↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第二章――「長安崩壊、悪党は儲ける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/54

第4話(中編)――「借金まで買う」

 385年2月中旬。


 2月11日、布屋跡の店には朝から人が並んでいた。


 粟や豆を買う客ではない。


 借りに来た者たちだった。


 馬福成が先に事情を聞き、担保になりそうな物を持つ者だけを店の奥へ通している。


「家があります」


「名義はご本人ですか」


「俺だ」


「証文はお持ちですか」


「持ってきた」


「ほかの借金の担保には入っていませんね」


「入っていない」


「では、お待ちください」


 その後ろには店を持つ男、荷車2台を持つ男、小さな倉を持つ油商が並んでいた。


 何も持たない者には、人夫を募集している家を教える。飯と給金を渡す代わりに働かせる。


 家、店、倉、荷車を持つ者には、それを担保にして粟や豆を貸した。


 田朔の倉から食糧が出るたびに、帳場の証文が増えていく。


 玉蓮は帳面を付けながら尋ねた。


「こんなに貸して大丈夫なの?」


「食糧を貸すのは、倉にある分の3分の1までだ」


「残りは?」


「売る分と、俺たちが食う分だ」


「全部貸した方が利息は増えるでしょう」


「全員が返せなくなったら、家や店ばかり増えて飯がなくなる」


 玉蓮は笑った。


「そこまでは欲張らないのね」


「家は食えないからな」


 田朔は次の客を呼んだ。


 ◇ ◇ ◇


 2月12日から、田朔は買い取った7枚の証文の借り手を回り始めた。


 最初は油を扱う商人だった。


 借金は2,800銭あり、利息を合わせれば3,100銭を超える。担保には市内の倉が入っている。


 男は田朔を見るなり、不機嫌そうに尋ねた。


「誰だ」


「田朔です」


「何の用だ」


 田朔は証文を差し出した。


「こちらの貸付を譲り受けました」


 男の顔色が変わった。


「前の旦那は?」


「長安を出ました」


「勝手に売ったのか」


「この証文には譲渡を禁じる約束がありません。今後はこちらへ返していただきます」


「そんな銭はない」


「いつなら払えますか」


「油が入ってこないんだ。春まで待て」


「待ちません」


 男が田朔を睨んだ。


「若造、人が困っている時に取り立てるのか」


「困っていることは知っています」


「なら少しくらい待て」


「皆が困っているから、この証文を安く買えたんです」


 男は言葉を失った。


 田朔は裏手にある倉を見た。


「払えないなら、担保の倉をいただきます」


「倉は5,000銭以上するぞ」


「分かっています」


「2,800銭の借金で取る気か」


「利息もあります。それでも倉の方が高いですね」


「ならおかしいだろう」


「では、こちらから600銭お渡しします」


「何?」


「借金と利息をすべてなくします。そのうえ600銭払うので、倉を俺へ譲ってください」


 男は田朔を見つめた。


「俺に600銭残るのか」


「今日、役所で手続きするなら」


 男には家族がいる。


 油が入らなければ、倉を持っていても商売は動かない。自分で倉を売るなら、今から買い手を探さなければならない。


 田朔なら今日、借金を消したうえで600銭を払う。


 男は何度も倉へ目をやった。


「700」


「600です」


「650」


「600」


「本当に動かんな」


「俺は急いでいませんから」


 その言葉を、この数か月で何人もの売り手が聞いていた。


「……分かった」


 男は承知した。


 田朔が7枚の証文へ払った4,800銭のうち、この男への貸付に相当する買値は1000銭ほどだった。そこへ600銭を足しただけで、平時なら5,000銭以上になる倉が手に入った。


