第1話(中編)――「妻妾を減らす」
385年9月中旬。
漢中の田家では、昼前から奥の広間に女たちが集まっていた。
崔玉容、許玉蓮、蘇青蘭、馮彩児、陳月華、白香蓮、孫美娟、劉翠翠、何小玉が顔を揃えている。
田朔は上座には座らず、玉容と同じ側に腰を下ろした。
小玉は何の話か分からない様子で、青蘭は周囲の顔を見ながら黙って田朔を見ている。彩児は何度か戸口へ視線を向けていた。
田朔が口を開いた。
「今日は、お前たちの今後を決める」
翠翠が先に尋ねた。
「誰か追い出されるの?」
「追い出さない」
田朔は即答した。
「梁景成が死んでから、俺のところへ来た者も多い。俺も最初は、お前たちを全員自分の女として置いておくつもりだった」
青蘭が笑った。
「最初は、では今は違うの?」
「違う」
「飽きた?」
「そう思いたければ思え」
青蘭は笑みを残したまま黙った。
田朔は続けた。
「人が増えた。店も倉も増えた。これから兵も雇う。俺の屋敷に女を何人も置いておいて、ただ順番に部屋へ通うだけでは意味がない」
玉容は口を挟まずに聞いていた。
「正妻は玉容のままだ。ここは変えない」
女たちの視線が玉容へ集まった。
「玉蓮は俺の女であると同時に店を任せる。青蘭には客と商人の情報を集めてもらう。小玉も俺のところに残す」
小玉が目を瞬いた。
「私は役目がないけれど」
「お前はそれでいい」
「それは褒められているの?」
「たぶんな」
広間に笑いが起こり、張っていた空気が和らいだ。
田朔は彩児へ顔を向けた。
「彩児」
「何?」
「段烈をどう思っている」
彩児の顔が変わった。
「何で今それを聞くの?」
「俺が聞きたいからだ」
青蘭が横から口を挟んだ。
「聞き方が悪いわよ。嫌いなら最初から嫌いと言わせればいいでしょう」
田朔は青蘭を見た。
「ならお前が聞け」
「嫌よ。面白いから自分で聞きなさい」
彩児が呆れて2人を見た。
「段烈とは仕事で話すことが多いだけよ」
「嫌いか」
「嫌いなら一緒に馬を見に行ったりしないわ」
「なら嫁ぐか」
今度は広間から笑いが消えた。
彩児が田朔を見た。
「本気で言っているの?」
「ああ」
「あなたの妾をやめて?」
「そうだ」
「段烈の妻に?」
「お前と段烈が嫌でなければな」
彩児はすぐには返事をしなかった。
梁景成の妾だった頃から、馬市場へ出て男たちに交じって働くことを好む女だった。漢中へ来てからは、段烈と一緒に護衛用の馬を見る機会も増えている。
「段烈にも聞いたの?」
「まだだ。先にお前へ聞いている」
「どうして?」
「お前が嫌だと言えば、段烈に聞く必要がない」
彩児は田朔の言葉を確かめるように見た。
「本当に、私が決めていいの?」
「俺が欲しいと言って連れてきた女だから、今度は俺が勝手に別の男へやると思ったか」
彩児は考えてから答えた。
「段烈が嫌でないなら、私は構わない」
「分かった」
田朔はそれ以上追及しなかった。
◇ ◇ ◇
その日の午後、段烈が呼ばれた。
護衛の仕事から戻ったばかりで、腰にはまだ剣を下げている。
「何でしょう」
「座れ」
段烈が田朔の向かいへ座った。
「彩児を妻にする気はあるか」
段烈の顔から表情が消えた。
「何の話です」
「そのままの話だ」
「急すぎませんか」
「嫌なら嫌と言え」
「嫌ではありません」
答えは早かった。
田朔が笑うと、段烈は気まずそうに顔をそらした。
「彩児も、お前が嫌でなければ構わないと言っている」
段烈が田朔へ顔を戻した。
「本人に聞いたんですか」
「先に聞いた」
「旦那の妾でしょう」
「今日から違う」
段烈は田朔の顔を見たまま黙っていた。
「俺がもらっていいんですか」
「いい。ただし仕事は今までより増やすぞ」
「やっぱりそうなるんですか」
「妻をもらって仕事が減ると思ったのか」
段烈は苦笑した。
田朔は家を1軒用意し、必要な家具と持参金も出すことにした。豪華にする必要はないが、田家で護衛を率いる男として恥ずかしくない暮らしはさせる。
「彩児は馬を見る目がある。お前は護衛をまとめる。これから商隊を大きくするなら、2人とも働いてもらう」
「分かりました」
「それと、彩児を昔の俺の妾として扱う奴がいたら俺に言え」
段烈は尋ねた。
「どうするんです」
「俺の家の者を馬鹿にする奴なら、俺が相手をする」
「それなら安心です」
これで話は決まった。
◇ ◇ ◇
陳月華たちについても、田朔は同じように考えた。
すぐに相手を決める必要はない。田家で働きながら、本人が望む相手がいれば婚姻を認める。
月華は布と衣の扱いを続け、美娟は台所と薬膳を取り仕切る。香蓮は客を迎える席で力を発揮し、翠翠は人と話すことが苦にならないため、女客の応対を手伝わせた。
妾でなくなったからといって、田家での仕事まで失わせる理由はなかった。
その夜、玉容は寝支度をしながら田朔へ言った。
「随分思い切ったことをしたわね」
「女を減らしたことか」
「そうよ。あなたなら全部抱え込むと思っていた」
「俺もそう思っていた」
「今でも惜しい?」
「女として見れば惜しい」
玉容が呆れた顔をした。
「そこは嘘でも否定したら?」
「お前に嘘をついてどうする」
田朔は玉容の腰へ腕を回した。
「ただ、家を大きくするなら俺1人だけに女を集めても仕方ない。段烈が妻を持てば、今までより漢中へ根を下ろす。ほかの連中も同じだ」
「家臣に家族を持たせるのね」
「ああ。銭だけもらっている男なら、もっと高く払う奴が出れば移る。家があり、妻がいて、子がいれば簡単には動かない」
「全部そこへつながるのね」
「お前との子が欲しいのも、それだけじゃないぞ」
玉容は振り向いた。
「分かっているわ」
田朔はその夜も玉容の部屋に泊まった。
ほかの妾がいることを忘れたわけではない。それでも、正妻との間に最初の子を望むという考えは変わらなかった。




