月の下で 4
次の日。
大きなくしゃみをして私は目覚めた。
「う、うぅ……」
寒い。全身が寒かった。
気温の低い外で睡眠を取ることは、私のもやし体質に大きな負荷をかけたのである。
「起きたか」
既に身支度を終えたマリアンナが、私を見ていた。
「なんだ、お前、風邪でもひいたか?」
「い、いや……だ、大丈夫だ」
「ふぅん。そうか」
特に私の体調変化には興味はないといった感じであった。
仮に、私が倒れたとしても、マリアンナは「ああ、そうか」とでも言って私を見捨てていくだろう。
それは、その冷徹な瞳を見れば一目瞭然だった。
「ほら、行くぞ」
「あ……あぁ……」
私は片付けられ、元の荷物の形となっていたテントを背負い込むと、少し先を行くマリアンナの後を追った。
しかし、歩き出した瞬間に足元がふらつく。
完全にやられてしまっていた。
ここで倒れていれば、間違いなく狼の餌になること請け合いである。
私は、あらゆる身体の機能不全を無理矢理に抑え込んで、マリアンナの後を追った。
そして、山に入ると、それまでとは環境が完全に一変した。
周りは歩きにくい地面で、さらに何度か、切り立った崖を通る場面もあり、ただでさえ不安定な私の足元は、さらに不安定さを増した。
「おい」
そんな折に、マリアンナが声をかけてくれたのだ。
「な、なんだ?」
「荷物、落とすなよ」
もちろん、マリアンナはここで「落ちるなよ」といってくれるような優しい少女……いや、人間ではない。
あくまで、私よりも荷物のことを心配していた。
そもそも、ここまで一緒に歩いてきたとはいえ、私のことをマリアンナは、人として扱っていないのだ。
単なる荷物を持たせるための道具、あるいは、荷馬車程度にしか思われていないと、私は認識していた。
「あ、あぁ……」
私は必死に崖にしがみつきながら、崖伝いに道を歩く。
足元の石ころが深い谷の下にコロコロと駆け下りていった。
私も下手をすればあんな運命かと死を覚悟したが、案外に崖は短く、幸い私は命を永らえた。
「た、助かった……」
「ああ。荷物が落ちなくて良かった」
私はそんなマリアンナの発言は無視した。
「後は山を下るだけだな。ちゃんと付いて来いよ」
「あ、ああ……」
しかし、それは全体のまだ半分だったのだ。
私は、歩き出すと、また足元がふらついてしまった。
「おい、気をつけろ。荷物が落ちそうだったぞ」
「……すまない」
普段の私ならさすがに反論していただろうが、どうにもこの時は、すでにあらゆる身体の機能が不全となってしまい、もはや、返事を返すことすらも困難な状況となっていた。
その後は、本当に死の行軍であった。何度か山の急斜面を転げ落ちそうになるのを必死で私は踏みとどまった。
その度にマリアンナは不機嫌そうな目つきをした。
おそらく、荷物が落ちないかどうかが彼女にとって最も重要な問題で、その問題を引き起こさんとする私には、イライラして仕方なかったのだろう。
私はなんとか山の急斜面との戦いを、ギリギリの状態で維持した。
だが、その険しい地帯を抜けた辺りで、ついに、私の足元が崩れた。
私は荷物と一緒に大きな音を立ててその場に倒れこんだのだ。
朦朧とする意識の中で、私は先を行くマリアンナの姿を捉えた。
「マ、マリアンナ……」
マリアンナが振り返る。
あぁ、なんだ……なんだかんだいっても助けてくれるんじゃないか。
やっぱりコイツも人間の心はまだ持ち合わせているんだな……
私は安心した。
「なんだ。もう歩けないのか。使えないな」
しかし、脆くも私の期待は裏切られた。
マリアンナはそう言って私の背中から荷物をはぎ取ると、背負い込んだ。
「ま、待ってくれ……マリアンナ……」
「残念だが、お前とはここでお別れのようだな。大して使えんヤツだった。じゃあな」
マリアンナはこの時、本当にこう言ったのだ。今でも覚えている。
それを聞いた私は、悔しいのと悲しいのと、その他様々な感情がごちゃ混ぜになった。
もはや、私の身体は、指一本まともに動かすことができなかった。
そうなれば、もう諦めるしかない。
そのまま静かに目を瞑ると、自らの数奇な人生を反芻する。
……言われてみればこれは天罰かもな。
遊び呆けてダラダラと過ごしていた私が生き残り、真面目に勉強していたジョージが死ぬという運命自体が不条理だ。
マリアンナは、本当の意味での死神だったのかもしれない。
元々、あんな少女は存在しないのであって、ただ死期が近付いた私が見た幻想……そう思えば、私のこの愚かな死に様にも納得がいく。
私はそんな蒙昧な考えを頭の中と巡らせながら、そのまま気を失った。




