第3話(前編)――「5日に1度出す」
385年11月上旬。
田家の帳場には、朝から商人が途切れずに出入りしていた。
前月に96台の荷車をまとめて南へ送り出して以来、漢中では田家の商隊を使いたいという商人が増えている。自分で護衛を集めるより安く、大人数で移動するため盗賊にも狙われにくい。田朔にとっても、他人の商品を運んで銭を取れるため、自分で大量の商品を仕入れるより少ない元手で利益を増やせた。
ところが申し込みが増えると、商人ごとに出発したい日が違うことが問題になった。
宋淮が帳面を開いた。
「明日出たい者が7人、3日後が11人、月末までならいつでもいい者が23人いる。この調子で別々にまとめていたら、段烈の方が回らん」
許玉蓮も別の帳面を田朔へ見せた。
「荷車の数が決まらないから、必要な人足や飼葉も毎回数え直しているわ。申し込みが増えたのはいいけれど、このままでは帳場の仕事ばかり増える」
田朔はしばらく数字を見た後で言った。
「なら、商人に合わせるのをやめる」
宋淮が尋ねた。
「どうする気だ」
「5日に1度出す。5日、10日、15日、20日、25日、月末だ。それ以外の日には田家の商隊を出さない。乗りたい奴は、それまでに荷と銭を持ってくる。間に合わなければ次へ回せ」
玉蓮はすぐに意味を理解した。
「こちらが出発日を決めてしまうのね」
「ああ。客が1人増えるたびに、俺たちが予定を変える必要はない」
宋淮も頷いた。
「荷車の数を前もって読めるなら、人足も護衛もまとめて手配できる。帰りの荷も同じ日に合わせて募集できるな」
「往復で銭を取れ。行きだけ稼いで、帰りの荷車を空にするな」
田朔はさらに、申し込みの時点で運送代と護衛料の半分を受け取り、残りは出発前に払わせることにした。商人が直前になって取りやめても、田家だけが人足や護衛の費用を負担しないためである。
仕組みは難しくなかった。決まった日に大きな商隊を出し、参加する商人から先に銭を取り、荷車、人足、護衛を田家がまとめて用意する。帰りにも別の荷を積めば、同じ荷車と人間で2度稼げる。
11月5日に出た最初の定期商隊は荷車123台になり、10日の便では158台まで増えた。前月の商隊を利用した者だけでなく、評判を聞いて初めて田家へ荷を預ける商人も増えている。
田朔は他人の荷だけを運んだわけではなかった。空きがあれば、自分で買った塩、薬材、布なども同じ列へ載せた。護衛の大半は商人から受け取った銭で雇っているため、自分の荷車を10台や20台加えても警備にかかる金は大きく増えない。
10日の夕方、玉蓮は帳面を締めてから田朔へ顔を向けた。
「帰りの分がまだ全部入っていないけれど、すぐ動かせる銭が2,126貫になったわ」
「2,000を超えたな」
「超えたわ。あなたが2,000貫と言い出してから2か月もたっていない」
隣で帳面を見ていた崔玉容が尋ねた。
「それで、今度は何を買うの?」
「兵だ」
玉蓮が筆を置いた。
「本当にやるのね」
「そのために2,000貫まで増やした」
田朔はその日のうちに段烈を呼んだ。
「前の商隊で使った80人のうち、もう一度使えると言ったのは53人だったな」
「そうです」
「全員呼べ」
「次の商隊ですか」
「違う。今度は帰さない」
段烈は田朔の顔を見た。
「常に雇うんですか」
「ああ。それから47人増やして100人にする」
「一気に100人ですか」
「前は何も分からないところから50人を集める話をしていた。今は80人を実際に使い、その中から53人まで選んである。残り47人なら前より簡単だろう」
「人数を揃えるだけならできます。ただ、腕の強い奴を集めればいいというものでもありません」
「分かっている。前回の53人も、腕だけで選んだわけじゃないだろう」
段烈は、夜番を抜けなかった者、命令を守った者、荷主と揉めなかった者を残し、酒癖が悪い者や勝手に持ち場を離れた者は外したと説明した。
「同じように選べ。俺が欲しいのは一番強い男じゃない。銭を払えば働き、決めた場所に立ち、逃げろと言うまで逃げない男だ」
段烈は以前の兵役仲間や護衛経験のある男たちへ声をかけた。田朔は100人全員を自分で選ぼうとはせず、人を見る仕事は段烈へ任せた。
ただし給金については田朔が条件を決めた。毎月決まった日に銭を払い、商隊へ出る間の食事は田家が持ち、怪我をすれば治療も受けさせる。その代わり、商隊護衛だけでなく、倉や屋敷の警備、街道の見回り、日々の訓練にも従わせる。
100人は10人ずつ10組に分け、それぞれに段烈が選んだ組頭を置いた。まだ軍隊らしい大げさな役職を並べる必要はなく、誰の命令を聞くのかが分かれば十分だった。
11月12日、屋敷裏の広場に100人が並んだ。
田順は軒下からその光景を眺めていた。
「お前、本当に100人も雇ったのか」
「雇った」
「毎月、全部お前が食わせるのか」
「商隊に出ている間は、商人から取った護衛料で食わせる」
田順は息子を見た。
「では、商人たちがお前の兵の給金を払っているようなものか」
「そうなるな」
「ずいぶん都合のいいことを考えたものだ」
「商人も、自分だけで護衛を雇うより安い。俺は兵を養える。両方得なら問題ない」
田順は100人の男たちへもう一度目を向けた。
「誰も損していないから、余計に言い返しにくいな」
前月まで、田朔のもとにいる武装した男は必要な時だけ集める護衛だった。しかし、この日からは商隊がなくても田家から給金を受け、田家の命令で動く100人がいる。
田朔はようやく、自分の兵と呼べる人数を持った。
◇ ◇ ◇
その夜、田朔が玉容の部屋へ入ると、玉容は寝台の脇で侍女に髪を整えさせていた。
「今日、医者が来たわ」
「どうだった」
「もう間違いないだろうと言われた。子どもがいるわ」
田朔は玉容の隣へ座った。
「具合は?」
「悪くないわ。匂いが気になる時はあるけれど、食べられている」
「ならいい」
田朔が腹へ目を向けると、玉容が笑った。
「まだ見ても何も分からないわよ」
「分かっている」
「触っても分からないわ」
「それも分かっている」
「では、なぜそんなに見るの?」
「俺の子がいるからだ」
玉容はしばらく田朔を見てから、その手を取って自分の腹へ置いた。
「何も分からないでしょう」
「ああ。でも、いるんだろう」
「いるわ」
田朔はそれ以上何も言わなかった。その夜は帳面を持ち込まず、玉容の部屋で過ごした。




