テスト編エピローグ
「栗林、お前やればできるじゃないか!」
そんな嬉しそうな教師の声を、今日で五回は聞いた。
それにあいつは「ちっす、あざっす、うへへっす」みたいな返事をして「平均ナンボっすか?」 と聞くのだ。
それと別に、今日五度目のとあるやり取りがあった。
「飯野、お前、今回どうしたん?」
「はあ、すみません……」
担任のマッキーこと牧原の言葉に俺は心底傷ついた。
「平均、何点ですかね……?」
「うーん、越えてはないなぁ」
茫然として働かない頭を振りながら、俺は席に着いた。
テスト返し。
テストという戦争を終えた兵士達は、その結果によってはじめて自分達が勝ったか負けたかの判断を下せる。
我、継戦能力無く、此れ以上の精神維持は不可能と断定す、支援求む、支援求む。
言いながら、奴への私怨を滾らせるのだ。
絶対許さんぞ、栗林陸也。
みんなももう分かるだろう。
今回のテスト一週間前、色々ありすぎて頭がおかしい。
なんで今までの溜まってた問題を一気に二つも三つも解決してんの? テスト問題を解決しようよ? 学生の本分を何だと思っているの? 馬鹿なの? 死ぬの? 死にそうだよ! 懐かしいなこれ!
俺がどんな思いで今回のテスト返しに臨んだか、というかテストに臨んだ姿勢自体が、ちときつかった。
勉強に集中できない、どころじゃなかった。色々ありすぎて勉強した記憶がないくらいだ。
だが出た結果を今見て、素直にゲロを吐きそうな気持ちになっている。
不幸だ、そんな軽々しくも重々しい言葉を、俺は二つの意味で使いたい。
「よ、伊津男。俺の成績は平均を上回ったぜ!? これで昔通りな!」
「あーそうだな分かったよはいはい死ね」
「ひどっ!!」
栗林を適当にあしらっていると、海棠と牛山も前から現れる。
「待ってって。そりゃまだテスト全部返ってきてないけど、そんなつんけんしなくてもいいんじゃない?」
「牛山、気にするな。最後に一人を楽しみたいんだろう……」
海棠はそんなことを平然と言って、もう完全に勝つ気でいる。
「キサマら許しておかんぞ……」
「言っておけ」
完全に敗北者な俺は涙をこらえながら、ひとまず部活に向かったのである。
「……ちーす」
「あ、先輩、こんにちは」
生徒会室には、キヨ、クロ、ドブ、ヒラの四人がいつもの配列で座っていた。
「あれ、藤は?」
「なんだ君と一緒じゃないのか? てっきりそういうことだと思っていたが」
キヨがつまらなそうに言うから本当に来ていないらしい。
チャイムが鳴って真っ先に教室から出たため、てっきりここに向かっていると思ったのだ。
「じゃあ俺も帰りますね。お疲れ様でした」
「いやいや、ちょっとくらい……」
そんなクロの制止を、俺は振り切って堂々と帰った。
思えば。
姉貴を改心させようと言い争ったのも。
家族の問題の解決の発端となった西橋火奈を焚きつけたのも。
藤なのだ。
読書ちゃんことヒラに関しては、クロのお節介が原因であるが、それはそもそも俺とヒラちゃんが仲良くなっただけで何の解決もしてないんだよねー。
で、俺が言いたいのは、俺を取り巻く問題には大体藤が絡んでて、藤が解決してくれるって話である。
いや、厳密に言えば解決しているのは俺達自身だ。
でも、俺の中で藤の功績はとても大きい。
そんな感謝を伝えたくて、であわよくば何か企んでいるか聞こうと思っていたのだ。
とにかく藤を探そうと、コンビニに来て、姉貴しかいないことをチェックして帰ろうとしたところ。
「あ、飯野くん」
「お前……西橋かな?」
「はいはい。相変わらずじゃん、楽しくなった?」
漠然とした質問だが、数日経っての感想くらいは俺にもある。
「楽になったな。掃除も料理も勝手にしてくれるからな。ごろごろできて幸せだ」
