↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第二章――「長安崩壊、悪党は儲ける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/56

第5話(中編)――「逃げるなら払え」

 385年3月中旬。


 3月11日の日の出前、城外の倉には荷車が集まっていた。


 田朔の荷車が12台、別の商人から預かった荷車が9台ある。護衛は段烈を頭に28人を揃えた。


 長安から南へ向かう隊列である。


 田朔は商人5人から運賃と護衛料を受け取っていた。戦がさらに近づく前に、家財や商品だけでも南へ移しておきたい者が増えていた。


 大きな箱4つを運ばせる男が、田朔の示した料金を見て顔をしかめた。


「箱4つで800銭も取るのか」


「荷車、人夫、護衛を合わせた値です」


「箱は俺の物だぞ」


「もちろんです。箱の値段ではありません。南まで運び、道中を守る仕事に800銭いただきます」


「以前なら200銭もかからなかった」


「以前なら、これだけの護衛も必要ありません」


「700にしろ」


「800です」


「750」


「800です」


「少しくらい客に譲れ」


「安く運んでくれる人が見つかるなら、そちらへ頼んでいただいて構いません」


 男は周囲を見た。


 長安から南へ向かうまとまった商隊は少なく、これだけの護衛を付けている隊列はほかになかった。


「……分かった。800払う」


「ありがとうございます」


 田朔は箱を隊列の中央へ積ませた。


 その隣には、自分の銀、絹、質流れの装飾品など、軽くて値の張る物を入れた箱も載せている。


 商人たちから受け取った運賃と護衛料だけで、今回の護衛28人へ払う手当や道中の食糧代の大半を賄えた。


 段烈が隊列を見ながら言った。


「客の銭で、お前の荷まで守るのか」


「客の荷を守るために護衛を雇った。同じ隊列に俺の商品も積む。それだけだ」


「お前の商品が一番多いだろう」


「だから得なんだ」


「客が聞いたら嫌な顔をするぞ」


「約束した荷はきちんと守る。客に損はさせない」


「それで自分はもっと得をするわけか」


「ああ」


 段烈は呆れながらも笑った。


 ◇ ◇ ◇


 隊列は南へ向かった。


 田朔自身も同行した。


 目的は荷を運ぶことだけではない。


 南から長安へ向かう商人がどこで減っているのか、どの宿場なら泊まれるのか、馬へ水を飲ませる場所は残っているのか、どこで兵に止められるのか、帰りに食糧を買える村があるのか。


