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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第三章――「金で兵を買う」

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第3話(中編)――「逃げるなら砦まで」

 385年11月中旬。


 11月16日の朝、田家の商隊が漢中を出た。


 荷車は176台あり、布、塩、薬材、乾物、油、鉄器などが積まれていた。荷主は40人を超え、積み荷の総額は1万貫を上回っている。


 今回から護衛はすべて田家の常雇いだった。100人のうち80人を商隊へ出し、残る20人は漢中の倉と屋敷へ置いた。段烈が護衛を率い、田朔も自分の商品と商人たちの荷を確かめるため同行した。


 山へ入って2日目の午後、先へ出ていた斥候が馬を飛ばして戻ってきた。


「旦那、先の道が塞がれています」


 段烈が尋ねた。


「何で塞いでいる」


「木を倒しています。斜面にも人がいて、見えただけで30人ほどです」


 段烈はすぐ護衛を動かした。


「荷車を詰めろ。人足と荷主は車の内側へ入れ。前へ40人、後ろへ20人回せ」


 田朔は商人たちに勝手な行動を取らせないよう声をかけた。


「荷車を動かすな。馬を外すよう言われた者だけ護衛に従え。荷を捨てて逃げる必要はない」


 慌てる商人もいたが、田家の男たちが迷わず持ち場へ動くのを見ると、荷主たちも荷車の内側へ集まった。


 やがて倒木の向こうから弓を持った男たちが姿を現した。


「荷を置いていけ!」


 山側から声が飛んだ。


 段烈は返事をせず、弓を持つ者を前へ出した。


 相手は田家の商隊が大きくなっていることは知っていても、護衛まで100人近くに増えているとは考えていなかったらしい。数本の矢が飛んできて荷車の板や地面に刺さると、田家側からも矢が返った。


 段烈が田朔へ言った。


「旦那、俺は前へ出ます。荷の方を頼みます」


「任せろ。戦う方はお前がやれ」


 田朔は剣を抜かなかった。段烈より自分の方が戦えるとは思っていない。戦う男たちを動かすのは段烈に任せ、自分は商人、人足、荷車が勝手に動いて隊列を崩さないよう見ていた。


 盗賊側にも50人を超える男がいたが、段烈が前方の護衛を左右へ分け、別の組を斜面へ回すと様子が変わった。正面だけを見ていた盗賊は横から田家の男が現れたことで動きが乱れ、最初の矢の応酬で数人が倒れると、戦うより山へ逃げる者が増えた。


 戦いは長く続かなかった。


 盗賊たちは倒木の裏から山へ逃げ込み、田家側も数人の負傷者を出したものの、商人にも積み荷にも大きな損はなかった。


 戻ってきた段烈が尋ねた。


「追えば何人か捕まえられます」


「荷を空けてまで追うな。まず道を開けろ」


「分かりました」


 護衛が倒木を動かし始めたところで、山の斜面から1人の男が転がるように下りてきた。武器はなく、衣は破れ、両手首には長く縄で縛られていた跡が残っている。


「助けてくれ! 俺は盗賊じゃない!」


 護衛に押さえられた男は、盗賊の砦に捕まっていたと訴えた。


 田朔は男を連れてこさせた。


「砦はどこだ」


「山の奥だ。荷を奪われて捕まった者や、身代金を取るためにさらわれた者がまだいる。女も子どももいる」


「何人くらいだ」


「40人ほどだと思う。もっといるかもしれない」


 段烈が逃げ出せた理由を確かめると、男は、今日の襲撃で盗賊の大半が砦を出たため、薪を運ばされていた隙に逃げたと答えた。


 田朔は段烈へ顔を向けた。


「砦は遠いか」


「この男の話が本当なら半日もかからないでしょう。ただ、商隊を連れて入る場所ではありません」


「道を開ければ商隊は進めるな」


「進めます」


 田朔は砦の位置を聞きながら考えた。


 今日だけ盗賊を追い払っても、同じ連中が山へ戻れば次の商隊がまた狙われる。今後も5日に1度この道へ何百台もの荷車を通すなら、毎回警戒するより根を潰した方が安い。


「商隊は40人で先へ進めろ。残りを連れて砦へ行く」


 段烈が尋ねた。


「旦那も行くんですか」


「ああ。戦うのはお前たちに任せるが、砦の中は俺が見る」


 段烈は負傷していない護衛56人を選び、商隊の護衛は組頭の1人へ任せた。


 田朔たちは逃げてきた男を案内役にして山道を外れ、細い道を進んだ。


 日が傾き始めた頃、木々の向こうに石と木で組んだ柵が見えてきた。山の斜面を利用した砦で、街道側からはほとんど見えない。柵の内側には小屋のほかに馬をつなぐ場所や物置もあり、盗賊たちが長く使っていたことが分かった。


 段烈は正面の様子を調べた後、逃げてきた男が使った薪道へ20人を回し、自分は残りを率いて正面へ向かった。


「任せる」


 田朔は攻め方には口を出さなかった。


 街道から逃げ帰った盗賊は負傷者も多く、田家の護衛が砦まで追ってくるとは考えていなかった。正面で段烈たちが攻め始めた直後に裏手からも田家の男が現れると、逃げ道を失った盗賊の多くが武器を捨てた。


