妖精の踊る街 2
リベスの街でシャルルが出会った少女クロエ。クロエの奔放さに振り回されつつも、シャルルはクロエと触れ合うことで生きる喜びを思い出していた。しかし、そんな二人に死神の魔の手が忍び寄っていた……
次の日、私は窓から差し込む朝日で目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら、横を見る。
すでに、黒装束の修道女はそこにはいなかった。
またどこかで断罪を執り行っているのだろう。
私は、なるべく今日一日はマリアンナのことを考えずに過ごそうと決意した。
とりあえず、元貴族として、身だしなみには十分に気を遣い、部屋を出る。
小娘といえども、仮にも婦人である。婦人と出会うからにはそれ相応の準備をする。これもフロベール家の家訓なのだ。
私は宿の前に立った。
クロエとの約束では、ここで待っていればあの娘の方からここに来ると言っていた。
しかし、そうは言っても、ヤツは盗人だ。
果たして、約束通りに来てくれるものだろうか?
私は一抹の不安を覚えながらも街中を見渡す。
既に多くの人々がその行動を開始し、街はその機能を思う存分に発揮していた。
これが、街なのだ。
私はその時、驚愕していた。
昨日はマリアンナについていくのが精一杯で、よく街の様子を観察できなかったが、改めてみるとやはり圧巻だ。
フロベール家の領地にも確かに人はいた。
だが、リベスの街の人々は、まるで泳いでいないと死んでしまう魚のように、常に流動し、一点に留まっていることがない。
私はこの時始めて、自身がなんともちっぽけな存在か知ることが出来た。
もちろん、自分が誇り高い貴族という意識がなくなったというわけではない。
ただ、自分が一人の人間で、この世界にはもっとたくさんの人間が、その何倍も何十倍もいると思い知らされたのである。
「どうだい? すごいよな。この街」
「あ、ああ……」
「私も始めてここに来た時は感動したよ。世界ってこんなに広いんだなぁ、ってさ」
「ああ。そうだろうな……え?」
私が振り返ると、そこにはあの死神修道女とは正反対の、健康そうな笑顔があった。
「よぉ! いやぁ、まさか本当に来ちゃうとはねぇ……アンタ、相当の温室育ちだね?」
「貴女がここに来るように云ったのだろうが」
「そりゃあそうだけどさぁ……仮にも私は、アンタの財布を盗んだんだよ? なのに、ソイツの言うこと信用するかい?」
「うぅ……それは、そうだが……」
言い返せない私を見て、クロエはいたずらっぽく笑った。
「まぁ、来ちゃったものは仕方ない。それに、私もこの街の住人、商売は商売だからね。ちゃんとアンタにこの街を案内するよ」
「当たり前だ。案内してくれないのならば、私の金を返せ」
ニヤニヤと笑うクロエ。
やはり、どうもこの小娘は信用できなかった。
「じゃあ、最初は……そうだなぁ。まぁ、市場にでも行ってみようか」
「市場? なんだ、それは?」
「え……アンタ、市場も知らないの?」
「当たり前だ。下賎な民のことなど貴族は知る必要もないのであってだな……」
「でも、アンタも今は下賎な民でしょ?」
私は言い返すことが出来ず、言葉に詰まってしまった。
「ま、とりあえず、行ってみますか」
すると、クロエは、私の手を掴んで強引に引っ張った。
「お、おい! 貴様! ひ、引っ張るな!」
「ほらほら。さっさと行くよ!」
全く私の言うことなど聞いていないのか、無邪気な子供のようにはしゃいで、クロエは走り出した。
しばらく私は、クロエに引きずられるようにして走らされた。
そして、ようやくクロエの足が止まる。
私は、そのままその場に座り込んでしまった。
「アンタ、体力ないねぇ」
「だ、黙れ……き、貴様がおかしいのだ……」
私は彼女の品格のある見た目に騙されていた。
それもそうだ。没落してこの街で生き抜いているのだ。貴族の時のままに品行方正でいられるわけもない。
