藤と海棠
部活変の最後、順応か迫害か、の後の藤の帰路の話です。
さてさて、これは飯野くんにダイナミックな告白をされ、清先輩を華麗に振った後の話。
私がいつものように校門前で飯野くんと別れ、一人考え事をしながら帰宅する途中でした。
考え事の内容は歴代ガンダムで種が人気高いことです。もともとこのシリーズは男性が多くいつも私達はチェックしていますが、平成作品になってそれが顕著になったように思えます。
私はGガンが好きで一押しはウォンと東方先生でぐっふ、だけどウォンは……と、こんな話をしている場合ではない!
帰り道の途中、私は肩を叩かれた。
元から知り合いでない男子に話しかけられることは多少あったけど、いきなり触ってくるのは流石に驚いた。
なにせ、私は自転車に乗っているのだから。
驚き急ブレーキして後ろを見ると、汗をかいた良い感じの体格の大男が息を切らしている。
彼の顔には、姿には見覚えがある。というのも同じクラスの男子の海棠櫂人くん。
「藤、芳乃」
「は、はい?」
こんなにダイナミックに呼び止められたのも初めてで、私も驚きで胸の鼓動は早くなる。
こんなに体格の良い男、同じクラスにいるという時点でなにか想像意欲を刺激される、体に毒ですらあると思う。けど一体何のようなんだろう?
「少し話がある」
「はい、どうぞ」
肩で息する海棠くんはすっと姿勢を整え、大仰な動きでこっちにきて、顔を思い切り近づけて一言言う。
「お前は、伊津男のことをどう思っている?」
瞬間に見えたのは海棠くんと伊津男くんの素晴らしきウェディングルート!
へいカモンカモン! なんて考える前に返事をしなければ。同じクラスの人なら別に擬態する必要はないけれど、話をしている以上返事をするくらいの礼儀は持ち合わせている。
「どう、かぁ……世界で一番好きだと思うよ」
清先輩にも言ったように、相対的には一番だ。絶対的な判断というのはどうにもつかない。でも絶対的だとしても、一ポイントにしろ二ポイントにしろ一番好きなんだろうと思う。
が、私の答えに不満なのが見て取れる、海棠くんはどうやら伊津男くんを、ほほ、本当に心配しているんですね……hshs!
「思う、ってなんだ。正直に話せ」
「正直だよ? 相対的には何よりも誰よりも伊、飯野くんが好き。まあそれは人間とか生物に限るけれど。絶対的なものかどうかは分からないよ? 好きなんて想いは数値にはできないから、AさんがBさんを好きな以上に好きとかそんなの分からないじゃない? だから他の人と比べて誰よりも好きとしか言いようがない。でしょ?」
伊津男くんならこう言われてなんて答えるだろう? 「お、おう」とかそんなんだろう。
でも海棠くんは、伊津男くん以上に伊津男くんを大切に想っているみたい。
「それで良いと思っているのか? 仮にも恋人だろう」
眼に見えて怒りの色が目に灯っている。こんな大きな男の人が本気で怒っているのは久しぶりの経験で、少し怖い。
でも、それで折れ曲がる自分ではないから私は怖じない。
「良いよ。私には自信があるもん。飯野くん以上に好きになる人は今後現れないって」
「どうしてそう言いきれる? 俺たちはまだ高校生で、大学にも行くし社会にも出るだろう」
この発言で少し確信を持てた。海棠くんは私のことを全くどうでもいいと思っていて、本当に伊津男くんを心配しているんだ、と。
万が一の可能性かもしれないけど、彼が伊津男くんを好きで私から奪おうとしているというのもなくはない。けれど、今はそれ以上に面白そうな感じだ。
「大学? 社会? 知らない。私と飯野くんってピッタリフィーリングだよ? 一番何も分かってない部外者が何を言ってるの?」
「部外者か、生憎、俺は伊津男との付き合いだけなら誰にも負けない。この学校ではな」
き、き、き、キター!!
と声は出さなかった! 大きく右手を握り上げ、派手に自転車をこかしてしまう事態にはなったけれど、まだなんとか堪えてるよ!
