第4話(後編)――「兵にも稼がせる」
385年12月下旬。
兵を200人まで増やした3日後、宋淮が帳場へ2冊の帳面を持ってきた。
「困ったことになった」
田朔は顔を上げた。
「何が足りない」
「護衛だ」
「200人に増やしたばかりだぞ」
「だから商人がもっと来た」
宋淮は最初の帳面を開いた。
「25日の便へ申し込んでいる荷車が231台。月末に出たい荷車が194台ある。合わせて425台だ」
「積み荷はいくらになる」
「25日の方が約1万1,000貫。月末の方が約9,000貫。全部で2万貫ほどだ」
田朔は帳面を見た。
「2つに分けろ」
「同じ日に?」
「ああ」
「南へ向かう道は途中まで同じだ」
「同じ道を朝と昼に分けてもいい。130人全部を1つの商隊へ付ける必要はない」
田朔は段烈を呼んだ。
「80人と50人に分けられるか」
「荷車231台の方へ80人、194台の方へ50人ですか」
「そうだ。商人にも自前の人足や用心棒がいる。田家の兵は要所へ置けばいい」
「できます。ただし別々に出すなら、俺は片方しか見られません」
「もう片方を任せられる奴を決めろ」
段烈は少し考えた。
「前から組頭をしている男に任せます。賀蘭真にも途中まで付いてもらえば大丈夫でしょう」
「ならやれ」
段烈が出ていくと、宋淮が笑った。
「兵が増えた途端に商隊まで2つになったな」
「逆だ。荷が増えたから兵を増やした」
「どちらでも、銭になるならいいか」
「そういうことだ」
護衛料は前月より少し上げた。
それでも断る商人は少なかった。
盗賊の砦を潰した話が広まっており、高価な品を持つ商人ほど田家の隊列へ入りたがった。
2つの商隊から受け取る運送料と護衛料は、合わせて1,760貫になった。
人足、兵の食事、飼葉、宿営、道案内、予備の車輪などに費用はかかる。
それでも、往路だけで1,100貫近くが残る見込みだった。
玉蓮が帳面を確かめた。
「兵を100人増やした月に、護衛だけでその何倍も稼ぐのね」
「だから雇った」
「先に仕事があったとはいえ、本当に銭を食うだけでは終わらせないのね」
「飯を食うなら働かせる」
田朔は別の帳面を開いた。
「それだけでは遅い。俺の荷も増やす」
◇ ◇ ◇
漢中では、年内に商売を畳んで故郷へ帰りたい者や、冬を越すため現金を欲しがる商人が増えていた。
田朔は、その中から急いで売りたい者だけを宋淮に探させた。
12月23日、2人の商人が田家へ来た。
1人は布、毛皮、薬材を持ち、もう1人は鉄器、油、乾物を抱えている。
すべて普通に売れば4,000貫を超える品だった。
だが、どちらも年内に現金へ替えたがっていた。
最初の商人が言った。
「全部まとめて3,600貫で買ってくれないか」
田朔は商品を書いた札を見た。
「2,400貫なら買います」
「それでは安すぎる。布だけでもかなりの値になる」
「時間をかけて売ればそうでしょう。俺もそう思います」
「なら3,300貫だ」
「俺は急いでいません」
田朔は札を卓へ戻した。
「年内に銭が欲しいのは、あなた方でしょう」
2人の商人は顔を見合わせた。
「2,800貫ならどうだ」
「2,500貫」
「2,700貫」
「2,550貫までです。今ここで全額払います」
「全部か」
「はい。明日まで待たせません」
現金をその場でもらえるという条件が効いた。
2人は相談した末、2,550貫で売った。
田朔は玉蓮に命じ、すぐ銭を出させた。
売り手が帰った後、宋淮が言った。
「普通に売れば4,000貫を超えるぞ」
「急いで売らない」
「また商隊へ載せるのか」
「ああ。南で欲しがる相手を探してから出す」
「もう何人か思い当たる」
「なら今日中に知らせろ」
2日後。
買い手は3人に分かれた。
薬材と毛皮。
布。
鉄器、油、乾物。
合計3,950貫で売れることになった。
新しく護衛を雇う必要はなかった。
すでに出る商隊へ混ぜればいい。
運送にかかる追加費用を差し引いても、1,300貫近く残る。
田朔はさらに、月末便へ載せる別の品も1,480貫で買い、2,260貫で売る契約を先にまとめた。
こちらでも700貫以上残る。
玉蓮が数字を見ながら言った。
「今月だけで、品の売買から2,000貫近く増えるわ」
「運ぶ兵がいなければ買えない量だ」
「前なら、買う金があっても運ぶ方を考えたでしょうね」
