第5話(後編)――「500人の主人」
386年1月下旬。
兵が486人になると、田家の屋敷裏だけでは訓練できなくなった。
段烈は兵を3つに分けた。
田家に以前からいた200人。
趙嶽の286人。
そこから商隊、砦、屋敷、倉へ必要な人数を振り分け、残る者は漢中郊外の空き地で訓練させた。
趙嶽の部隊は無理に解体しなかった。
組頭もそのまま使い、命令の流れだけを田家へつなげた。
軍事全体は段烈。
趙嶽はその下で自分の部隊を率いる。
賀蘭真は騎馬に向く者を選び、馬の扱いを教えた。
兵糧、武器、衣、飼葉の出入りは朱昭がまとめる。
田朔は細かな訓練へ口を出さなかった。
自分より分かる者がいるところへ割り込む必要はない。
ただし、給金と支出だけは毎日見た。
◇ ◇ ◇
数日後、段烈が帳場へ来た。
「旦那、あと14人雇っても構いませんか」
「誰だ」
「前から田家の商隊で臨時護衛をしている連中です。何度も使っているので腕も性格も分かっています。趙嶽の隊へ入れるのではなく、足りない組へ分けます」
「問題がないなら雇え」
「これで500人になります」
田朔は顔を上げた。
「ちょうど500か」
「旦那は数字が揃うと喜びますからね」
「給金を数えやすい」
「やっぱりそこですか」
14人が加わり、田家の常雇い兵は500人になった。
500人を一度に集めたのは、その3日後だった。
場所は砦の近くにある広い土地を使った。
漢中の屋敷から見れば、200人でも大勢だった。
500人になると景色が違った。
槍を持った列が何列も続き、弓を持つ者、騎馬の者、荷や兵糧を扱う者までいる。
段烈の号令で動き始めると、地面を踏む音が山へ響いた。
田順は田朔と一緒に、その様子を離れた場所から見ていた。
「これはもう、商人の護衛ではないな」
「そうだな」
「では何なんだ」
田朔は並んだ兵を見た。
「俺の兵だ」
田順は息子の横顔を見た。
「お前が500人の兵を持つとはな」
「まだ500人だ」
「まだと言うな。俺には十分多い」
田朔は笑った。
田順にとっては500人。
田朔にとっても、以前なら考えられない人数だった。
だが、王や皇帝の軍と戦える数ではない。
大きな城を取るにも足りない。
それでも、村や小さな土地を守るには十分な兵だった。
◇ ◇ ◇
兵が増えた分、商売も止めなかった。
趙嶽の部隊から商隊護衛へ出せる者を選び、1月後半には南へ向かう便を増やした。
500人全員を商隊へ出す必要はない。
100人を護衛へ回しても、砦や漢中に十分な兵が残る。
田家が武装した大人数を抱えているという評判も広がり、荷を預けたい商人はさらに増えていた。
月末、玉蓮が帳面を締めた。
「趙嶽たちを受け入れるためにかなり使ったけれど、商隊と売買の利益も入ったから、今すぐ動かせる金は1万1,400貫を少し超えているわ」
田朔は帳面を受け取った。
「1万貫を割らなかったな」
「兵を300人近く増やした月なのにね」
玉容も同席していた。
「でも、このまま毎月500人分の給金と食糧を出すのでしょう。いつまでも漢中の屋敷と借りた土地だけで抱えられるの?」
田朔は答えなかった。
同じことは段烈や朱昭からも聞いていた。
兵500人だけなら置ける。
問題は、その家族だった。
妻子を呼びたい者もいる。
年老いた親を養っている者もいる。
田家の商売だけで食わせることはできても、住む家まで漢中で借り続ければ金がかかる。
しかも500人を市街地近くへ置き続ければ、役人も無視しなくなる。
宋淮が口を開いた。
「土地を探した方がいい」
「兵を置く土地か」
「それだけではない。家族が住めて、田を耕せて、倉を置ける場所だ。できれば街道にも近い方がいい」
朱昭が少し考えてから言った。
「南鄭の南に、巴嶺へ向かう道があります。その辺りに巴嶺郷と呼ばれているところがあります」
田朔は初めて聞く名だった。
「どんなところだ」
「いくつかの村と田畑があります。以前はもっと人がいましたが、戦が続いて逃げた家も多いと聞いています。盗賊や敗残兵も出るので、役人が村まで兵を出すことはほとんどありません」
宋淮にも心当たりがあった。
「梁家の頃、あの辺りから炭や木材を買ったことがある。南へ抜ける道にもつながる。土地そのものは悪くない」
「今の主は誰だ」
朱昭が答えた。
「郷には役人がいます。ただ、今どこまで実際に人を動かせているかは分かりません。村ごとの有力者もいるでしょう」
「兵はいるのか」
「多くはないはずです。役所が十分に守れないから人が逃げているのです」
田朔は考えた。
田畑がある。
村がある。
南へ通じる道がある。
しかも守る兵が足りない。
500人を置けるなら、商隊の道も自分で守れる。
兵の家族を住ませれば、毎月家を借りる必要も減る。
荒れた畑を使えるようにすれば、兵糧の一部も現地から取れる。
玉蓮が田朔の顔を見た。
「また何か考えているでしょう」
「巴嶺郷へ行く」
「土地を買うつもりなの?」
「まだ買わない」
田朔は朱昭へ向き直った。
「今どれだけ人が残っているか、田畑がどのくらい使えるか、誰が税を集めているかを調べろ。盗賊や敗残兵がいるなら人数も知りたい」
「分かりました」
段烈が尋ねた。
「兵も連れて行きますか」
「最初は50人でいい。ただ見に行くだけだ」
宋淮が笑った。
「見に行くだけで済むのか」
「使えない土地なら要らん」
「使える土地だったら?」
田朔は500人の兵の名簿が置かれた卓を見た。
「郷ごと使う」
玉容が眉を上げた。
「郷を買うの?」
「銭で買えるなら安い。買えないなら、守ってやればいい」
「それであなたが主になるつもり?」
「誰も守れない場所を俺が守るなら、俺の言うことを聞いてもらう」
玉容は腹へ手を添えながら、呆れたように田朔を見た。
「とうとう商人の話ではなくなってきたわね」
「商売はやめない」
「そういう意味ではないわ」
田朔は笑った。
現金は1万1,400貫余り。
兵は500人。
金と兵を持った次に必要なのは、それを置く場所だった。
田朔は初めて、自分の土地を持つことを考えた。
店を建てるための土地ではない。
兵を置き、人を住ませ、自分が守る土地である。
386年1月が終わった。




