撮影スタジオで――自分を晒す装具を購入し、女性カメラマンに恥ずかしい姿と顔を撮ってもらいました
撮影に使えるものを探し始めたのは、その少し前でした。
どういうものが欲しいのかは、なんとなく分かっていました。
自分を、少し辱めるもの。
できれば、服の下につけられて、普段使いできそうなもの。
外から見れば、普通に服を着ているだけなのに、その下では、普通ではいられないもの。
自分の手でそうするのとは、少し違いました。
装備をつけると――
お尻の穴が、自分では隠せない状態になるもの。
(そんなもの、あるのかな)
そう思いながら、検索して見つけた店へ行きました。
念のため、普段はあまりかけないサングラスをしていきました。
自宅からも会社からも離れた、SM用品や露出用の装具を扱っている専門店です。
ここまで離れていれば、知っている人に会うことはないと思いました。
店の前まで来て、一度通り過ぎました。
少し歩いて、戻りました。
店内には、黒い革や金属を使ったものが並んでいました。
奥にいたのは、六十歳くらいの男性でした。
男性は、私が店に入っても、すぐには声をかけてきませんでした。
私は棚を見て回りました。
でも、探しているものは見つかりません。
「何か、お探しですか」
少し迷ってから、聞きました。
「お尻の穴を広げたままにしておく拘束具みたいなのって、ありますか?」
男性は私の顔を見ました。
「ありますよ」
「あ、私じゃないんです」
自分でも、聞かれていないのに何を言っているんだろうと思いました。
「知り合いなんです。使うの」
男性は何も言わず、棚の奥から黒い革の装具を出しました。
「チーク・スプレッダー・ハーネスです」
カウンターの上に広げて、ベルトを一本ずつ指で示しました。
「これは腰に固定します。こっちの二本を太ももに回します」
「はい」
「それから、このベルトで左右のお尻の肉を外側へ引っ張ります」
お尻の肉。
男性は何でもないことのように言いました。
「締めていくと、お尻が左右に開いた状態で固定されます」
指でベルトの向きを示します。
「ですから、手で広げていなくても、肛門が露出した状態を保てます」
「……はい」
肛門。
今度はもっとはっきり言われました。
「立っても座っても、ベルトを緩めない限り、お尻の肉は元の位置には戻りません」
男性は淡々と続けました。
「服の下にも着けられます」
私は黒い革のベルトを見つめました。
(本当に、あった)
ほとんど、私が探していたものそのものでした。
「試着もできますよ」
私は顔を上げました。
「……試着?」
「サイズがありますから。合わないと、きれいに開きません」
「でも、使うのは知り合いなので」
「そうですか」
男性はそれだけ言いました。
それ以上、何も聞きません。
私は装具を見ました。
「……サイズを見るだけなら」
「奥をどうぞ」
フィッティングルームには、全身鏡がありました。
サングラスを外して、バッグの中へ入れました。
説明された通り、腰にベルトを回しました。
太ももにも固定します。
最後に、左右のベルトを少しずつ締めました。
お尻の肉が、左右へ引かれていきます。
もう少し。
もう少し。
鏡に背中を向けて、振り返りました。
お尻の穴が、見えていました。
これ以上ないくらい、お尻の肉が左右に引っ張られて、普段は奥に隠れているお尻の穴が、はっきり露出しています。
手で広げているわけではありません。
両手を離しても、そのままです。
私はしばらく、鏡から目を離せませんでした。
(私)
(こうなりたかったんだ)
フィッティングルームを出て、装具をカウンターに置きました。
「これ、ください」
男性は何も言わず、会計をしました。
家に帰ってから、もう一度つけました。
今度は全身鏡の前です。
立ったり、横を向いたり、少し腰を落としたりしました。
その上からスカートも穿いてみました。
鏡の正面から見れば、いつもの私です。
でも、その下では、お尻の穴が開いたままになっています。
スカートを脱いで、もう一度鏡に背中を向けました。
(この姿を)
(誰かに撮ってほしい)
次に探したのは、この姿を撮ってくれる撮影スタジオでした。
そのお店を見つけるまでに、何度も検索する言葉を変えました。
「女性 フェティッシュ衣装 撮影」
「SM衣装 個人撮影」
そこまで入力して、いちど画面を閉じました。