「さて、ここが市場だ。アンタもその目で見てみなよ」
「え……?」
そう言われて私は顔を上げる。
そこに広がっていたのは、信じられない光景だった。
まず、私はその時まで市場というものをみたことがなかった。
なので、第一に、その溢れんばかりの人の数に度肝を抜かれた。
そして、その大勢の人々が取り扱っている、これまたたくさんの品々。
野菜、魚、果物、香辛料……どれもこれもが、普段から目にしているもののはずなのに、ここではまるで宝物のように扱われていた。
「どうだい? すごいだろ?」
「あ、ああ……」
「貴族のお坊ちゃんにはちょっと刺激が強かったかな? これがこのリベスの街の市場だよ。もっとも、ここの市場も、この国じゃあそこそこの規模のものらしいけどね」
「何? もっと大きな市場があるのか?」
「ああ。王都に近い街ではもっと大きな市場があるらしい。私もいつかは行ってみたいもんだねぇ。じゃあ、市場探索と行きますか」
すると、再びクロエは私の手を掴んでそのまま駆けだした。
私はされるがまま、その手にひかれて市場の中へ入って行った。
そして、まるで子供の頃に戻ったように、私は市場の商品に目を輝かせることになった。
「どうだい? 楽しいだろ」
「ああ……素晴らしいな」
「そうだろうねぇ。アンタの目を見ればわかるよ。なにもかも珍しくて仕方ないって目だ」
「そ、そうだな……って、な、なんだ、その目は」
「いやぁ、アンタ、かわいいなぁ、って思って」
「か、かわいい!? 誇り高きフロベール家の長男たる私に向かって何を……!」
「まぁまぁ。でも、楽しいだろ? 珍しいだろ? これが、本物の世界だ。私やアンタが昔いた貴族の世界なんてちっぽけでくだらなく思えてくるだろ?」
うれしそうにそう語るクロエ。
私としては確かにこの膨大なエネルギーの塊のような場所は魅力的であると思ったが、貴族の世界には貴族の世界の良さがある。
それに、その時の私はそれでも貴族としての誇りを忘れたくなかったのだ。
「さて、時間は少ない。さっさと次行くよ」
「え? つ、次?」
「そうだよ。私はアンタに金をもらって案内役を頼まれているんだ。市場だけ見せて、はい、終わり、ってわけにもいかないだろ?」
クロエはそう言うと、また私の手を掴んで走り出す。
跳ね馬のような気性の元令嬢に、私は完全に振り回されていた。
だが、同時にこれ以上ないほどに幸福感を感じてもいた。
クロエからは生命力を感じる。全力でこの世界を生きている躍動感を感じる。
それは、長い間生を刈り取り、死をもたらす死神と行動を共にしていた私には、あまりにも幸いな一時だった。
その時の私にはクロエがまるで私に救いをもたらすためにやって来た女神にさえ思えたのである。
その後、私とクロエはリベスの街を歩いて回った。
正確には、クロエが元気よく私を振り回していたと、言った方が正しい。
クロエは疲労という言葉を知らないのか、常に笑顔で私の手を引いていた。
当然、体力のない私は疲れきっていたが、それでも彼女の笑顔を見ていると、なんだか私の方も嬉しくなってしまい、自然とそれに付き従ってしまうのであった。
結局、私がクロエから開放されたのは、大気がオレンジ色に染まる夕暮れ時になってからであった。
「うーん! いやぁ、案内しがいがあったなぁ!」
「そ、そうか……わ、私も案内されがいがあったよ……」
私はなんとか声を押し出しながら応える。
既に足腰が悲鳴をあげ、体が軋んでいた。
「あっはっは。アンタ、だらしないねぇ。でも、アンタはどこに連れて行っても楽しそうにしてくれるから、私もなんだか楽しかったよ」
「あ、ああ……そうか? 私は、楽しそうに見えたか?」
「ああ。楽しく……なかったかい?」
不安げな顔で私の顔を覗き込むクロエ。
その表情はなんとも魅力的だった。
その美しい金色の髪。上品だが、それでいて健康的な肌。
私は思わず心臓が高鳴るのを感じた。
「い、いや……た、楽しかった……」
