愚者の努力
ジェラルドの屋敷を出たシャルルとマリアンナ。二人は王都へと向かうことになる。そして、マリアンナを人間に戻すことを誓ったシャルルに、厳しい現実がつきつけられるのだった。
断罪教会、即ちジェラルドの屋敷を離れ、私とマリアンナは街道を道なりに歩き続けていた。
私の先を歩くマリアンナは相変らず無愛想で、振り向く気配すらない。
私の頭にはただ一つの不安があった。
これから、どうするのだろう、ということである。
断罪教会の主であるジェラルドが死んだ。そうなればマリアンナはもはや断罪人ではない、と思っていた。
しかし、マリアンナのあの口ぶりを見るとどうやらそうでもないということがわかった。
断罪人の装束を見れば声をかけてくる人間がいる、か……
そこまで死の商売が巷に浸透しているというのはある意味恐ろしいことだと思うが。
「……なぁ、マリアンナ」
ふと私は何も考えずにマリアンナに声をかけた。
「なんだ?」
少し間を置いてからマリアンナが振り返る。
「これから……どこへ行くんだ?」
「どこって、さぁ?」
「さぁ、って……当てもなく歩いていたのか?」
「ああ。基本的には今ままでは断罪教会に届いた依頼に従って動いてきたからな。それがなくなったとなればどうすればいいのやら、私にはわからないね」
人事のようにそういうマリアンナ。相変わらず自分というものがないヤツである。
「あー……マリアンナよ。私に一つ提案がある」
「ん? なんだ?」
「王都だ。王都に行こう」
私自身、その考えは今まで私が歩いている最中ずっと考えていたことだった。
ブランダ王国の王都、クローネ。
ブランダの中心であり全てが集まると言われている大都市。
我が父、フロベール伯爵、正確にはフロベール辺境伯の領地は、王都からずっと離れた僻地にあった。よって貴族の息子だというのに私は王都に行ったことがない。無論父は何度か行ったことがあるようだったったが私を連れて行ってくれなかったのだ。
「王都? そんなところにいってどうする」
「いいじゃないか。目的もないんだろう? それに王都に行けば仕事もたくさんあるかもしれんないぞ?」
「仕事ねぇ……まぁ、どこの街や村に行こうと仕事はあるんだがな」
マリアンナは溜息をついた。
「まぁ、いいだろう。お前がそう言うのなら行こうじゃないか」
「おお! 本当か! ありがとう!」
どうせもう失うものは何もない身だ。どうせなら王都を一度見てから死ぬのも悪くない。
なにせブランダのことわざで「クローネを一度見てから死ね」と言う言葉まであるのだから。
そう思ったからこそ私はそんな提案をその時したのだった。
だが、そこまで言ってから私はふと思った。
王都まで歩いてどれくらいかかるのか、と。
以前の経験で、断罪人と一緒にいる以上馬車を使うことはできない。そうなると延々と歩きっぱなしということだ。
「はぁ……さすがに一年ということはないだろうが……大体ここはどこなんだ?」
「さぁ。私にもわからない」
もちろんマリアンナの返答はそんなものだったので私は酷く落胆したのだった。
「とりあえず歩くぞ。街があるかもしれない」
「そんな……あるかもしれない、って……」
「嫌なら置いて行くぞ」
「あ、わ、わかった! 行くよ……」
仕方なく私は歩き始めたマリアンナの後を駆け足で追い始めたのであった。
それからしばらく歩くと、マリアンナの行ったとおり、確かに視界の向こうに小さな村のようなものが見えた。
「……ルボトの村? また変な村じゃないのか?」
「知らない。とにかく行くぞ」
スパニ村での経験のためか、あまり村に対して好印象がない私はついそんな風に聞いてしまったが、マリアンナは気にせずにそのまま村へと進んで行く。私もその後を付いていった。
村へ入ってみると、視線はマリアンナに注がれていた。その視線は間違いなく敵意あるものだった。まるで縁起の悪い者を見るかのような眼だ。
「どうやら、歓迎はされてないみたいだな」
「ああ、そうだな」
そんな視線もまるで気にならないのかマリアンナは堂々と村の中心を横切って行く。おそらくこんな経験は何度もしているいたからなのだろうけど。
