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死神と愚者の旅 ~黒いシスターと没落御曹司~  作者: 松戸京
第1章 死神との出会いとその旅路
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22/227

月の下で 5

 ここで私は死んでしまったというと、もちろん、そんなことはない。

 次に私が目覚めたのは、天国ではなく、テントの中であった。


「……ここは?」


 しかも、見覚えのあるテントの中だった。


「起きたか」


 それは、まぎれもなく「漆黒のマリアンナ」のテントであった。


「マリアンナ……?」

「なんだ。そんな不思議そうな顔して」

「だって、お前、私を見捨てて……」


 マリアンナは怪訝そうな顔で私を見る。

 瞳の蒼い炎が揺らめいていた。


「見捨てた? だったら、お前はなんでここにいるんだ?」

「じゃあ、お前、私を助けてくれたのか?」

「助けるというか、死なれると困る」

「え?」

「言っただろう。教会の規定で依頼意外の人間を殺すと面倒だ、と」

「あ、あぁ……」


 確かに、ジョージを殺した際にもそのようなことを言っていた。

 つまり、あくまでマリアンナは、教会とやらの規定にしたがっただけであって、思いやりから私を助けた、なんて甘っちょろいことは全くないのだ。

 私は少し残念に思ってしまった。


「まったく……風邪っぽいなら風邪っぽいって言え」

「そう言ったら、お前が私を看病でもしてくれるっていうのか?」

「ああ」


 マリアンナは至極真面目な顔で、確かに頷いた。

 看病、とか気遣いとか言う言葉は、犯罪者に想いやりとか優しさという言葉が似合わないのと同じくらいマリアンナには似合わない。


「本当に?」

「そうだ。ほら、早くこれを飲んで寝ろ」


 マリアンナは、手近にあった容器を手に取ると、私の口にそれをそのまま押し当て、中に入っていた謎の液体を無理矢理私の口に流し込んだ。


「んぐっ……お、おぇぇぇ……! お、お前……何を飲ませて……!」

「毒じゃない」

「毒の方がマシだ」


 それは、どう例えればいいのかわからなかった。

 世界中のありとあらゆる不出来な料理の集合体、もしくはありとあらゆる厳選された汚水……少なくとも、私が今まで口にしてきた中でもっとも最悪の味のものだったのは確かである。


「さて、もう寝ろよ」

「う、うぅ……こんな状態で寝られるわけないだろ……」

「寝ろ」


 マリアンナはそういうとテントの外に出て行った。

 血も涙も、おそらく感情さえもないマリアンナが、いくら教会とやらの規定とはいえ、私を助けるとは思いもしなかった。

 もちろん、助けてもらわねば、私はあのまま、野ざらしの白骨と化していたことであろうが。


「……確かに眠くなってきたぞ」


 これが先程飲まされた謎の液体のせいなのか、風邪による肉体疲労なのかはわからなかったが、程なくして私の身体はまるで全身が鉄のように重くなり、目蓋は強制的に閉じられた。

 そして、私は気が付くと、野原にいた。

 もちろん、今までテントの中にいたことは覚えていたので、それが紛れもなく夢であることはすぐに認識できた。

夢を見ているのに夢であると認識できるのは、中々に珍しい現象だ。


「兄さん!」

 

 すると、向こうから小さな少年が走ってくる。

 あれは……ジョージ?

 マリアンナに殺されたはずの我が弟ジョージであった。しかも、その姿は幼い頃のそれであった。


「ジョージ?」

「兄さん! 何をやっているのですか。母上が心配していましたよ!」


 ジョージは呆れ顔でそう言った。

 ジョージは私以上に母上好きだったからな。

 思えばジョージが行き過ぎて勉強に打ち込むようになったのは、母上が亡くなってからだ。

 そして、私自身も、遊び呆けるようになったのもそれと同時期である。

 私達兄弟はやはり、母上の死後、少しおかしな方向へと向かっていってしまったのかもしれない。


「シャルル! ジョージ!」


 聞こえてくる美しい声。

 まるですべてを包み込んでくれるような、優しい声。

 私はそちらへ顔を向ける。


「あ! 母上! 兄さんがこんな所にいましたよ!」


 ジョージは嬉しそうに声のする方へ走っていく。

 野原の向こうには、優しそうな人影が揺らいでいる。

 母上だった。

 ナナリー・フロベール。若くしてこの世を去った、私達兄弟の最愛の人。

 私が十歳。ジョージが七歳の時に亡くなった。面影はまだ私の心に残っている。


「母上!」


 私も走り出そうとする。

 しかし、私は走れなかった。

 何かに足を掴まれていたのだ。


「なんだ……?」


 私は足元を見て愕然とする。

 黒いローブを纏った骸骨が、私の足を掴んでいたのだ。

 私の全身は震え、今すぐにでもその場から逃げ出そうとするが、骸骨は決して足を離そうとしない。


「は、離せっ! 化物!」

「イカナイデ……」

「……は?」


 なんと、あろうことか骸骨が喋ったのだ。

 その声は先ほどの母上の声とは正反対の冷たい響き。


「ワタシヲ……ヒトリニシナイデ……」


 骸骨は、背中に手を回す。

 白骨化した手が握っていたのは、大きな斧。

 見覚えのある、鈍く、血で赤くなった斧であった。


「お前は……」


 私がそう言い終わらないうちに、骸骨は斧を私に向かって振り下ろした。

 私は絶叫しながら目を瞑った。

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