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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第四章――「乱世を喰らう」

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第1話(中編)「俺の前で兵を動かせ」

 386年7月中旬。


 陸文昭が持ってきた木簡には、3人の男について書かれていた。


 1人目は前秦の軍で300人ほどを率いたことがある男だった。戦に敗れて軍を離れたが、今も昔の部下が数十人ついている。


 2人目は騎兵を扱える男である。山中に数十騎を抱え、今では賊に近い暮らしをしているという。


 3人目は城の守備を任されていた男だった。主人の家が滅びたため仕える相手を失い、今は親類を頼って漢中近くにいる。


「3人とも呼べ」


 田朔は木簡を置いた。


「全員ですか?」


「会わなきゃ分からんだろ」


「2人目はほとんど賊ですよ」


「俺のところへ来てから賊をやめればいい」


 陸文昭は笑った。


「本当に気にしませんね」


「強いかどうかと、兵を率いられるかどうかだけ見ろ。昔何をしていたかは、その後でいい」


 段烈が木簡を手に取った。


「兵を率いたことがあるというだけなら、いくらでも嘘をつけます」


「だから実際に兵を預ける」


「いきなりですか」


「100人くらいならいいだろ。南鄭の外で動かしてみれば分かる」


 段烈は少し考えてから頷いた。


「それなら俺も見ます」


「頼む」


「田様も来るのでしょう?」


「当然だ」


 田朔は自分の目で見て決めるつもりだった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方、屋敷へ戻った田朔を待っていたのは、将候補ではなく料理だった。


