第10話(中編)――「7人を揃える」
385年8月中旬。
田朔は、梁家の残る6人を探す人員を増やした。
ただ町を歩き回らせたわけではない。
蘇青蘭は客の顔と話をよく覚え、人との応対に慣れているため、宿や商家で働いている可能性がある。馮彩児は馬を見る目があるので、馬市、厩、荷車を扱う商人を重点的に探した。
第3妾の陳月華は実家が布商で、梁家でも衣や布を見ていた。第4妾の白香蓮は琴と歌が得意で、第5妾の孫美娟は料理や薬膳に詳しい。第6妾の劉翠翠は人と話すことが好きで、明るく目立つ女だ。
玉容、小玉、梁家から来た使用人たちから特徴を聞き、それぞれ別の場所を探させた。
適当に「美しい女を見た」と言うだけの情報には銭を払わない。
名前、顔、身体の特徴、梁家の者しか知らない話のうち、2つ以上が合った時だけ人を出した。
◇ ◇ ◇
8月11日。
最初に確かな情報が入ったのは青蘭だった。
長安から来た商人が、田朔の店で話した。
「蘇青蘭という女なら途中で会ったぞ」
田朔はすぐ聞き返した。
「本人が名乗ったんですか」
「ああ。長安の梁という商人の家にいたと言っていた」
「1人でしたか」
「いや、女が2人一緒だった」
小玉が男の話を詳しく聞いた。
1人はあまり人前で話さないが琴を弾ける。
もう1人は若く、よく喋る。
「香蓮姉さんと翠翠かもしれない」
小玉が言った。
「今どこにいるんです」
田朔が尋ねると、男は漢中の北側にある宿の名を挙げた。
馬福成もその宿を知っていた。
その日の夕方、田朔、玉容、小玉は宿へ向かった。
◇ ◇ ◇
3人は本当にいた。
青蘭が商人の一団へ頼み込み、香蓮と翠翠を連れて漢中まで来ていた。
自由を奪われてはいない。
ただし道中の食事、護衛、宿代を全部払えるだけの銭がなく、3人とも宿で働いていた。
青蘭は泊まり客の応対を手伝い、香蓮は頼まれた夜だけ琴を弾く。翠翠は膳や酒を運び、女客の相手もしていた。
最初に玉容を見つけたのは翠翠だった。
「奥様!」
青蘭と香蓮も振り向いた。
3人が玉容へ集まる。
田朔と小玉は少し離れて待った。
やがて青蘭が田朔を見た。
「あなた……」
「覚えていますか」
「梁家へ荷を運んでいた人でしょう」
「はい」
「よく女の方を見ていた」
「そこまで覚えているんですか」
「私は人の顔を覚えるのが得意なのよ」
翠翠も田朔を見た。
「あの荷運び?」
「どの荷運びだ」
「破れた袖で梁家の女ばかり見ていた人」
小玉が笑った。
「皆そこを覚えているのね」
「そんなに目立っていましたか」
「目立っていたわよ」
青蘭が田朔の衣と、後ろの護衛を見る。
「今は商人なの?」
「はい」
「かなり儲けていると聞いたけれど」
「まだ増やしています」
「そこは昔と同じね」
◇ ◇ ◇
宿へ残っている支払いは3人合わせて9,600銭だった。
田朔は宿の帳面を見せてもらった。
途中で商隊へ加わった時の護衛料、食事、漢中へ着いてからの宿代が記され、その後3人が働いた分は少しずつ差し引かれている。
玉容も帳面を確認した。
「大きくおかしいところはないわ」
田朔は宿の主人へ言った。
「今日3人が出るなら、ここから先の食事と部屋は必要ありません。8,000銭で終わりにしてください」
「9,600だ」
「すでに3人はかなり働いています」
「その分は引いてある」
「では8,500」
「9,000」
「8,500なら今払います」
「お前、迎えに来た女の宿代まで値切るのか」
「払う銭ですから」
「9,000」
「8,500です」
主人は3人を見る。
ここで話を壊せば、今後3人が働き続ける保証もない。
「……8,500でいい」
「ありがとうございます」
田朔は払った。
青蘭が呆れた。
「私たちを迎えに来て、その場で値切ったの?」
「払うべき分は払いました」
「昔からこうだった?」
青蘭が小玉へ尋ねる。
「昔は草鞋で18銭損していたわ」
「またそれか」
今度は玉容まで笑った。