「今は200人いる」
田朔は簡単に答えた。
金があるから安く買える。
兵がいるから大量に運べる。
商人が集まるから護衛料も取れる。
1つだけでは、ここまで大きな商売にはならなかった。
◇ ◇ ◇
25日の商隊は予定通り出発した。
荷車231台。
その後ろには80人の田家兵が分かれて配置された。
月末便も194台で漢中を出た。
こちらには50人を付けた。
残る兵は砦、倉、屋敷を守っている。
田順は屋敷近くの道から、次々に出ていく兵と荷車を眺めていた。
「昔は荷車1台を父さんと2人で押していたな」
隣にいた田朔が答えた。
「父さんの荷車はまだあるぞ」
「あるが、今じゃ見つけるのも大変だ」
田家の倉の周囲には何十台もの荷車が並んでいた。
田順は兵の列へ目を向けた。
「200人もいれば、毎月ずいぶん銭を食うだろう」
「食う」
「本当に大丈夫なのか」
「今月、兵に使った銭を全部入れても200貫余りだ」
「200貫……」
田順にとっては、それだけでも信じ難い金額だった。
田朔は出ていく荷車を見ながら続けた。
「その兵がいなければ取れなかった銭は、その何倍もある」
「兵が銭を稼ぐのか」
「剣を振るだけが兵の仕事じゃない。2万貫の荷を無事に通せば、その一部が俺に入る」
「お前が最初に兵を雇うと言った時は、銭を捨てるようにしか思えなかった」
「俺も、何もさせずに置いておくならそう思う」
田順は笑った。
「人まで荷車みたいに使うな」
「荷車より高いんだから、もっと働いてもらう」
「兵に聞かせるなよ」
「給金を払っているから怒らんだろう」
「そういう問題か」
父が呆れる横で、田朔は商隊が見えなくなるまで道を見ていた。
◇ ◇ ◇
12月30日。
2つの商隊から売上と精算の報告が届いた。
大きな事故はなかった。
盗賊らしい一団を見かけた区間もあったが、田家の兵を見て近づいてこなかった。
帰りの荷もかなり集まり、空の荷車は少なかった。
その夜、玉容、玉蓮、宋淮、馬福成、段烈、朱昭が帳場へ集まった。
今年最後の集計である。
玉蓮が帳面を読み上げた。
「2つの商隊から受け取った運送料と護衛料が1,760貫。往復の費用を引いて、1,284貫残ったわ」
次に、田朔自身が買った商品の売買を確認する。
「2,550貫で買った品は、費用を引いて1,312貫の利益。もう一方は736貫残った」
宋淮が店、塩、通常の売買、貸付の返済などを合わせた数字を加えた。
「こちらは今月、1,100貫余り増えている」
兵200人の給金、食事、砦の補修、馬や武器の買い足しもすべて支払い済みだった。
玉蓮は最後の数字を書いた。
「今すぐ動かせる金は、1万2,000貫を超えたわ」
田順もその場にいた。
「1万2,000貫?」
「正確には1万2,184貫」
玉蓮が答えた。
田順は田朔を見た。
「先月は7,000貫ほどだっただろう」
「増えたな」
「他人事みたいに言うな」
田朔は笑った。
「兵も100人から200人になった」
「兵を増やして、銭まで増えたのか」
「ああ」
田順は帳面と息子を交互に見た。
「俺にはもう分からん」
「父さんが分からなくても、帳面が合っていればいい」
玉容が呆れた。
「お義父様への言い方があるでしょう」
「では玉容が説明してくれ」
「私に押しつけないで」
笑いが起きた。
段烈が田朔へ尋ねた。
「200人になりました。この先も増やしますか」
田朔はすぐには答えなかった。
200人を毎月食わせるだけの金はある。
1年分の給金を残しても余裕がある。
しかも200人を使えば、それ以上の金を稼げることも分かった。
「増やす」
段烈は苦笑した。
「やっぱりそう言いますか」
「ただし、次は1人ずつ拾って200人を300人にする気はない」
「では、どうするつもりなんです」
「兵を持っている男ごと買う」
帳場から笑いが消えた。
段烈が田朔を見る。
「隊長ごとですか」
「ああ。100人、200人をまとめて動かせる男がいるなら、その部下ごと田家へ持ってくればいい」
宋淮が尋ねた。
「そんな男が簡単に主人を替えると思うか」
「今の主人がきちんと給金を払っているなら替えないだろうな」
田朔は1万2,184貫と書かれた帳面へ目を落とした。
「払っていないなら、話は別だ」
385年12月が終わった。