 鶏肉と山芋を煮たものが卓へ置かれ、その隣には卵と野菜を使った汁物が並んでいる。


「何だ、今日は随分多いな」


「月華が作らせたのよ」


 玉蓮が答えた。


 月華は嬉しそうに田朔の隣へ座った。


「田様は昼も夜もお忙しいでしょう。身体を丈夫にするものを食べていただこうと思って」


「昼は分かる。夜もって何だ」


「分かっているでしょう?」


 月華が笑った。


 向かい側で青蘭まで笑っている。


「最近、みんな考えることが同じなのよ」


「何を考えてるんだ」


「田様を元気にすること」


 小玉が答えた。


「私は肉がいいと思う」


「肉ばかりでは駄目よ」


 蘭英が口を挟んだ。


「野菜も食べないと身体が持たないわ」


 阿若は卓の料理を見て首を傾げた。


「馬に乗る男なら、もっと身体を動かした方がいい。食べるだけでは鈍るぞ」


「俺は毎日動いてる」


「最近は郡府に座っている時間が長いだろう」


「お前まで何を言い出すんだ」


 田朔が呆れていると、玉容が笑った。


「諦めなさい。あなたが側室を10人も正式に迎えたからこうなったのよ」


「俺のせいか?」


「当然でしょう」


 玉容の身体は少しずつ回復していた。


 まだ田朔と夜をともにするところまでは戻っていないが、食事には毎日出るようになり、奥のことも再び自分で見るようになっている。


 玉容が嫡男を産んだことで、側室たちの間に妙な遠慮がなくなった。


 嫡男はすでにいる。


 ならば自分も田朔の子を産みたいと、女たちは隠さなくなっていた。


「今夜は誰なの?」


 玉容が尋ねた。


「俺に聞くな」


「あなた以外の誰に聞くのよ」


 玉蓮が笑った。


「昨日は青蘭だったでしょう」


「何で知ってる」


「同じ屋敷に住んでいるのよ。分かるわ」


 田朔は女たちを見回した。


「順番を決めるか?」


「それは嫌」


 麗華がすぐに答えた。


「どうしてだ」


「順番になったから来るのと、田様が私のところへ来たいと思って来るのは違うでしょう」


「面倒だな」


「女が10人もいれば面倒に決まっています」


 蘇瑶が笑った。


 結局、その夜は月華の部屋へ行くことになった。


 食事を終えると、月華は湯殿までついてきた。


「背中を流します」


「そこまでしなくていいぞ」


「私がしたいんです」


 湯気の中で月華に肩を揉まれると、思っていた以上に気持ちがよかった。


「上手いな」


「本当ですか?」


「ああ」


「母上に教わりました」


「蘭英に?」


「田様は肩が張っているから、揉んであげたら喜ぶだろうって」


「親子で何を相談してるんだ」


 月華は楽しそうに笑った。


 湯から上がった後も、月華は田朔の肩や腕を揉んだ。田朔が十分だと言っても、もう少しだけと言ってやめようとしない。


 その夜、田朔は月華の部屋で過ごした。


 翌朝、廊下へ出ると蘭英が待っていた。


「昨夜はよく眠れましたか?」


「お前、月華に何を教えた」


「身体を揉むやり方です」


「随分上手かったぞ」


「それならよかったです」


 蘭英は満足そうに笑った。


「今度は私が鍼をして差し上げます。肩と腰が楽になりますよ」


「鍼までやるのか」


「嫌ですか?」


「痛くないならな」


 そこへ阿若が通りかかった。


「鍼より身体を動かした方がいい。明日の朝、私と馬に乗れ」


「朝からか?」


「身体が鈍っている」


「俺はいつからお前たちに身体を管理されるようになったんだ」


 阿若は平然と答えた。


「私たち全員の夫になった時からだ」


 田朔は言い返せなかった。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、最初の3人が南鄭へ到着した。


 田朔は郡府で段烈、趙嶽、賀蘭真とともに男たちを迎えた。


 最初に入ってきたのは40歳前後の男だった。日に焼けた顔には古い傷があり、右の眉から頬へ細い傷跡が伸びている。


「馮岳(フォン・ユエ)と申します」


 男は田朔の前で頭を下げた。


「前秦では300人を率いていたそうだな」


「はい」


「負けたのか」


「負けました」


「どうして負けた?」


「敵が退いたのを崩れたと思い、追撃しました。偽りの退却でした。左右から挟まれ、80人余りを失いました」


「お前の判断か」


「はい」


 馮岳は言い訳をしなかった。


 段烈が尋ねた。


「それなのに、昔の部下がまだ数十人ついているそうだな」


「負傷した者を置いて逃げなかったからだと思います」


「そのせいで逃げるのが遅れただろう」


「遅れました」


「また同じことをするか?」


 馮岳は少し考えた。


「負傷者を捨てれば残りを救えるなら捨てます。しかし、捨てても勝てず、逃げ切れる人数が少し増えるだけなら連れて帰ります」


 田朔は段烈を見た。


「どうだ」


「話だけなら悪くありません」


「なら兵を動かさせよう」


 田朔は馮岳へ向き直った。


「100人預ける。俺の前で動かしてみろ」


「私にですか」


「そのために呼んだんだ」


 次に入ってきた男は、30歳を少し過ぎたくらいだった。


「姚虎(ヤオ・フー)だ」


 男は田朔を見た。


「お前が田朔か。思ったより若いな」


 段烈の眉が動いたが、田朔は笑った。


「お前より若いが、お前より兵を持ってるぞ」


 姚虎は一瞬黙り、それから大声で笑った。


「違いない」


「俺に仕える気はあるのか」


「条件による。俺は歩兵に混じって槍を持つ気はない。馬と兵をくれるなら働く」


 賀蘭真が姚虎を見た。


「馬に乗れるだけなら、いくらでもいる」


「試すか?」


「お前1人が強いかどうかはどうでもいい。騎兵をまとめられるかを見る」


 田朔は2人を見比べた。


「賀蘭真、お前が見ろ。使えるなら100騎預ける」


「分かった」


 姚虎は嬉しそうに笑った。


「本当に100騎くれるのか」


「貸すんだ。勝手に自分のものにするな」


「同じようなものだろ」


「裏切ったら取り返すぞ。首ごとな」


「分かりやすい主人だな」


「その方がいいだろ」


 3人目の鄭達(ジョン・ダー)は、前の2人より地味な男だった。


 以前の主人が滅びるまで城を守っていたという。


「何人で守った?」


「400人ほどです」


「何日だ」


「20日余りです」


「一番困ったのは?」


「水です」


 田朔は少し意外に思った。


「兵糧じゃないのか」


「兵糧は残りを数えられます。水は井戸が減り始めると、どこまで持つか簡単には分かりません。城内に住民もいれば、なおさらです」


 段烈がいくつか守城について尋ねた。


 夜襲を受けた時の兵の休ませ方、城門の管理、内応への備え、兵糧の配給まで聞いた後、段烈は田朔へ顔を向けた。


「城を任せる方がよさそうです」


「俺もそう思う」


 田朔は鄭達へ尋ねた。


「野戦は得意か?」


「得意ではありません」


「できないのか」


「兵を率いて外へ出たことはあります。しかし、私より上手い者がいるなら、その者に任せるべきでしょう」


「正直だな」


「できないことをできると言って兵を死なせれば、最後には私も死にます」


 田朔は笑った。


「気に入った。お前にも100人預ける。3人まとめて試すぞ」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、南鄭郊外へ300人が集められた。


 馮岳、姚虎、鄭達へ100人ずつ預け、初めて扱う兵をどのようにまとめるかを見る。


「勝った奴を取るんですか?」


 趙嶽が尋ねた。


「それだけじゃない」


 田朔は答えた。


「勝っても兵を半分死なせるような奴はいらん。負けても兵を無駄にせず戻せるなら使い道はある。俺が欲しいのは、自分が強い奴じゃなくて、兵を預けられる奴だ」


 演習が始まった。


 馮岳は最初に10人ずつのまとめ役を決め、命令を伝える順番を確認してから動き始めた。出足は遅いが、一度動き始めると崩れにくい。


 姚虎は兵を大きく左右へ広げ、相手の横へ回ろうとした。動きは速いが、騎兵と同じ感覚で歩兵まで動かそうとして後ろが遅れる。


 鄭達は丘を取ると、そこからほとんど動かなかった。攻めて勝とうとはせず、兵をまとめて相手が来るのを待っている。


「見事に違うな」


 田朔が言った。


「だから将は何人も必要なのです」


 陸文昭が答えた。


 半日かけて相手と兵を入れ替え、何度も動かした。


 終わった後、田朔は3人を呼んだ。


「馮岳には300人預ける」


 馮岳が顔を上げた。


「300人ですか」


「昔と同じだ。今度は負けるな」


「必ず働きます」


「姚虎は賀蘭真の下で100騎だ。歩兵はまだやらん」


「俺も馬の方がいい」


「賀蘭真の命令は聞けよ」


「分かってる」


「鄭達は南鄭の守りだ。段烈と城門、井戸、倉、夜番を全部見ろ。終わったら褒中も見てもらう」


「承知しました」


 3人が去ると、陸文昭が尋ねた。


「全員使うのですか」


「使えるところが違うだけだ。何でもできる奴だけ探してたら、いつまで経っても集まらん」


 田朔は城外から戻ってくる兵を見た。


「だが、演習だけじゃ本当に使えるか分からんな」


 その言葉から数日も経たないうちに、実戦で試す機会がやってきた。

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