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長安の悪党、乱世を喰らう  作者: ひまえび
第五章――「梟雄、天下を奪う」

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第4話(中編2)――「12月10日、青蘭の娘」

 387年12月上旬、長安。


 後宮では生まれたばかりの2人の赤子が、別々の部屋で元気な泣き声を上げていた。王后崔玉容(ツイ・ユーロン)の娘と、昭儀許玉蓮(シュイ・ユーリエン)の息子である。すでに歩き始めた嫡男まで加わると、祖父の田順(ティエン・シュン)が遊び相手をする時間も増えていた。


 昭容蘇青蘭(スー・チンラン)のお産も近い。産婆は、いつ陣痛が始まってもよいように支度を整えていた。青蘭は小さな産着を膝に載せていたが、以前のように人を迎えて長く話すことは控えている。


 田朔が部屋へ来ると、青蘭は先日長安へ逃れてきた家族の消息を尋ねた。夫は、冬を越すための宿と食糧を手配し、春には畑へ戻る者のために種を貸すことになったと伝えた。


「安心いたしました。村へ帰りたくても、耕す牛がなければ困りますものね。来年、その方々からよい便りが聞ければ嬉しゅうございます」


「俺もそう思うよ。だが、お前が西門まで見に行く必要はないからな。今は子供が生まれる日の方を考えていてくれ」


 青蘭が微笑むと、腹の中で赤子が動いた。田朔は手を添え、今度はどんな子に会えるのかと楽しそうに話した。青蘭は男児でも女児でもよいが、無事に生まれてくれることだけは譲れないと答えた。


 その夜、王后から贈られた清潔な布を確かめていると、腹の張りがいつもより強くなった。産婆は青蘭を診て、まだ急ぐ必要はないが、今夜は十分に休むよう伝えた。青蘭は赤子の衣を侍女に預け、寝台へ戻った。


 ◇ ◇ ◇


 12月10日の朝、青蘭の陣痛が始まった。


 田朔が知らせを受けて訪ねると、産婆たちがすでに部屋を整えていた。青蘭は痛みの合間に夫を迎え、どうか隣室で待っていてほしいと頼んだ。


「殿下、今は痛みが強うございますが、産婆からは順調だと聞いております。心配なさらず、皆様とお待ちくださいませ」


「俺が何かしてやれればいいんだが、結局は待つしかないな。お前が落ち着いて産めるよう、俺も余計な口は出さんよ」


 隣室には田順が来ていた。11月9日に玉容が女児を、同月26日には玉蓮が男児を産んだばかりである。孫が増えるのは嬉しいが、そのたびに母子の無事を願う時間があるのだと、父は息子へ話した。


 田朔は何度も戸の方を見た。戦場であれば兵の配置を変え、敵の動きを見て次の手を打つ。しかし、今は医者と産婆に任せる以外にない。湯を運ぶ侍女が出入りするたびに立ち上がりそうになるのを、田順は笑いながら見ていた。


「朔よ、お前は今月だけでも、ずいぶん待つことが上手になったのう」


「まだ上手とは言えんよ。玉容の時も玉蓮の時も、結局落ち着かなかった。だが今度も、青蘭が無事に子を抱けるなら何時間でも待つさ」


 昼過ぎ、部屋から赤子の声が聞こえた。産婆がほどなく出てきて、青蘭が元気な女児を産み、母子ともに問題はないと知らせた。田朔はようやく腰を上げ、世話をした者たちへ礼を述べた。


「娘か! これで息子が2人、娘が2人になったぞ。青蘭もよく頑張ってくれた。今は疲れているだろうから、ゆっくり休ませてくれ」


 出産の支度が整うと、田朔は青蘭の部屋へ入った。母親の腕のそばで、赤子が布にくるまれている。青蘭は夫の顔を見ると安心したように笑った。


「殿下、女の子でございました。まだ自分が母親になったことが信じられないくらいですけれど、こうして顔を見ると本当に嬉しゅうございます」


「お前に似て、気の利く娘になるかもしれんな。大きくなったら、お前が聞いてきた遠い町の話も聞かせてやってくれ。長安の宮城が世の中の全部だと思うようには育てたくないからな」


