↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第二章――「長安崩壊、悪党は儲ける」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/53

第4話(前編)――「腹が減れば家を出す」

 385年2月上旬。


 前話の収入:約34,000銭

 前話の支出:約24,000銭

 現在動かせる金:約29,000銭


 2月1日の朝、田朔(ティエン・シュオ)はいつもの稽古を終えると、1月に2,500銭で買った家と倉へ向かった。


 古い家の屋根や塀は傷んでいたが、すべてをきれいに直したわけではない。雨が入るところを塞ぎ、戸を直し、崩れそうな塀だけ補修した。


 ここへ田朔が住むつもりはなかった。


 父の田順(ティエン・シュン)が集めた荷運び人夫6人と、夜間に倉を守る男2人を住ませている。大部屋には寝台を並べ、炊事場には大鍋を置いた。裏の倉には塩、豆、油、乾物など、比較的長く置ける品を集めている。


 二番番頭の馬福成(マー・フーチョン)が倉へ入り、積み荷を書いた札を田朔へ見せた。


「今日、豆があと30袋入ります。田順さんが城外の農家と話を付けました」


「全部ここへ入れろ。塩は奥へ寄せて、入口を空けておけ」


「分かりました」


 人夫たちは家の中で朝飯を食べていた。粟の粥に豆を入れ、漬物も添えている。


「旦那、飯まで出してもらっていいのか」


 人夫の1人が尋ねた。


「ただではない。給金に飯代も含めている。飯がいらないなら、その分は銭で渡す」


「いや、今なら飯の方がいい」


「なら食え。昼も出す。その代わり、荷が着いたらすぐ働いてもらう」


「それなら文句はない」


 長安では食糧の値が上がり、仕事を失う者も増えている。以前と同じ給金を払わなくても、毎日食事が出るなら働きたい男は集まった。


 田朔にとっても都合がよかった。人夫をそのまま倉の近くへ住ませれば、荷が着いた時にすぐ使えるうえ、夜の番まで任せられる。


 1月に買った家を空けておく理由はなかった。


 田朔は家を人夫宿にし、隣の倉を食糧と商品の保管場所として働かせた。


 さらに城外で買った倉も使い始めていた。


 城内へ入る荷車が門で止められることが増えたため、農家から買った粟や豆、薪などをまず城外の倉へ集める。門を通りやすい時間を見て、必要な分だけ長安へ運び込む形に変えた。


