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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第五章――「梟雄、天下を奪う」

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第5話(前編2)――「見張り所を襲う影」

 388年1月中旬、長安。


 裴慎(ペイ・シェン)の報告を読んだ田朔(ティエン・シュオ)は、無闇な追撃を禁じた判断を評価した。敵の所属は不明だが、荷車を奪うために街道の地形を調べていた疑いが強い。軍の訓練を受けた者が指揮しているのなら、討伐隊を誘い込む別の場所まで用意しているかもしれなかった。


「姚萇(ヤオ・チャン)の兵に違いないと決めつけるのは簡単だが、外したら兵を無駄に動かす。趙嶽(ジャオ・ユエ)たちには城を守りながら調べてもらおう。今、俺が大軍を率いても、空の街道を行ったり来たりするだけだ」


 馮岳(フォン・ユエ)によれば、護衛を増やしたため輸送できる荷車はかえって減っていた。守る兵にも飯が必要である。しかも、当てのない見張りを続ければ兵は疲れ、肝心の城門を守る者が足りなくなる。田朔は護衛の配分を改めさせ、各城が同じ道を重複して警備することのないよう命じた。


 現地の役人からは、村へ送る種の不足分を急いで運んでほしいとの願いも届いていた。農民の立場からすれば、どの城の守備が何人必要かなど関係ない。春が来るまでに種を受け取れるかが切実な問題である。田朔は納品日を明示できないことを歯がゆく思ったが、道の危険が残る以上、安心させるためだけの日付を口にはできなかった。


 その日の夕方、田朔は王后崔玉容(ツイ・ユーロン)の部屋へ戻った。父の田順(ティエン・シュン)が木の玩具を動かしてやると、嫡男はその後を追って部屋を歩き回っている。傍らには昨年11月に生まれた娘も寝かされていた。


「朔よ、お前が来ると、この子はわしのことなど見向きもしなくなる。せっかく遊んでやっておるのに、父親にはかなわんものじゃな」


 田朔が息子を抱き上げると、田順は冗談めかして抗議した。玉容は夫の顔を見て、西方の出来事を尋ねた。田朔は襲撃によって兵が死に、農民に届ける種まで奪われたことを隠さず話した。


 後宮には子供たちの使う小さな衣が干され、台所からは温かい粥の匂いが流れてきた。昨年末に産まれた玉蓮、青蘭、阿若の子らも元気だという。妊娠中のほかの7人も今のところ体調を崩していない。家族がこうして冬を越せるのは、宮城の倉に食糧があり、薪を運ぶ者が途切れないからだ。田朔には、西方の村にも同じように暮らす家族がいることが気にかかっていた。


「去年、西門に集まった避難民の中には、春には村へ帰るつもりの者もいた。やっと畑を耕せるという時に種が届かなければ、また長安へ戻ってくることになる」


「殿下、奪われた分を集め直して差し上げるのでございますね」


「もちろんだ。ただ、荷を運ぶ道がまだ危ない。村の者には事情を伝えてあるし、近くの倉も調べさせている。急いで運んだせいで、また奪われたら申し訳が立たんからな」


 田順は孫の玩具を拾いながら、昔、荷車を引いていた頃の話をした。街道で一度荷を失えば、持ち主だけでなく荷の到着を待つ者まで困る。田朔はそのことを、商人だった頃から身に染みて知っていた。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃、関中西方。姚萇は配下から、東方の街道で6台の荷車を奪ったとの報告を受けていた。前年秋の大敗で主力の多くを失い、今は長安へ向けて大軍を押し出す力がない。だが、残った騎兵を小隊に分ければ、街道を襲うことはできた。


 報告の中に、奪った荷の一部が春播きの種だと記されていた。姚萇は地図を眺め、田朔の軍が西方の農村まで手を入れ始めたことを知った。


「城を取っただけでは満足せず、畑まで立て直そうとしているか。村の種が届かなければ今年の収穫にも困る。田朔の支配を頼りにしている者ほど、失望するだろうな」


 姚萇は輸送路と見張り所への襲撃を続けるよう命じた。ただし、敵の救援部隊が来る前に退き、奪える以上の荷へ執着するなと念を押す。勝つために貴重な騎兵を失ってしまっては、春の戦まで持たないからである。


 将の1人は、帰順した城を奪い返してはどうかと進言した。しかし姚萇は、数十騎で城壁を破れるはずがないと退けた。城を落とすために兵を集めれば、その動きは田朔の斥候に知られるだろう。それよりも、小隊を繰り返し走らせる方が、相手にいくつの敵部隊があるのか分からなくさせられる。大きな勝利ではなく、田朔の軍が安心して西へ進めなくなる状況を求めていた。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、長安の宮城へ、別の街道から急使が走り込んだ。今度は荷車ではなく、城と城を結ぶ道の見張り所が襲われたという。早朝に少数の騎兵が現れ、守備兵2人が戦死し、数人が負傷した。敵は食糧と馬を奪い、見張り所の一部を壊して去っていた。


 田朔は地図に2つの印を置いた。初めの輸送隊襲撃と今回の見張り所は離れており、同じ兵が動いたかどうかは分からない。しかし、どちらも守りの薄い所だけを狙っていた。見張り所が壊されれば修理が終わるまで道が使えず、街道を守る兵を増やせば城の守備が弱まる。


 伝令によれば、見張り所の兵は初めの攻撃に気づいた時、近くの城へ走る人間を出そうとしていた。だが敵の騎兵はその道まで押さえ、救援が到着する頃には退いている。見張り所を守る兵を増やせば被害を防げるかもしれない。それでも敵が次に別の道を選べば、警備を増やし続けるしかなくなる。田朔が嫌ったのは、相手の思うとおりに兵を動かさせられることだった。


「数十騎で、こちらの何倍もの兵を動かしているわけか。敵は荷を奪うこと以上に、俺たちを振り回すことを考えているらしいな」


 馮岳は、長安の兵をさらに西方へ送る案を示した。だが、田朔はすぐには認めなかった。戦う場所も相手の数も分からぬうちに兵を増やせば、輸送の負担だけが重くなる。


「今回の敵を放っておけば、春になっても荷車を動かせん。俺が西へ行こう。大軍は連れない。現地で趙嶽と段烈、それに裴慎の調べたことを聞き、敵の隠れ場所を探す」


 陸文昭(ルー・ウェンジャオ)には政務を、馮岳には長安と補給路の管理を任せる。沿道の城主には盛大な出迎えを禁じ、秦王の行先を敵に知らせないようにした。王が移動するだけで城ごとに兵を並べさせれば、かえって街道が混乱する。


 出発前夜、田朔は父と玉容に事情を告げた。王后は雪の残る道を心配したが、長く留守にするつもりはないと聞き、後宮は自分に任せてほしいと答えた。田順は孫たちの面倒を見ると言いながら、いつものように無茶をするなと念を押した。


 翌朝、護衛と連絡兵だけを従えた田朔は西門を出た。冬枯れの畑の向こうに、雪を残す山並みが見える。春には大軍が同じ道を行く。その前に、村へ種を届けられる道を取り戻さなければならなかった。


 道を進む馬の足取りは慎重だった。凍った地面が日を受けて緩めば、轍の深い場所では車輪が取られる。敵の姿を探すだけでなく、春に兵糧車を通す道の状態も確かめながら進むことになった。

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