藤と清の話
部活編のキヨの相手前編、後編の間、伊津男が来る前の藤と清の会話です。
藤芳乃は、良くも悪くも男性受けは良い女子であるが、女子からの人気というと必ずしも良いとは言えない。
孤高といえず、孤独とも言えない、微妙な存在感がどうやら癇に障るらしく、控えめな性格も反感を買っている。
無論、藤芳乃自身に悪気はない、自分の異常を隠すべく、奇妙な変より、静か過ぎる変を選んだために、お高くとまっているとか言う風に思われていたに過ぎない。
実際、最近の藤はすっかり飯野伊津男同様の視線を向けられ、クラス外からの評価も段々変わり始めている。
その一方、斉藤清は誰からの評価も良い。
誰からといっても、高校生である以上クラスメイト、教師、親程度だが、それだけの評価があれば充分であろう。
しかもその上、近所の人からも、同性からも、他校他県の知り合いからも人気がある。
物腰柔らかな態度は少し冷たいようで誰より誠実、能力は卓越しつつも嫌味を感じさせない。
付き合いの浅い者、短い者は彼女を悪く言うが、それなりに付き合えば陰口すら叩かれない。
だが、そんな藤と清の違いは意外なほど少ない。
運動能力の差は著しいが、人に言えない秘密を抱えている点などは同じ。
それを曝け出すのが藤で、ひた隠しにするのが清であった。
藤芳乃が生徒会室に入ったとき、少しだけ驚いた。
泣きはらして出てきた三木島、そして今目の前にたっているのは清。
清と三木島に何かあったのは間違いない。
それを聞くか聞かないかを考えると迷うが、ひとまずは聞かずに座った。
「先輩は座らないんですか?」
「む、そうだな……」
言われるがまま座ろうと席に戻ったが、その直前で清は思い出したように問う。
「いつも一緒にいる彼はどうした? 飯野くんと言ったな?」
「ああ、三木島先輩とちょっと……」
思いもよらず三木島の名前が出してしまったため、藤自身が一瞬ドキっとしたが、清は何事もないように座りなおした。
二人きりの生徒会室は妙に気まずい。
藤にとってはいつも突っかかる読書ちゃんこと柊がいないため、黙々と絵を描くか文を書くかである。
しかし現在この空間に男はいない、いくら藤とて現物を見ずにあのトランス状態とも言うべき状態にはなれないのだ。
一方の清にとってはいつも通り読書を続けるのみ、と思われたがそれも事情が違った。
「ところで、野川くんと柊くんが来ていないな、何か聞いていないか?」
「あ、今日は二人来れないと言っていました」
「そうなのか……本当に二人きりなのだな……」
「そうですねぇ」
藤が鞄を置きつつ気楽に答える。
そうして筆記用具やらノートを取り出している間、同様に清も荷物を置く。
違うのは、藤がノートに集中し始めたのに対し、清は両手を机の上に置き、一心に藤を見ていることである。
「藤くん」
「なんですか?」
「あまり二人で話す機会もないし、少しいいか?」
「大丈夫ですけど……」
かしこまった態度の清を不審に思いつつも、気にせず藤は絵を描き続ける。
「藤くんは、男性同士の恋愛が好きなのだな?」
「ええ、そうですよ」
「男性は好きなのか?」
「好きですよ」
「なにか、葛藤はしないのか? 男性は好きだが、その好きな男性に好きな組み合わせがあるべきだとか」
百合男子の反対語が腐女子なのかもしれない、とのように藤は考えた。がそれだけ。
「ありますね。私がフッたら、たぶん伊津男くんは……ふふ、腐腐腐」
「な、なんなんだ?」
ようやく表情の崩れた清に、ビシッと人差し指を上げる。
藤の説明、眼鏡が光る!