 今後も使う可能性がある道なら、自分の目で確かめておく必要があった。


 出発から2日目の午後、道端で荷車が止まっていた。


 車軸が折れている。


 商人と人夫4人が荷を下ろし、壊れた車の前で困っていた。荷は乾物と豆で、長安へ運ぶ途中だという。


 田朔は隊列を止めた。


「車軸が折れたんですか」


「見れば分かるだろう」


 商人は苛立っていた。


「長安へ行くんですね」


「ああ。この荷を売りに行く」


「うちの人夫なら直せます。材料もあります」


 男の顔が明るくなった。


「いくらだ」


「300銭です」


「高い!」


「自分で直せるなら、その方が安く済みます」


「そんなことができたら困っていない」


「でしたら300銭です」


 男は顔をしかめた。


「もう少し下げろ」


「それとは別に、この商品そのものを俺へ売る方法もあります」


「買うのか」


「値が合えば」


 田朔が買値を示すと、男はさらに怒った。


「安すぎる。長安へ着けば、その倍近くになるぞ」


「無事に長安へ着き、売り切れればそうなります」


「足元を見やがって」


「今ここで買う値ですから」


「お前の護衛を付けて長安へ行けばいい」


「俺たちは今から南へ向かいます。長安とは反対です」


「では、帰りに一緒に行け」


「帰りは数日後です。待てるなら、その時に合流できます。荷をこの近くへ置いておくなら、保管場所と番人も手配できますが、それには別に銭がかかります」


「修理代に保管料、帰りには護衛料まで取るのか」


「全部必要なら、全部に人と銭がかかります。嫌なら修理だけでも構いません」


 男は考え込んだ。


 数日待てば宿代や馬の飼葉まで必要になる。修理して自分たちだけで長安へ向かえば、途中で襲われる危険がある。


「……商品を買うなら、もう少し出せ」


「この値なら今すぐ払います」


「あと300」


「100なら足します」


「200」


「100です」


 商人は長安の方角を見た後、とうとう承知した。


「分かった。商品は売る」


 田朔はその場で品を調べ、銭を払った。


 商品は田朔の空いている荷車へ積み替えた。


 商人は空になった自分の荷車で帰るため、壊れた車軸の修理も頼んだ。


「修理は300銭です」


「商品を買ったんだから、少しくらいまけろ」


「商品の代金と、荷車を直す仕事は別です」


「最後まで取る気か」


「直さなくていいなら取りません」


「……分かった。直せ」


 田朔は人夫へ指示を出した。


 困っている相手だからこそ、商品を安く買える。


 壊れた荷車を直せる人間と材料を持っているからこそ、修理代も取れる。


 田朔はどちらも見逃さなかった。


 ◇ ◇ ◇


 さらに南へ進むと、6人ほどの男が離れた場所から商隊を見ているのに気づいた。


 農民には見えない。棒や刀を持っていた。


 段烈が護衛を前後へ分け、荷車同士の間隔を詰めさせた。


「人夫は荷から離れるな。田朔、お前は中央だ」


「俺も前へ出る」


「28人も雇っているのに、何のためにお前が前へ出る」


「俺の荷だぞ」


「だから中央にいろ。お前が怪我をして動けなくなったら、商人への支払いも行き先の判断も止まる」


 それなら田朔にも分かった。


「分かった。任せる」


 男たちはしばらくこちらを見ていたが、護衛の数を見て近づいてこなかった。


 段烈が言った。


「6人で28人へ向かってくるほど馬鹿ではないらしい」


「こっちが人夫だけなら来たかもしれない」


「そのために俺たちを雇ったんだろう」


「高い給金を払った甲斐がある」


「その給金の大半は客から取った護衛料だろう」


「だからもっといい」


 段烈は呆れた。


 1年前なら、杜三を含む3人に囲まれただけで殴られ、銭を取られていた。


 今は28人の護衛を連れ、その費用の大半を商隊へ加わった客が負担している。


 田朔は、危ない道そのものから銭を取れるようになっていた。


 ◇ ◇ ◇


 3月15日、田朔は南から来る商人が集まる宿場で、長安へ食糧を運ぶ者を探した。


 だが、長安まで行きたがる者は少なかった。


「長安へ持っていけば高く売れますよ」


 田朔が言うと、豆を扱う商人が首を振った。


「高く売れても、帰ってこられなければ意味がない」


「俺の商隊へ加わりませんか。帰りは長安まで行きます」


「護衛料を取るんだろう」


「取ります」


「いくらだ」


 田朔が値を示した。


「高い」


「長安で売れる値も高いでしょう」


「この護衛料を払えば、せっかく高く売っても利益が減る」


「でしたら、俺がここで豆を買います」


 田朔は長安の相場よりかなり低い買値を示した。


 男が田朔を睨んだ。


「自分で長安へ持っていけば護衛料を取り、ここで売れば安く買うのか」


「はい」


「どちらを選んでも、お前が儲かるわけだ」


「だから商売にしています」


