月の下で 2
マリアンナによれば、この行軍は、山と谷を一つずつ抜ける場所が「山場」だという。
「山場」というのは、一体どういうことだろうと思ったが、おそらく、生か死かの境界線のことに違いないので、私はそれ以上聞くのをやめた。
しばらくは何もない平坦な道が続いた。
道行く者達もまばらで、たまに馬車が自分の隣を抜けて行くのを私はその度に恨めしそうに見てしまった。
マリアンナは、何も言わずただ黙々と歩いているだけだ。
しかし、それにしてもこのマリアンナという少女は、私にとって、本当に可愛げがない存在だった。
貴族という身分であったころは、私も、貴族社会の麗しき令嬢と、それなりの交流をしてきた。
しかし、ここまで愛想の悪い少女には今まで遭ったことはない。
確かに高飛車な者や、少しばかり頭が足りないような感じの少女には会った。
だが、マリアンナはそもそもコミュニケーションをとろうとしない。私は未だに、マリアンナという少女の全貌が把握できていなかった。
私はこの機会に、この謎の少女とコンタクトをとることにしようと思った。
これまで、私はこの少女について知ろうとすることさえままならずにいたのだ。
そう考えてみると、五日の行軍も僥倖と考えるべきで、この少女のことをより知ることができれば、この奇妙な旅路を少しでも楽しいものにできるのではないか、と考えたのである。
「なぁ。マリアンナ」
私はマリアンナに話しかけた。
「なんだ?」
「私はシャルル・フロベール。誇り高き貴族、フロベール家の第二十八代当主……になるはずの男であった。趣味は……そうだな。乗馬や狩猟を嗜むな。うむ」
マリアンナは私に関心のかけらも見せなかった。むしろ、目の前の奇妙な生物に不快の念を露にしているという感じである。
「なんだ? 何か変なこといったか?」
「お前、いきなりどうした?」
「自己紹介だよ。私はね、君にいきなりこんな所にまで連れて来られて、正直、かなりストレスを感じている。だから、せめて、この機会にお互いのことを良く知ることができればと思ってね。それができれば、自然とこの奇妙な関係も、よりよい方向に向かっていくと思うのだが、どうだね?」
マリアンナは納得しかねている感じであった。
貴族の世界では、少なくとも、私とその周りでは、初めて会った人物には礼儀正しく挨拶するのは筋だった。
「はぁ。で?」
「私が自己紹介をしたんだ。君もするんだ」
「どうやって?」
「自分のことを紹介するんだよ。自分はこういう人間だ、ということを他人に知ってもらうためにな」
すると、マリアンナは俯いて、少し考え込むようにする。
「面倒だから、やめておく」
それだけいうと、マリアンナは私に背を向けた。
こうなるのではないかと、わかってはいた。マリアンナが私に素直に自分のことをさらけ出す少女だとは、とても思わなかった。
だが、ここで引き下がってはダメだと、私は思った。
「待て。なんでもいい。なんでもいいから言ってくれ」
「なんでもいいって、もう名前は知っているだろ?」
「そうじゃない。もっと、こう……自分を深く知ってもらいたい、とかないのか?」
「ない」
そう言い切られてしまうと、もう反撃できなかった。
私はいい加減諦めて、大人しく、無言のまま道を歩き続けることにした。




