第3話(後編)――「砦ごともらう」
385年11月下旬。
段烈に案内され、田朔は砦の一番奥へ向かった。
岩壁を背にした大きな物置があり、外から見れば薪や飼葉を入れる建物にしか見えない。しかし床板の一部を外すと、下へ続く石段が現れた。
「降りたのか」
「入口だけ見ました。中に何があるか分からなかったので、旦那を呼びました」
「行くぞ」
灯火を持たせ、田朔は段烈と宋淮、それに信用できる護衛数人だけを連れて地下へ下りた。
石段の先には岩を削って広げた空間があり、壁際には木箱が何十個も積まれていた。床には銭を通した縄が重ねて置かれ、別の箱には銀塊が詰まっている。布に包まれた金銀の飾り、珠、簪、腕輪もあり、奥には上等な絹、薬材、鉄器、武器まで積まれていた。
宋淮が灯火を高く掲げた。
「今日や昨日に集めた量ではないな」
箱の中には古く黒ずんだ銭も混じり、布の一部は湿気で傷んでいた。今いる盗賊だけではなく、以前ここを使った者まで含めて、長い間街道から奪った品を蓄えてきたらしい。
田朔は手近な木箱を開けた。
「数えろ」
段烈が尋ねた。
「今からですか」
「これだけ見つけて、何があるか分からないまま寝られるか」
砦の見張りを残し、夜までかけて金目の物を調べた。
銅銭だけで2,700貫を超えた。銀は重さを量り、普段の取引価格で貫に直すと約1,800貫になる。金や珠、金銀細工はその場で正確な値を出せなかったが、宋淮は安く見ても1,000貫を下らないと判断した。
そのほかにも絹、毛皮、薬材、鉄器、武器、馬が残っている。
宋淮は途中で数える手を止めた。
「全部合わせたら7,000貫では済まんぞ」
田朔が2か月かけて682貫から2,000貫余りまで増やした直後に、その数倍の財物が地下から出てきたことになる。
段烈が尋ねた。
「どうします」
「もらう」
宋淮が田朔を見た。
「全部か」
「盗賊へ返す理由がない」
「元は襲われた商人や村人の物だろう」
「持ち主が分かる物は返す。今日助けた者が品を言えて、間違いなく本人の物だと確かめられる物も返せ。名前や家の印がある物も同じだ」
田朔は地下に積まれた銭へ目を向けた。
「だが、何年も前に盗まれた銭が誰の物だったかまで調べるのは無理だ。それ以外は田家が取る」
宋淮が笑った。
「役人が知れば、自分たちへ出せと言うだろうな」
「だから大声で知らせる必要はない」
田朔はすぐ運び出す物を分けた。
銭、銀、金、珠など、小さく値の高い物は漢中へ運ぶ。しかし一度に全部運べば、大金を手に入れたことを自分から周囲へ知らせるようなものである。数回の商隊へ分けて混ぜることにした。
絹、鉄器、武器、飼葉、保存の利く食糧など、かさばる物は砦に残す。
段烈が尋ねた。
「砦を空にしないんですか」
「逆だ。ここを使う」
「何に?」
「倉だ。街道から外れていて、外から見えない。地下にはこれだけ入る。水もあり、馬も置ける」
宋淮が言った。
「漢中の倉の方が使いやすいぞ」
「漢中の倉は役人が来れば見られる。商売の品を隠すつもりはないが、兵の武器や非常用の食糧、持っている銭や銀まで全部同じ場所へ置く必要はない」
田朔は地下の奥を見た。
「漢中で何かあっても、ここに残っていれば全部は失わない」
段烈は周囲を見回した。
「砦の場所を知っている人間が多い」
「砦があることと、地下に何を置くかは別だ。外から見えるところには大した物を置くな」
砦は表向き、盗賊がいなくなった古い建物のままにする。大げさに修理せず、田家の旗も立てない。商隊が途中で休む時だけ利用し、地下には普段使わない武器、食糧、銀などを置くことにした。
見張りも少人数にとどめ、商隊の護衛と交代させる。
秘密にしたい場所ほど、立派にして目立たせてはいけなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、田朔は救出した人々から、本人の物だと確かめられた衣、道具、荷などを返した。帰る銭すらない者には食事と路銀も持たせた。
朱昭には田家で働く気があるか尋ねた。
「今さら戻る役所もない。給金をもらえるなら働く」
「兵糧と武器の出入りを見ろ。最初は段烈の下でやれ」
「分かった」
朱昭はそのまま田家に雇われることになった。
賀蘭真も阿若とともに漢中へ来ることを選んだ。段烈は早速、賀蘭真に馬を見せ、騎馬に向く男を選ばせるつもりだった。
拓跋阿若については、田朔は使用人として扱わなかった。
身分が本当なら、滅びたとはいえ王家の孫娘である。北方の情勢次第では、その価値は商人1人や兵10人どころでは済まない。
「阿若は俺の屋敷へ来い。玉容に話しておく」
阿若が尋ねた。
「奥方に?」
「正妻だ。うちの女のことは玉容が見る。客として置くなら、あいつに任せる」
「あなたが決めないの?」
「屋敷の中まで俺が全部決める必要はない」
阿若は少し意外そうな顔をした。
「変わった人ね」
「よく言われる」
田朔は阿若の身なりをもう一度見た。
身分だけでなく、女としても十分に魅力がある。しかし今すぐ手を出せば、助けた王族の女を自分のものにしただけで終わる。北へ戻る縁になるのか、田家に残るのか、それとも将来別の形で使えるのかは、しばらく見ればよかった。
阿若を急いでどうこうする理由はなかった。
