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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第五章――「梟雄、天下を奪う」

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第5話(前編1)――「奪われた春の種」

 388年1月上旬、長安の朝は冷え込んでいた。宮城の広間には火鉢が置かれ、秦王田朔(ティエン・シュオ)の前には、兵糧と軍馬の報告書が積まれていた。前年の暮れに購入した36頭の馬は、まだ新しい厩舎と騎手に慣らしている段階である。春の遠征に間に合わせようと訓練を急げば、かえって馬を傷めかねなかった。


「馬も兵も、増やしただけでは戦えん。賀蘭真(ホーラン・ジェン)と姚虎(ヤオ・フー)の意見を聞いて、無理のない訓練を続けてくれ。春になってから使い物にならなくなったら困るからな」


 軍の管理を担う馮岳(フォン・ユエ)が承知したところへ、西方からの急使が到着した。書状の封には涇水(ジンシュイ)方面の守備隊の印がある。馮岳は読み進めるうちに顔を引き締め、田朔へ差し出した。


 新しい軍馬の報告をまとめていた馮岳は、出発前に調べた厩舎の様子を思い返した。北方から来た馬の中には、人を乗せると落ち着かなくなるものもある。馬が変われば飼葉の量も変わり、訓練する騎兵の仕事も増える。春までに間に合わせたい気持ちは将軍たちも同じだが、誰もが馬を買いさえすれば軍が強くなるとは考えていなかった。


「西方へ向かう輸送隊が襲撃されました。荷車19台のうち6台を奪われ、護衛兵3人が戦死、5人が負傷したとのことです」


 田朔はまず、残った荷車と負傷者の行き先を確かめた。輸送隊は荷を守りながら近くの城へ退き、救援を受けたという。敵は数十騎で、街道の前後から挟み撃ちにした。護衛の先頭が足止めされている間に、別働隊が後方の車を切り離して連れ去ったらしい。


 護衛の数が少なすぎたのか、出発の日取りが知られていたのか、報告だけでは判然としなかった。前年の秋に獲得した西方の城は、まだ田朔の支配に慣れていない。そこへ兵糧を送る日は商人も知っており、荷車の出入りは街道の人々の目に触れる。敵がその様子を見ていたとしても不思議ではない。田朔は護衛を責める前に、敵がなぜこの車列を狙えたのかを調べる必要があると考えた。


「護衛を全滅させるつもりなら、もっと長く戦っただろう。あいつらの目当ては初めから荷車だったんじゃないか。どんな荷を積んでいたのか分かるか」


 馮岳は記録を取り寄せると答えた。田朔は戦死者の遺族へ扶持を与え、負傷兵には手当てを行うよう命じた。荷の損失を数えるだけで、人の犠牲を帳面の外へ追いやるつもりはなかった。


 ◇ ◇ ◇


 午後、馮岳は陸文昭(ルー・ウェンジャオ)と連れ立って戻ってきた。荷札を調べた結果、19台のうち8台は守備隊の兵糧、11台は村へ貸し出す食糧と春播き用の種だった。奪われた6台の内訳は軍用が2台、農民向けが4台。残る13台は城の倉で保護されている。


「春の種まで奪われたのか。去年の戦で畑を荒らされた村へ届ける約束だったな」


 陸文昭は、対象の村には戦を避けて長安へ逃れ、春になれば帰村する予定の者もいると説明した。役所が種を貸し、収穫後に返してもらうことで農業を再開させるはずだった。今ここで配給を取りやめれば、田朔に降った土地の住民は、別の主に変わっても何もよくならなかったと感じるだろう。


「軍の飯はもちろん必要だ。だが、今年の畑に播く種を全部軍へ回したら、来年は兵の飯までなくなる。奪われた分を補う手を考えよう」


 田朔は街道に印を付け、近くの官倉の在庫を調べさせた。長安から同じ量を運び直すより、現地の倉から振り替えた方が早い場合もある。ただし、守備隊の食糧を勝手に削っては別の問題が生じる。陸文昭には貸出先と不足量、馮岳には輸送に必要な護衛兵をそれぞれ確かめさせた。