「彼はショタコンなんですよ! わかりますか、ショタコンって!!」
「あ、ああ、確か年端も行かない少年に性愛を抱くという……」
「それですよそれ! でも伊津男くんも悩んでいるんですよ、本当にそれでいいのか、人としてどうなのかって。私は伊津男くんと付き合いが長いわけではないですが、奇妙な縁故と絶望的な境遇を共に乗り越えた経験があるために仲良いんですよ。で本題はですね! 彼は私のこと好きなんですけどね、なかなか偏執的というか、私がいないとどうなるかわからないっていうか。で、私も彼に助けられたり助けたりしてそういうのも悪くないかなと思うんですけど、ヤンデレ化されたら怖いなぁって、あ、ヤンデレって分かります?」
「病ん……病的なまでに、なるとかか?」
「病的なまでに愛するんですよ、デレデレなんですよ。私の元を離れるなら、その足を切って愛してあげる、みたいな奴ですよ」
「そ、そうか」
不自然なほどべらべら喋りだした藤に少し清は引き気味、もしくは怖じている。
だが話は真剣に聞いている。
「つまり彼が男性とどうなる以前に、彼に恐怖しているかなぁ、と思うんです。可愛い時もあれば、頼れそうな時もある良い人なんですが、まぁ、どこか壊れているのは間違いないんですよ。真面目なんですけどねぇ」
「真面目なのに壊れるとはどういう……?」
「違いますよ。真面目だから壊れちゃってるんですよ。私以外のことは見て見ぬフリ主義ってところもありますし、うーん、私がいなくなったら本当にどうするのか……」
と藤が思案顔になりペンを止め、清の顔つきも鋭くなっている。
「飯野くんのことが心配なのだな」
「心配、ええ、まあ確かに。でも、一番心配なのは自分なんですよねぇ……」
「なに?」
「私が彼に襲われたりとか何かないかと心配なだけで、実際、彼がどうなってもそれほど気にしないと思うんですよね。まあそうなってないから分かりませんけど」
「な……おい、仲が良いんじゃなかったのか?」
「仲が良いってなんなんでしょうね?」
「え?」
「あ、気になさらず。たぶん世界で一番私と仲が良いのは間違いなく伊津男くんですよ。次に彼のお姉ちゃん。でも所詮は比較です、えっと、相対的にですよ。そう言えば、私と絶対的に仲の良い人はいないかもしれません。私の中では伊津男くんととっても仲良しなんですけど」
「ふむ……そうか」
「すいません、話し込んじゃって。変ですよね、私」
「いや、変なものか!」
突然、大きな声が生徒会室に響く。
驚いた藤は、冷静になりながら当然、尋ねる。
「どうしたんですか、急に?」
「いや、むしろ私はもっと君の事を知りたくて話しかけたのだから、変ではない」
「私の話聞いてました? 私自身は割りと変じゃないですか? まあ言ってて気持ち良いことじゃないですけど」
「世の中いろんな人がいるものが、自分を大切にすることは誰だってする。むしろ自己犠牲などされても困るだろう」
「それは、そうかもしれませんね」
「むしろそれを自覚して人を遠ざけようなどということがおかしいぞ。極論になるが、人は皆自分を愛しながら、それを確認するために人と接するのだ。君は少し神経質ではないか?」
「はぁ、そう言われると反論できませんが……」
「もう少し周りと上手く折り合いをつける必要があるな。私でよければ、付き合うが」
「今、十分折り合いつけれてないですか?」
「今の君は折り合いをつけるというよりも、人間関係を破棄しているに等しい。飯野くんとともに性癖を暴露し、周りを遠ざけ、他の者と隔絶した中で二人だけの空間を作っている。確かに今はそれで楽しいかもしれないが、近い将来には……いや、二人の関係が引き裂かれでもしたらどうなる?」
真面目すぎる清の会話に、藤も筆をとめ、硬い表情になり、その目をひたと清に向けた。
「引き裂かれたら……ですか? どうやって?」
「その過程はなんだっていい。なんであろうと引き裂かれる時はあるものだ」
「三木島先輩みたいにですか?」
一瞬言葉を詰まらせるも、既に清にとってはそれは済んだことである。
「そ、それはそうなるべくしてなった。元々……私が悪かったのだ。好きでもないのに、彼の想いを汲んだ気になって」
少ししおらしくなった清を見て、藤も意地が悪かったと心が翳る。
それでも先の清はどう考えても言い過ぎだった。一体それが何故か、それが気になって仕方がない。
「まそれはともかく、何の話でしたっけ?」
「ともかく!? それほど軽い話をしているつもりはないのだが……」
「ともかくともかく。言いたいことがあるんでしょう? 思い切って言ってください」
藤は勘のよい女性であるがゆえ、清が普段と違う二人きりでしか話せない何かを伝えようとしていると、それは察したが、内容までは当然知らない。
