満員電車で――前半は全部計算していたのに、最後は誰かの脚本の中で容赦なく痴漢される役になっていました
朝、会社に体調不良の連絡を入れました。
嘘でした。
熱もありません。頭痛もしません。
それでも私は、いつもと同じ時間にシャワーを浴びて、鏡の前に立っていました。
ベッドの上には、白いブラウスと黒いミニスカートを並べています。
通勤するわけではありません。誰かと会う約束もありませんでした。
下着だけは、昨夜から決めていました。
今日のためにネットで購入した、白い上下のセットです。
ボトムの後ろは、ほとんど紐しかありません。ブラも、大切なところをかろうじて隠すだけの小さなものでした。
先日の施術で、毛はもう残っていませんでした。以前なら隠れていたはずの輪郭まで、今日は何もごまかしてくれません。
その上からスカートを穿き、白いブラウスを着ました。
鏡に映っているのは、流行りのファッションに身を固めた26歳の普通の女の子です。
もちろん、会社へ行くつもりなどありません。
マスクをつけて家を出ました。
まだ外が薄暗いうちに、いつもの駅へ向かいます。
でも、会社とは反対方向のホームに下りました。
始発に近い時間の電車は空いています。座れる場所もありました。
私はドアの近くに立ったまま、窓に映る自分を見ていました。
白いブラウス。黒いミニスカート。顔の半分を隠すマスク。
これから向かう場所は、会社とも自宅とも関係ありません。
朝の混雑で有名な路線がありました。
何両目が特に混むのか。どの駅から人が増えるのか。次の駅まで、途中で停まらない区間はどこなのか。
昨夜までに調べています。
その電車へ乗るためだけに、私は朝早くから移動しているのです。
(誰も)
(私のことなんか知らない)
髪型も、会社へ行くときとは少し変えました。顔もマスクで隠れています。
電車が進むにつれて、窓の外が明るくなっていきました。
乗換駅に着きます。
ホームへ下りると、空気がまるで違いました。
階段から絶え間なく人が流れてきます。ほとんどが仕事へ向かう人たちです。
この人たちは、全員、私のことを知りません。
今日ここへ来た理由も。服の下に何を身につけているのかも。昨日から、私が何を考えていたのかも。
誰も知りませんでした。
(この人たちの中に)
(入るんだ)
電車が入ってきました。
窓の向こうには大勢の人が立っていましたが、まだわずかに隙間が残っています。
乗ろうと思えば乗れました。
でも私は、列から少し外れました。
ドアが閉まり、電車が走り去っていきます。
(これじゃない)
次の電車まで、3分。
その短い間にも、階段から次々と人が下りてきました。ホームの列が長くなり、私の前後を知らない人たちが埋めていきます。
逃げる場所が少しずつなくなっていきました。
私はマスクの位置を直して、もう一度、列の中に並びます。
次の電車が近づいてきました。
窓の中には、すでに人と人との隙間がありません。
(これだ)
胸の奥が強く鳴りました。
電車が停まり、ドアが開きます。
降りる人を避けたあと、並んでいた人たちが順番に車内へ入っていきました。
私も前の人に続きます。
入口のところで、駅員さんが奥へ詰めるように呼びかけていました。
私は人の流れに押されるように、一歩入ります。
すぐ後ろから次の人が乗ってきました。
さらに、その後ろからも。
もう引き返せません。
(入っちゃった)
からだの左右を、知らない人たちに挟まれました。
誰も私を見ていません。
乗客はそれぞれ、スマートフォンや車内表示、何もない床へ視線を向けています。
ただ電車に乗っているだけの人たちでした。
その中で私だけが、この瞬間のために服を選び、始発に近い時間から移動してきました。
(私だけが)
(何をしに来たのか知ってる)
肩に掛けていたバッグを、からだの前へ持ってきます。
片手でバッグを抱え、もう片方の手を頭上の手すりへ伸ばしました。
正面には、眼鏡をかけた小柄な若い男性がいます。
真面目そうな人でした。私と目が合いそうになると、すぐに視線を下げます。
右側には、スーツ姿の男性。左側にも若い男性がいました。
背後には、私より背の高い年配の男性が立っています。
位置は悪くありませんでした。
ドアが閉まる直前、もう一度、人の波が動きます。
外側から押された人たちが、そのまま車内へ入ってきました。
正面の男性との距離がなくなります。左右からも肩を押されました。
ほとんど身動きができないほどの状態になりました。
背中には、後ろの男性の体温を感じます。
誰かが小さく「すみません」と言いました。
誰に向けた言葉なのかはわかりません。
こんな電車では、誰も悪くありませんでした。
ドアが閉まります。
車内放送が流れました。
次の駅まで、およそ10分。この区間では途中に停まりません。
そのことも調べて知っていました。
でも、準備に10分かけるつもりはありませんでした。
電車が動き出します。
発車の揺れに合わせて、私は上半身をわずかに前へ倒しました。
バッグの陰へ片手を下ろします。
黒いスカートの裾をつかみました。
前は、脚の付け根の少し上まで。後ろは、腰の近くまで。
