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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第四章――「乱世を喰らう」

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第3話(中編)――「将に城を取らせる」

 386年9月中旬。


 段烈の軍が南鄭を出て3日目の夜、敵城の東門ではいつも通り守備兵の交替が始まっていた。城外に田家軍の姿はなく、西へ軍を出すという噂を信じた守将は、田朔が別の城を狙っていると考えている。数日前から城内では不穏な動きが続いていたものの、捕らえた者から田家とのつながりを示す証拠は出ず、疑いだけが広がっていた。


 夜半を過ぎた頃、東門を守る将のもとへ、南側を見張っていた兵が駆け込んできた。


「南から騎兵が近づいています。暗くて数までは分かりませんが、かなり近くまで来ています」


 将が城壁へ上がると、南の闇にいくつもの松明が動いていた。賀蘭真の騎兵である。騎兵は松明を掲げたまま城外を走り、時折大声を上げるものの、城壁へ近づいて攻めかかる様子はない。それでも城内では鐘が鳴り、眠っていた兵まで叩き起こされ、守将は南門へ兵を集め始めた。


 その頃には、段烈の本隊が東側の林まで迫っていた。


 ◇ ◇ ◇


 東門を守っていた将は、8月から田家へ通じていた男である。


 城内が騒がしくなると、男は配下を詰所へ集めた。その中には田家との話を知っている者もいれば、何も知らされていない者もいた。


「今夜、この城は落ちる。俺は田家へ降ると決めた。田朔殿は武器を捨てた兵を殺さず、働ける者は使うと約束している。俺についてくる者はここに残れ。今の主家と運命をともにしたい者まで無理に連れていくつもりはない」


 兵たちは互いの顔を見たが、男へ剣を向ける者はいなかった。やがて城壁の外から鳥の鳴き声を真似た合図が3度続くと、男は門兵へ向き直り、田家軍を入れるよう命じた。


 太い閂が外され、重い東門がゆっくりと開いていく。その向こうには、すでに段烈の軍が待っていた。


「門を押さえたら予定通り二手に分かれる。降る兵まで斬るな。抵抗する者だけ倒せ」


 段烈が命じると、兵たちは一斉に城内へ入った。一隊は城壁へ上がり、もう一隊は大通りを進む。東門の守備兵はほとんど抵抗せず、武器を捨てるか、その場で田家軍へ加わった。


 異変に気づいた別の部隊が駆けつけてきた時には、城門の内側はすでに段烈の兵で埋まっていた。段烈が降る者には手を出さないと叫ぶと、敵兵の先頭にいた者が槍を落とし、それにつられるように後ろでも武器が地面へ落ち始めた。


 それでも数十人は剣や槍を構えて突っ込んできたため、段烈は前列を盾兵で受け止めさせ、その後ろから槍を突き出させた。狭い通りでは大勢を一度に並べられず、押し返された敵兵の隊列はすぐに崩れた。田家兵がそのまま前進すると、残っていた兵も次々に武器を捨てた。


 段烈は逃げる敵を追わせず、南門を開いて賀蘭真の騎兵を入れるよう伝令を走らせた。


 ◇ ◇ ◇


 南門では、守将がようやく東門の異変を知ったところだった。


「東門の守備将が田家へ寝返りました。すでに段烈の軍が城内へ入り、東側の兵も崩れています」


 報告を受けた守将は、ようやく南の騎兵が囮だったと悟った。すぐに東門へ兵を回そうとしたが、命令を受けた将の1人は動かず、腰の剣を抜いて足元へ置いた。


「もう東門は落ちています。このまま戦えば、城内で味方同士まで殺し合うことになる。私は田家へ降ります」


 その言葉を聞いた別の将まで槍を置いた。周囲の兵も次々に武器を捨て、守将が剣を抜いて従うよう命じても、その声に応じる者は急速に減っていった。


 そこへ東から田家軍の喊声が近づいてきた。


 東門が開き、味方の将が寝返り、田家軍が城内へ入ったという話だけが先に広がったため、南門でも戦う前から降る兵が続いた。守将はなお従う兵だけを集め、自らの屋敷へ退いた。


 ほどなく南門も開き、賀蘭真の騎兵が城内へ入った。


 城の大半は、夜明けを待たず田家の手へ移っていた。


 ◇ ◇ ◇


 守将の屋敷だけが残った。


 段烈は門前で馬を降りると、すぐに兵を突入させず、まず降伏を勧めた。城門も兵糧庫も武器庫もすでに押さえている。屋敷のためだけに味方を死なせる必要はなかった。


 しかし返ってきたのは拒絶だった。


 守将は城を失っても降ろうとはせず、屋敷に残った兵を集めて門を固めた。段烈はもう一度だけ使者を出したが、それでも返事は変わらなかった。


「なら仕方ない。正面だけに集まるな。裏へも回せ。門が破れたら、一気に押し込むぞ」


 段烈は兵を分け、正門へ盾兵を集めた。賀蘭真も騎兵の一部を下馬させ、屋敷の裏手へ回した。


 門が破られると、戦いは長く続かなかった。


 田家軍は盾を並べて中へ入り、槍で抵抗する兵を押し返した。屋敷の奥へ退った守将は最後まで剣を捨てず、自ら斬り込んできたところを田家兵の槍に倒された。


 守将が倒れると、残った兵は武器を捨てた。


 段烈はそれ以上の殺傷を止めさせ、屋敷を押さえた。兵たちは武器を集め、屋敷にいた者を外へ出して一か所にまとめていく。


 その中に、守将の妻もいた。


 劉華英(リウ・ホワイン)である。


 華英は騒ぐことも泣き崩れることもなく、女たちの中に座っていた。衣は乱れておらず、背筋も伸びている。段烈は陸文昭から渡されていた記録にその名があったことを思い出し、華英だけは粗略に扱わぬよう兵へ命じた。