 城内の倉が詰まれば、城外へ置いておける。農家から来た荷車を毎回城内まで入れる必要もなくなった。


 1月に安く買った家も倉も、2月には田朔の商売を動かすための場所になっていた。


 ◇ ◇ ◇


 布屋だった店も、すでに戸を開けている。


 布を並べたわけではない。質流れになった衣、銀器、鍋、鏡、道具などを売り、その奥で質入れと貸付を受け付ける店に変えた。


 本店では塩、油、縄、麻袋などの大口商いを扱い、布屋跡では質屋と金貸しを行う。


 一番番頭の許玉蓮(シュイ・ユーリエン)は、質草、貸付、売買を分けて帳面を作っていた。


「これで3冊。今までより見やすいでしょう」


「食糧の貸付は別にしてくれ」


 玉蓮が顔を上げた。


「食糧も貸すの?」


「ああ。今日から、銭だけを貸すのは減らす」


「何を貸すつもり?」


「粟、豆、塩だ」


「食べてしまう物でしょう。どうやって返させるの?」


「粟を10袋貸したら、30日後に13袋返させる」


「3袋も増やすの?」


「ああ」


「返せなかったら?」


「担保を取る」


「家や店?」


「倉でも荷車でもいい。値打ちがあれば何でもいい」


 玉蓮はしばらく田朔を見た。


「銭を貸すよりひどいわね」


「なぜだ」


「今は食糧そのものが上がっているでしょう。10袋借りて、来月13袋返す頃には、今よりもっと高くなっているかもしれない」


「だからいいんだ」


 田朔は帳面を引き寄せた。


「1000銭貸して1200銭返させても、その間に物の値が倍になれば大して儲からない。粟を貸したなら粟で返させる。値が上がれば、返ってくる13袋も高くなる」


「返せなければ店を取る」


「ああ」


「随分悪い商売を考えたものね」


「腹いっぱい食える奴が、粟を借りるために店を担保へ入れるか?」


 玉蓮は答えなかった。


 店の外では、朝から粟や豆を探す者が行き交っている。


「困っているから担保を出す。俺はそこへ貸す」


 田朔は帳面を閉じた。


「利息が取れればそれでいい。返せなければ担保を取ればいい」


 ◇ ◇ ◇


 その日の午後、早速1人目が来た。


 長安で小さな酒屋を営む男だった。


「1500銭貸してほしい」


 田朔が尋ねた。


「何に使いますか」


「粟を買う。店で客に出す飯が足りない」


「でしたら、銭は貸しません」


「何?」


「粟を貸します。20袋までなら出せます」


 男は田朔を見た。


「売るのではないのか」


「貸します。30日後に26袋返してください」


「6袋も増えるのか!」


「はい」


「高すぎる」


「でしたら市場で買われた方がよろしいと思います」


「市場でまとまった量を買えないから来ているんだ」


「それは俺の責任ではありません」


 男は黙った。


「担保は?」


「店を入れてください」


「粟20袋のために店を?」


「返していただければ何も取りません」


「26袋返せなかったら?」


「店をいただきます」


「粟20袋で店を取る気か」


「嫌でしたら借りない方がよろしいでしょう」


 田朔は本気で断るつもりだった。


 担保に十分な値打ちがないなら、食糧を減らしてまで貸す理由がない。


 男は席を立たなかった。


「少し利を下げろ」


「25袋なら」


「24にしろ」


「25です」


「本当に動かんな」


「俺には粟がありますから」


 男は長く迷った末に承知した。


 田朔はその場では粟を渡さなかった。郭安(グオ・アン)に用意させた証文へ、店の場所、返済日、返す粟の量、返せなかった場合の処置まで書き、男に確認させる。


 印が押されてから、初めて倉から粟20袋を出した。


 荷車へ粟が積まれるのを見ながら、玉蓮が尋ねた。


「返してもらいたいの? 返せない方がいいの?」


「どちらでもいい」


「本当に?」


「25袋返れば5袋増える。返せなければ店が入る」


 田朔は証文を帳面の間へしまった。


「俺が損しなければ、それでいい」


 ◇ ◇ ◇


 2月5日までに、さらに4人が食糧を借りに来た。


 田朔は全員には貸さなかった。


 担保になる物を持たない者には、食糧も銭も貸さない。


「家も土地もありません」


 痩せた男が言った。


「道具は?」


「何もない。この手だけだ」


「何の仕事ができますか」


「荷を運べます」


「なら借りるより働け」


 田朔は、人夫を住ませている家の場所を教えた。


「朝から来れば飯を出す。荷があれば運び、夜は交代で倉の番もしてもらう」


「給金はいくらだ」


 田朔が額を示すと、男は顔をしかめた。


「安いな」


「2食付きだ」


 男は少し考えた。


「今の飯の値を考えれば悪くないか」


「嫌ならほかへ行け」


「いつから働ける」


「明日からだ。朝飯に遅れたら、お前の分はないぞ」


「分かった」


 男は仕事を得て帰った。


 田朔は、担保を持つ者からは利息を取り、何も持たない者からは働く時間を取った。


 食糧をただで渡す気はなかった。


 ◇ ◇ ◇


 2月7日の夕方、今度は田朔から金貸しを訪ねた。


 50歳を過ぎた男で、数日後には家族を連れて長安を離れるという。


 店の奥には、借金の証文を入れた箱が積まれていた。


 田朔は箱を見て尋ねた。


「これは全部持っていくんですか」


「持っていってどうする。取れる物だけ取り立てて、残りは諦める」


「それなら俺が買います」


 男が田朔を見た。


「借金を?」


「証文をです。ただし、担保が付いた物だけです」


 田朔は1枚ずつ確認した。貸付額、返済日、利息、担保、借りた者の名を見て、無担保の証文は外した。家、店、倉、荷車などを担保にしている物だけを残す。


「この7枚を買います」


「貸した元金だけで13,600銭だぞ」


「4,000出します」


 男の顔が変わった。


「馬鹿にするな」


「では、ご自分で取り立ててから長安を出てください」


「8,000だ」


「4,000です」


「せめて7,000」


「明後日には長安を出るのでしょう。7人全員から、それまでに取り立てられますか」


 男は黙った。


「俺は残ります。時間があります」


「5,500」


「4,500」


「5,000だ」


 田朔は証文をもう一度確かめた。


「4,800なら買います」


「……分かった」


 男は承知した。


 田朔はすぐには銭を渡さず、証文を持って韓敬(ハン・ジン)のところへ行った。借り手と担保が実在するか、すでに返済された証文が混じっていないかを確かめてもらう。


 翌日、問題がないと分かってから4,800銭を払った。


 額面13,600銭の貸付債権が、4,800銭で田朔の物になった。


 全額を回収できなくても構わない。


 半分でも取れれば十分に利益が出る。返せない者がいれば、担保まで田朔のものになる。


 家を安く買う商売をやめたのではない。


 家をもっと安く手に入れる方法を見つけたのだった。


 385年2月上旬が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。