人のからだに隠されたまま、早い段階で引き上げます。
裸のお尻が、ほとんど露出しました。
手を離しても、混雑に押さえられた布は元へ戻りませんでした。
(これでいい)
手を胸元へ戻します。
バッグに隠れた指で、ブラウスのボタンを二つ外しました。
バッグを少し下へずらします。
正面の男性との間に、もう遮るものはありませんでした。
正面の男性には、小さなブラが辛うじて役目を果たしている状態まで見えるはずでした。
次の揺れで足元を探すふりをして、両足の幅を広げます。
右側の男性の片脚が、その間へ入りました。
その人は何もしていません。置く場所のなくなった足が、そこにあるだけです。
私は腰を後ろへ引きました。
代わりに、上半身が深く前へ傾きます。
正面にいる小柄な男性の顔が、私の胸元へ近づきました。
背後の男性との隙間も消えます。左側の男性の顔も、私の頬のすぐそばにありました。
足を閉じることも。腰を戻すことも。上半身を起こすこともできません。
そう見える姿勢でした。
乗車してから、まだ1分も経っていません。
これまで頭の中で何度も思い描いていた状況が、完成していました。
(できた)
正面。背後。右側。左側。
4人の男性に囲まれた私は、満員電車の密着に戸惑う女の子のように、静かに目を伏せました。
電車は速度を上げていきます。
正面の男性の顔が、私の胸元のすぐ近くにありました。
ブラウスは大きく開いています。その奥にあるのは、白い小さなブラだけです。
男性は顔を横へ向け、こちらを見ないようにしていました。
右側の男性も、何もしていません。
私の両脚の間に片脚が入っていますが、それは混雑で置き場所がなくなっただけでした。
背後の男性も同じです。
右手は頭上の手すり。左手は、私の肩の横で鞄の持ち手を握っていました。
両手とも見えています。
左側の男性も前を向いたままでした。
(大丈夫)
誰も、私に何かしようとはしていません。
みんな、混雑に耐えているだけです。
その私が、知らない男性たちに囲まれて、こんな格好で立っています。
スカートは腰近くまで捲れ、下半身の後ろ側がほとんど曝け出されていました。
細い紐しかない下着では、お尻の穴さえ隠せません。
そんな姿を、周りの人たちに見られているのです。
会社では真面目に働いている、26歳の普通の女の子。
それでも、誰も悪くありません。
私はただ、混雑した電車に乗っているだけでした。
(かわいそう)
頭の中でそう考えます。
何も悪くない女の子が、身動きのできない電車の中で、恥ずかしい姿を見られてしまっています。
もちろん、全部、自分で作った状況でした。
そのことを知っているのは、私だけです。
私はマスクの下で、静かに息を吐きました。
想像していたよりも落ち着いていました。
このまま次の駅に着けば、すべて終了です。
そう思ったときでした。
誰かの指が、むき出しになっていた白いボトムの細い紐をつまみました。
(え)
次の瞬間、紐が上へ引かれます。
ボトム全体がきつく張り、思いがけない刺激が走りました。
「っ……」
声が出そうになり、手すりを強く握ります。
反射的に、背後の男性の両手を確認しました。
右手は、頭上の手すり。左手は、鞄の持ち手。
どちらもさっきと同じ場所にあります。
(この人じゃない)
では、誰なのでしょう。
振り返ることはできません。両手も塞がっています。
腰を逃がそうとしても、前後から挟まれたまま動きませんでした。
紐はいちど緩みます。
偶然、指に引っかかっただけ。
そう思おうとしました。
でも、指は離れていませんでした。
もう一度。
今度は、さっきよりもゆっくり、そして強く、紐が上へ引かれました。
後ろの細い紐に引かれて、前側の小さな布まできつく張ります。
その中央が、いちばん敏感なところへ押しつけられました。
「ん……」
声が出そうになり、唇を噛みます。
(だめ)
(刺激が強すぎる)
紐が緩みました。
でも、指は離れていません。
少し間を置いて、また引き上げられます。
見ることはできません。触って確かめることもできませんでした。
私にわかるのは、誰かの指が白い紐を離さず、何度も執拗に引き上げていることだけです。
前側は、辛うじてスカートに隠れています。
でも、その下で何が起きているのかは、私にだけ、はっきりわかっていました。
(壊れちゃう……)
本当にそう思うほどの力で、紐を引っ張られていたのです。
両脚の間には、右側の男性の太ももが入ったままでした。
その人は何もしていません。身動きが取れず、同じ姿勢で立っているだけです。
でも、いまの私には、電車の細かな振動まで、その脚から伝わってきました。
足を閉じれば、男性の脚を自分から強く挟み込むことになります。
離れようとしても、腰は前後から押されて動きません。
紐が引かれるたび、全身が反応しそうになりました。
(ここでは絶対にだめ)
(絶対に——)
その瞬間、電車が大きく揺れました。
上半身が正面へ押し出されます。
開いていたブラウスの内側で、小さなブラがさらにずれました。
正面の男性も逃げられません。
背中を押され、その顔が私の胸元へ埋まります。