 青蘭は自分が商人たちから各地の暮らしを聞いてきたことを思い出し、娘にもそういう話を伝えたいと答えた。田朔は小さな手に触れると、母親を休ませるため、産婆へ赤子を預けた。


 ◇ ◇ ◇


 その夜は盛大な宴を控え、田順と田朔が食卓で祝いの杯を交わした。田順は孫が4人になったことを喜びながら、息子がその顔を見てやる時間も大事だと念を押した。


「分かってるよ、父上。春になればまた西へ軍を動かすことになるが、今はここで生まれた子らを抱いてやりたい。俺ばかり出かけていたら、父上に『父ちゃん』と呼ばれてしまうかもしれんからな」


 翌朝、田朔は軍議に出て、西方からの報告を受けた。姚萇(ヤオ・チャン)は敗残兵を集め直しているが、寒さの厳しい今すぐ主力を動かす様子はない。田朔は軍を急いで進めず、帰順した城の防備と官倉を確かめるよう命じた。


「春に兵を動かすつもりなら、今のうちに村を立て直しておけ。耕す者が戻り、種がまかれなければ、勝った土地から飯は出てこん。次の戦で兵糧に困らんようにするのも、今の仕事だ」


 陸文昭は避難民の受け入れが進んでいると報告し、馮岳は西方の倉に蓄える穀物と軍馬の飼葉を数え直した。田朔は新しい帰順の申し出を確認すると、午後には後宮へ戻った。


 青蘭は赤子へ乳を与え終え、侍女に手伝われて休んでいた。田朔がそのそばに腰を下ろすと、娘が眠りながら小さく手を動かす。


「昨日まで腹の中にいたのに、今はここにいるんだな。これから夜中にも泣いて、お前を眠らせてくれんかもしれん。世話は皆に手伝ってもらえよ」


 青蘭は娘の顔を見ながら頷いた。今まで商人の知らせを聞き、遠い土地の暮らしを考えてきたが、しばらくはこの小さな娘の暮らしが自分の世界の中心になる。それでも外の話を忘れるつもりはなかった。


 残る年内の出産は、拓跋阿若(トゥオバー・アルオ)の番だった。馬を恋しがる彼女にも、まもなく自分の子を抱く日が訪れる。


 数日後、青蘭は寝台の脇で娘の産着を確かめていた。遠方の町から運ばれた布で仕立てた品もあり、かつて各地の商人と取引していた頃のことを思い出す。商人たちは土地ごとに異なる布や品物を運んで来た。長安に暮らしていても、そうした品を手に取れば、遠く離れた町の暮らしを少しだけ想像できる。いつか娘が大きくなったら、そういう話も聞かせてやりたいと思った。


 田朔が部屋を訪ねると、青蘭は畳んであった産着を広げて見せた。田朔は布の手触りを確かめ、商人たちが街道を歩くからこそ、長安には遠くの品も集まるのだと話した。娘が大きくなったら、見たことのない土地や人々の暮らしについても教えたい。青蘭はそう話し、田朔も賛成した。


「西方へ行けば言葉も暮らしも違う者がいる。それでも、飯を食って子を育てることは同じだろう。俺の子供たちには、宮城の中のことだけで人を判断してほしくないんだ」


「その時は、私が知っている商人の話をいたしましょう。殿下にも、お子たちが大きくなったら戦場のことばかりではなく、お商売をしていた頃のお話を聞かせていただきたいです」


 田朔は笑い、最初に荷車を借りた時の苦労なら、いくらでも話せると答えた。娘はまだその会話を理解する年ではないが、今こうして無事に寝息を立てている。そのことが何よりありがたかった。


 午後の政務では西方の兵糧と避難民の報告が重なった。田朔は急いで読み終え、また青蘭の部屋を訪ねようとしたが、産婆から母子ともに眠っていると聞き、起こさず引き返した。王である自分が会いたいからといって、妻の休息を邪魔するわけにはいかない。そういう我慢にも少しずつ慣れてきた。

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