 しかも残る6枚の証文は、まだ田朔の手元にある。


 ◇ ◇ ◇


 その後の3日間で、借り手2人は銭を返した。


 この2件を回収しただけでも、田朔が証文7枚すべてに払った4,800銭のかなりの部分が戻った。


 別の1人は返せず、担保にしていた荷車2台を渡した。


 さらに別の男は家を失いたくないと、妻の銀簪と絹を持ってきた。


 田朔は品を確かめた。盗品ではなく、家の者が使っていた物で間違いない。


 それでも相場いっぱいの値は付けなかった。


「これでは足りません」


「あと200銭だけ待ってくれ」


「3日待ちます」


「3日?」


「4日目になれば、家の話をさせていただきます」


 男は簪と絹を置いて帰った。


 玉蓮が意外そうに尋ねた。


「すぐ家を取らないの?」


「家はもう何軒も売りに出ている」


「だから?」


「今は銀の方がいい。小さくて持っていけるし、どこでも売れる」


 田朔は簪を棚へ入れた。


「安いからといって、家ばかり集めても仕方ない」


「欲張りなのに、そこは選ぶのね」


「欲張りだから選ぶんだ。いらない物に銭を入れたら、欲しい物が出た時に買えない」


 ◇ ◇ ◇


 2月15日。


 韓敬は役所の机に積まれた書類を見て、顔をしかめた。


「今度は何件だ」


「今日は3件です」


「お前のせいで、俺のところへ来る家や倉の書類が増えている気がするぞ」


「その分はお支払いしています」


「そこだけは早いな」


 田朔は小さな銭袋を卓へ置いた。


 韓敬は中を確かめて懐へ入れた。


「お前、今度は借金そのものまで買っているそうだな」


「はい」


「誰から聞いたかと聞かないのか」


「韓さんなら役所の書類を見れば分かるでしょう」


「本当に可愛くないな」


 韓敬は証文をめくった。


「返せない奴から倉まで取ったのか」


「本人が承知して印を押しています」


「恨まれるぞ」


「借りる時は喜んで銭を受け取り、返す時だけ恨むなら好きにさせます」


「お前には情というものがないのか」


「韓さんへはありますよ」


「どこにある」


「毎回、こうして銭を持ってきています」


 韓敬は笑った。


「それは情ではなく賄賂だ」


「韓さんがそう呼ぶなら、それでも構いません」


「本当に嫌な奴だな」


「でも受け取ったでしょう」


「受け取った」


 韓敬は悪びれずに答えた。


 ◇ ◇ ◇


 書類の確認を終えた田朔は、そのまま韓家へ向かった。


 韓敬はまだ役所に残っている。


 王淑蘭(ワン・シューラン)は田朔を見ると、もう驚かなかった。


「今日は主人に用?」


「韓さんには先ほど会ってきました」


「では、何をしに来たの?」


「淑蘭さんに会いに来ました」


「最初からそう言うようになったのね」


 淑蘭は田朔を家へ入れた。


 夕食には豆を煮た物と羊肉が出た。


 田朔が食べていると、淑蘭が尋ねた。


「主人から聞いたわ。人の家や倉をずいぶん手に入れているそうね」


「買うか、借金の代わりに受け取っています」


「困っている人からでしょう」


「はい」


「悪びれないのね」


「困っていない人は、店を半値で売りませんから」


「だから困っている人から取るの?」


「俺が困っていた時も、誰も安く物をくれませんでした」


「それで今度は自分がやるのね」


「買える時に買っているだけです」


 淑蘭はしばらく田朔を見ていた。


「主人があなたを面白がるのも分かるわ」


「淑蘭さんは?」


「私は困っているの」


「何にですか」


「分かっているでしょう」


 淑蘭は田朔から目をそらさなかった。


「主人に世話になりながら、その妻のところへ通う男なんて、本当なら嫌いになってもよさそうなのに」


「嫌いになりましたか」


「なれないから困っているの」


 田朔は箸を置いた。


 その夜、田朔が韓家を出たのは夜明け前だった。


 家へ戻ると衣を替え、いつものように朝の稽古へ向かった。寝不足ではあったが、商売も女も稽古も、自分から減らすつもりはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 人夫の数も増えていた。


 2月18日には、1月に買った家で14人が寝泊まりしている。荷運び人夫10人に加え、兵役を経験した男4人を雇い、倉の番や荷車の護衛も任せた。


 給金だけを見れば高くない。


 しかし毎日2食を出すため、仕事を求める男は途切れなかった。


 田順が倉の前で息子へ尋ねた。


「こんなに人を雇って、何を運ばせる気だ」


「食糧だ」


「どこから集める」


「まだ長安へ売ってくれるところ全部だ。父さんの知っている農家にも話をしてくれ」


「値はもう上がっているぞ」


「城内ではもっと上がっている」


「道も危なくなるぞ」


「だから護衛を増やした」


 田順は倉の戸口にいる元兵士たちを見た。


「お前、いつの間にこんな店になったんだ」


「まだ小さい」


「これで小さいなら、俺が今まで荷を運んでいた商人は何なんだ」


「もっと大きくする」


「まだ梁旦那を見ているのか」


「ああ」


「しつこいな」


「追いついていないからな」


 385年2月中旬が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。