「あはは、それはいいね。ってか今まで料理も掃除も自分でしてたの!? すげー……」
「火奈も喋り方、荒くなったな」
「別に母親じゃないし、新しい恋に向かって全力ダッシュ、って感じ?」
そうかしましく笑う西橋の雰囲気は、以前よりも彼女らしさがある風に見えた。
俺もこいつも、ちゃんと進んでいるんだろう。
「そういえばここにお姉さんがいるんだよね。入らないの?」
「たっぷり怒られてから、なんかますます依存されてな。親がいない時に会うのはNG」
「へー、じゃ」
「じゃあな」
軽く別れを告げて、俺はコンビニに背を向けて、再び歩き出した。
俺の家までの道程を歩いていると、ようやく藤と出会った。
だが、その隣にいるのは。
黒いボブカットは、つやつやの綺麗な髪で、黒い目がピカピカと光ってて、白い肌がぷにぷにの。
「けんと!? いったいどうしたんだ、芳乃お姉ちゃんと一緒に……」
一応、藤もけんとくんとは出会っている。
これもいつか誰かに伝えたい、長く感動的なけんととのエピソード、そして藤にバレた時の人生が終わった感覚。
だがそれよりも前、けんとくんは瞳をうるうるして、走って俺に近づいてきた。
「……いつお!」
「ど、どした?」
「……引っ越す」
「え?」
「……引っ越すことに、なった」
けんとくんの手には、プレゼント包装用のクッキーが握られていた。
発端はマンションの前、けんとくんが一人で遊んでいる時に俺がそれを見つけて。
「で、大丈夫、伊津男くん?」
話を割り込んだ藤に、俺は素早く言った。
「藤、俺さ、やっぱり藤のことを大切にするよ」
「今言われてもけんとくんの代わり扱いにしか思えないんだけど」
実際、今の気分はそれだ。
とても可愛らしくて、子供らしく負けず嫌いの意地っ張り、だけど優しい子なんだ。
「……辛い」
「リアル過ぎる。でも、それでこそ伊津男くんだね」
まるで半身を捥がれた感覚に、ふわりと頭を撫でる手があった。
「大丈夫、また会えるって」
「……やっぱ、藤のことを大切にするよ」
「はいはい」
俺の人生の道程は、ここで決めつけていいものでもないだろう。
けれどこれは大きなターニングポイントだ。
藤がそう思ってなくても、藤がそう感じていなくても。
「藤ってさ、俺のために何でもしてくれてるよな」
「え、今何でもするって……」
「言ってない。藤が何でもしてるよなって」
「なんでもするって言ったら、何したい?」
「……そういうのはいいから」
「うぶだねー。何でもはしないよ。できることだけ」
「できることって?」
「……好きな人に幸せになってもらうくらいは、するよ」
……いちいち格好良いんだよなぁ、この人。
「じゃあさ、藤……」
言いたいことはいっぱいある。
本当に伝えたい大好きな気持ち。
色々なことをしてくれた感謝の気持ち。
けど藤はそんな俺の気持ちも先取りしたみたいに言う。
「これからは友達と喋って、家族とも仲良くして、だけじゃ駄目だよ。ちゃんと小さな男の子が好きで、勉強もそこそこできる伊津男くんでいてよね」
「……おう、きっとな」
藤が好きになった俺……、それを俺は理解しながら、ゆっくりと藤に近づいた。
「積極的な俺は、どうだ?」
テスト前の土曜日、帰り際に俺が藤を引き留めた時、藤が俺にしてくれたように、俺は藤をそっと抱き寄せた。
こうしてみると、藤の体も小さい。けれど密着すればするほど、人の温かみに胸が高鳴る。
「積極的な伊津男くん……? そうだねぇ……」
藤は、まるでキスをするときみたいに髪をそっとかきあげた。
「八十点かな」
高得点かと思いきや、よく見えるようになった瞳は、明らかに俺を蔑視していた。
「九百五十点満点中ね」
「センター試験かよ……」
藤は妖しく笑って、俺の体から離れた。
やっぱり、尻に敷かれるか。
これ以降は+αみたいなもんです。