私がはにかみながら返事をすると、彼女は一瞬キョトンとした後、ぱぁっと顔を明るくさせて満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ!? そうだろ!? あはは。よかったぁ。楽しんでもらえてさ」
クロエは子供のように頬を紅くさせて、嬉しそうに笑っていた。
「あ、そうだ。アンタ。明日もまだこの街にいるのかい?」
「え……ま、まぁ……一応な」
「だったらさぁ! 明日も案内させてよ! この街は一日だけじゃとても案内しきれないからさ! いいだろ?」
「え? ああ……ま、まぁ」
私が曖昧な返事をすると、クロエは私の手を握り、身体を寄せて私の方へ寄ってきた。
微かに、香水のような匂いがする。まるで頭をぼぉっとさせるような良い匂いだ。
目の前には、名工が何年もかけて製作した彫刻のような整った表情。そして、宝石のような蒼い瞳。
私はただ彼女の魅力に酔いしれて、何も考えることが出来なくなってしまった。
「いいだろ? 金はいらないから……アンタと一緒にいたいだけなんだよ! 頼むよ!」
クロエは私に向かって深く頭を下げた。
貴族紳士たるもの、婦人に頭を下げられてはそれに応じないわけにもいかない。
「……わかった」
「本当かい!? 絶対だよ!?」
「あ、ああ……」
そういうと、再び身を翻し、クロエは走り出した。
「よし! 約束したからね! 明日、ちゃんと迎えに行くからね! 宿屋の前で待ってなよ!」
クロエはそのままリベスの夜の闇にとけていった。
私は可憐な妖精が私の元から去っていくのを、ただ呆然と眺めていることしかできなかった。
私は、幸福な気分のまま、宿に戻った。
「お客さん。随分と遅いお帰りだねぇ」
「え? あ、ああ……す、すまない」
宿屋の亭主が明らかに嫌味な態度でそういうのも気にせず、私は部屋に戻る。
問題は、この後だ。
私には逃れられない現実がある。
人間が死から逃れられないように、私もまた、マリアンナから逃れられないのだ。
そっと、部屋のドアを開ける。
「……おや?」
そこには誰もいなかった。
あの黒衣の修道女はまだ帰っていないようだった。
私はほっと胸を撫で下ろす。
また、どこかで誰かを断罪しているのだろうか……
「全く……この世界というのは不条理だな」
私はベッドに寝転がりながら呟いた。
一方でクロエのように生を謳歌している少女がいれば、マリアンナのように死がまとわり付いているような少女がいる。
二人とも年格好は同じくらいだ。なのに、どうしてここまで違うのか。
しかし、考えてみれば、貴族と宿無し、既に、この国からしてそんな大きな違いが発生している。
同じ人間だというのに、なぜ、階級の違いだけによって暮らしまで違うのか?
それは富や名声に起因するものだということは、誇り高い元貴族の私には十分承知できていた。
だが、ここにきて私の中に、どうにも納得できない何かが沸き起こってきた。
「……ジョージよ。お前が考えていたのも、こういうことなのか?」
マリアンナに殺された我が弟、ジョージ。
革命など、私は微塵も考えてこなかったが、こうして貴族の世界以外を見ることが出来た今では、そんな思考に囚われた我が弟の気持ちもわからんでもないような気がしてきた。
私は元とはいえ、誇り高い貴族だ。
その時はまだ若干の未練というか、プライドが、私に貴族たらんとすることを強いていた。
そして、私自身、そうでありたいと思っていたから、それ以上、自身の立場を否定する思考は頭が拒絶反応を起こしたのだ。
程なくして私は、意識がまどろみ、そのまま眠りに付いたのである。
翌日。私は目を覚ました頃には、既に、空に太陽が高く上っていた。
ふと横を見てもマリアンナの姿はない。
まだ帰っていないのか……もちろん、あの死神と顔をあわせないことに越したことはないのだが。
私は昨日と同じように身だしなみを整え、外に出る。
宿屋の亭主の感じの悪い目線を感じながらも、宿を出た先には既にクロエが私を待っていた。