そしてマリアンナは一つの村の一軒の家の中に入っていった。どうやら宿屋のようである。
「確かにそろそろ暗くなってきたからな。ここらで泊めて貰った方がいいだろう」
マリアンナは宿屋に入ったまま帰ってこなかったが、しばらくすると宿屋から黒い小さな死神が姿を表した。
「おお、泊めてくれそうか?」
「ダメだ」
「……へ?」
「断罪人なんぞに使わせる部屋はないってさ。死神は出て行けだと」
何事もなかったかのようにマリアンナはそう言うと、スタスタと歩き出してしまった。
「あ……お、おい! 待て、いいのか?」
「は? 何が?」
「だって……そんな風に言われて……」
「だから、前も言っただろ? その通りのことなんだから、どう否定するんだよ。否定できないだろ?」
むしろ私が間違っていることを言っているかのように言われてしまったので、何も言えなくなってしまった。
マリアンナはそのまま村から出て行こうとしていた。私は仕方なくその後を追うことにした。
「いや、確かにそう言っていたが……だからってなぁ」
「まぁ、お前はまだ知らないだろうが、これ現実だよ。この国の人間全てが断罪人をありがたがっているわけじゃない。っていうか、こんな人殺しの職業誰がありがたがるんだ?」
「うぅ……そ、それは……」
「何も言い返せないだろう? そんなことより、早く次の街か村へ向かうぞ」
なんだかその時の私には久しぶりにマリアンナが断罪人であることを自覚させられた気がした。先日のジェラルドの件で嫌というほどそれを理解したはずだというのに、今更強く認識させられたのである。
結局その日はその後、断罪人とその従者を受け入れてくれる村や街にめぐり合うことなく、私とマリアンナは野宿をすることと相成ったのであった。
「……はぁ」
目の前で煌々と燃えている薪を見ながら私は溜息をついた。マリアンナはとっくにテントの中に入っている。
王都に行くと行ったものの、王都に行ってどうしようというのは全然考えていないのだ。
ただ王都に行きたいだけ、というだけだった。
それで本当にいいのだろうか。私は行ったはずだった。
いつか、マリアンナを殺人のための武器から人間に戻してみせる、と。
しかし、そんな方法も全然思いつかない。結局マリアンナについていくことしか考えられなかった。
ほとほと自分が情けなくなってきた。
「どうすればいいのか……」
自分にできることをしてみるしかないのだろうか。そうなるとマリアンナという少女がただの人殺しではないということを他人に理解してもらわなければいけない。
それはマリアンナ自身にはできない。私にしかできないことなのだ。
「そうか……よし! とりあえずそこから始めてみるか」
「おい、うるさいぞ。早く寝ろ」
「あ……す、すまん」
マリアンナにそう言われ、私も眠りに付いたのだった。
そして、次の日。
私とマリアンナは相変わらず道を歩き続けていた。すると道の向こうに小さな灯が見える。
「あ……村、のようだな」
灯の大きさからいって小さな集落のようだった。
「ああ、今度は宿を貸してもらえるといいな」
マリアンナは抑揚のない声でそう言った。
「あ……マリアンナよ。少し提案があるのだが」
私は唐突に話を振った。
「提案? なんだ?」
「その……今度の交渉は私に任せてくれないか?」
「交渉って、宿に止めてもらえるかどうかのか?」
「ああ、そうだ。やはりその格好だから敬遠されてしまうのだ。とりあえず私が最初に交渉してみる。どうだ?」
しかし、マリアンナはあまり興味が無さそうだった。
「好きにすればいいんじゃないか」
適当にそういってまた歩き始めてしまった。そもそも最初から私が先頭に立っていれば問題なかったとは思うのだが。
村に着くと相変らず冷たい視線が突き刺さる。なるべくそれを意識しないようにしながら私は宿屋を探した。
「あ。あそこだな」
私は宿屋を見つけるなり、マリアンナをそこに置き去りにして一目散に走り出した。
「すまない。ちょっといいか?」
「……あ? 何?」
宿屋の受付から、面倒臭そうな顔で店主がこちらを見てきた。
