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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第三章――「金で兵を買う」

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第8話(中編)――「南鄭を落とす」

 韓彪軍の敗残兵が南鄭へ戻ると、討伐軍が壊滅し、大将まで討たれたという知らせはその日のうちに城内へ広がった。


 県令の盧文成はただちに城門を閉じ、城内に残っていた兵と逃げ帰った者を合わせて700人余りを集めた。夜のうちに城壁や門へ兵を配置したものの、韓彪とともに出陣した者の多くは戻っておらず、残された兵にも敗戦の動揺が広がっていた。


 田家軍が城外へ姿を現したのは翌朝だった。


 田朔は斥候に城壁と各門の兵数を調べさせた後、西門を段烈、南門を趙嶽に任せた。賀蘭真の騎馬には東と北の道を押さえさせ、自分は予備兵を率いて西門と南門の双方へ動ける場所に陣を置く。


「西門では本気で攻めているように見せろ。太鼓も鳴らし、弓も使え。ただし門を破ることに兵を使い過ぎるな。昨日、韓彪を斬った段烈が西へ出れば、向こうも兵を集める」


 段烈は自分が囮になると理解したが、今回は文句を言わなかった。


「西へ敵を寄せた後で、南門を破るわけですね。俺のところへ兵が集まったら知らせます」


「頼む。南へ回す時はこちらから伝令を出す」


 攻撃が始まると、西門では段烈の兵が激しく矢を射かけ、盾を持った兵を何度も城壁へ寄せた。太鼓の音も続き、城内から見れば西門を本気で破りに来ているように見える。


 盧文成は西門を主攻と判断し、南門の守備兵まで西へ移した。


 一方、趙嶽は南門で無理に兵を近づけず、弓で城壁を牽制しながら守備兵が減るのを待っていた。やがて南門の上に見える兵が半分近くまで減ったと斥候から報告が入ると、田朔は手元の予備兵100人と破城具を南へ回した。


 西門から戻った伝令は、城壁から石を落とされて段烈の部隊に負傷者が増えていると告げた。


「段烈には、あと少しそのまま攻め続けろと伝えろ。南門が開けば、すぐ西から離れて構わない」


 田朔は西門へ増援を出さなかった。


 間もなく南側から、太い丸太が門板を打つ重い音が聞こえ始めた。趙嶽は増援が着くと一気に兵を前へ出し、城壁の上を弓兵に押さえさせながら門を破りにかかった。


 何度も丸太を打ちつけるうちに門板が割れ、さらに一撃を加えると内側の閂まで外れた。


 田朔はすぐに残る予備兵を南へ向かわせた。


「南門から入れ。段烈にも西門を離れさせて、城内で趙嶽と合流させろ」


 開いた南門から田家兵が押し込み、趙嶽は周辺の街路を次々に押さえていった。西門へ集められていた守備兵が戻ろうとした時には、田家軍がすでに城内へ入り込んでいる。


 段烈も西門を離れて南へ回り、田朔と合流した。


「西門では随分働かされました。酒と肉くらいでは安いですよ」


「南鄭を取った後なら好きなだけ食え。今は県衙へ行くぞ」


「それなら先に片づけましょう」


 城内ではまだ抵抗が続いていたが、韓彪を失った後で全軍をまとめる者はいなかった。西門から戻った兵と南門を守っていた兵が別々に戦い、田家軍に押されて県衙や郡府の周辺へ退いていく。


 昼過ぎには県衙を包囲した。


 盧文成は50人ほどの兵と役人を連れて建物の奥へ籠もり、自分も剣を取っていた。


 段烈が県衙の門を見ながら尋ねた。


「ここも攻めますか」


「攻めろ。盧文成は殺せ。南鄭の主は2人もいらん」


 田家兵が門を破って県衙へ入った。


 盧文成側も最後まで抵抗し、庭から回廊、広間へと戦いの場所が移っていった。人数では田家側が圧倒しており、盧文成の兵は1人ずつ削られていく。


 最後には盧文成自身も数人の兵とともに広間の前へ出た。趙嶽の部下が突き出した槍をかわして剣を振るったものの、横から入った別の槍を脇腹に受けて膝をつく。そこへ段烈が踏み込み、剣を振り下ろした。


 県令が倒れると、残った兵も武器を捨てた。


 田朔が県衙へ入った時には、盧文成の死体が広間の前へ横たえられていた。田朔は死体を一度見ただけで、朱昭と宋淮へ県衙と郡府の接収を命じた。


「県令の印、戸籍、田地、税の帳面を全部押さえろ。県庫、郡庫、武器庫、兵糧倉には田家の兵を置け。役人は逃がすな。仕事のできる者には、そのまま働いてもらう」


 南鄭で必要なのは盧文成ではない。税を集め、戸籍を管理し、倉を動かしてきた役人と仕組みまで含めて、田家のものにするつもりだった。


 ◇ ◇ ◇


 盧文成の屋敷も、その日のうちに田家兵が押さえた。


 正妻の蘇瑶(スー・ヤオ)は25歳で、長い黒髪と白い肌が目を引く美しい女だった。夫が討たれ、田家兵に屋敷を囲まれた後も取り乱してはいなかったが、連れてこられた時には表情から血の気が消えていた。


 田朔は蘇瑶を一目見ると、そばにいた女使用人へ命じた。


「蘇瑶は俺の妾にする。必要な衣と身の回りの物をまとめさせ、漢中の玉容のところへ送れ」


 蘇瑶は夫の死を尋ねた。


「盧文成様は、やはり……」


「県衙で戦って死んだ。お前は今日から田家で暮らす」


 田朔が告げたのはそれだけだった。


 盧文成の屋敷や倉に残された財物も接収され、蘇瑶は田家の女たちが使う部屋へ移された。県令だった夫は死に、南鄭の主も変わったのである。


 その日の夕方には、県衙の門にも田家の兵が立っていた。盧文成が使っていた印や帳面は朱昭の手へ渡り、郡府と県庫では宋淮たちが倉を封じている。


 田朔は南鄭を城門だけでなく、中に蓄えられていた金、兵糧、武器、役人まで含めて手に入れた。

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