間が悪いことに、その藤の挑発的とも取れる台詞に清の方が藤は準備ができていると判断してしまったことにある。
藤はにこにこと、しかし清はどうしようかと心の底から悩みながら、決断した。
「そうだな……もしかしたら聡明な君は察しているかもしれないが」
「なんでしょうなんでしょう?」
「そうだな、何から話していいものか」
「わっかりやすい結論だけでお願いします!」
「……好きだ、藤くん」
藤の笑顔は変わらないが、次の瞬間には目がパッと開いた。
「はい?」
流石に藤は聞き返す。言葉は聞けたが、脳で内容を理解するには言葉がたりない。
だが聞き返してそれが失敗だと気付く。それでも清は止まらない。
「……一年前、そうだな、あの日も今日のような夏を感じさせる日だった」
「あ、え、あの……ははは、そうでしたか」
清は懇々と語ろうとしていたが、藤の急変した様子を見て言葉を止める。
藤は、少し驚いていた様子が急に治まり、穏やかな、いつもの笑顔に戻った。
「私のことがラブで好き、そういうことですね?」
「ああ、そういうことだ」
「それは、先輩が女性しか愛せない人なんですか? それともなぜか私を?」
「……恋愛をあまりしたことがないから分からないが、恐らく前者だ。要兵には特に何もなかったからな」
冷静な二人ながら、状態は異常と言っても過言ではない。
それでも藤は真剣に考える。
「うーん、残念ながら、私には伊津男くんという相手がいるんですよ」
「そう言うな、私は見た目も良いし頭も良い。君を養っていく自信もあるし、君を幸せにする自信も、ある」
押し出すような言葉は力強く、それが自信と決意の表れである。
「女性の先輩が、私を幸せにする自信を、ねぇ? 現実はそんなに甘くないんじゃないですか? 女性の給料は低いっていいますし、女性二人の同性って奇異の目で見られるでしょうし、あとあと、夜の相手とかも、物足りないんじゃないでしょうか?」
金銭、世間体、夜伽の三つの点で藤は言う。
もっとも藤の心中、特に問題は感じていない。生活できる資金があり、愛があれば貧しくとも構わないと考え、世間体など今さら気にせず、夜伽は我慢すればよい。藤が気にしているのは清の想い、つまりは愛の深さを試しているのだ。
「ふむ、私の家はそれなりに裕福でね。情けない話だが、餓死するほどのことはまずない。次に世間体というものは……そうだな、妻となる君にとってご近所付合いは重要だ、その点は考えていなかった……。夜は、その、なんだ、これも考えていなかったよ。軽薄だったかな、離婚の正式な理由になるほどなのに、考えていないとは……すまない、必ずどうにかする」
言いながら、どんどん自己嫌悪に陥っていく清を見て藤はくすりと笑って、そんな清に声をかける。
「ご近所づきあいなら、私は世間体を全く気にしないから大丈夫ですよ。あと夜は……私がリードしましょうか?」
話し始めた時とはまた違う蠱惑的な笑みを浮かべ、藤は清の目を見据えた。
「それはつまり、私の申し出を受けて……?」
「まだです。先輩の度胸は買いますけど、あんまり現実的に考えてもらってない感じがするんですよねー」
清が思わず音を立てて腰を上げる。
「かっ、考えるから! 絶対に君を幸せにする! 命に代えてもだ!」
「そんなにすぐ命を賭けないで下さい。どんどん安っぽく見えちゃいますよ」
冗談めかして言うものの、藤は一切笑わずに、視線を一切外さなかった。
清も強引に落ち着きを取り戻され、押し黙る。
藤の鋭利な言葉のため、清はすっかり言葉を失ってしまう。
そんな清の葛藤を見てか、藤は清の待ち望んだ言葉をかける。
「とある条件によっては、付き合うのもありなんですけど」
清は努めて冷静に、しかし目は大きく開き、言葉は期待を込めて放つ。
「その条件とは?」
藤はにんまり笑う。
「そのうち伊津、飯野くんがここに来ると思います。そこで私が先輩に告白されたことを話して、そこで飯野くんの反応を見ます」
「それで?」
「もし飯野くんが、逃げ出したり、情けない反応をしたら先輩の勝ちです。飯野くんが最終下校時間にまで来なくても、先輩の勝ちでいいですよ?」
「ほう! つまり彼が男らしく反応したら私の負けということか」
「そうですね、『藤はやらん!』とか『藤を愛しているのは俺だ!』なんて言ったら、私は飯野くんに付いていきますよ」
清は落ち着きを取り戻したらしく、顎に手を当てて熟考する風に言う。
「良いのか? 生涯飯野くん意外と付き合うつもりはなかったのだろう?」
藤はにこりと笑って言う。
「ああ言えば、生半可な人は近寄りませんから」
飯野伊津男が来るまでの、二人の会話であった。