「おはよう……っていうか、こんにちは、かな?」
「すまない。ずいぶんと待たせてしまったようだな……」
「いいんだよ。私にとって、アンタを待つ時間も、楽しみの一つなんだ」
ニッコリと笑うクロエ。
なんだか昨日にもましてクロエが魅力的に見える。私は胸の高鳴りが再び激しくなるのを感じた。
「ん? どうしたんだい? ぼぉーっとして」
「え? あ、い、いや……コホン。で、今日はどこに案内してくれるんだ?」
「うーん、あんまり考えていないなぁ」
「何? 考えていない?」
「まぁね。とりあえず私についてきてよ」
もはやお決まりごとのようにクロエが私の手を掴む。
しかし、今日は昨日のように無理矢理にひっぱられるということはなかった。
「なんだ? どうした?」
ついクロエに尋ねてしまった。
すると、クロエが少し恥ずかしそうにしながら私を見る。
「あのさぁ、なんつーか……今日はもうちょっとお上品に案内しようと思っているんだけど……」
クロエは、私の横にぴったりとくっ付いてきた。
「……ど、どういうつもりだ?」
「わ、私だって、元お嬢様だよ? そ、その……き、貴族らしいエスコートの仕方とかないの?」
「え? 私にエスコートしろと?」
「そうだよ。ダメ……かな?」
顔を真っ赤にして私を見るクロエ。
もちろん、私の顔も熱くほてっていた。
「わ。わかった。コホン。で、では……行きましょうか。お嬢さん」
「え、あ……は、はい」
私とて、女性をエスコートした経験がないわけではない……
いや、嘘だ。ない。
遊び呆けていたといっても、ほとんど狩りに乗馬と、趣味全般の話だ。
婦人関係には私はどうも縁がなかった。おかげで私は、みょうちきりんな腕の組み方をしながら、クロエと歩く羽目になったのである。
「へ、へぇ……これが、貴族のエスコートの仕方なんだ」
「ああ……光栄に思えよ。誇り高き貴族であるフロベール家の長兄たる私がエスコートしているんだからな」
クロエは嬉しそうに笑う。
「そうだね。ありがとう、貴族様」
私はどうにも具合が悪かったが、それでもとにかく、そのまま歩くしかなかった。
そして、そのままクロエは、私に二日目の案内を開始した。
といっても、昨日見た場所をもう一度見るくらいのことで、どうやら、クロエは本当に私と一緒に過ごすためだけに、案内をすると言ってきたようだった。
私はそのことに気付き、クロエという少女に呆れるとともに、これ以上ない程の愛しさを感じたのであった。
「あ……あのさ。あと一箇所、行きたい場所があるんだけど」
既に日が暮れかかった頃、クロエがそう言った。
「いいだろう。もうどこにでも連れて行くがいいさ」
そういうとクロエは少し恥ずかしそうに俯いた。
そして、そのまま私の手を掴み、歩き出した。
私が黙っていると、クロエはどんどん歩いて行く。
「おい。どこまで行くんだ? 街から出る気か?」
「ま、まぁ……ね」
お茶を濁すクロエに対して、私は何か言おうかと思ったが、もはやその元気すらなかった。
私はただ黙って、手を引かれていた。
そして、ようやくクロエの足が止まった。
「はぁ……これで終わりか?」
「そうだよ。これが……私が最後にアンタに見せたかった場所」
クロエの言葉に私は顔をあげる。
そこは、街から少し離れたところにある、小高い丘だった。
少し離れた所にリベスの街が見える。
その光景はなんとも幻想的であった。既に夕暮れ時ということで、リベスの家屋は灯をともしている。
その灯の一つ一つがまるで宝石のように輝いていた。
「どうだい? 綺麗だろ? この風景に比べれば、貴族が持っている宝石なんて、私には石ころに思えてくるけどね」
「あ、ああ……」
私も感動していた。
これが、人の暮らしか。これが人の暮らす街か、と。
今まで私は、何を見て暮らしてきたんだろうか。小さな世界に閉じこもって、この大きな世界のほんの一部だけを見つめて生きていたということを、私はここで強く認識することができた。
