。マリアンナ。ありがとう」
「は? なんだ。いきなり」
「私を断罪しなかったことに対してだよ。今更ながらここで礼を言っておく」
笑顔でそう言った私に、マリアンナは無表情で答える。
「お前、聞いてなかったのか? あれは、教会の規約に従っただけだ。別に私は、お前を助けようと思って助けたわけじゃない」
「ああ。分かっている。だけど、結果的に私はお前に命を救われた。命を救ってくれたような恩人には、きちんと礼を言う……これはフロベール家の家訓でもあるからな。だから、ありがとう。マリアンナ」
私のその言葉に、マリアンナは不思議そうに私を見ていただけであった。
そして、しばらくしてから小さく溜息をついた。
「やっぱり、お前は変だな」
「ああ。変だ。それでいい」
マリアンナは歩き出した。私もそれに続く。
変でいいのだ。
それでマリアンナが救われるのならば、私はどこまでも変人になろうではないか。
「おい、シャルル」
「ん? なんだ、マリアンナ」
マリアンナは立ち止まった。そして、振り向いて私の方を見る。
「どういたしまして」
無表情のままだが、マリアンナは私にそう返してきた。
私は、その言葉だけでも、なんだか少し救われた気持ちがした。
ニッコリとマリアンナに笑顔を返す。
マリアンナは私をしばらく見ていたが、背を向けると再び歩き出した。
そして、私は、黒い修道女の背中を駆け足でついていった。




