↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第三章――「金で兵を買う」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/143

第9話(前編)――「次の城」

 386年5月上旬。


 南鄭(ナンジョン)を取って10日ほどが過ぎた頃、郡府には漢中郡各地へ放った斥候から次々と報告が届いていた。朝からそれをまとめていた朱昭(ジュ・ジャオ)は、卓に漢中郡の地図を広げ、各地の状況を田朔(ティエン・シュオ)と段烈(ドゥアン・リエ)へ説明した。


「南鄭が落ちたことは郡内のほとんどに伝わっています。こちらへ使者を送ってきたところもありますが、まだ態度を決めず、様子を見ているところが多いようです。ただ、西の褒中(バオジョン)では南鄭から逃げた兵まで集めており、500人ほどになっています」


 朱昭が地図の一点を指すと、田朔はそこを見てすぐに決めた。


「だったら最初に褒中を取る。1,200人連れていけば十分だろう」


「相手は500人ほどですよ。そこまで連れていきますか」


 段烈が尋ねると、田朔は当然だという顔をした。


「こっちには2,000人いるんだ。少ない兵で苦労して勝って何になる。金を使って集めた兵なんだから、必要な時には使えばいい。それに1,200人を連れていけば、褒中だけじゃなく、様子を見ている連中にも話が伝わるだろう」


 戦う相手は褒中でも、見せる相手は漢中郡全体である。南鄭を落とした直後に大軍を動かせば、田家が一度の勝利で力を使い果たしたわけではないことも分かる。


 田朔は朱昭に、褒中以外の土地へも使者を出すよう命じた。


「10日以内に南鄭へ使者を寄越して俺に従うなら、今までの役人はそのまま使う。税の集め方も急には変えなくていい。ただし、これから集めた税は南鄭へ持ってこさせろ。兵がいるところは人数と武器を報告させ、勝手に動かさないよう伝えておけ」


「従わないところには、褒中の後で兵を出すということですね」


「そう書いておけ。俺たちが直接行くとな」


 朱昭は書記を呼び、各地へ送る文書を作らせた。


 南鄭には漢中郡府があり、田朔はそこに残っていた役人も印も帳面も押さえている。郡府を取った以上、それまで使われていた仕組みまで捨てる必要はない。田朔は自分に従う者をそのまま働かせながら、税と兵の行き先だけを田家へ変えるつもりだった。


 翌朝、南鄭の西門から1,200人の田家軍が出た。先頭には賀蘭真(ホーラン・ジェン)の騎兵が立ち、その後ろを槍兵と弓兵が進む。荷車には兵糧、矢、天幕などが積まれ、南鄭には趙嶽(ジャオ・ユエ)と700人を残した。


 田朔も馬に乗って軍中を進んだ。街道沿いでは農民や旅人が仕事の手を止め、長く続く兵列を眺めている。


 長安で父親の荷車を押していた頃には、数人の仲間が増えただけでも心強かった。それが今では、田朔が命じれば1,000人を超える武装した男たちが一斉に動き、兵糧や武器を積んだ荷車まで後ろからついてくる。そのすべてを自分の銭と土地で養っていると思えば、田朔が悪い気になるはずもなかった。


 3日目の午後、街道の先に褒中の城壁が見えた。


 城門はすでに閉ざされ、城壁には弓や槍を持った兵が並んでいた。段烈は城壁までの距離と周囲の地形を確かめてから、田朔の馬へ近づいた。


「兵はまだ動けますが、今日のうちに攻めますか」


「いや、城からよく見える場所へ陣を張って、今日は食わせて寝かせろ。旗も全部出しておけ。3日歩いてきた兵を、そのまま城壁へ向かわせる必要はない。攻めるのは明日の朝だ」


 田家軍は褒中の正面へ陣を張った。天幕が次々と立ち、何十もの炊事の煙が上がる中で、兵たちは槍や弓を手入れし、馬へ水を飲ませていく。夕方には大鍋で煮る羊肉の匂いが陣中に漂い、その煙は城壁からもよく見えた。


 田朔も兵と同じ粟飯と羊肉を食べながら、正面の城壁を眺めていた。


「明日は俺も城門まで行くぞ」


 田朔が告げると、向かいで食べていた段烈は箸を止めた。


「田様は軍の持ち主なんですから、毎回ご自分で一番危ないところへ来る必要はありません。田様が死ねば、城を1つ取るどころの話ではなくなります」


「俺の城になるところを攻めるんだ。後ろの天幕から見ているだけじゃつまらん。それに俺だって稽古は続けている」


「稽古で矢は止まりませんよ。前へ出るなら、せめて私と護衛の後ろにいてください」


「分かった。勝手に1人で城壁へ登ったりはしない」


「そのくらいは最初から分かっていてください」


 段烈が呆れると、田朔は笑いながら羊肉を口へ運んだ。


 城壁の向こうでは500人ほどの兵が、田家軍の陣を見下ろしている。田朔はその視線を気にすることなく腹を満たし、日が暮れると早めに身体を休めた。


 翌朝、まだ空気の冷たさが残るうちに太鼓が鳴った。


 朝食を終えて武器を整えていた兵たちが一斉に立ち上がり、盾兵を先頭に隊列を組む。田朔が馬上から見ている前で1,200人の軍勢が動き始め、褒中の城壁へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。