栗林の反省の理由
テスト編のそんなことないよ、で伊津男が帰った後に残された三人の話です。
藤芳乃が近づいてきても、元々怠惰な栗林陸也は動こうなど思わなかった。
なんかあっても、精々が机をバンと叩いて『聞いてるの!?』と喚くぐらいだろう、と甘く見ていた。
いや、実際にはその見積もりは甘いというより順当なものだ、藤芳乃は変人であるが物静かな優等生、それがして然るべき行動だったろう。
だが彼女は、死にたいと栗林が言った瞬間から動き出していた。
そして殴ったのだ。
それを、誰も動かず、誰も何も言わず。
そのまま藤芳乃は僅かに涙を零す飯野伊津男を連れて帰って行った。
誰かが何かを言う前に、栗林は立ち上がり、残った二人を睨む。
「……んだよ、お前らノータッチかよ? いきなり殴ってきたのに止めもしねえのかよ?」
言われて海棠はちらりと牛山を見る。
海棠に止めることは出来た。だが牛山が驚いたような顔をした後、納得したような顔をしたので、暴挙の後の藤を止めることができなかったのだ。
その牛山月宇は、栗林以上に険しい表情で睨み返していた。
「……私が止めなかった理由、二つあるけど、聞く?」
牛山の右手の人差し指と親指の爪がかちかちとぶつかり音を立てている。
これは牛山が極端なストレスを受けた時にしてしまう癖で、テストで六十点を取った時や、女子に上履きを隠された時、栗林が全く勉強をしていない時になどよくやるのだが……。
「いやいいわ。ところで俺らももう帰らね?」
栗林の言葉と同時に、牛山の張り手が机に叩きつけられた。
「一つは! 藤さんが殴らなかったらあんたを殴ってたからよ!! がーがー我侭言って、もう脅すか暴力しかないねって藤さんと話していたくらいよ!?」
「……それは酷いな」
海棠が他人事のように呟く。
だが、これでは確かにただの体罰だ。所詮体を痛めつけることで勉強をさせたところで、その意味も理由も分からずに学ぶのなら、学びには一片の価値もない。
しかし、そんなことは栗林以上に牛山が知っている。
「もう一つはね……」
がちっがちっと、親指の爪が剥がれんばかりの音を立てて、牛山は精一杯に栗林を睨む。
「あんたが、あんたがいっつんに何があったかを知ってたのに、知ってたのに……!」
それ以上の言葉は涙声と嗚咽で聞き取れることはなかった。
両手首で涙を拭っても拭っても、牛山はもう耐えきれず、その場に座り込んだ。
「……何があったんだ?」
「……いやー、流石にそれここで話しちゃまずいっしょ……」
牛山の中の後悔は大きい。それはそれ、これはこれで済ましてはいけないこともある。
そんな安易な反省では済まない、この場で初めて牛山月宇は飯野伊津男に多大な迷惑をかけつつも謝罪が碌にできていないことを申し訳なく、恥じにも思い始めていた。
ただ海棠は栗林を睨むように見つめつつ、牛山の頭をぽんぽん叩いた。
「で、お前はどうするんだ?」
「……」
栗林の空気を読むスキルも、空気を読まないスキルも、ここで限界を迎えた。
「もうやるしかないっしょ、ここまできたら……」