でも、もういちど開きます。
今度は、
「アダルト撮影可 女性カメラマン」
と入力しました。
(私) (何を探してるんだろう)
見つけたのは、自宅から電車で1時間以上離れた小さな撮影スタジオでした。
完全貸切で、女性カメラマンを指定できます。
撮影した写真が外へ出ることもありません。
ここなら大丈夫だと思いました。
予約フォームの衣装・装具の欄には、
「持ち込みあり」
とだけ書きました。
翌日、スタジオから返信が届きました。
『装具の種類と、どこをどのように撮影したいか、もう少し具体的にお知らせください』
画面を見たまま、しばらく指が動きませんでした。
(書かなきゃ) (予約できない)
私は、あのお店で買った装具の名前を入力しました。
それを身につけて、普段は隠れている部分が見える状態を撮ってほしいことも書きました。
誰かに話したことはあっても、文章として残すのは初めてでした。
送信ボタンを押します。
(送っちゃった)
私がどんなことをしたい女なのか、知らない女性に伝わってしまいました。
予約当日。
白いブラウスと黒いスカートを着て、スタジオへ向かいました。
いつも会社へ行くときと、それほど変わらない格好です。
受付にいたのは、40歳くらいの女性でした。
短い黒髪で、細身の人です。
愛想が悪いわけではありません。
でも、必要以上に笑わない人でした。
撮影内容と、写真を公開しないことを確認したあと、
「強めに姿勢を指示することがあります。身体に触れて直す場合は、その都度声をかけます」
と説明されました。
「はい」
「心理的な演出も、申告いただいた範囲で行います。嫌になったら、いつでも止められます」
「大丈夫です」
私はすぐに答えました。
腹は決めてきています。
最初は、持ってきた装具を使わず、今の服装のまま数枚撮ることになりました。
白い背景の前に立ちます。
カメラを向けられると、自然に背筋が伸びました。
脚を少し開きます。
腰を傾け、ブラウスの胸元へ片手を置きました。
これまで頭の中で何度も考えてきた姿勢でした。
「撮ります」
シャッターが三度鳴りました。
女性はカメラの画面を確認します。
私は次の姿勢を作ろうとしました。
「違いますね」
手が止まりました。
「え?」
女性は画面を見たままでした。
「この写真を撮るために、ここまで来たわけではないですよね」
何も言えませんでした。
格好も、姿勢も、自分ではうまくできているつもりでした。
でも、たった数枚で見抜かれてしまいました。
「予約時に書かれていた装具は、持っていますか」
「はい」
バッグから黒い装具を取り出しました。
女性は机の上へ広げ、ベルトの位置を確認します。
「これを着けた自分が、どう見えるのか残したいんですね」
「……はい」
「服を少しずつ乱して、最後にこれを見せる予定でしたか」
顔が熱くなりました。
そのとおりでした。
私が考えてきた順番まで、見抜かれていました。
「はい」
「でも、その脚本で撮った最初の写真は違いました」
淡々とした声でした。
怒られているわけではありません。
それなのに、自分で考えてきたことが急に幼稚なものに思えてきました。
「今日は私が撮ります」
女性が私を見ました。
「見せ方も、姿勢も、順番も任せてもらえますか」
私は小さく息を吸いました。
(この人に) (任せるんだ)
「……お願いします」
試着室でスカートを脱ぎ、装具を腰と太ももへ固定しました。
自分の部屋で何度も試しています。
それでも、今日はベルトを締める指が少し震えました。
最後の留め具を引くと、左右のお尻がゆっくり外側へ引かれていきます。
(あ……)
お尻の奥へ、空気が直接触れました。
鏡がなくても、普段は閉じているお尻の穴が開かされているのが分かります。
反射的に力を入れました。
でも、閉じません。
(こんなにぎゅっとしてるのに)
自分の手で広げているのなら、恥ずかしくなった瞬間に離すことができます。
今は、装具に引かれたままでした。
(かわいそう)
(こんな普通の女の子のお尻の穴が) (自分では閉じられなくなってる)
その姿を、これから初めて会った女性の前へ持っていくのです。
女性は、私がどれだけ力を入れても隠せないところを、好きなだけ見ることができます。
そう考えた途端、腰の奥が熱くなりました。
カーテンへ手を掛けます。
まだ姿を見せてもいないのに、カメラマンがすぐ外で待っていることを意識するだけで、呼吸が浅くなりました。