 最後まで抵抗した者が倒れると、砦は田家の手に落ちた。


 田朔が中へ入った時には、段烈の部下が小屋を1つずつ調べていた。奥の建物からは、拘束されていた人々が次々に連れ出されてきた。


 男、女、子どもを合わせて43人いた。


 商隊を襲われて捕まった者、村から連れ去られた者、身代金目当てで生かされていた者のほか、数か月も荷運びや炊事をさせられていた者までいた。


 田朔は水と食事を出させ、歩けない者には馬を使わせた。ただし、全員をすぐ帰すことはしなかった。


 人質になっていた者を見ているうちに、田朔は衣が破れていても立ち居振る舞いの違う者が何人かいることに気づいた。


 最初に目を留めたのは、30歳を少し過ぎた男だった。顔には殴られた痕が残っていたが、田家の護衛が負傷者を運ぶ様子を見ながら、人数と使った布の量を数えている。


「名前は」


「朱昭(ジュウ・ジャオ)」


「何をしていた」


「前秦の郡府で、兵糧や飼葉の出入りを記す下級の書吏をしていた。役所が乱れてから職を失い、親族を頼る途中で捕まった」


「帳面は書けるか」


「書ける」


「兵100人が1か月食う粟を数えられるか」


 朱昭は少し考えた。


「1人分を決めてくれれば、100人でも1,000人でも出せる」


 田朔は段烈へ言った。


「この男は帰す前に俺へもう一度会わせろ」


 次に目についたのは、負傷した男を介抱している鮮卑の男だった。40歳ほどで、盗賊に奪われたらしく武器は持っていないが、手や肩には長く馬と武器を扱った者の痕が残っていた。


「お前は」


「賀蘭真(ホーラン・ジェン)だ」


「兵か」


「兵だったこともある。今は仕える家を失った」


「馬には乗れるな」


 賀蘭真は田朔を見た。


「馬に乗れない賀蘭の男を探す方が難しい」


 段烈が横で笑った。


 田朔は賀蘭真も覚えておくことにした。北方の言葉を話し、騎馬に慣れた男なら、今後兵を増やす時に使い道がある。


 最後に田朔の目を引いたのは、女たちの中にいた1人の若い女だった。


 年は18ほどに見えた。


 長く捕らわれていたため衣は汚れ、髪も簡単にまとめただけだったが、背筋を崩さず、ほかの人質が食事へ集まる中でも先に年少の子どもへ水を渡していた。顔立ちも整っており、漢中や長安で見慣れた女とは少し違う。


 田朔は女の前へ行った。


「名前は」


 女は少し迷った。


「阿若」


「姓は」


「今は言いたくない」


「では帰る場所だけ言え」


「北だ」


 田朔は女の顔を見た。


「北では広すぎる」


 女は答えなかった。


 その時、賀蘭真が近づいた。


「この方へ無礼なことはするな」


 段烈がすぐ間へ入った。


「お前が旦那に命令するな」


 賀蘭真は田朔を見たまま黙った。


 田朔は怒らなかった。


「知っている女か」


「俺が守るはずだった方だ」


「なら、なぜ盗賊に捕まった」


 賀蘭真は顔をしかめた。


「守れなかったからだ」


 女は賀蘭真を止め、田朔へ言った。


「人のいないところでなら話す」


 田朔は宋淮と段烈だけを連れ、女と賀蘭真から事情を聞いた。


 女の名は拓跋阿若(トゥオバー・アルオ)といった。


 祖父は、前秦に滅ぼされた代国の王、拓跋什翼犍《トゥオバー・シーイージエン》であるという。


 田朔は宋淮へ顔を向けた。


「知っているか」


「名前は知っている。北で大きな勢力を持っていた鮮卑の王だ。前秦が代を潰した時に死んだ」


 阿若が続けた。


「私は王家の者だけれど、今は国もない。前秦が崩れて北も乱れ、母方の一族を頼って移る途中で盗賊に襲われた」


「お前の一族で、今も力を持っている者はいるのか」


 阿若は田朔の問いを警戒した。


「なぜ聞くの」


「何の価値もないなら、それでいい。価値があるなら覚えておく」


 阿若は不快そうに田朔を見たが、やがて答えた。


「祖父の孫に拓跋珪(トゥオバー・グイ)がいる。私とは同じ祖父を持つ。北には、まだ拓跋氏へ従う者が残っている」


 田朔はその名を覚えた。


「夫はいるのか」


 今度は阿若が露骨に眉を寄せた。


「いない。それも何かの価値になるの?」


「なるかもしれない」


「随分正直なのね」


「嘘をついても仕方ない」


 阿若は呆れたように田朔を見た。


 田朔は目の前の女を改めて見た。代王家の血を引き、北方の拓跋氏とつながりがあり、女として見ても十分に目を引く。しかし、救い出したばかりの女をその場で自分のものにするほど、田朔は目先だけで動くつもりはなかった。


「北へ戻れる当てはあるのか」


「今はない」


「なら漢中へ来い。道が安全になるまで田家で面倒を見る」


 阿若が疑うように尋ねた。


「何を求めるの」


「今は何も求めない。北へ戻れるようになった時、今日助けたことを忘れなければいい」


 賀蘭真が阿若を見た。


 阿若はしばらく考えた後で答えた。


「分かった。世話になる」


「賀蘭真、お前も来い。阿若を守るなら勝手に守れ。ただし田家で飯を食うなら働け」


「何をすればいい」


「馬と兵を見ろ。段烈が決める」


 賀蘭真は段烈を見た。


「それなら構わん」


 田朔は朱昭、賀蘭真、拓跋阿若の3人を覚えた。


 43人を助けたこと自体に損はない。しかし、ただ家へ帰してしまえば43人はそこで終わる。使える人間、将来何かにつながる人間が混じっているなら、見逃す必要はなかった。


 その時、砦の奥を調べていた護衛が段烈を呼びに来た。


 しばらくして戻った段烈の顔は、戦いを終えた時より険しくなっていた。


「旦那、見てもらいたい物があります」


「盗賊が残っているのか」


「違います。地下に何かあります」

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