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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第三章――「金で兵を買う」

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第2話(中編)――「正妻の子」

 385年10月中旬。


 田朔は朝食の後、玉容と一緒に屋敷の倉を見て回った。


 婚姻が続いたため、布、食器、油、薪、祝いの酒がかなり減っていた。玉容は使用人に在庫を調べさせ、足りなくなった物だけを補充するよう指示していた。


 田朔は倉を出たところで尋ねた。


「家のことは全部分かるのか」


「全部ではないわ。でも、誰に聞けば分かるかは知っている」


「それなら十分だ。これから屋敷のことはお前が決めろ」


 玉容が田朔を見た。


「今までも見ているでしょう」


「見るだけじゃない。使用人を増やすか減らすか、家をどこまで直すか、誰をどの部屋へ置くか、家族の祝いにいくら使うか。そんなことまで毎回俺に聞く必要はない」


「あなたの銭を使うのよ」


「俺たちの家の銭だ」


 玉容は少し考えてから尋ねた。


「随分信用するのね」


「梁家の帳簿と金を見ていた女に、俺の屋敷の飯代までいちいち聞かせる方がおかしい」


「またそういう言い方をする」


「何が悪い」


「もう少し嬉しくなる言い方があるでしょう」


 田朔は何を求められているのか考えた。


「お前は俺の正妻だ。俺が外にいても、この家はお前が動かせ。それでいいだろう」


 玉容はようやく笑った。


「まあ、合格にしておくわ」


 その日の昼、玉容は食事を半分ほど残した。珍しいことだったが、田朔はすぐには何も言わなかった。しかし夕食でも、玉容は羊肉の匂いを嫌がり、ほとんど箸をつけなかった。


「具合が悪いのか」


「少し匂いが気になるだけ」


「美娟を呼ぶか」


「もう嫁いだでしょう」


「田家の仕事まで辞めたわけじゃない。食事のことなら今まで通り聞けばいい」


 玉容は汁を少し口にしてから器を置いた。


「それより、あなたに話があるの」


「何だ」


「今月、月のものが来ていないわ」


「どのくらい遅れている」


「10日ほど」


 田朔はすぐに立ち上がった。


「医者を呼ぶ」


「今から?」


「早い方がいい」


「騒がないで。まだ分からないわよ」


「分からないから診せるんだ」


 玉容が止める間もなく、田朔は使用人に医者を呼びに行かせた。


 翌日の午前、漢中で評判の医者が屋敷へ来た。診察の間、田朔は隣室へ帳面を持ち込んだが、目で数字を追っても内容がほとんど頭に入らなかった。


 しばらくして呼ばれると、医者は玉容の脈を見終えたところだった。


「まだ日が浅いので断言はいたしません。ただ、懐妊している可能性は高いでしょう」


「何を食わせればいい」


「普段通りで構いません。食べられる物を食べさせ、無理をさせないことです」


「薬はいらないのか」


「今は必要ありません」


「ほかに何をすればいい」


 医者は田朔の顔を見た。


「旦那様が落ち着かれることでしょうな」


 玉容が笑ったが、田朔は構わず尋ねた。


「いつならはっきりする」


「もう少し日を置けば分かるでしょう」


 医者が帰ると、田朔は玉容の前へ座った。


「今日から遠出はするな。重い物も持つな。馬にも乗るな」


「今までも重い物なんて持っていないし、私は彩児ほど馬にも乗らないわ」


「階段は大丈夫なのか」


「田朔」


 玉容の声が強くなった。


「私は病人ではないのよ」


「子どもがいるかもしれない」


「だからといって寝台に縛りつける気?」


「それが一番安全なら、そうしたいくらいだ」


「やめなさい」


 玉容は呆れながらも笑っていた。


 田朔は隣へ座り、玉容の腹を見た。外から見ても、まだ何の変化もない。


「男だと思うか」


「まだ分かるわけがないでしょう」


「女だったらどうする」


「それを私が聞こうと思っていたのよ。跡継ぎにはならないかもしれないでしょう」


「俺の子なら男でも女でも構わない。跡継ぎが足りなければ次を作る」


「簡単に言うのね」


「子どもは何人いても困らない」


「育てる方は大変よ」


「銭なら俺が稼ぐ」


 玉容は笑った。


「結局そこへ戻るのね」


「ほかに俺ができることがあるか」


「あるわ。無事に生まれるまで私を大事にすること」


「それならやる」


「子どものため?」


「子どもも欲しい。お前も要る。どちらかを選ぶ話じゃない」


 玉容はしばらく田朔の顔を見た。


「今の言い方はよかったわ」


「さっきから言い方ばかりだな」


「あなたは中身より言い方で損をすることが多いのよ」


「銭で損していなければいい」


「そういうところよ」


 その夜、田朔は仕事を早めに切り上げ、玉容と一緒に夕食を取った。美娟に相談して、玉容が食べやすい酸味のある菜と薄味の魚を用意させた。


 田朔が酒へ手を出さないので、玉容が尋ねた。


「あなたまで飲まないの?」


「お前が飲まないからな」


「私は今は控えた方がいいでしょうけれど、あなたは関係ないわよ」


「1人で飲んでも面白くない」


 玉容は何も言わなかったが、食事を終える頃には昼より顔色がよくなっていた。


 田朔はこれまで、跡継ぎを家を続けるために必要なものとして考えてきた。しかし実際に玉容の腹に自分の子がいるかもしれないと知ると、帳面の上で考えていた時とは違った。


 男でも女でもよいから無事に生まれてほしかったし、玉容にも何事もなく産んでもらいたかった。そのために金が要るなら惜しむ気はない。


 同時に、守るべき家族が増えるなら、財産と人手も今まで以上に必要になる。田朔が金を欲しがる理由は、また1つ増えた。

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