(この格好で) (出ていくんだ)
カーテンを開けます。
女性の視線が、私の顔から腰の下へ移りました。
私は思わず脚を閉じかけました。
でも、お尻の穴は装具に開かされたままです。
脚を閉じても、そこだけは隠せませんでした。
「少し確認します」
女性が私の後ろへ回ります。
黒いベルトを一本ずつ指で確かめていきました。
腰。
太もも。
最後に、お尻を左右へ引いているベルトへ触れます。
「痛くありませんか」
「はい、大丈夫です」
「きつすぎる感じは?」
「ありません」
女性は、装具の使い方を確認しているだけでした。
それなのに私は、初めて会った女性へ、自分のお尻の穴を開いた状態で点検してもらっています。
(見られてる)
(私のお尻の穴) (こんな近くで確認されてる)
「問題ありません」
女性はそう言って、私の前へ戻りました。
特別な感想はありませんでした。
26歳の普通の女の子が、自分では閉じられないほどお尻の穴を広げて立っているのに、この人にとっては撮影前の確認にすぎないのです。
「鏡の前に立ってください」
全身鏡の前へ立ちました。
白いブラウスを着た26歳の女性が映っています。
髪も、メイクも、家を出たときのままでした。
その下では、黒いベルトにお尻を左右へ引かれ、普段なら身体の奥に隠れているところまで露わになっています。
私はもういちど、お尻へ力を入れました。
鏡の中でも、ほとんど変わりませんでした。
(本当に) (閉じられないんだ)
後ろには、初めて会った女性が立っています。
私と同じ鏡を見ていました。
この人には、私が必死にお尻を閉じようとしていることも、それでも閉じられないことも、全部見えているのだと思いました。
でも、鏡を見ているうちに、脚の位置が気になりました。
少しだけ開きます。
腰の向きも変えました。
(もう少し) (こっちの方が見える)
片脚を後ろへ引き、上半身をひねりました。
その瞬間、
「カシャッ」
初めてシャッターが鳴りました。
私は鏡越しに女性を見ました。
「今、私からは何も指示していません」
「……はい」
「自分で、一番見える姿勢を探していましたよね」
鏡の中の私は、恥ずかしがっているような顔をしています。
でも実際には、どうすればもっとよく見えるのか、自分から探していました。
「誰に見せようとしていたんですか」
答えられませんでした。
女性が鏡へ近づきます。
用意してあった黒い布を持ち上げ、そのまま鏡全体へ掛けました。
それまで目の前にいた私が、突然消えます。
「ここからは鏡を見ないでください」
「どうしてですか」
「もう、自分がどう見えるか分かったでしょう」
女性はカメラを構えました。
「今度は、自分では確認できないまま、私に見せてください」
自分のお尻がどれほど開いているのか、もう確かめることができません。
力を入れても閉じられないところだけが、背後に残されています。
見えるのはカメラマンの顔と、私へ向けられたレンズだけでした。
(もう) (この人にしか見えない)
そのことが、怖いほど嬉しく感じられました。
「そこに立って」
言われた位置へ移動します。
「自分で姿勢を作らないで」
動かしかけた脚を戻しました。
「手は身体の横に」
私は従いました。
「もう少し右を向いて」
女性の指示だけで、私の身体の向きが決まっていきます。
どこから、何が、どの程度見えているのか分かりません。
分かるのは、レンズが私へ向いていることだけでした。
「顔を上げて」
シャッターが鳴ります。
「今、綺麗に写ろうとしましたね」
また見抜かれました。
「すみません」
「謝らなくていいです。綺麗な写真を撮りに来たわけではないでしょう」
女性がカメラの画面をこちらへ向けました。
そこには、鏡の前にいた私が写っていました。
自分で一番見える姿勢を探していた瞬間です。
顔には恥ずかしさがありました。
でも、それ以上に、自分の姿へ満足しているのが分かりました。
「この写真が、私のSM写真のSNSに載ったところを想像してください」
胸の奥が大きく動きました。
もちろん、そんなことは起こりません。
契約書も交わしています。
絶対に公開されないからこそ、想像できました。
この写真を、会社の人が見る。
白いブラウスと顔だけで、すぐに私だと気づく。
