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第四十五話:黄昏の刺客、理(ことわり)の逃走劇

西暦六二五年、夏。

 飛鳥を離れる私の行列は、あまりにも寂しいものだった。かつて唐の皇帝を退けた英雄の姿はなく、数名の護衛と、没収を免れた僅かな私物だけを積んだ牛車が、山間の街道をゆっくりと進んでいく。

「……大江様。そろそろ、風の色が変わりますな」

 御者に扮していた鎌足が、笠の端から前方の峠を見据えた。

 街道の両脇には、鬱蒼とした竹林が広がっている。風が吹くたびに竹が触れ合い、不気味な乾いた音を立てていた。

「来るか。……中大兄皇子の刺客、それとも蝦夷様の放った『掃除屋』か」

 私は牛車の中で、隠し持っていた「あるデバイス」の調整を終えた。それは、陸奥での高圧蒸気実験の際に副産物として得た、強力な静電気を蓄える「ライデン瓶」の試作改良型だ。

 その瞬間、竹林から数十本の矢が放たれた。

「伏せろッ!!」

 鎌足の声と同時に、牛車の側面に矢が突き刺さる。

 林の中から、黒装束を纏った集団が音もなく現れた。その指揮を執っているのは、蝦夷の側近ではなく、中大兄皇子の息がかかった「佐伯連さえきのむらじ」の一族だった。

「蘇我大江! 唐と内通し、国の理を売った大逆人として、ここで果てよ!」

 刺客たちが一斉に斬りかかってくる。鎌足は腰の短刀を抜き、電光石火の動きで三人を斬り伏せたが、多勢に無勢だ。

「大江殿、ここは私が食い止めます! 早く森へ!」

「いや、鎌足殿。……彼らにも『未来の理』を見せてやらねばな」

 私は牛車から降り立ち、手にした銅製の球体を地面に叩きつけた。

「――放電ッ!!」

 **バリバリッ!!**という凄まじい衝撃音と共に、青白い火花が刺客たちの足元を駆け抜けた。湿った初夏の地面を伝わり、高電圧の電気が彼らの筋肉を硬直させる。

「な、なんだ……!? 身体が動かぬ……雷の呪いか!」

 刺客たちが悶絶し、地に伏せる。科学を知らぬ彼らにとって、それは魔法以外の何物でもなかった。だが、その混乱の隙を突いて、森の奥から一筋の矢が私の肩を射抜いた。

「……っ!」

 激痛が走る。矢を放ったのは、刺客たちのさらに後ろで冷徹に戦況を見つめていた、中大兄皇子本人だった。

「……惜しいな、大江。その『魔法』、飛鳥を統べる者の道具として使えば、お前を殺さずに済んだものを」

 皇子は弓を引き絞り、二の矢を番える。

 その時だ。

「――大江に触るんじゃねえッ!!」

 街道の先から、砂煙を上げて駆け抜けてくる一騎の影があった。

 愛馬に跨り、多賀で鍛え上げた長刀を振り回すその男――蘇我入鹿。

 彼は父・蝦夷の命に背き、単身で私の後を追ってきたのだ。

「入鹿……! 来るなと言ったはずだ!」

 叫ぶ私の前で、入鹿は皇子の放った矢を刀で叩き落とし、そのまま刺客の群れの中へと突っ込んでいった。

「大江! 逃げるなら俺も一緒だ! 俺のいない世界で勝手に『理』を進めるなんて、許さねえぞ!」

 西暦六二五年、夏。

 主従を超え、運命を共にする二人の逃亡劇が始まった。

 だが、この合流は、蘇我一族を完全に二分し、飛鳥を真っ二つに引き裂く「内乱」の号砲となってしまった。

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