第6話(後編)――「今日から俺が主だ」
386年2月下旬。
董衡を倒して5日後、田朔は巴嶺郷の7つの村から長老や村をまとめる者を塢へ集めた。
塢の前には田家の兵300人が並んでいる。
段烈と趙嶽が董衡の旧兵を調べた結果、61人を田家の兵として雇うことになった。
18人を戦で失ったため、田家の常雇い兵は543人になった。
田朔は集まった村人たちの前へ出た。
「董衡は死んだ。塢も倉も田畑も俺が取った」
村人たちは黙って聞いていた。
「今日から巴嶺郷の主は俺だ」
ざわめきが起こった。
長老の1人が尋ねた。
「南鄭の役所から、新しく任じられたのでしょうか」
「違う」
田朔は背後に並ぶ兵を示した。
「俺は500人を連れてここへ来た。董衡の兵を破り、塢を落とした。だから俺が主になった」
誰も反論しなかった。
田朔は続けた。
「今まで耕していた田はそのまま耕せ。家もそのまま使え。董衡が勝手に増やした取り立ては今日で終わりだ」
村人たちの顔に変化が出た。
「その代わり、田家の兵を養う粟と銭は出してもらう。いくら出すかは朱昭に決めさせる。村ごとに先に知らせる」
別の男が尋ねた。
「盗賊が来た時には、田家の兵が戦ってくださるのでしょうか」
「戦う」
「塢から遠い村でもですか」
「巴嶺郷は全部俺の土地だ。どこを襲っても俺の物を盗むことになる」
村人たちは互いに顔を見合わせた。
田朔には、それで十分だった。
守る理由を情けにする必要はない。
自分の土地だから守る。
自分の民だから逃がさない。
「戦で逃げた家を知っているなら戻せ。空き家は直す。荒れた田を耕す者には最初の年の負担を軽くする」
村の男が聞いた。
「田家の兵もここへ住むのでしょうか」
「兵だけではない。妻子も来る」
田朔は塢の周囲を指した。
「空いている家へ入れろ。足りなければ建てる。田を耕せる家族には土地を渡す」
長老が頭を下げた。
「承知いたしました」
ほかの者も続いた。
田朔は頭を下げ返さなかった。
巴嶺郷を譲ってもらったわけではない。
自分で奪った土地だった。
◇ ◇ ◇
田朔は塢をそのまま新しい拠点にした。
壊れた東西の門と木柵を直し、董衡の屋敷を田家の詰め所として使う。
3つの倉もそのまま使った。
段烈は200人を巴嶺郷へ残した。
趙嶽には100人を預け、塢と村の警備を任せる。
賀蘭真は騎馬兵を率いて、南へ続く道と7つの村を巡回する。
朱昭には巴嶺郷の戸数、田畑、家畜、倉、納められる粟の量を調べさせた。
それまで漢中周辺で借家を使っていた兵の家族も、順に巴嶺郷へ移すことにした。
兵だけを置くつもりはない。
家族ごと住ませる。
畑を耕させる。
子どもを育てさせる。
田家から給金を受けるだけだった兵に、自分たちが暮らす場所を与える。
そうすれば、巴嶺郷を守ることは田朔のためだけではなくなる。
段烈が塢から外を見ながら言った。
「500人を置く場所が欲しいと言っていたのに、郷を1つ取ってしまいましたね」
「場所は増えた方がいい」
「次も取るつもりですか」
「必要になったらな」
「旦那の必要は、すぐ増えますからね」
田朔は笑った。
◇ ◇ ◇
漢中へ戻った夜、田朔は崔玉容の部屋へ向かった。
玉容は田朔の姿を見ると、まず衣や顔に傷がないか確かめた。
「怪我はないのね」
「ああ」
「勝ったの?」
「取った」
田朔は玉容の向かいへ座った。
「董衡は死んだ。巴嶺郷は俺のものになった」
「本当に戦って奪ったのね」
「ああ」
「田家の兵は?」
「18人死んだ。31人が重傷だ」
玉容の表情が曇った。
「家族には?」
「20貫ずつ出した。食糧も渡す」
「それならいいわ」
玉容は腹へ手を置いた。
「それで、これからあなたを何と呼べばいいのかしら」
「田朔でいい」
「そういう意味ではないわ。商人で、500人以上の兵を持っていて、今度は郷まで1つ持ったのでしょう」
「なら巴嶺郷の主だ」
「役所に任じられたわけではないのに?」
「董衡だって自分で兵を集めて主になった。俺はそいつを倒した」
田朔は簡単に答えた。
「強い方が残る。それでいい」
玉容は田朔を見てから笑った。
「ずいぶん乱世らしい旦那様になったわね」
「まだ郷1つだ」
「もう次を見ているの?」
「500人を養うには十分だ。1,000人になった時に考える」
「本当に1,000人まで増やすつもりなのね」
「金があればな」
「結局そこへ戻るのね」
「ああ」
2月末、玉蓮が帳面を締めた。
戦支度、負傷者の治療、戦死者の家族への支払いで大きな金を使ったが、董衡の銭や銀も入り、田家が自由に動かせる現金は約1万2,000貫残った。
常雇い兵は543人。
漢中には店と倉がある。
山中には秘密の砦がある。
そして新たに、7つの村と420戸余りを抱える巴嶺郷を手に入れた。
田朔は20歳で、一郷の主になった。
金を積んで譲ってもらった土地ではない。
500人を率いて攻め込み、前の主を倒し、自分で奪い取った土地だった。
386年2月が終わった。




