第4話(後編2)――「12月24日、5人目の子」
387年12月下旬、長安。
出産が迫った拓跋阿若の部屋を、王后崔玉容が訪ねた。玉容自身も先月9日に娘を産んだばかりだが、医者の許す範囲で後宮の様子を見られるようになっていた。
「阿若、今は馬場へ行くことより身体を休めることを考えてちょうだい。お産が済んだからといって、すぐに馬へ戻れるとは限らないのよ」
「分かっております。殿下にも何度も申されました。でも、馬を見るくらいなら早くできるようになるでしょうか」
玉容は呆れたように笑った。阿若は馬のことになると子供のように目を輝かせるが、腹の子を大切に思っていないわけではない。赤子の衣は自分で選び、乳を与える時にはどうすればよいかと産婆に尋ねている。今は、生まれてくる子に会うことを心待ちにしていた。
夕方、秦王田朔が訪ねると、阿若は寝台に座ったまま夫を迎えた。腹が重くて夜も眠りにくいと聞き、田朔は自分で何かできることがないかと尋ねた。
「殿下にお願いしたいことは、もう決めております。この子が生まれて大きくなりましたら、一緒に馬場へ来ていただきたいのです。母親だけが馬の話をしても、父親が知らぬ顔では寂しいでしょう」
「もちろんだ。俺が馬に乗れないわけじゃないからな。ただし、お前も子供も、医者がよいと言うまでは無理をするなよ」
阿若は微笑んだ。彼女はかつて代王家に連なる娘として生きながら、国を失い、漢中へたどり着いた。田朔に救われた時には、これから先どこに暮らすのかも分からなかったという。
「私は、昔は北へ帰ることばかり考えておりました。でも殿下のおそばで暮らすと決め、今はこの子が安心して育つ場所を持てることが嬉しいのです。自分の家を失う悲しさは、味わわせたくありません」
田朔は妻の肩に手を置いた。長安の城を取っただけで満足しているわけではない。これからも姚萇と戦い、関中の外へ出るだろう。しかし、その先で得た土地を無闇に荒らすつもりもない。
「俺がこれから国を大きくするのは、家族を戦の中へ放り出すためじゃない。お前の故郷にも、いずれ安心して行き来できるようにしたいものだ。まずは元気な子を産んでくれ」
阿若は夫の手を握り、今は無事に出産することを第一にすると約束した。
◇ ◇ ◇
12月24日の朝、阿若の陣痛が始まった。
産婆たちが部屋へ入り、清潔な布と湯が用意された。田朔は王后や田順に知らせ、部屋の外で待つことにした。阿若は初めてのお産で緊張していたが、産婆の指示をよく聞き、痛みが弱まる間は水を飲んで体を休ませた。
田朔は廊下を歩いたり、父と席に着いたりして知らせを待つ。田順は、このところ息子が戦よりお産のことで落ち着かない日が多いとからかった。
「今年は長安を取ったうえに、孫が次々と生まれてくれた。わしには十分すぎるほどよい年じゃ。阿若も無事に産んでくれれば、それが一番の喜びになるよ」
「俺だってそう思ってるさ。阿若はいつも元気に馬の話をするが、今は頑張っている。俺は部屋の外で待つことしかできんけれどな」
昼過ぎ、部屋の中から赤子の力強い声が響いた。産婆が現れ、阿若が男児を産み、母子ともに大きな問題はないと告げた。
「男の子か! 阿若も無事なんだな。よかった。世話をしてくれた皆にも礼を言っておいてくれ」
産後の支度が整ってから、田朔は阿若の部屋へ通された。疲れは見えるが、阿若の顔には満足そうな笑みがあった。布に包まれた息子を抱かせてもらうと、田朔は小さな手足を見て、しばらく声も出なかった。
「殿下、この子が私たちの息子なのですね。早く馬に乗せたいと言っていた私ですが、今はこうして抱いているだけで十分に嬉しいのです」
「俺もそうだ。馬を覚えるのはずっと先の話でいい。今は元気に泣いて、たくさん乳を飲んでくれれば、それで十分だぞ」
阿若は夫の言葉に笑った。田朔は子供を寝台のそばへ戻し、母親が休めるよう産婆へ頼んだ。これで田朔の子供は5人になった。嫡男に始まり、今年は玉容の娘、玉蓮の息子、青蘭の娘、阿若の息子が生まれたのである。
◇ ◇ ◇
年末の長安では、軍を大きく動かすことなく冬の備えが続いていた。後秦の姚萇はなお西方で兵を集めている。趙嶽と段烈、裴慎は帰順した城の守備を整え、賀蘭真と姚虎は敵軍の動きを探っていた。
田朔は陸文昭と馮岳に、帰順した土地の兵数と官倉を調べるよう命じた。冬を越せるだけの兵糧を確保し、春には避難した農夫たちが種をまけるようにする。新たに買った軍馬の世話役を増やし、騎兵の訓練も続けなければならなかった。
「来年はまた西へ進む。だが、長安を空にしても守れるようにしないとな。取った城が勝手に兵を集めたり、住民から好き放題に取り立てたりしては困る。俺に従うなら、俺の決めた規則で働いてもらうぞ」
陸文昭は官吏の配置を、馮岳は兵糧と軍馬の管理を整えると答えた。姚萇はまだ敗北を認めていない。冬が明ければ、再び大きな戦が始まるだろう。
その夜、田朔は王后の部屋で父と妻たちの近況を聞いた。玉容たち4人は出産を終え、残る7人の妻は翌年の出産を待っている。産着や寝具を追加するため、侍女たちも忙しい。田順は、来年も孫が増えるのなら自分の部屋まで赤子の遊び場になるかもしれんと笑った。
「父上、喜んでくれよ。俺は天下も取りたいが、こうして大勢の子供の父親になれるのも嬉しいんだ。戦へ出る時は将軍たちに働いてもらうが、帰ってきたら子供たちの顔を見に来るさ」
玉容は、夫が何でも手に入れようとすればするほど、自分たちは帳面と相談しなければならないと笑った。田朔も、昔の店の帳面を思い出しながら頷いた。
「それなら任せたよ。お前と玉蓮が数字を見てくれていれば、俺も安心して次の勝負ができる。来年はもっと大きな国にするから、仕事が増えても驚くなよ」
王宮の奥では赤子の声が聞こえている。その外では長安へ荷車が入り、西方の諸城では兵が冬の守りを固めていた。387年が暮れようとしていたが、田朔の天下取りはまだ始まったばかりだった。
宴の席を離れた後、田朔は阿若と息子の様子を見に行った。生まれたばかりの男児は母のそばで眠り、阿若も静かに休んでいた。夫に気づくと、彼女は春に馬場へ出る約束を覚えているかと尋ねた。
「忘れていないさ。ただし、春になったからといって必ず乗れると決まったわけじゃない。お前の身体が戻ってからだ。まずこの子の世話を覚えてくれ」
阿若は笑い、今は馬より息子の顔を見ていたいと答えた。田朔は赤子を起こさないように、そっと手を握った。自分が知らない間にも、この子は少しずつ育っていく。来年はもっと多くの子供が生まれるのだから、その顔を見に帰る理由もますます増えるだろう。