 城内では、すでに別の作業が始まっていた。


 各門には田家兵が立ち、兵糧庫と武器庫も接収された。降った兵は一か所へ集められ、田家へ仕える意思のある者と故郷へ戻りたい者に分けられる。内応した将たちは田家軍の指揮下へ入り、城内の役人にも持ち場へ戻るよう命令が出された。


 城を取っただけではない。


 城壁も兵糧も武器も兵も、使えるものは残った。


 段烈は接収した役所へ入ると、南鄭へ送る報告を書かせた。


 ◇ ◇ ◇


 知らせが南鄭へ届いたのは翌日の午後である。


 田朔は郡府で陸文昭とともに報告を読み、段烈が東門から入り、賀蘭真を南へ回して敵兵を分断し、守将を討って夜明けまでに城を制圧した経緯を確かめた。


 段烈が南鄭を出てから、田朔は一度も追加の命令を送っていない。どの門から入るかも、賀蘭真をどこへ回すかも、城内へ入った後に兵をどう動かすかも、すべて現地の将たちが決めていた。


「俺が南鄭に座っている間に、本当に城を1つ取ったな。陸文昭が敵の中へ道を作り、段烈がそこから入り、賀蘭真が逃げ道を塞いだ。これなら俺が毎回ついていく必要はない」


「それができれば、同時に動かせる軍を増やせます。今回のように城内から崩せる場所もあれば、馮岳のように兵を預けて攻めさせた方が早い場所もあるでしょう。田様がすべて同じやり方で取る必要はありません」


 田朔は報告をもう一度眺めた。


「だったら俺は、段烈が取った城を受け取りに行く。東門を開けた将も見たいし、段烈が城を取った後まで任せられるか確かめたい」


 報告の末尾には、守将の屋敷から保護した者の名も記されていた。


 その中に劉華英の名がある。


 陸文昭が以前調べたところでは、漢人の名家に生まれ、家はすでに衰えているものの、祖先は王族につながっていた。幼い頃から経書と史書を学び、詩歌、書、琴にも通じているという。


 田朔はその名を見て、以前読んだ木札を思い出した。


「この女も城にいるんだな」


「守将の妻です。段烈が身柄を押さえています」


「分かった。会ってみよう」


 田朔はそれだけ言い、出立の準備を命じた。


 ◇ ◇ ◇


 田朔が城へ入ったのは2日後だった。


 城門の前では段烈と賀蘭真が待っていた。田朔は馬を降りると段烈の肩を叩き、城を取った働きを褒めた。


「内応した者たちが東門を開いたからこそです。正面から攻めれば、もっと時間も兵も必要だったでしょう」


「それでも、開いた門からどう入って城を取るか決めたのはお前だ。俺は南鄭から何も命じていない。次もそれでいい」


 田朔は段烈と並んで城内へ入った。


 通りには戦った跡が残っていたものの、店の戸を壊して回った様子はなく、兵糧庫と武器庫には田家の兵が立っている。降伏した兵は武器を集められたうえで広場にまとめられ、住民も少しずつ家から出始めていた。


 役所では内応した将たちが田朔を待っていた。


 最初に田家へ通じた男が前へ出ると、田朔は8月に約束した通り、家族と財産を守り、田家へ仕えるなら受け入れると告げた。ただし、城門を開いたことだけで高い地位を与えるつもりはなく、まず段烈の下で働かせる。


「ここから先は働きで見せろ。兵を任せられると分かれば、それに見合う役目をやる」


「承知しました。約束を守っていただいた以上、こちらも働きでお返しします」


 男が頭を下げると、田朔は他の内応者についても同じように扱わせた。早く降った者には早く機会を与える。しかし、昨日まで敵だった者を、それだけで古参の上へ置くことはしない。


 処置を終えると、田朔は守将の屋敷へ向かった。


 屋敷では戦いの跡がまだ残っていたが、家財は荒らされていなかった。段烈が命じていたため、兵たちも勝手に物を持ち出していない。


 奥の一室へ通されると、劉華英が待っていた。


 年は20代半ばほどに見えた。飾りを外した簡素な衣を着ているが、姿勢は崩れていない。田朔が入ると立ち上がり、静かに礼をした。


「劉華英(リウ・ホワイン)と申します」


 田朔は向かいに座り、華英にも座るよう勧めた。


「陸文昭から名前は聞いている。経書や史書だけじゃなく、詩や琴、書や礼にも通じているそうだな」


「幼い頃から教えられてまいりましたので、一通りは存じております」


 華英は必要なことだけを答えた。


 田朔はその様子をしばらく見てから、南鄭へ連れていくことを告げた。


「屋敷の女たちも南鄭へ移す。お前も一緒に来い。玉容たちにも会わせる」


 華英はわずかに目を上げた。


「承知いたしました」


 返事はそれだけだったが、膝の上で重ねていた指から力が抜けた。


 田朔は気づいても何も言わなかった。


「南鄭へ着いてから、また話を聞かせてくれ。俺は最近、正妻と側室に囲まれて史書を読まされているところだ。お前ほど学んできた人間なら、俺の知らないことも多いだろう」


 華英はそこで初めて田朔の顔をまっすぐ見た。


「私の知ることでお役に立てるのでしたら、お話しいたします」


「それでいい」


 田朔は立ち上がった。


 翌朝、田朔は南鄭へ戻った。


 城には段烈が残り、降った兵と将を組み直す。賀蘭真は周辺の街道を確認した後に帰還する。田朔の一行には、南鄭へ移される者たちも加わった。


 劉華英も、その中にいた。


 386年9月中旬が終わった。

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