第2話(前編)――「妾を嫁に出す」
385年10月上旬。
馮彩児と段烈の婚礼は、10月3日に行われた。
田朔は屋敷から歩いて行ける場所に家を1軒用意し、寝台、卓、衣装箱、炊事道具など、夫婦がすぐ暮らせるだけの家財を揃えた。祝いの席には田家の者だけでなく、段烈の下で働く護衛たちも集まり、肉と酒が十分に振る舞われた。
酒が回り始める前、田朔は段烈を呼んだ。
「今日から彩児はお前の妻だ」
「分かっています」
「昔、梁旦那の妾だったとか、その後に俺の女だったとか、夫婦喧嘩の時に持ち出すなよ」
段烈は嫌そうな顔をした。
「そんなことを言うつもりはありません」
「ならいい」
彩児が横から口を挟んだ。
「私が持ち出すかもしれないわよ」
「何を?」
「旦那の方が気前がよかった、とか」
「おい」
段烈が顔をしかめると、周囲から笑いが起きた。田朔も笑いながら段烈に言った。
「その時はもっと稼げ。俺より金持ちになれば言われなくなる」
「結局、そこなんですね」
「銭で片づく問題なら簡単だ」
彩児は段烈の腕を叩いた。
「心配しなくても言わないわよ」
段烈もようやく笑った。
これで1組は決まった。しかし田朔には、まだ片づけるべきことが残っていた。
祝いの席が終わった翌朝、田朔は崔玉容、許玉蓮、蘇青蘭を帳場へ呼んだ。
「残りも決める」
玉蓮が顔を上げた。
「何の話?」
「月華、香蓮、美娟、翠翠だ」
青蘭が笑った。
「昨日1人嫁がせたばかりでしょう。もう次?」
「いつまでも置いておく理由がない」
玉容は田朔の考えを察した。
「相手を探すのね」
「ああ。本人たちが嫌なら無理には嫁がせない。ただ、待っているだけでは何も決まらない」
田朔はその日のうちに、宋淮、馬福成、段烈を集めた。
宋淮は梁家で20年以上大番頭を務め、現在は田家の大口取引や遠方の商人を見ている。馬福成は店と倉で働く者をよく知り、段烈は護衛、人足、馬方との付き合いが広かった。
「独身で、仕事のできる男を出せ」
宋淮が尋ねた。
「何人だ」
「4人」
「何をさせる」
「嫁を取らせる」
馬福成がむせた。
「旦那、それは仕事ではありません」
「俺には仕事だ」
「本人たちには人生でしょう」
「だから女が嫌ならやめる。ただし候補はきちんと出せ」
宋淮が条件を尋ねると、田朔はすぐ答えた。
「働く男。博打で借金を作らない男。酒を飲んで女房を殴らない男。それから、田家を辞める気のない男だ。これで十分だろう」
玉容が口を挟んだ。
「十分ではないでしょう」
「ほかに何がいる」
「女の方が、その男と暮らしたいと思うこと」
「それは本人に会わせて聞く」
「なら最初から条件に入れておきなさい」
「分かった。それも入れる」
宋淮たちは田家で働く独身の男を調べ、翌日には7人まで絞った。田朔は7人を女たちの前へ並べて選ばせるような真似はせず、まず玉容と青蘭に人柄を確かめさせた。その上で、仕事や年齢が合いそうな者同士を会わせた。
陳月華には、布と衣を扱う店の仕入れを手伝っている28歳の李成が合った。李成は口数こそ多くないが、反物の数量や仕入れ値をよく覚えており、月華と仕事の話をさせると会話が途切れなかった。
2度会った後、月華が答えた。
「この人なら構わないわ」
「構わないで嫁ぐのか」
「あなたに言われたくないわよ」
玉容が横で笑った。
白香蓮は、客商売を任せている32歳の周明を選んだ。周明は酒席でも酔って騒がず、人の話を聞くことができる男だった。香蓮が客を迎える席へ出る時にも、一緒に働くことができた。
孫美娟には、商隊の食糧と飼葉を任せている30歳の趙忠が決まった。美娟が人と馬に食わせる物を考え、趙忠が必要な量を揃える。2人はすでに何度も一緒に仕事をしており、互いの性格も分かっていたため話は早かった。
最後まで迷ったのは劉翠翠だった。
「私はまだ19よ。急いで嫁がなくてもいいでしょう」
「嫌なら残れ」
「でも皆が嫁ぐと、私だけ残るじゃない」
「それが嫌なら相手を選べ」
「そんなに簡単じゃないのよ」
「なら考えろ」
「どのくらい?」
「俺に聞くな。自分の亭主だろう」
翠翠は腹を立てて出ていったが、その2日後には店の若い手代である25歳の王慶と、もう一度話したいと言い出した。
王慶は客に愛想よく話すことができ、翠翠とは以前から店先で冗談を言い合っていた。3度目に会った後、翠翠が田朔のところへ来た。
「王慶にするわ」
「本人は何と言っている」
「もう聞いた。私がいいって」
「なら決まりだ」
「何であなたが一番簡単そうに言うのよ」
「決まったものを難しく言ってどうする」
「女の気持ちって、もっといろいろあるのよ」
「それは王慶に聞かせろ。これから亭主になるんだからな」
翠翠は呆れた顔をしたが、最後には笑った。
10月10日までに4組の婚姻が決まった。田朔は全員に小さな家を借り、夫婦が暮らせるだけの家財を揃えた。彩児と段烈の分まで含めると、祝い金や家財に使った金は46貫になった。
玉蓮は帳面を見ながら言った。
「随分使ったわね。2,000貫まで増やすと言ったばかりでしょう」
「5組で46貫だ。高くない」
「そういう問題?」
「46貫使って、5人の男が前より田家を離れにくくなった。それに、俺のところへ来た女をいつまでも半端な立場で置かずに済む」
玉蓮は田朔の顔を見た。
「それなら最初から、後の方を言えばいいのよ」
「玉容にも同じことを言われた」
「でしょうね」
田朔は帳面を閉じた。
これで正妻の玉容を除けば、田朔のもとに残る女は玉蓮、青蘭、小玉の3人になった。彩児、月華、香蓮、美娟、翠翠は、それぞれ田家で働く男の妻になった。
田朔には、女が5人減ったという感覚はなかった。自分に近い男たちの家が5つ増え、その家々が田家とつながったと考えていた。