「届けていない種を、帳面だけでは貸し出したことにするなよ。農民に収穫後の返納を求める時、約束を違えたのはどちらだという話になる。何台が出発し、何台が届いたのか、きちんと分けて記録させろ」


 輸送隊を小分けにすれば目立たなくなるかもしれないが、護衛を付けない車が増えてしまう。反対に守備兵を大量に街道へ出せば、城が手薄になる。田朔は各城の守備隊が連絡を取り、決めた日に荷車をまとめて通す方法を選んだ。見張り所には敵騎兵を見つけ次第、次の城へ知らせを走らせるよう命じる。


 馮岳は、これまで輸送隊ごとに護衛の手配をしてきたため、行き先が近くても別々の日に車を出していたと説明した。今回のように車が奪われれば、護衛を増やしたくなるのは当然である。しかし、どの部隊も自分の荷だけを守ろうとすれば、道を往復する兵の数が膨らんでしまう。


「護衛を付けるにも、飯を食わせなきゃならん。その兵を城から出せば門を守る者が減る。ひとつの城の都合だけで決めず、道を通る車をまとめて守らせよう。まずは沿道の将軍たちに無理のない日程を調べさせてくれ」


 陸文昭は被害を受ける村々へも知らせを出すと申し出た。田朔は、奪われた分を集め直すことは伝えてよいが、到着日を安易に約束しないよう念を押した。まだ敵が潜む街道である。善意だけを急がせても、次の犠牲を出すわけにはいかなかった。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、街道の現場へ裴慎(ペイ・シェン)が入った。雪解けの泥に荷車の深い轍が残り、道の片側には低い斜面、反対側には枯れ草の広がる空き地が続いていた。列が長く伸びたところを挟めば、護衛は前後を助け合いにくい。


 生き残った護衛の指揮官は、布を巻いた腕をかばいながら説明した。最初に前方を塞いだ騎兵へ槍を向けた時、すでに後ろへ別の隊が回っていたという。敵は車を引く者を脅し、奪った荷車を西へ走らせた。護衛が追おうとすると矢で牽制し、十分に離れると追撃を誘うこともなく消えた。


 裴慎は斜面の陰へ馬を寄せ、そこから街道を見下ろした。下の荷車はよく見える一方、荷車の側からは斜面の向こうにいる兵が分かりにくい。襲撃者は偶然この道を見つけたのではなく、通行の時刻まで調べていたのかもしれなかった。


 道の端では、切れた縄や砕けた荷台の板がまだ土に埋まっていた。裴慎は護衛兵から敵の退いた方角を繰り返し確かめ、その先にどんな道があるか地元の案内役に尋ねた。冬は山側の道を通らない商人も多いが、村へ薪を運ぶ者はいる。車を隠すには人目の少ない場所が都合よい一方、重い車を通せる道幅がなければ使えない。どの道も候補にはなるが、まだ決め手はなかった。


「矢の形だけで後秦の兵と決めることはできん。だが、隊を分けて荷をさらう動きは、ただの野盗にしては手際がよすぎる。西へ運んだ車の跡を探そう。ただし、追う兵まで待ち伏せされては元も子もない」


 裴慎は道の分かれ目へ斥候を送り、近くの村人にも最近の荷車の往来を尋ねさせた。無理に口を割らせることは禁じた。支配者が何度も変わった土地で、見知らぬ兵に話すのを怖がるのは当然だった。


 日暮れ、裴慎は調べた事実と推測を分けて書状にまとめた。敵は西へ消えた。だが6台もの荷車を引いた一行が、冬の山道をどこまでも走り続けられるはずはない。奪った物を隠せる場所が、どこかにあるはずだった。

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