「嫌な奴だな」


「無理に売れとは言いません。ほかの商隊を待つ方法もあります」


 男はしばらく考えた末、荷車3台分の豆を田朔へ売った。


 別の商人は護衛料を払い、自分で長安まで行くことを選んだ。


 田朔にとっては、どちらでもよかった。


 安く買えれば、自分の店で高く売れる。買えなくても、護衛料が入る。


 商人が自分の荷車で隊列へ加われば、帰りの商隊そのものも大きくなる。


 ◇ ◇ ◇


 長安へ戻る時には、出発時より荷車が7台増えていた。


 護衛料を払って加わった商人の車もあれば、田朔が買った食糧を積んだ車もある。


 段烈が列の長さを見た。


「この調子で増えたら、そのうち軍隊みたいになるぞ」


「軍隊はいらない」


「なぜだ」


「軍隊は食わせるだけで銭が減る。商隊は動くたびに銭を持ってくる」


「お前らしいな」


 ◇ ◇ ◇


 3月18日の夜、長安へ戻った田朔は韓家を訪ねた。


 数日顔を見せていなかった。


 王淑蘭(ワン・シューラン)は田朔を見ると、まず顔と手を確かめた。


「怪我はない?」


「ありません」


「本当に?」


「顔にも手にもないでしょう」


「衣の下は分からないわよ」


「では確かめますか」


 淑蘭が田朔の腕を叩いた。


「そういうことを平気で言うようになったのね」


「もう何度も来ていますから」


「遠慮がなくなっただけでしょう」


「それもあります」


 淑蘭は呆れながらも家へ入れた。


 夕食には豆を煮た物、羊肉、漬物が出た。


 田朔は残さず食べた。


「南まで行ってきたの?」


 淑蘭が尋ねた。


「まだ漢中までは行っていません。道と宿場を見ながら、数日南へ下りました」


「主人から聞いたわ。今度は護衛を連れて、商人から随分高い運賃を取っているそうね」


「運賃だけではありません。護衛の銭も一緒に取っています」


「昔より何倍もするのでしょう」


「昔より危険ですから」


「困っている人から高く取るのね」


「困っていない人は、俺に護衛を頼みません」


 淑蘭は笑った。


「本当に悪い商人になったわね」


「前からです」


「自分で言うの?」


「それでも淑蘭さんは家へ入れてくれます」


 淑蘭は少し黙った。


「南の道を調べているということは、長安を出ることも考えているのね」


「今すぐではありません」


「では、なぜ今から?」


「本当に出なければならなくなった日に、初めて道を探したくないからです」


 淑蘭の表情から笑みが消えた。


「長安は、そこまで危なくなると思う?」


「分かりません。ただ、食糧の値は下がっていません。城外から入る荷車も減っています」


「主人も、荷が以前より入らないと言っていたわ」


「戦で勝ったという話があっても、長安へ入る食糧が増えなければ、俺には安心する理由になりません」


 淑蘭は卓上の皿へ目を落とした。


「もし本当に逃げなければならなくなっても、主人は簡単に役所を放り出せないでしょうね」


「そうでしょう」


「私はどうしたらいいのかしら」


「韓さんと一緒に出られるなら、それが一番です」


「主人が残ると言ったら?」


「淑蘭さんだけでも、俺の商隊で先に南へ出します」


 淑蘭は田朔を見た。


「主人の妻を?」


「韓さんから頼まれてお送りするなら、何もおかしくありません」


「主人には世話になっているでしょう」


「世話になっています」


「それでも私を連れていくのね」


「危ないところへ置いていきたくありません」


「なぜ?」


「欲しい女だからです」


 淑蘭は田朔を見つめた。


「あなたには玉蓮さんがいるでしょう。陳さんの奥方とも親しいと聞いたわ」


「春華さんのことですか」


「やっぱり本当なのね」


「どこで聞きました」


「女の噂を甘く見ない方がいいわよ。それで、私が嫉妬したら困る?」


「嫉妬されたからといって、嫌いにはなりません」


「では春華さんのところへ行くのをやめる?」


「それは嫌です」


 淑蘭は呆れて笑った。


「本当に勝手ね」


「淑蘭さんが俺との関係をやめたいと言うなら、それは受け入れます」


「ほかの女との関係をやめろと言っても?」


「それは受け入れません」


「本当に好色ね」


「知っています」


 淑蘭は田朔の隣へ座った。


「私は何番目になるのかしら」


「順番を決める必要がありますか」


「女には気になるものよ」


「俺は、1人増えたから前の女を粗末にするつもりはありません」


「いい女なら全部欲しい?」


「ああ」


「最低ね」


「帰った方がいいですか」


「帰したいなら、最初から食事なんて出していないわよ」


 淑蘭は田朔の衣をつかんだ。


 その夜、田朔が韓家を出たのは夜明け前だった。


 385年3月中旬が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。