海棠櫂斗という人間
恋愛感情に疎いことを朴念仁と言ったりするが、海棠櫂斗ほどの朴念仁を俺は知らない。
ともかくあいつは朴念仁どころじゃない。恋愛関係の何もかもに疎い。
一回、あいつが水泳部マネージャーの恋愛に手伝って俺に告白させたことがあるが、絶対にあれはそのマネージャーの方が強く言って無理矢理させたに違いない。
あいつの恋愛下手は感情にすら気づかないから、牛山の気持ちにも気付いていないのである。
で、俺は自分のことが色々片付いて、いい加減牛山が可哀想だからそんな相談をすることにしたのである。
時はとある放課後、わざわざ海棠を漫喫に誘って、である。
「いいか、そろそろゲッツーさんに気の利いたことを言ってやらねばならんのだよ」
「らしいな。お前がわざわざこんなことをするほどだ」
本当だよ、俺からこいつを遊びに誘うなんて高校になって初めてだ。
海棠は感慨深そうに息を吐いて、本棚を見る。
「例えばこれ! こういう恋愛をモチーフにした漫画を参考するもんだ!」
「しかし、漫画と現実は……」
「事実は小説よりも奇なり、だ。事実の方が奇妙なんだから漫画を参考にするくらいあっていいだろ」
そう言いながら夢と華コミックスを適当に引っ掴んで俺は持ってきた。
前にも言ったかもしれないが、夏目とか好きだし、そもそも俺は少女漫画が結構好きだ。
普通に泣ける話もあるし、何より少年が可愛い。
マジで少女漫画に出てくる少年の可愛さと言ったら少年漫画とは別にある。より少女らしき愛らしさ、純粋さ、か弱さの強調されるショタの良さよ(詠嘆)。
「……これを見てどうすればいいんだ?」
と、海棠はとあるシーンを俺に見せつけてきた。
「いや、俺だって今更お前に転校してもらって、登校初日にパンを咥えてぶつかってスカートの中を見ろとは言わねえよ。それ出会いだから」
そのベタベタなことを今更されても……ってかそれで惚れる人って実際いないだろ。
「もっとこう、カップルがベタベタしているところを見ればいいんだよ。例えば……ほら」
「……いや、汚いだろ」
「いやいやほっぺについた米粒を食べるくらい耐えろよ。愛しているなら耐えろよ」
「愛ではないんだが」
「ごっさんのこと嫌いなの?」
「いや嫌いではないが」
「煮え切らねえな。そんなんだと見限られて別の男のところに行くぞ?」
「あいつがそうしたいなら……」
「面倒くさ。まあするかどうかは任せるが……いつまでも関係が続くとは思うなよな。そんで、離れるってこともな」
そう、実は俺達も既に三年生、色々と考えなきゃいけない時期だ。
俺の方は藤とムフフでグヘヘなことがあったりなかったり、正直に言えば全部藤の思う壺という流れである。
海棠からしてみれば、俺は彼女ができて、お節介を焼き始めた鬱陶しいリア充かもしれない。
だが、そう思われてもいいと思って、俺は今回動いたのだ。
「もっとさ、見習えとは言わんが、他人の気持ちに敏感になろうや。で、行動を起こそうや」
「お前がそんなことを言うとはな」
「俺は他人の気持ちに敏感になりすぎて何もしないようにしてんの。お前とは違うんだよ」
私は他人の気持ちを感じ取れる、あなたとは違うんです! みたいな首相いたよね。
海棠はしばらく考えていた後、ゆっくりと、真剣に少女漫画を読み始めた。
周りの人はそんな海棠を見て、少し驚いていた。
そんなことがあってある日。
まず、三年生ってのが進学コースと愚か者コースで別れてて、俺は栗林と一緒という屈辱だったのだが、牛山と海棠はわざわざ進学クラスからこっちに来てくれて四人で食事をしていた。
藤のところに行こうかと悩んだりもしたが、結局二年の時に一度も食事を共にしなかったから、クロと五人で食べている現状。
海棠が、そっと牛山の顔に手を伸ばしたのだ。
何事か、と四人それぞれ身構えるが、牛山は静かに目を閉じて……。
「いっっ!!」
叩かれたように呻く牛山、そして海棠は一言。
「鼻毛、出てたぞ」
ああ、神様、どうして天は二物までしか与えなかったのでしょうか。
牛山は顔を真っ赤にして、何も言わず海棠を思い切りビンタして、教室から出て行きました。
誰もが海棠を見つめる中、海棠は俺を見た。
「……おかしいな」
「おかしいのはお前の頭だ! 違うだろ! 色々違うだろ! もう全部違う! お前馬鹿だろ! お前馬鹿だろ! お前馬鹿だろ!!」
「三回も言うか?」
「言うわボケ!」
「ちょっと待って、今何が起こったんだ?」
クロが尋ねてきたが、俺は説明する気にもなれなかった。
なんでも海棠は近づいて顔のあたりに手を伸ばして雰囲気がよくなるとかと判断して、ほっぺにご飯粒はついてなかったけど、鼻毛は出てたから抜いとこう、ってノリで抜いたっぽい。
これが海棠櫂斗という人間らしかった。
もう朴念仁云々以前に、人間としてどうかしている。




