第4話(中編)――「今日から俺の兵だ」
385年12月中旬。
田家の屋敷裏では、朝から男たちの声が響いていた。
段烈は新しく来た者たちを何日かかけて調べていた。
槍を使わせ、弓を引かせるだけではない。長く走らせ、夜番をさせ、指示された場所を勝手に離れないかも見た。
田朔は選別に口を出さなかった。
4日後、段烈が帳場へ来た。
「43人のうち27人なら使えます」
「16人は駄目か」
「兵だったと言っているだけの者もいました。博打の借金を抱えている者が3人。酒を飲まないと手が震える者が2人。命令を聞くより自分で勝手に動きたがる者もいます」
「いらんな」
「残した27人はどうします」
「雇え」
「これで184人です」
「あと16人だ」
段烈が笑った。
「200人に揃えるつもりなんですね」
「184人という数字は気持ちが悪い」
「兵は帳面の数字ではありませんよ」
「給金を払う時は数字だ」
その日の午後、別の一団が田家を訪ねてきた。
14人だった。
以前、北へ向かう軍にいた者たちで、部隊が散った後は荷運びや用心棒をしながら暮らしていた。
段烈が7人を選んだ。
翌日には、田家の商隊で臨時護衛をしていた男から9人が常雇いを希望した。
段烈は全員を知っていたため、その場で採用を認めた。
兵はちょうど200人になった。
◇ ◇ ◇
12月15日。
田朔は200人全員を屋敷裏の広場へ集めた。
朱昭が作った名簿には、名前、出身、以前の仕事、得意な武器、家族の有無まで記されている。
田朔は名簿を持ったまま男たちの前へ出た。
「今日から給金の日を毎月15日にする」
男たちが田朔を見る。
「商隊へ出ていて15日に戻れない者は、出発前に渡す。怪我で働けない者も、治る見込みがあるならすぐ切らない。商隊へ出ている間の飯は田家が持つ」
後ろで朱昭と玉蓮の手伝いをする者たちが銭を並べ始めた。
「その代わり、勝手に民家へ入って物を取るな。商人を脅して銭を取るな。田家の兵だと名乗って好き勝手をする奴は追い出す」
段烈が横から付け加えた。
「追い出されるだけで済むと思うな。盗みなら盗んだ分を返させる。逃げても探す」
何人かが姿勢を改めた。
田朔は続けた。
「俺が欲しいのは、一番喧嘩の強い奴じゃない。銭を受け取った分だけ働く奴だ。それができるなら、俺は毎月払う」
給金の支払いが始まった。
商隊の護衛で働きのよかった者や、組頭を任せる者には役目に応じて上乗せする。それ以外の兵にも、決めた額をその場で渡した。
列の途中で、57人の元兵士たちが初めて田家から通常の給金を受け取った。
前回は、受け取れなかった3か月分だった。
今回は、これから働く田家の兵としての銭である。
年長の男が給金を受け取ってから田朔へ言った。
「本当に15日に払ったな」
「毎月そうすると言っただろう」
「前のところでも最初はそう言われた」
「俺が払わなくなったら、その時に文句を言え」
「言っていいのか」
「俺の方が約束を破ったならな」
男は笑った。
「分かった。なら働く」
その言葉を聞いていた周囲の兵たちも笑った。
田朔には、それで十分だった。
忠義を口で誓わせる必要はない。
毎月15日に銭が出る。
商隊へ行けば飯が出る。
怪我をすれば治療を受けられる。
その暮らしが続けば、男たちは簡単にはほかへ移らなくなる。
◇ ◇ ◇
兵が200人になると、朱昭の仕事も急に増えた。
砦の倉には粟、麦、乾肉、飼葉、武器を入れ、何がどれだけあるか帳面へ記していく。
賀蘭真は馬を見て回り、騎馬で使える兵を20人ほど選んだ。
馮彩児も砦と漢中を行き来し、買い足す馬を賀蘭真と一緒に選んでいた。
「この馬は脚が弱いわ」
彩児が1頭の前脚を見ながら言うと、賀蘭真も同じ場所を確かめた。
「長く走らせなければ使える」
「荷を運ぶならね。騎馬に回すのはやめた方がいい」
「俺もそう思う」
近くで聞いていた段烈が田朔へ言った。
「この2人に任せた方が、俺が馬を見るより早いですね」
「なら任せろ。お前は200人を見る方に頭を使え」
「旦那は簡単に言いますが、100人から200人になると全然違いますよ」
「だからお前に任せている」
「給金は旦那、兵は俺ですか」
「そうだ」
「一番面倒なところだけこっちへ来ていますね」
「銭を払う方も面倒だぞ」
段烈は笑った。
「それならお互い様ですね」
砦には常時40人を置くことにした。
漢中の屋敷と倉に30人。
残る130人は商隊護衛と訓練に回す。
配置は固定せず、段烈が交代させる。
砦の地下には銀、武器、予備の銭を置いたが、外から見える場所には粟や飼葉、縄、予備の車輪など、商隊の中継所に見える物だけを並べた。
田朔は砦を城のように飾る気はなかった。
役に立てばよい。
◇ ◇ ◇
その夜、田朔が屋敷へ戻ると、崔玉容は自室で帳面を見ていた。
腹はまだ大きく目立つ時期ではないが、食事の好みには変化が続いている。
「また帳面を見ているのか」
「あなたに言われたくないわ」
「疲れるなら玉蓮に任せろ」
「屋敷の支出だから私が見るの。今日は兵の給金を払ったのでしょう」
「ああ。200人になった」
玉容は筆を置いた。
「1か月で100人から200人ね」
「仕事があるから増やした」
「来月は300人と言い出さないでしょうね」
「稼がせる仕事があれば増やす」
「やっぱり言い切らないのね」
田朔は玉容の前へ座った。
「子どもが生まれる時に、家の周りへ200人いた方が安心だろう」
「200人が産婆の代わりになるわけではないわよ」
「敵が来た時には役に立つ」
「漢中の屋敷へ敵が攻めてくる前提で考えないで」
「来なければそれでいい」
玉容は田朔を見て笑った。
「あなたは本当に心配の仕方がおかしいわね」
「心配していることは分かっただろう」
「それは分かる」
田朔は玉容の腹へ手を伸ばした。
「具合はどうだ」
「今日はよく食べられたわ。医者も問題ないと言っている」
「ならいい」
玉容は田朔の手へ自分の手を重ねた。
「兵も大事でしょうけれど、無茶な商売はしないで」
「何の話だ」
「このところ、金を増やす速度がおかしいもの。あなたが大きな金を持てば持つほど、もっと大きなことを考えるでしょう」
「分かっているじゃないか」
「褒めていないわよ」
「俺は子どもが生まれるまでに、もっと増やす」
「何を?」
「銭も兵もだ」
玉容は何も言わず、田朔の肩を軽く叩いた。