「部屋を借りたい。一日だけでいいんだ。空いている部屋はあるか?」
「……ああ。はいはい。いいよ。金さえ払ってくれるんならね」
「ああ。金ならたくさんあるぞ。ちょっと待っていてくれ」
そういって私一度宿屋の外へ出た。外にはマリアンナが相変らず仏頂面で立っていた。
「マリアンナ! 宿屋に泊まっても良いそうだぞ」
「へぇ。そうか」
「なんだ。嬉しくないのか?」
何も言わずにマリアンナは私の側を通って宿屋の中に入っていった。私もそれに続く。
すると受け付けの店主が露骨に顔をしかめて私とマリアンナを睨みつけた。
「おいおい、ちょっと待ちな。断罪人に貸す部屋はないぜ」
「なっ……おい! 先ほど私に部屋を貸すといったじゃないか」
「そりゃ、兄ちゃんがその死神と同伴だとは知らなかったからだよ」
「だからって、それはないんじゃないか? 断罪人……いや、このマリアンナは人間だぞ?」
「馬鹿言うんじゃねぇ。断罪人は死神だ。そんなヤツ宿に泊めたらこの宿屋が呪われちまうよ。さっさと帰ってくれ」
取り付くシマもないといった感じだった。店主もそのまま店の奥に入ってしまった。
「で、どうするんだ?」
マリアンナはソレ見たことかといわんばかりの視線を私に向けてきた。
何もいえず私とマリアンナはそのまま宿屋を出た。
結局その日も私とマリアンナは野宿するハメになったのであった。
「……はぁ」
目の前で燃える焚き火を見ながら、同じように私は溜息をついた。
今更ながら、断罪人というのは死神ということで世間には通っているということがよくわかった。元貴族の私にとってそれは新しい認識であったし、厳しい現実でもあった。
私はマリアンナを武器ではなく、死神でもなく、普通の人間に戻すということを目標としたはずだった。しかし、これでは完全に出鼻をくじかれた感じである。
「……結局、私は無力なんだな」
大きく溜息をつきながら私はそう言った。
そもそもそんな風に劇的に物事が変わると思っていたのが間違いなのかもしれない。既に貴族ではない私には何の力もないのだ。簡単に物事を考えるのは良くない。
とりあえず明日も同じようにするしかないのだろう。地道な努力とやらが必要なのかもしれない。
考えてみれば私は生まれてこの方努力なんてしたこともなかったのだ。それならばこれくらいでへこんでいても仕方ない。
「……よし。頑張ろう」
「何を頑張るんだ?」
「え? ひっ!? な、なんだ……マリアンナか……」
唐突に話かけてきたマリアンナに私は驚いた。というか、いつのまにかマリアンナは私のすぐ側に立っていたのである。
「で、何を頑張るんだ?」
「あ、ああ……いや、だからな。民衆は皆勘違いしているのだ。だから、それを正すために私は努力しようと思う」
「勘違い? 何を?」
「お前のことだ。お前は死神じゃない。人間だ。それなのに、今日の宿屋の親父のようにお前のことを見るなり死神扱いしてくる……私はそれを正したいのだ」
そういうとマリアンナは、じっと私のことを見た。相変らず何を考えているかわからない蒼い瞳は見ているだけで不安になってくる。
「そうか。じゃあ、頑張れよ」
「ああ、頑張る……って、へ?」
意外な言葉だった。どうせまた馬鹿にされるか見下されるくらいに思っていたのだ。だから、頑張れ、と言われるとは思いもしなかったのである。
「どうした。何か変だったか?」
「あ、いや……そ、そうだな。頑張るよ。お前に約束したからな」
「そうだ。お前は約束したんだ。約束は、つまり契約だ。契約は守らないといけない。だから、契約が守れるように頑張れよ」
そういうとマリアンナはテントに戻っていった。
契約、という言葉が私の頭の中に残った。ジェラルドの館を出たときに行った言葉……あれがマリアンナの中では私がマリアンナに契約したということになっているのだろうか。
いずれにしても、マリアンナに励ましの言葉を貰うとは思わなかった私は、少し嬉しくなってしまった。その言葉にまったく感情が入っていなかったとはいえ。
「……そうだな。頑張ろう」
明日、何がどうなるかわからないながらも、私は改めて愚か者なりに努力することを決意したのであった。