会社では真面目に働いている26歳の私が、何を見せるためにここへ来たのかまで知られてしまいます。
(私だって) (バレちゃう)
(生活が) (壊れちゃう)
「レンズを見てください」
顔を上げました。
レンズの向こうに、大勢の知らない男性がいるところを想像します。
身体だけではありません。
こんな写真を自分から撮らせている女が私だということを、顔から知られてしまいます。
「カシャッ」
一枚。
「そのまま」
「カシャッ、カシャッ」
逃げるように目を伏せかけました。
「目を逸らさないで」
もういちどレンズを見ます。
見られているのは身体だけではありませんでした。
どんなことを想像して、どんな顔になっているのかまで撮られています。
隠そうとするほど、顔が熱くなりました。
呼吸も少しずつ浅くなります。
女性は何も言わず、連続してシャッターを切りました。
「カシャッ」
「カシャッ」
「カシャッ」
その音を待っている自分がいました。
(もっと) (撮って)
口には出せませんでした。
でも、シャッターが止まると不安になります。
女性がカメラを下ろしました。
「ほら。怖がっている顔ではありません」
画面を見せられます。
そこには、赤くなった顔でレンズを見つめる私がいました。
「……どんな顔ですか」
聞かなくてもよかったのに、聞いてしまいました。
女性は写真を見たまま答えます。
「正体を暴いてもらうのを待っている、いやらしい顔です」
胸の奥が熱くなりました。
同性の女性から、写真を見ながらそう言われています。
私が何を求めているのか、全部分かられていました。
「そのまま、こちらを見て」
またカメラが上がります。
「逃げないで」
レンズから目を逸らせませんでした。
「男の人からも、そうやって目を逸らさないで」
シャッターが鳴ります。
身体の反応まで、もう隠せていないことは自分でも分かっていました。
女性も気づいているはずです。
女性は私の身体へカメラを向け直しませんでした。
反応を知られて顔を伏せようとするたび、
「こちらを見て」
とだけ言います。
シャッターは、ずっと私の顔を追っていました。
(まだ) (終わらないで)
女性が一度カメラを下ろします。
言わなければ、終わってしまうかもしれません。
でも、もっと撮ってほしいとは言えませんでした。
「言わなくても、分かります」
女性は再びカメラを構えました。
その一言で、隠していたものが最後まで剥がされてしまった気がしました。
もう、恥ずかしがっている普通の女の子を演じることもできません。
見せたい欲望を抑えられない私が、そのまま撮られていました。
しばらくして、シャッターの音が止まりました。
「終わりました」
身体から力が抜けました。
安心したはずでした。
でも、胸の中には急に大きな空洞ができました。
(終わっちゃった)
黒い布の掛かった鏡を見ます。
もっと撮ってほしかった。
もう少しだけ、この人の言うとおりに動いていたかった。
その気持ちを隠すように、女性の方へ振り返りました。
「カシャッ」
最後に、もう一度シャッターが鳴りました。
「え?」
「今の顔が、一番よかったです」
後日、撮影データが届きました。
何百枚もの写真がありました。
鏡の前で自分から一番見える姿勢を探している写真。
レンズの向こうに大勢の男性を想像している写真。
欲望を隠すことを諦め、まっすぐこちらを見ている写真。
でも、私が何度も開いたのは、最後の一枚でした。
撮影が終わったと聞いて、振り返った瞬間の顔です。
安心した顔ではありませんでした。
終わってしまったことが寂しくて、もっと見てもらいたかったことを隠せていない顔でした。
あの装具を身につけた身体よりも、その顔の方がずっと恥ずかしく感じました。
身体の見せ方なら、自分で考えることができます。
でも、あの顔だけは、私の脚本にはありませんでした。
PS
私はずっと、見られる状況を自分で作ることが好きなのだと思っていました。
何を着るか。
どこに立つか。
どの姿勢なら、偶然見えたように思われるか。
でも、あの日いちばん興奮したのは、自分より上手な人に脚本を取り上げられたときでした。
私が見せたかったのは、身体だけではなかったようです。
見せたい欲望を抑えられない私を、誰かに見抜いてほしかったのだと思います。
最後の写真を見るたびに考えます。
(この写真を) (誰かに見せたら)
まだ、誰にも見せていません。