「ど、どういう、関係なの?」
声が上ずってしまった。海棠くんは少し奇妙なものを見る目をしたけれど、普通に話してくれる。
「俺は、あいつが小学生の頃から一緒なんだよ。幼馴染だな。いろいろと大変なこともあったが……この間まではずっと親友だった、と思う」
さして恥ずかしがることもなく、海棠くんは言う。心が強いというか、鉄仮面だ。
「でも今は、私の方が仲良いね。仲の良さは数字にはならないんだよ? 二十年来の友達に裏切られることがあれば、その場任せの人に命を賭けるようなお願いをすることもある。今、現時点において、私とあなたじゃ、私の方が伊津男くんを愛している、なんて」
自転車を起こして、私は止めの一言を言い放つ。
「あなたが伊津男くんを好きだとしても、所詮私の前には敵わない。だって私が女であなたが男なんだもん」
これで気付くはず、海棠くんは自分の胸に秘めている熱い想いを……。
「お前が普段教室で話している、気持ち悪い話のそれか?」
「きっ! 気持ち悪い!? そんなの思っても言わないのがルールだよね!?」
「言論にルールも糞もあるか。そもそもそれを言うなら、お前と伊津男が先に破ったんじゃないのか?」
「言論の自由はね、人の気持ちとか公共の利益を害さない限り有効なの! 気持ち悪いなんて正直な意見は許されないよ!」
「お前らの会話も大概だ。クラスの真ん中で堂々と品のない話をしているという自覚はあるのか!?」
少し声を荒げた海棠くんに、私は何も言い返せなかった。彼の意見は全くの正論だから。
「……まあね、飯野くんにも気味悪がられているとは思うんだけどね。だからだよ」
海棠くんは少し身を引いた。
「だから、なんだ?」
「だから、私と飯野くんは世界で一番ピッタリ合うの。同じで、だけど逆、例えるなら、磁石のSとNみたいかな」
海棠くんは押し黙る、意味が分からないのが、分かってしまったのかまでは私には分からない。実際私も今のたとえ、納得できるようなできないような……。
けれど、海棠くんは珍しく苦しい顔をした後、なおも食い下がる。
「それじゃいけない! 世界はお前ら二人きりで出来ているわけじゃないんだぞ!? お前が、そんな考え方を伊津男に吹き込んだのか?」
「吹き込むって、嫌な言い方だなぁ。別に言ってはないよ。私がそう思っているだけ。でも私が思うに、飯野くんも同じ考えをしていると思うな」
少しロマンチックな考え方かな? でも、彼ならきっと……なんて考えるのは、流石に夢見る少女にも程がある。やっぱりやめよう。
でも発言は既にして、海棠くんはそれを真に受けている。
「それで伊津男以上にピッタリ来る奴がいたら、お前は伊津男を捨てるだろう」
「決め付けないでよ。私だって多少の分別は……」
「いやわかる。今の会話だけで充分分かった。だったら俺は……お前と伊津男を別れさせる」
衝撃的だった。
自分から伊津男くんを振るなんてことに対して、確かに罪悪感を持つことはなかった。この間の清先輩との勝負の時は、伊津男くんが頑張ることに絶対の自信があったから別にして、こんな他人の手で別れさせられるなんて、嫌だ。
「できるものならしてみれば? きっと私達の愛の深さを知ることになるよ」
私は強気な姿勢をとる。伊津男くんと別れるわけがないという自信ができたから。
伊津男くんはもう心酔と言って良いほどに私のことを想っているし、たった今、私も絶対に伊津男くんと離れないという決意が出来た。もう別れる理由も離れる理由もない!
「言ったな。後悔するなよ」
後悔、ね。
私の人生は本当に、まだたった十七年だけれど、いろいろあった。
後悔なんて今に始まったことじゃない、後悔し続ける人生、この発言も後悔の原因になるかもしれない。
何より今回は伊津男くんにその責任を丸投げする形になってしまっている。私一人じゃどうしようもないことに彼を巻き込むことになる。
……うん、愛を試すとかで伊津男くんが海棠くんになんかされることになってしまっているね、この流れ。
自分勝手な気がしてきたけど、まあいいや。
それにしても全く、何が今の会話で充分理解できた、よ。私の趣味も理解できていないくせに。大体私の一押しがウォンと東方先生と知っていての発言? チボ×ジョルとかアル×サイとかカッシュ兄弟じゃないのよ? ふっ、そもそも彼じゃ私が一番好きなのがGじゃなくて種とか言うでしょうね。
たとえ単純な能力で海棠くんに軍配が上がっても、彼の妄信を舐めてはいけない。
本当に伊津男くんの妄執は、目を見張るものがあるから。