「さて……どうだった? 私の案内は?」
「あ、ああ……よかった。実に」
「そうかい。そう言ってくれるとありがたいよ。アンタに盗みを働いたのも、今考えれば運命だったのかねぇ」
そういって歯をむき出して笑うクロエ。
相変らず元貴族の令嬢ということを思わせないような下品な素行の娘だ。
だが、それがたまらなくチャーミングだと、私は既に思うようになっていた。
と、クロエは私の手をまた思いっきり引っ張った。
「な……な、何するんだ?」
「さーて……シャルル伯、お相手いたしますわ。さぁ……踊りましょう」
クロエは稚拙なステップで私の手を引きながら、踊りだした。
私とて、踊りが上手い方ではなかったが、その時のクロエの踊りは、まるで子供の遊戯か何か位の出来だった。
きっと、踊りについてはよく学んでいなかったのだろう。
「お、お前……下手だな……」
「うるさいねぇ……じゃあ、アンタがリードしてくれよ」
私がクロエの手を引いてステップを踏む。
クロエは私のステップに合わせるだけだったが、先ほどよりは幾分かマシになった。
「うまいじゃん。さすが元貴族」
「元、は余計だ。しかし……ダンスなど久しぶりだな」
「うん……私も、久しぶり」
そこには、かつて誇り高い貴族としての生活を享受した落伍者が奏でる、悲しいステップがあった。
哀愁漂うそれは見ているだけで悲しくなってくるほどの下手さであったが、踊っている本人達としては、かつての栄光を取り戻すように、そして、楽しかった時代に帰っているようで心地よいものだった。
そして何より、二人とも、ついぞ顔を見合わせてはお互いに頬を赤く染めていた。
私はその時、確実にクロエ・アシュクロフトという少女に心酔していたと言ってよいだろう。
その優雅で、稚拙なダンスの時間は日が暮れるまで続いたのであった。
「じゃ、じゃあ……これでお別れか」
宿の前の路地まで来て、クロエが私の隣から離れた。
かぐわしい香水の匂いが、私の鼻を刺激する。
「……そうだな」
「もっと、アンタといたかったけどね……アンタ、明日にはここを出ちゃうんだろ?」
「ああ。そうなっているな……」
「……そっか」
クロエは悲しそうに俯く。
正直、私もつらかった。
ここに……残ってもいいんじゃないか。
私の頭を掠める思いがあった。
確かに私は無一文だ。でも、この天真爛漫な少女とならやっていけそうな気がする。
だったら、あんな死神の後ろにくっ付いていく必要も、ないのではないか……
私は宿屋を見る。あの漆黒の断罪者は、既に戻っているのだろうか……
「な、なぁ……シャルル」
クロエが私のことを呼んだ。心臓に鋭い感覚が走る。
その蒼い宝石の瞳はまっすぐ私を見ていた。
「わ、私……あ、アンタに話していないことがあるんだ」
「え? 話していないこと?」
金髪の美少女は言いにくそうに顔をゆがめる。
「……いや。やっぱりいいや」
「え? なんだ?」
「あはは……気にすんなよ。まぁ、女の子には秘密の一つや二つ、あるってことさ」
そういって、クロエはそのまま路地の奥のほうへと走っていった。
「……あ。そうだ」
そのまま行ってしまうのかと思っていたら、クロエは私の方に振り返って、こちらに戻ってきた。
「どうした?」
「実は、アンタに渡したいものが――」
クロエがそう言った瞬間だった。
路地裏の奥に鈍く輝く光。
私には瞬時に「ソレ」が何かわかった。
目を大きく見開いている瞬間もなかった。
そのまま大きく振り上げられた「ソレ」は、クロエの背中を大きく切り裂いた。
クロエは何が起こったかわからないと言う風に絶句しながら、背中から大きく出血し、その場に崩れおちた。
「く、クロエ……あ、あ……ああああああ!」
私は、そのまま倒れたクロエのもとに駆け寄った。
クロエの後ろには、路地裏の闇よりもさらに深い漆黒の修道服を纏ったマリアンナが、血まみれの巨斧を持って立っていた。