◇ ◇ ◇
翌12日には、月華が見つかった。
漢中の布商で働いていた。
店の奥で麻布を確認していた月華は、小玉を見ると目を見開いた。
「小玉?」
「月華姉さん!」
月華は抱きつく前に、店の主人へ今見ている布を渡した。
「これは湿っています。乾かしてから積まないと傷みます」
「分かった、分かった。先に行ってこい」
主人が笑った。
月華はようやく小玉のところへ来た。
「奥様は?」
「無事よ」
「青蘭姉さんたちは?」
「昨日見つかった」
「彩児と美娟は?」
「まだ探している」
月華は田朔を見た。
「あなたも見覚えがある」
「梁家へ荷を運んでいました」
「ああ。あの若い荷運びね」
「それで十分です」
田朔は尋ねた。
「ここでは給金をもらって働いているんですか」
「ええ。逃げる途中で銭をほとんど使ってしまったから」
店主が口を挟んだ。
「この女は使えるぞ。布を見る目がある。できれば残ってもらいたい」
田朔は月華へ聞いた。
「どうします」
「奥様たちと一緒にいたいわ」
「分かりました」
主人は残念そうだったが、月華を引き止める権利はない。
田朔は主人へ言った。
「月華さんがお世話になった礼もあります。今度、麻布をまとめて仕入れたいので、品を見せてください」
「今ここで商売の話をするのか」
「布商の店に来ていますから」
月華が呆れた。
「私を迎えに来て、仕入れ先まで増やすのね」
「使える機会を捨てる理由がありますか」
小玉が言った。
「昔よりひどくなったでしょう」
「賢くなったと言ってくれ」
◇ ◇ ◇
8月14日には美娟が見つかった。
避難民へ食事を出している寺の近くで、大鍋を見ていた。
食べ物の少ない者へ粥を作り、体調を崩した老人や子どもには、薬草に詳しい老人と相談して食べさせる物を変えていた。
玉容が声をかける。
「美娟」
孫美娟は振り返り、その場で動けなくなった。
「奥様……」
玉容のところへ行きかけたが、大鍋を振り返った。
「もう少し待ってください。この鍋だけ終わらせます」
田朔が尋ねた。
「何人分です」
「100人くらい」
「では、終わってから行きましょう」
美娟が田朔を見る。
「待ってくれるの?」
「ここまで作った飯を途中で放り出したら、100人が困るでしょう」
「意外ね」
「何だと思っているんです」
小玉が答えた。
「銭のことばかり考える男」
「小玉さん」
美娟が笑った。
鍋が空になるまで待ち、その後、美娟も玉容たちのところへ移った。
◇ ◇ ◇
最後まで見つからなかったのは彩児だった。
8月16日の朝。
稽古を終えた田朔のところへ、段烈が馬市から戻ってきた。
「お前が探している女かもしれん」
「どこです」
「西の馬商人の厩だ」
「捕まっていますか」
「全然違う」
「何がです」
「馬の値を巡って主人と喧嘩している」
田朔は朝飯を食うと、そのまま段烈と馬市へ向かった。
厩へ近づく前から女の声が聞こえた。
「右の後ろ脚を見なさい! 歩かせれば分かるでしょう!」
「昨日までは普通だったんだ!」
「昨日普通でも、今日傷めているなら今日の値は下がるわ!」
田朔は笑った。
「彩児さんですね」
「多分な」
厩の中には、馬の脚へ手を当てている馮彩児がいた。
「彩児さん」
女が振り向く。
「誰?」
「田朔です」
「田朔?」
「梁家へ荷を運んでいました」
彩児は田朔の顔を見た。
少しして思い出したらしい。
「あの破れた袖で、こっちをじっと見ていた男?」
「皆それを言いますね」
「目をそらさなかったでしょう」
「見たかったので」
「今も変わらないのね」
「玉容さんたちは、俺のところにいます」
彩児の顔から笑みが消えた。
「奥様が?」
「小玉さん、青蘭さん、月華さん、香蓮さん、美娟さん、翠翠さんも見つかりました」
「全員?」
「彩児さんが最後です」
彩児は馬から手を離した。
「そう……」
「一緒に来ますか」
「私は誰かに買われたわけじゃないわよ」
