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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第五章――「梟雄、天下を奪う」

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第4話(後編1)――「北方の馬と阿若の願い」

 387年12月中旬、長安。


 昭媛拓跋阿若(トゥオバー・アルオ)は、庭へ差し込む冬の日差しを眺めながら、侍女が手入れした赤子の衣を畳んでいた。医者から出産は今月下旬と聞いている。腹は重く、以前なら朝から馬場へ出ていた時間にも、今は部屋で休むしかない。


「お前も、もうすぐ生まれてくるのね。母さんは早く馬に乗りたいけれど、今はお前が無事に出てくるまで我慢しなければならないのよ」


 腹の子へそう話すと、侍女が笑った。阿若は北方で育ち、馬の背で風を受けることを何より好む。だが、子供を危険にさらしたいわけではない。今は医者と王后崔玉容(ツイ・ユーロン)の言葉を聞いて、庭を歩く程度にとどめていた。


 その頃、秦王田朔(ティエン・シュオ)のもとへ、北方の商人が馬を売りに来たという知らせが届いた。50頭ほど連れてきており、春にはさらに多くを集められるという。来年の後秦遠征に備えて騎兵を増やすつもりだった田朔は、商人を帰す前に馬を確かめることにした。


 ただし、田朔に馬の良し悪しをすべて見分ける自信があるわけではない。彼は阿若の部屋へ足を運び、馬を買う時に何を見るべきか尋ねた。


「北の馬なら、お前の方が詳しいだろう。明日、商人が連れてきた馬を見に行くんだ。俺が値段だけで選んで、あとからお前に笑われるのは御免だからな」


 阿若の目が輝いた。商人の出身地と馬の育った土地をまず尋ね、体の大きさだけで決めてはならないと説明し始める。


「脚と蹄を見てくださいませ。歩かせてみれば傷めている馬は分かりますし、歯を見れば年齢もある程度確かめられます。背に傷がある馬へ無理に鞍を置けば、走るのを嫌がることもございます」


「見た目が立派ならよいというわけじゃないのか」


「ええ。騎兵の馬には、丈夫で命令に従うことが大切です。大きくても向きを変えるのが遅ければ、戦の最中に困ります。それに買った後の飼葉と世話をする者のことも、お忘れなく」


 田朔は思わず笑った。荷車を1台増やしても、引く馬と荷を運ぶ人足が足りなければ商売にならなかった頃を思い出したのである。軍馬を増やすのも同じで、馬だけ買えば騎兵ができるわけではない。


「明日は俺が見てくる。お前はここで休んでいてくれ。産後に元気になったら、一緒に馬を見に行こう」


「必ずお約束くださいね。その時は殿下が選んだ馬にも、遠慮なく意見を申し上げます」


 ◇ ◇ ◇


 翌日、長安の郊外で商人が50頭の馬を並べていた。田朔は馬方と騎兵の経験者を連れ、1頭ずつ歩かせて蹄を見せるよう求めた。従順な馬もいれば、長い道を歩いたため脚を痛めている馬もいる。年を取りすぎて軍用に向かない馬を、見栄えだけで高く買うつもりはなかった。


 商人の代表は、遠く北から運んできた費用を訴えた。田朔はその苦労を認めながらも、軍で使えない馬に同じ値を払うことはできないと説明した。足を痛めている馬なら休養の後にもう一度見せてもらえばよいし、荷運びに向く馬は長安の商人へ売る道もある。


 その中に、体はそれほど大きくないが、足取りの軽い馬がいた。騎兵が乗って向きを変えさせても落ち着いており、走らせると無駄な動きが少ない。田朔は阿若の言葉を思い出し、背の高さだけで選ばなくてよかったと感じた。


 結局、軍用に向くと認めたのは36頭だった。田朔は商人と値を相談し、その36頭を買い取ることにした。春にはもっと多くの馬を連れてくるよう勧めたが、先に全部買う約束はしなかった。


「良い馬なら値は惜しまん。だが、俺の軍で使うものだから、確かめもせず買うわけにはいかん。来年も同じやり方で取引しよう」


 宮城へ戻った田朔が話すと、阿若は小柄な馬の様子を詳しく尋ねた。方向を変えても落ち着いていたと聞き、そういう馬こそ長く乗るには頼もしいと喜んだ。


「殿下、馬が増えても、乗り手が勝手に走り出すようでは困ります。賀蘭真(ホーラン・ジェン)や姚虎(ヤオ・フー)にも、隊列を揃えて動く訓練をお願いください」


「そうしよう。馬を買った次の日に、騎兵が同じ数だけ増えたつもりでいたら、姚萇に笑われるからな」


 田朔は馮岳(フォン・ユエ)に馬の飼葉と世話役を確保させ、馬具の修理を扱える職人も探すよう命じた。商人を迎えたのは、馬を買って終わりではなかった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜、田朔は父の田順(ティエン・シュン)の部屋を訪ねた。1歳半ほどになった嫡男が、床に置かれた縄へ手を伸ばして遊んでいる。父が帰ってきたのを見るとよちよちと近づき、その衣にしがみついた。


「お前はもう、こんなに歩けるのか。阿若が見たら、今すぐ馬に乗せたいと言い出しそうだな」


 田順は孫を抱き上げ、まずは転ばずに歩けるようになるのが先じゃと笑った。王宮には玉容の娘、玉蓮の息子、青蘭の娘も生まれている。これから阿若の子が加われば、赤子の数はさらに増える。


「父上、阿若も子供には馬を教えたいそうだ。だがあいつ自身、今は我慢してくれている。俺も早く無事に産んでほしいよ」


「なら、お前も今は長安にいてやれ。馬は春に買えばよいが、子が生まれる日は選べんのじゃからな」


 田朔は頷いた。今度買った馬の中から、いつか阿若と一緒に歩いて見に行けるほどおとなしい馬も探しておこうかと考えたが、産後の回復を急がせる口実にしてはならない。阿若と子供のために、馬のいない部屋でできることを考えておくつもりだった。


 後宮へ戻る途中、田朔は馬を管理する役人から飼葉の見積もりを受け取った。買った36頭を冬の間養うには、新しい厩舎だけでなく、人手と穀物も必要になる。田朔は、商人へ払った銭だけを馬の費用として計算していたら、あとで馮岳に叱られていただろうと思った。


「阿若は初めからその話をしていたな。馬を買う話を聞いた時に、まず飼葉を心配するとは、さすが北で育っただけある。世話をする者の給金まで忘れずに帳面へ入れてくれ」


 厩舎で働く者には馬具を直せる職人も必要だった。田朔は商隊で働いた経験のある者も募るよう命じた。戦場で走る馬も、荷車を引く馬も、脚を痛めれば役に立たない。平時の手入れを怠った者が、いざ戦が始まると馬を走らせられなくなるのである。


 その夜、阿若に報告すると、彼女は買った馬の世話まで考えてくれたことを喜んだ。春になれば自分も見に行けるだろうかと尋ねる妻へ、田朔はまず医者の許しを得てからだと念を押した。阿若は笑い、分かっておりますと答える。


「私が母になる前から、殿下は随分お口うるさくなられましたね。馬のことも身体のことも、何度も同じことをおっしゃるのですから」


「お前が何度も馬に乗りたいと言うからだろう。だが、子供を産んだら、お前の方が俺より口うるさくなるかもしれんぞ」


 阿若は、ならば2人で子供を見守ればよいと答えた。田朔は妻の腹へ手を当て、そこにいる子がもうすぐ外へ出てくるのだと思った。西方の大軍を相手にした時より、この小さな命を待つ方が落ち着かないかもしれない。

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