救出された残りの者たちも漢中や周辺の村へ戻っていった。
子どもを連れた女が、別れ際に田朔へ何度も頭を下げた。
「何とお礼を申し上げればよいか……」
「無事に帰ればいい。それと、この道を通る商人を知っているなら、田家の商隊を使えと言っておけ」
女は驚いた後で笑った。
「やはり商人なのですね」
「助けたついでに評判まで捨てる気はない」
田順が後でその話を聞き、呆れた。
「助けた人間にまで客を集めさせるのか」
「助けたのは本当だ」
「それはそうだが」
「だったら商売にも使えばいい」
「お前は死ぬまでそういうことを言っていそうだな」
救出された者が各地へ戻ると、田家の商隊が盗賊を追って砦まで潰し、捕らわれていた人々を救い出したという話が広まった。
商人たちはそこに価値を見た。
荷を守るだけでなく、襲った盗賊を放置しない。そういう護衛なら高い荷を任せてもよいと考える者が増えたのである。
11月25日の便は、申し込みだけで荷車221台になった。
玉蓮が帳面を見ながら言った。
「護衛料を前より上げたのに、この数よ。砦を潰した話が広がって、今まで田家を使わなかった商人まで来ているわ」
「なら断るな。多すぎれば便を2つに分けろ」
「護衛はどうするの?」
「増やす」
「もう?」
「100人で足りないなら増やす。それだけだ」
◇ ◇ ◇
阿若が漢中の屋敷へ来ると、玉容は事情を聞いた上で客間を用意させた。
汚れた衣も新しい物へ替えさせ、女の使用人を1人付けた。
田朔がその夜、玉容の部屋へ入ると、玉容は阿若について尋ねた。
「代王家の孫娘だというのは本当なの?」
「宋淮も家の名前は知っていた。賀蘭真の様子を見ても、ただの娘ではないだろう」
「北に親族もいるのね」
「ああ。拓跋珪という同族がいるそうだ。今すぐ何かになるとは思わないが、覚えておいて損はない」
玉容は田朔を見た。
「それだけ?」
「何がだ」
「ずいぶん綺麗な娘を連れて帰ってきたでしょう」
「それも見た」
「やっぱり」
「見れば分かるものを、見なかったと言う必要はないだろう」
玉容は呆れたが、怒りはしなかった。
「今は客よ」
「分かっている。俺も今すぐどうこうする気はない」
「今すぐ、なのね」
「先のことまで決めてどうする」
「あなたらしいわ」
田朔は笑って玉容の隣へ座った。
正妻は玉容であり、その腹には自分の子がいる。それを変えるつもりはない。
だからといって、将来役に立つ縁や、目を引く女を見なかったことにするつもりもなかった。
◇ ◇ ◇
11月29日。
砦から運び込んだ財物の最初の集計が終わった。
玉容、玉蓮、宋淮、馬福成、段烈だけを帳場へ集め、田朔は数字を確かめた。
元の持ち主が分かり、返した物を除いても、銅銭は2,731貫あった。銀は貫に直して1,846貫。金、珠、金銀細工などは売り急がず安く見積もっても1,170貫ほどになる。
それだけで5,700貫を超えた。
砦に残した絹、薬材、毛皮、鉄器、武器、馬などは、この数字へまだ入れていない。
玉蓮は計算を終えてから言った。
「今まで商売で増やした金より多いわ」
「盗賊が何年も貯めた物だからな」
宋淮が笑った。
「お前が草鞋20足を売っていた頃から、この砦には何百貫、何千貫と積まれていたのかもしれんな」
「なら、もっと早く取りに来ればよかった」
玉容が呆れた。
「その頃のあなたなら、砦へ着く前に殺されていたわよ」
「100人いたから取れたということか」
「そういうことでしょう」
田朔は帳面へ目を戻した。
金を増やしたから100人を雇うことができ、その100人がいたから盗賊の砦を落とせた。砦を落とした結果、商売だけでは到底すぐに得られない金と、秘密の倉まで手に入った。
兵は銭を食うだけではない。
使う場所を間違えなければ、兵そのものが新しい財産を生む。
しかも今回は金だけではなかった。
兵糧の帳面を扱える朱昭、北方の馬と戦い方を知る賀蘭真、そして代王家の血を引く拓跋阿若まで田家へ来た。
どれが将来一番大きな価値を持つのかは、まだ田朔にも分からない。
分からないから捨てない。
それが田朔のやり方だった。
段烈が尋ねた。
「次は200人ですか」
「まず150人にする。砦にも人を置くし、漢中の倉も守らせる。商隊も増えている。仕事のない兵をいきなり100人増やしても仕方ない」
「珍しく控えめですね」
「ただし候補は200人分探せ。使える男がいるなら名前を残しておけ」
段烈は苦笑した。
「やっぱり200人にする気はあるんですね」
「今すぐじゃないだけだ」
玉容が腹へ手を添えながら言った。
「子どもが生まれる頃には何人になっているのかしら」
「分からん」
「1,000人なんて言わないでしょうね」
「それは金次第だ」
玉蓮が笑った。
「その答えなら、いずれ本当に1,000人になりそうね」
田朔は否定しなかった。
11月の初めには、常に雇う兵は1人もいなかった。月末には100人を抱え、さらに50人を増やす準備を始めている。
現金も7,000貫を大きく超え、山中には値を付けていない商品や武器を保管できる砦が残った。人を見れば、将来使える者まで増えている。
草鞋20足を売るために南門で殴られていた頃から、まだ2年もたっていない。
田朔は帳面を閉じた。
「次は、この金と人を寝かせない」
385年11月が終わった。