「段さんから聞きました」
彩児はこの厩で馬の世話をする代わりに、食事と寝る場所、少しの給金をもらっていた。
厩の主人も言った。
「この女は馬を見る目がいい。できれば残ってほしい」
田朔は彩児へ尋ねた。
「俺のところにも馬と荷車があります。商隊も出します。馬を見る人が必要です」
「雇う気?」
「はい」
「給金は?」
田朔が額を言った。
彩児は首を振った。
「安い」
段烈が笑った。
「田朔。お前が値切られる番だ」
「段さんは黙っていてください」
彩児は田朔を見る。
「私が役に立つと思っているなら、もう少し出しなさい」
「では、これで」
田朔が少し上げた。
「住む場所と食事は?」
「こちらで用意します」
「馬を買う時、私の意見を聞く?」
「馬の状態については聞きます。買値を決めるのは俺です」
「全部任せる気はないのね」
「俺の銭ですから」
彩児が笑った。
「分かった。行くわ」
◇ ◇ ◇
8月17日。
崔玉容と、梁景成の元妾7人が漢中で再び揃った。
蘇青蘭、馮彩児、陳月華、白香蓮、孫美娟、劉翠翠、何小玉。
長安を逃げ出してから、それぞれ別の道をたどった。
人買いに捕まった者もいれば、自分の技術を使って働いた者もいる。商人の一団へ頼み込んで南へ来た者、寺で避難民を助けていた者もいた。
それでも全員が生きていた。
その夜、田朔は普段より多く食事を用意させた。
肉、魚、豆、野菜を出し、酒も用意した。
美娟が台所へ入ろうとする。
「今日は働かなくていいですよ」
田朔が止めた。
「でも料理が気になるわ」
「明日から見てもらいます」
「もう働かせる気?」
「何もしないで食べてもらうつもりはありません」
翠翠が笑った。
「ひどい男ね」
「家も飯も出します。仕事をしてもらうなら給金も出します」
「妾にしたい女にも給金を払うの?」
「仕事の分は別です」
青蘭が玉容を見る。
「奥様。この男、旦那様より細かいかもしれません」
「私もそう思い始めたわ」
田朔は気にしなかった。
◇ ◇ ◇
翌日から、8人は自分にできることを始めた。
玉容は梁家から引き継いだ債権、取引先、大きな金の動きを玉蓮と一緒に見る。
青蘭は宋淮と梁家の古い客を洗い出し、漢中へ移ってきた者を見つけた。実際に客と会えば、相手の近況や必要としている品まで自然に聞き出した。
彩児は厩へ入り、田朔が持つ馬を1頭ずつ確認した。初日だけで脚を休ませた方がよい馬を2頭見つけ、飼葉の与え方まで馬係へ指示した。
月華は倉の布を見ると、湿気を吸い始めた麻布を見つけた。そのまま積めば傷むため、別の倉へ移して乾かした。
美娟は人夫と護衛へ出している食事を確認し、同じ銭を使うなら豆と野菜を増やした方が身体が持つと玉蓮へ話した。
香蓮には、客が来るたび琴を弾かせるようなことはしなかった。大切な商人を屋敷へ招く時、本人が承知した場合だけ頼む。
翠翠と小玉は、店へ来る客や使用人との応対を手伝った。人と打ち解けるのが早い小玉は新しく雇った者の話を聞くのにも向いており、翠翠は客が長く店にいる時でも退屈させなかった。
だが、日々の帳場から玉蓮を外すことはしなかった。
玉容自身がそう言った。
「私はこの店を作った人間ではないわ。毎日の仕入れと支払い、人の給金、店と倉の動きは玉蓮さんの方が分かっている」
玉蓮が玉容を見る。
「正妻になったら、私を外したいと思うかもしれないわよ」
「まだ正妻ではないわ」
「そうだったわね」
「それに私が正妻になったとしても、できる人を外して店を悪くする意味がないでしょう」
田朔が笑った。
「そこは俺と同じですね」
「あなたと一緒にしないで」
「同じことを言っています」
「あなたは言い方が悪いのよ」
玉蓮が笑った。
3人の役割は自然に分かれ始めた。
玉蓮は毎日の店と支払いを見て、玉容は大口の金と梁家から継いだ商売を見た。
田朔は両方の数字を使って、次にどこへ銭を入れるかを決める。
385年8月中旬が終わった。