「っ……」
男性がわずかに顔を動かすだけで、隠しきれなくなった部分まで見えてしまいそうな距離でした。
服を直そうにも、両手は使えません。
そのまま顔を伏せることしかできませんでした。
左側の男性の顔も、すぐそばにあります。
私が息を堪えるたび、その人には聞こえているはずでした。
一瞬だけ目が合います。
男性は何も言いません。
でも、乱れた呼吸と火照った顔を、静かに確かめるような目でした。
(わかってる)
からだを見られるよりも恥ずかしくなりました。
こんな状況で感じ始めていることまで、この人には隠せていないような気がしました。
(こんなはずじゃなかった)
私が求めていたのは、こんなことではありません。
ただ混雑した電車に乗っている女の子。押されて、少しスカートがめくれてしまっただけ。
誰も悪くないはずでした。
それなのに今は、誰のものかもわからない手に下着の紐を引かれ、意に反してからだを反応させられています。
(かわいそう)
そう思った瞬間、被虐のスイッチが入りました。
頭の中に白い霧がかかり、何も考えられなくなっていきます。
『まもなく、〇〇駅——』
車内アナウンスが流れました。
その瞬間、紐が今まででいちばん強く引き上げられます。
「っ……」
細い紐が腰骨の上へずらされ、その位置で止まりました。
次の瞬間には、指の感触が消えています。
(いない)
どこへ手を戻したのかも、最後までわかりませんでした。
ただ、強く引き上げられた下着だけが、元の位置へ戻らずに残っていました。
電車が速度を落としていきます。
人と人との間に、わずかな隙間が戻りました。
私はバッグを胸元へ引き上げます。
ブラウスまで直している余裕はありません。ずれたブラも、そのままでした。
片手を下ろし、スカートだけを急いで元へ戻します。
前側の裾を下ろしてから、腰近くまで上がっていた後ろ側も引き下げました。
外から見れば、これで普通の格好に戻ったはずです。
下着の状態までは、どうすることもできませんでした。
正面の男性が、ようやく顔を離します。
一度もこちらを見ないまま、少しだけ距離を取りました。
右側の男性の脚も、私の両脚の間から抜けていきます。
離れたことで、深く食い込んだ下着の存在を、いっそう強く意識しました。
左側の男性とは、もう目を合わせませんでした。
この人には、すべて気づかれているような気がしたからです。
電車が停まります。
ドアが開いた瞬間、人の流れに続いてホームへ降りました。
歩くたび、元へ戻らない下着の感触が伝わってきます。
誰が紐を引いたのか。
同じ駅で降りた人なのか。まだ電車に乗っているのか。
振り返っても、わかるはずがありません。
私はバッグをからだの前へ下げ、そのまま化粧室へ向かいました。
急ぎたい気持ちを抑え、できるだけ普通の足取りを装います。
それでも、下着が食い込むたびに歩き方がぎこちなくなりました。
個室へ入ります。
鍵を閉めて、バッグを床へ置きました。
「ふう……」
ようやく、限界まで食い込んでいた下着を元へ戻しました。
それだけで終わるつもりでした。
服を整えて、何事もなかったように家へ帰るつもりでした。
でも、からだに残った熱は消えてくれません。
(もう無理)
私は便座の蓋を下ろし、そこへ腰かけました。
そして、自分のからだに手を伸ばしました。
電車の中で必死に抑えていた感覚が、すぐに戻ってきます。
自分で選んだマイクロボトムを、誰かの指に利用されたこと。
すべて自分の脚本どおりだと悦に入っていた私が、たった一本の紐に理性を奪われ、逆に支配されてしまったこと。
そして、そのことに抗えず、感じていく私の顔まで、すぐそばの男性に見られていたこと。
私は、何もできない女の子を演じていたはずでした。
それなのに最後には、本当に何もできない女の子にされていました。
思い出すほど、指の動きが速くなりました。
「っ……」
声を漏らさないように口元を押さえました。
あっという間に、私は個室の中で絶頂を迎えました。
これまでとは比べものにならないほど、強いものでした。
全身から力が抜けても、しばらく震えが止まりませんでした。
PS
冷静になって考えると、あの日の私は、自分で作った状況を自分で楽しんでいたつもりでした。
服装も、電車も、立ち位置も、すべて私が選んだものです。
でも最後には、自分で選んだ下着を誰かに利用され、逆に理性を奪われてしまいました。
あれほど強い絶頂を迎えた理由は、そこにあったのだと思います。
それから数日間、股のヒリヒリした感覚が消えませんでした。
下着を何度も強く引き上げられたことで、あそこの皮膚が擦れて、赤くなっていたのです。
実際、危ない行為だったと思います。
一歩間違えれば、あそこにはもっと大きな傷が残っていたかもしれません。
そのくらいの力で、下着を引き上げられていたのです。
でも、数日間続いたヒリつきを感じるたびに、あの指のことを思い出しました。
そして怖くなるよりも先に、からだの奥が熱くなりました。
危険だったはずの出来事が、私の中では、これまででいちばん強い快感と結びついてしまっていました。




